第55話『イベントかフェスか!?』
「とりあえず、どこか話せる場所に行こっか」
アオイがそう提案すると、ミカンが目を輝かせた。
「その前に、少し買い物に付き合ってください!」
「えっ?」
予想外の言葉にアオイは唖然としたが、彼女の明るさに何か事情があって気を紛らわせたいのかと思い、頷いた。
「分かったよ」
二人は駅前の商店街へと足を踏み入れた。最初に立ち寄ったのは服屋で、ミカンが色とりどりのスカーフを手に取っては首に巻いて見せた。
「これ似合いますか?」
「うん、いいんじゃない」
アオイが無難に答えると、ミカンは満足げに笑って次へ進んだ。雑貨屋では小さな置物やキーホルダーを手に取り「これ可愛い!」と楽しそうに物色する。最後は楽器屋に立ち寄り、ミカンがアコースティックギターに目を留めた。
「わたし、このギター欲しいんですよね〜」
彼女が弦を軽く弾くと、柔らかな音色が店内に響いた。アオイもつられて笑顔になり、買い物を楽しむミカンに少し安心した。
夕暮れが近づき、空がオレンジに染まる頃、アオイは意を決して切り出した。
「そろそろ昨日のこと聞きたいんだけど……」
「じゃあ、前に二人で行った駅近くの公園に行きませんか?」
ミカンがそう提案すると、アオイは頷いた。
二人は公園へと向かい、ベンチに腰を下ろした。木々の間を抜ける風が涼しく、遠くで子供たちの笑い声が聞こえる。ミカンが少し俯きながら口を開いた。
「実は、昨日の話し合いが終わって家に帰った後、友人の紹介で知り合った音楽プロデューサーから連絡があって……野外フェスに参加しないかって誘われたんです」
「すっ、すごいじゃん! でもそれがイベントと何の関係……あっ!」
アオイが途中で気づき、目を丸くした。ミカンが小さく頷く。
「そうなんです。その野外フェスとイベントの日が同じ日なんです」
「なるほど……」
アオイが呟くと、ミカンが真剣な表情で続けた。
「イベントも大切なんですけど、せっかくのチャンスだから、フェスに参加したい気持ちが強くて……」
「それはしょうがないよ。俺も応援したいし」
アオイが笑顔で言うと、ミカンの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
そして、彼女が少し躊躇しながら付け加えた。
「それで……西園寺さんに一緒に話して欲しいんです」
「えっ?」
一瞬驚いたが、アオイはすぐに頷いた。
「分かったよ」
スマホを取り出し、西園寺にメッセージを送る。
『西園寺さん、お話があって直接お会いしたいんですが、都合のいい時間ありますか?』
メッセージを送ると、アオイは一息ついた。
「昨日の感じだと、もっと深刻な悩みなのかと思ってたから、案外ケロッとしてて安心したよ」
アオイが軽く笑うと、ミカンがいたずらっぽく目を細めた。
「そうすれば表見さんが直接会ってくれると思ったんですもん」
「いや、本当に心配したんだからね!」
アオイが本気で訴えると、ミカンが首をかしげた。
「それはどうしてですか?」
「そりゃ、ミカンちゃんは俺の最初のファンだったし、なんか妹みたいなもんだし」
自然に口をついた言葉に、ミカンの表情が一瞬寂しげに曇った。
「今は紅音ウララとして沢山ファンもいますし、わたしも今は同じ土俵に立ってますよ。むしろVTuberとしては先輩ですし」
「確かに……」
アオイが苦笑いすると、ミカンがじっと彼を見つめた。
「ファンだった子とか、妹みたいとかじゃなくて、女として見てくれないんですか?」
「ええっ、それってどういう……」
突然の言葉にアオイは動揺し、心臓が跳ねた。ミカンが顔を赤らめ、恥ずかしそうに続ける。
「そのままの意味です」
アオイが困惑していると、ミカンがプッと吹き出して笑った。
「困らせちゃいましたね」
「からかわないでよ!」
アオイが抗議すると、ミカンは微笑みつつも真剣な目で言った。
「からかってないですよ」
