第49話『約束守ってくださいね!?』
二人が外に出ると、少し離れたところで西園寺と北大路が話しているのが見えた。
「何話してるんですかね」
ミドリがそう呟くと、アオイは囁くように言った。
「きっ、気になる……」
二人はバレないように物陰に隠れ、そっと近づいた。すると、会話が耳に届く。
「表見くんが行動しなくても、どうせ西園寺くんが動くつもりだったんでしょ?」
「なんのことー? 僕は自分の方針を貫くために、勝つことしか考えてなかったよー」
「嘘ばっか。モモハちゃんたちの曲がアップされたとき、クロエと三人で聴いたでしょ? あのとき、すごい顔してたじゃないの」
「ははっ! マリっぺはよく見てるねー」
「見てるわよ……いつだって……」
――ええー!? 何この雰囲気!?
アオイはミドリと顔を見合わせると、息を潜めてその場から離れた。そしてミドリが慌てて呟いた。
「あっ、あの二人って……」
「この話題はやめましょう……」
「でっ、ですね!」
二人は言葉少なに帰路についた。
***
最終結果の前日、窓の外に夜の静けさが広がる中、アオイはいつものように配信をしていた。
◆◆◆
「もうすぐ『クラッシュ・キャンディー』が500万再生だよ! みんなはもう聴いてくれたよねー?」
コメント欄が一気に動き出す。
▼「聴いたよー! 三人ともめっちゃ可愛かった!」
▼「ウララちゃんがいつもより女の子っぽくて新鮮だったよ」
▼「仕事前に聴くと元気もらえるっす」
「みんな、ありがとー! このまま500万再生目指すぞー!」
アオイはコメントに目を細め、ファンとのやり取りを楽しんだ。声に自然と力がこもり、画面越しの温かさに心が軽くなる。
◆◆◆
配信を終えると、アオイはソファに腰を下ろし、スマホを手に取った。モモハたちのMVの再生数を確認すると、461万再生。自分たちの『クラッシュ・キャンディー』は468万再生だ。ライブ配信前、五日目の時点では大きな差があったが、配信の影響か向こうの勢いが凄まじく、接戦に持ち込まれていた。
アオイはそれを嬉しく感じていた。お互いが最善を尽くした結果だからだ。西園寺と代表の勝負に水を差した負い目はあったが、それ以上に大切なことがあると、アオイは胸に刻んでいた。
その時スマホから着信音鳴り、ミドリの名前が表示された。アオイが急いで出ると、彼女の優しい声が聞こえてきた。
「こんばんは。いきなり電話しちゃってすいません」
「いえいえ! ちょうど配信終わったところだったんで全然!」
「観てたので知ってます! あっ、いや、えっと……」
ミドリの慌てたような様子をアオイは不思議に思ったが、それよりも、彼女が配信を観ていてくれた喜びの方が勝った。
「観ててくれたんですね、ありがとうございます! またコラボもしたいですね」
「そうですね。今回のことが終わったら、またコラボしましょっ!」
軽く会話を楽しんだ後、アオイは話題をグループ対抗戦へと切り替えた。
「そういえば、いよいよ明日ですね〜。正直、めっちゃソワソワしてますよ」
「ですよね。でも、結果はどうあれ、いい作品になったのでよかったと思えます。表見さんのおかげですね」
「あはは……俺は大したことしてないですよ」
「そんなことないです! 表見さんが協力してくれなかったら、ここまで接戦になってないですから」
「まぁ、接戦になっちゃって、西園寺さんには申し訳ないですけどね……」
「後悔……してますか?」
ミドリの慎重な声に、アオイはすぐに返事をした。
「いえ、俺はこれでよかったと思ってます! 一つ気がかりなのは、西園寺さんと代表の間に何かあったら申し訳ないってことだけですね。西園寺さんからは、俺に何も言ってこないので……」
「その件なんですが、ミャータくんから少し話を聞きましたよ!」
「えっ!?」
アオイが驚きの声を上げると、ミドリが言葉を続けた。
「なんでも、面白そうだったから社長室の前で盗み聞きしたとか……」
