第53話『ちっちゃくて可愛い!?』
昼下がりのオフィスで、アオイは西園寺とイベントの打ち合わせに臨んでいた。窓から差し込む陽光が書類の山を照らし、部屋に穏やかな空気が漂う。西園寺が軽い調子で口を開いた。
「そういえば、撫子ミアの登録者数が順調に伸びてるよ。今60万人だってさ!」
「すごいですね!」
アオイが素直に驚くと、西園寺がニヤリと笑った。
「紅音ウララの時みたいに大々的に宣伝してたわけじゃないのに、短期間でこの数字は驚くべきことだよね」
彼の言葉にアオイは頷きながら、モモハの努力が着実に実を結んでいることに感心した。打ち合わせは順調に進み、アオイは手元のスケジュールを確認する。
西園寺との話が終われば、次はイベントに参加するVTuberたちとの企画会議だ。今日集まるのはシオン、ミカン、ミャータ、そしてまだ会ったことのない八橋カレハ。アオイはふと気になり、西園寺に尋ねた。
「そういえば、八橋カレハさんってどんな人ですか?」
「いい子だよ。ただ、天然というか、正直というか……まぁ、実際話してみれば分かるよ」
「はぁ……」
西園寺の曖昧な言い方に、アオイは内心で引っかかりを感じた。どんな人物なのか想像が膨らむが、具体的な答えは得られずじまいだ。アオイは気を取り直して言った。
「今日の話し合いで、ある程度企画の方向性を決めます。来られない人とも連絡を取り合って、内容が固まったら連絡しますね」
「おっけー。表見くんが考える企画、楽しみにしてるよ」
西園寺が笑顔で応じ、アオイは軽く頭を下げてオフィスを後にした。
***
会社から事務所へと向かう途中、街の人混みをかき分けて歩いていたアオイは、不意に何かにぶつかった。衝撃でバランスを崩し、尻餅をつく。痛みに顔をしかめながら「痛てて……」と呟き、顔を上げると、そこには大柄な女性が立っていた。
「ごめんね、大丈夫?」
女性が慌てて手を差し伸べ、アオイを軽々と持ち上げて立たせてくれた。物心ついてから女性に持ち上げられた経験なんてなかったアオイは、キョトンとした目で彼女を見つめる。すると、女性があどけない笑顔を浮かべて言った。
「小さくて軽ーい」
その言葉に、アオイの心はショックで揺れた。目の前の女性は身長180cmは余裕で超えていて、自分より頭一つ分以上高い。長身で健康的な体つきとは裏腹に、かなり幼い顔立ちが印象的だ。丸い目とふっくらした頬は、まるで子熊が無邪気に笑うような愛らしさで、アオイはそのギャップに目を奪われた。
「キミ、痛いところない?」
「だ、大丈夫です……」
アオイは気まずく応えると、心の中で呟いた。
――キミ!? 俺、年下に見られてる!?
「よかった。ごめんね、わたし大きくて〜。あっ、てかわたし急いでるんだ! じゃあね〜」
女性が弾むような声でそう言いうと、颯爽と走り去っていく。アオイはあっけに取られ、しばしその場に立ち尽くした。
「なんだったんだ……」
心の中でそう呟くと、ハッと我に返る。
「そうだ! 時間やばい!」
アオイは足早に事務所へ向かい、ドアを開けた。室内にはすでにシオン、ミカン、ミャータの三人がソファに並んで座っていた。
「表見さん、遅ーい!」
「お兄ちゃん、遅刻よ……」
「時間にルーズなのは嫌われるで」
ミカンが不満げに、シオンが冷静に、そしてミャータは関西弁でからかうように言う。三者三様の反応に、アオイは慌てて弁明した。
「ごめん、さっき大きな女性とぶつかって……あっ!」
なんと彼の視線の先には、さっきの女性が立っていた。彼女が目を丸くしてアオイを指さす。
「あっ! さっきの男の子!」
「男……の子?」
アオイが唖然とすると、ミカンが「ブッ!」と吹き出し、シオンが顔を横にして肩を小刻みに震わせ、笑いを堪えている。ミャータがニヤニヤしながら言った。
「たしかにアオイさんって、年齢にしては若いもんな」
「えっ? じゃあ、この人が紅音ウララのマネージャーで、イベントの企画担当なのー?」
女性が驚いたように言うと、アオイがぎこちなく頷いた。
「一応……はい」
「ちなみにアオイさんは30歳やでー」
ミャータが笑いながら暴露すると、女性が目を丸くした。
「えー、まさかの年上〜! 失礼しました〜」
申し訳なさそうに頭を下げる彼女に、アオイは慌ててフォローした。
「だっ、大丈夫です。ってことは、あなたが八橋カレハさん?」
「そで〜す、八橋カレハで〜す。榛摺キノミって名前でVTuberやってま〜す」
カレハがあどけない笑顔で言う。その力の抜けた喋り方に、アオイは内心で呟いた。
――なんだかフワフワした人だな……
「表見さんは“こう見えて”すごい歌が上手いんだよー! カレハちゃんも聴いたらびっくりするよ!」
ミカンが立ち上がり、アオイの腕に手を絡めながら得意げに言う。その無邪気な仕草に戸惑いつつ、アオイは苦笑した。
「“こう見えて”は余計だよ……」
「え〜、聴いてみたい! てかてか、二人って仲良そ〜。付き合ってるの〜?」
カレハの無邪気な質問に、ミカンの顔が真っ赤になった。アオイが慌てて否定する。
「いや、そういうのじゃ――」
「付き合ってないよ……まだ……」
ミカンが照れながら髪を指でくるくるさせると、アオイが軽くチョップした。
「誤解を招くな」
「ブーブー!」
ミカンがふくれっ面で抗議し、カレハが目を輝かせた。
「表見さんって面白〜い。ちっちゃくて可愛いし」
その言葉に、アオイはショックで膝をつきそうになった。
――169cmはあるのに……
「だっはっはっ! カレハちゃんは相変わらずやなー」
ミャータが豪快に笑う。その時、シオンが小さく咳払いをした。
「戯れるのはその辺にして、そろそろイベントの企画について話し合わないかしら」
「すっ、すいません! では、イベントの企画についての話し合いを始めます!」
アオイが気を取り直して宣言し、会議が始まった。カレハの天然な一言に振り回されつつも、アオイは新たな仲間との出会いに、イベントへ向けて小さな期待を感じていた。
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また『30歳無職だった俺、いきなり女性VTuberになる。』キャラクターガイドブックの投稿も始めました。
最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。
短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