その表情に、アオイはドキッとして言葉を失った。ミカンが静かに続ける。
「わたしにとって表見さんは、お兄ちゃんでもなんでもないですよ。でも、今はそれでいいです」
アオイは息を呑み、何も返せなかった。彼女の言葉が胸に刺さり、頭が混乱する。ミカンが立ち上がり、明るく言った。
「じゃあ、そろそろ帰りましょ!」
「うっ、うん……」
アオイはぎこちなく返事をし、二人は駅へと歩き出した。帰り道、ミカンが一方的に楽しげに話し続ける中、アオイは彼女の言葉が頭から離れず、終始落ち着かないままだった。すると、スマホが振動し、西園寺からの返信が届く。
『明日なら大丈夫だよ〜。時間はまた連絡するね〜』
「西園寺さんから返信来たよ。明日一緒に話そう」
「はい!」
ミカンが笑顔で応え、二人は駅で別れた。アオイはミカンの背中を見送りながら、胸に渦巻く複雑な感情をどう解釈していいのか分からなかった。
***
翌日、アオイはミカンと共に西園寺のオフィスへと足を運んだ。二人を迎え入れた西園寺は、いつものように緩い笑顔を浮かべていたが、ミカンの話を聞くや否や、目をキラキラと輝かせて身を乗り出した。
「おおぉおおお!! それってすごいチャンスじゃないかあああ!」
西園寺の声が部屋中に響き渡り、アオイとミカンは思わず顔を見合わせた。ミカンが少し緊張した面持ちで口を開く。
「いいんですか?」
「もちろんさ! そもそもミカンちゃんがVTuber始めた時、個人の音楽活動を優先していいって言った気がするけどね〜」
西園寺が軽い調子で言うと、アオイは驚いてミカンを見やった。
「そうなの!?」
「わっ、忘れてました……」
ミカンが慌てたように目を泳がせ、頬を赤らめる。その様子に西園寺がニヤリと笑い、さらに言葉を重ねた。
「それにさ、VTuberとして琥珀リリカの知名度が上がったら、それを活かして自分の活動に使ってもいいって伝えてたはずだよ?」
「ええ!?」
アオイが目を丸くすると、西園寺は苦笑いしながら続ける。
「そもそもさ、中の人だって公表しちゃいけないなんて縛り、こちらからは言ってないからね。あっ、もちろん表見くんは別枠だけど」
「初めて知った……」
アオイが呆然と呟くと、西園寺はミカンに視線を戻し、柔らかな口調で言った。
「でもさ、ミカンちゃんはその時『それは嫌です! 自分の力で頑張りたいです!』って言ってたよね。その気持ちを貫いて、こうやってチャンスを掴んだんだから、たいしたもんだよ。だからもちろん、僕も応援するよ!」
西園寺の笑顔が弾けるように広がり、ミカンはその言葉に目を潤ませた。
「ありがとうございます……」
声が震え、ミカンが小さく頭を下げる。涙が一滴、頬を伝って落ちた。西園寺が勢いよく立ち上がり、彼女の肩をポンと叩いた。
「そのかわり、フェスはしっかり盛り上げてきなね!」
「はい!」
ミカンが顔を上げ、力強く頷く。その瞳は決意に満ちていて、昨日の公園での迷いはもうどこにも見えなかった。アオイはそんな彼女の姿をそっと見つめ、胸の奥に温かいものが広がるのを感じた。ミカンの夢が一歩前進した瞬間を目の当たりにして、彼もまた満足げに微笑んだ。
オフィスの窓から差し込む午後の光が三人を包み込み、部屋に穏やかな空気が流れる。アオイはミカンの横顔を眺めながら、昨日彼女が投げかけた言葉を思い出し、かすかな動揺がよみがえった。だが今は、その複雑な感情を脇に置き、ただ彼女の未来を応援したいという気持ちが強かった。
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また『30歳無職だった俺、いきなり女性VTuberになる。』キャラクターガイドブックの投稿も始めました。
最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。
短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