「あはは……それで、どうだったんですかね?」
「代表的には『彼女たちが自ら行動したことに口出しする気はない』とのことですよ!」
「懐が深い……!」
「ですよね。そんな代表と言い合いになるのが、ほんと不思議です」
「まぁ、西園寺さんにしか分からないこともあるんじゃないですかね」
「そうなんですかね。ちなみになんですけど……表見さん、約束は覚えてますか?」
その言葉に、アオイの胸がドキッと高鳴った。
「おっ、覚えてます……」
「…………約束、守ってくださいね」
ミドリのボソボソとした恥ずかしそうな声に、アオイは気まずく応えた。
「はい……」
「じゃ、じゃあ、わたしはこれから配信するので、この辺で失礼しますね!」
「がっ、頑張ってください! 配信、観てますね!」
「ほんとですか!? 嬉しいです!」
ミドリの明るく弾けるような声に、アオイの心が温かくなった。
「それじゃあ、失礼しますね」
電話が切れると、アオイはスマホを手に持ったまま、少し考え込んだ。
「約束かあ。勝ちたいけど、勝ったら食事はなし……なんか複雑だな……って、俺は何を言ってるんだ!?」
一人でドタバタと慌てていると、スマホに『翠月アリアのライブ配信が開始された』と通知が届いた。アオイはベッドに横になり、そっとアプリを開いた。
◆◆◆
「みんなのマイナスイオン、アリアリこと翠月アリアです! なんとなんと『Heart of Resolve』のMVの再生数が450万回を突破しました! アリアリは感無量です!」
ミドリの声が弾け、コメント欄が賑わった。
▼「毎日聴いてるよー!」
▼「三人のハーモニー美しすぎるよ……」
▼「まさに神曲! 周りにもおすすめしてる」
「みなさんありがとうございます! ということで、今日は『Sound Weapon オンライン』をやっていきます。なんと、ウララちゃんが配信を観てくれてるみたいなので、先輩としてカッコいい姿を見せますよー!」
アリアのアバターがウキウキと動き、アオイは彼女の気合いに少し驚いた。そして、ウララの名前が出たことになんだか嬉しさがこみ上げ、ついついコメントを打ち込んでしまった。
▼「紅音ウララ:先輩の勇姿、見届けます!」
コメント欄がさらに盛り上がった。
▼「ウララちゃんだー!」
▼「また二人のコラボ観たいぜ」
▼「二人で『Sound Weaponオンライン』やってー!」
「ウララちゃん、ありがとー! 近いうちにコラボしようって話してたから、皆様お楽しみに〜」
アリアがウィンクすると、アオイはミドリの姿を重ねてしまい、ドキッとした。そんな気持ちを紛らわすように、再びコメントした。
▼「紅音ウララ:お楽しみに!」
すると、一通のスパチャが目に飛び込んできた。
▼「二人ってプライベートでも仲良いんですか?」
アリアがそのスパチャを読み上げた。
「スパチャ、ありがとうございます! なになに、二人ってプライベートでも仲良……」
アリアの言葉が途切れ、アバターの表情が照れたように揺れる。アオイも顔が熱くなり、心臓が跳ねた。
「なっ、仲良いですよ!」
アリアが慌てて言うと、コメント欄が沸いた。
▼「尊い……」
▼「アリア×ウララ=最強!」
「さて、気を取り直してゲーム始めますね!」
アリアがゲームを始めると、アオイはそのプレイ画面を見つめた。彼女の楽しげな声が響き、観ているこちらを楽しい気持ちにさせてくれる。
◆◆◆
アオイはその配信を最後まで観ていた。夜が更ける中、明日の結果を待ちながら、複雑な思いが胸の中に静かに広がっていった。
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最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。
短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




