第46話『両グループ相まみえる!?』
そして迎えたレコーディング当日。アオイは"ボイストレーナー"という名目で、二人のレコーディングを見守るためにスタジオに足を踏み入れた。
アオイは前日にレコーディングを済ませていた。
コガネやナマリに正体を知られるわけにはいかない。そのため、二人のレコーディングよりも前に、自分のパートを録り終えていた。
すると、すでにコガネとナマリが到着しており、西園寺、東ヶ崎、北大路は何かを話し合っていた。
「おっ、きたね表見くん。なんかボイトレとかしてたみたいじゃない! 楽しみだねー!」
西園寺が目を輝かせて言うと、コガネが勢いよく応じた。
「任せてよー! ウチ、めっちゃ上手くなったんだからね!」
「ナマリさんも、声量のコントロールが完璧にできるようになりましたよ」
アオイが付け加えると、ナマリがコガネの背後に隠れながら恥ずかしそうに呟いた。
「アオにいのおかげです……」
その言葉に、東ヶ崎が眉をひそめてアオイを睨んだ。
「アオにい……お前、わたしのナマリたんにそんな呼び方させてるの? きもっ」
「おっ、俺が呼ばせてるわけじゃないですよ!」
アオイが慌てて弁解すると、北大路が冷ややかに言った。
「表見くん……さすがの私も少し引くわね……」
「北大路先生って、こういうとき乗っかってきますよね……」
アオイが苦笑いを浮かべると、西園寺が明るく話を切り替えた。
「アオにいでもアオねえでも何でもいいけど、レコーディング始めるよー!」
「アオねえはまずいでしょ!」
アオイがツッコむと、西園寺はケラケラ笑った。
「さて、ウララちゃんはスケジュールの関係で前日にレコーディングを済ませてあるから、今日はコガネんとナマリーのパートを録音しよう!」
「ウララちゃんに会いたかったなー」
コガネが少し残念そうに言うと、ナマリが小さく頷いた。
「どんな人か気になるよね……」
「まっ、また機会があったらね!」
西園寺は指で頬を軽く掻きながら言った。すると、東ヶ崎と北大路が曲の説明を始めた。
「じゃあ改めて曲の説明するけど、メインはコガネたんね。この曲はキャッチーでアップテンポな8ビートのリズムに、明るいメジャーキーで構成されてて、メロディはシンプルだけど、サビで転調してダイナミックに盛り上がるから、ポップで耳に残る仕上がりになってるよ」
さらに北大路が補足した。
「曲に負けないように歌詞もかなり明るくしたわ。キャッチーな曲調に合うようにオノマトペも入れてあるから、歌ってて楽しいと思うわよ」
「いえーい! ウチ、主人公ー!」
コガネが拳を突き上げると、ナマリが小さな声で応援した。
「コガネちゃん、かっこいい!」
アオイは二人の様子に微笑みつつ、レコーディングが始まるのを待った。
まずナマリがブースに入り、ヘッドフォンを装着して軽く息を整えた。アオイはガラス越しに彼女を見つめ、西園寺が「スタート!」と合図を送る。
ナマリが歌い始めると、そのソウルフルな声がスタジオに響き渡った。ボイトレの成果が現れ、声量は抑えつつも深い感情が込められ、抑揚のあるフレージングが曲に魂を吹き込む。低音から高音へのスムーズな移行が、彼女の歌に独特の力強さと温かさを与えていた。
そしてナマリが歌い終わると、アオイは目を輝かせ、歌い終えた彼女に拍手を送った。
「すごいよナマリさん! 声量コントロールも完璧で、めっちゃいい感じ!」
「ほんとだよ! ナマリー最高!」
西園寺も興奮気味に言うと、ナマリがブースから出てきて恥ずかしそうに俯いた。
「ありがとうございます……」
次にコガネがブースに入り準備を始めた。アオイは彼女の明るい表情に期待を寄せた。
そして曲が流れ始めると、コガネの歌声が弾けるように響いた。元々リズム感はよく、音程も大幅に改善されている。シオンの指導で培った表現力が加わり、フレーズごとに感情が溢れ出す。サビでは高音を力強く歌い上げ、彼女の持ち前の明るさが曲に更なる彩を加えた。
