第6話『歌は語りかけるもの!?』
「Wensの次世代エースは……私だって!!」
モモハの言葉からは、決意ともとれる強い意思が感じられた。
――この子は……本気でVTuberを目指しているんだ……
目の前の少女の真剣な眼差しに圧倒され、アオイは少し戸惑いながらも、ぎこちなく頷いた。
「わっ、わかった伝えておくね……」
そう言うと、モモハはにこやかに微笑んだ。その笑顔はどこか無邪気でありながらも、強い意志を感じさせ、アオイの胸をわずかにざわつかせた。
「表見くーん! おいでー!」
そんな二人のやり取りなどお構いなしに、西園寺の大きな声が響き渡る。
「あっ、いま行きます! じゃ、じゃあまたねモモハさん……」
慌てて言葉を残し、アオイは小走りで西園寺のもとへ向かう。ふと背後へ振り返ると、モモハが深々と頭を下げているのが目に入った。
――うっ……尊い……
アオイは思わず胸を押さえ、こみ上げる感情を飲み込みながらその場を後にした。
「いやー悪かったね!」
西園寺は陽気に笑いながら、アオイの肩を軽く叩いた。しかしアオイは背筋を伸ばすと、どこか納得のいかない表情で彼を見た。
「あの……本当に……なんというか、モモハさんの気持ちを考えると、胸が痛いですよ」
アオイの言葉を聞いた西園寺は、珍しく真剣な顔をした。
「モモちゃんは愛嬌もあって、声も可愛いし歌も上手い。ただ、紅音ウララのイメージとは少し違うから、モモちゃんに合ったVTuberを作り上げて、しっかり活躍させてあげたいと思ってるんだよね」
その真摯な言葉に、アオイは言葉が出なかった。
――西園寺さんはただ軽い気持ちで言ってるわけじゃない……ちゃんと考えているんだ
少しの沈黙の後、西園寺はパッと明るい表情に戻ると、勢いよくアオイの背中を叩いた。
「それより動画だよ! まぁ僕の予想通りだけど、ものすごく話題になってる!」
「じっ、自分でもびっくりしてます。これだけ大勢の人に見てもらえるなんて、なんとも言えない気持ちです」
アオイが正直な気持ちを口にすると、西園寺は満足そうに頷く。
「早速なんだけど、近いうちに通しでレコーディングしようと思うんだけど、どうかな?」
「はい! よろしくお願いします!」
「じゃあこれからスタジオで打ち合わせをしながら練習しよう! 作詞家のマリっぺ……じゃなくて北大路先生も同席したいらしいからよろしく!」
「えええ!? 作詞家の方が同席するなんて、緊張しまね……」
「大丈夫! クロッちみたいに野蛮じゃないし、物腰の柔らかい人だから!」
***
「へぶしっ! んん……誰かがわたしの悪口を言ってる気がする……」
***
「ちなみに北大路先生は、あの国民的アイドルグループ“マルバツホリデー”の歌詞も担当してたり、超売れっ子の作詞家なんだよ!」
アオイは思わずその話に耳を傾ける。そう言われると、ますます自分が関わる世界が広がっているように感じ、少し圧倒されそうになる。
「はえぇ、アイドルに疎い自分でも知ってますよ……」
「まぁまぁ萎縮しないで。それと一応言っとくと、表見くんがウララの中の人ってことは、僕と部下とプロジェクトスタッフ、あとはクロッちや北大路先生だけの秘密だからね? 世間にはもちろん、誰にも口外しちゃだめだよ。特にモモちゃんにはね!」
「りょっ、了解です!」
アオイは慌てて答えたが、秘密を守らなければならないというプレッシャーをじわじわと感じていた。
「よーし、じゃあ早速スタジオに行って練習しよっか!」
アオイは緊張を胸に秘めつつ、スタジオへ向かう。期待と不安が入り混じった心境の中、少し足を速めた。
***
スタジオに到着し扉を開けると、すでに一人の女性が座っていた。アオイはその姿を見て、緊張から自然と息を呑む。
「紹介するよ、この人が作詞家のマリっぺ――」
「ごほんっ」
西園寺の軽い口調を遮るように、女性が咳払いをした。
「初めまして"北大路マリコ"と申します。今日はよろしくね」
北大路は柔らかな笑みを浮かべ、上品に軽く会釈した。整った顔立ちと程よくメリハリのある体つきに、肩にかかる艶やかなアッシュグレーの髪が美しく映える。落ち着いた服装も相まって、品の良さが際立っていた。
――大人の女性って感じだ……!
その穏やかな物腰に、アオイの緊張も自然とほぐれ、深く頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
アオイが頭を上げると、北大路は少し口角を上げ、穏やかな表情をしていた。
「まじめないい子ね。じゃあ早速だけど聴かせてもらえるかしら?」
和やかな雰囲気の中、練習が始まる。
スタジオ中に響くアオイの歌声が、一番のAメロからBメロへと続く。
透明感と力強さが融合した自分の歌声が、どこまでも広がっていくのを感じた。
そしてサビに差し掛かると、自然と胸が高鳴り、心地よい緊張感が体を包み込む。まるで歌の中に、自分が溶け込んでいくような感覚だ。
西園寺の姿が目に入る。表情は満足げで、口元が綻んでいた。そんな彼の反応を見て、アオイの歌声はさらに力強くなる。
しかし、ふと視線を感じたアオイがその方向に目を向けると、北大路が険しい表情で自分を見つめていた。
――えっ!? 何か問題でも……!?
アオイは歌い終わると、すぐにヘッドホンを外し、北大路の方へ駆け寄った。
「北大路先生、もし何か気になる点があれば遠慮なくおっしゃってください!」
北大路は少し目を細めると、静かに口を開いた。
「表見くん、声は本当に素晴らしいわ……西園寺くんの言う通り、紅音ウララの声をあなたにしたことは正しい選択ね。でも……あなたはただ歌詞を読んでいるだけよ」
「え……?」
北大路はアオイの方を指差し、言葉を続けた。
「すなわち、聞き手に語りかけることができてないのよ!」
その言葉がアオイの胸に突き刺さった。自分の歌が「歌詞の読み上げ」と言われたように感じ、どう反応すればいいのか分からず、ただ黙っていることしかできなかった。
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