アオイはその成長に感動し、西園寺が涙を浮かべて叫んだ。
「すごいよ! 以前のコガネんとは比べものにならないくらい上手くなってる!」
コーラスやラスサビの部分も見事に歌い上げ、レコーディングが無事に終了。ブースから出てきたコガネは額に汗を滲ませ、満足げな笑顔を浮かべていた。
「師匠ー! ウチ、頑張ったよー!」
コガネがアオイに抱きつくと、アオイが笑顔で応えた。
「うっ、うん! シオンさんも喜ぶと思うよ!」
すると、ナマリがそっと近づき、アオイとコガネに小さく抱きついた。東ヶ崎がその光景を怒りの表情で見つめ、呟いた。
「羨まじい〜!」
「あはは……参ったな」
アオイが苦笑いを浮かべると、西園寺と北大路が顔を見合わせて軽く吹き出した。そして西園寺が手を叩く。
「じゃあ次がつかえてるから、クロっちと北大路先生以外は退室〜!」
「次……?」
「代表のグループだよ」
西園寺がそう言うと、北大路が補足した。
「私とクロエは、これから向こうのグループのレコーディングにも立ち会うのよ」
「なるほど……」
アオイが息を呑むと、西園寺が明るく締めくくった。
「じゃあ、僕たちは退散!」
東ヶ崎と北大路を除いた四人は、レコーディングルームを出る。
そしてスタジオの出口に向かっていると、ちょうど代表のグループと鉢合わせた。
「皆さんお疲れ様です。コガネくんもナマリくんも、今回の件で色々と巻き込んでしまったね。申し訳ない。しかし、こうして互いに切磋琢磨できるのは、非常に意義のあることだと私は思っているよ」
西園寺は少し険しい表情のまま、黙って聞いていた。
「ウチ、楽しかったから大丈夫ですよー!」
コガネが元気よく言うと、ナマリがアオイの背後から顔を覗かせ小さく頷いた。すると、代表は柔らかく微笑んだ。
「それならよかった。動画が公開されるのを楽しみにしてるよ」
ふと、代表の後ろにいるミドリに目を向けると、彼女が顔を赤らめ、気まずそうに目をそらした。アオイの胸が少しドキッとしたが、その瞬間、モモハが前に出てきて力強く宣言した。
「ワタシたち、負けません!」
モモハの圧に、アオイたちは思わず一歩引いた。彼女の後ろでは、ミャータが苦笑いしながらこちらを見ている。
やがて代表たちがレコーディングルームへ向かうため、アオイたちとすれ違った。そのとき、ミャータが軽く手を振る。アオイは苦笑いを返しながらも、その様子を複雑な気持ちで見つめた。
***
レコーディングから一週間が経ち、アオイは自宅のリビングでソファに座っていた。窓の外では夕陽が沈み、薄暗い部屋にオレンジの光が差し込む。今日は両グループの曲がアップロードされる日だ。
アオイはまだ完成した曲を聴いておらず、胸がドキドキと高鳴っていた。スマホを手に持ち、Wens公式チャンネルの更新を待つ。緊張で手が汗ばみ、時折時計に目をやっては落ち着かない時間を過ごしていた。
その時、スマホが軽く震え、コガネからのメッセージが届いた。
『師匠ーもうすぐだねー! ドキドキするー!』
そのストレートな言葉に、アオイは思わず肩の力が抜けた。コガネらしい無邪気さに救われ、微笑みながら返信を打つ。
『俺もドキドキだよ。でも、勝敗はどうあれ、コガネさんとナマリさんが頑張ってたから、きっといいものができてると思うよ』
すぐにコガネから返信が来た。
『ウララちゃんが抜けてる〜。酷いよ師匠ー!』
――あっ……
アオイは慌てて訂正した。
『ごめんごめん! 三人の力だね』
『師匠もだけどね! てかてか今更だけど、ウチのこと"さん"付けしないでよー!』
『わかったよ、コガネ』
『よろしー! じゃあまたね師匠!』
コガネのおかげで、アオイの緊張はすっかりほぐれていた。彼女の明るさは心地よく、周りを明るくしてくれる。
そしてアップロードの時間が来た。アオイは深呼吸し、スマホでWens公式チャンネルを開いた。画面に映った動画のタイトルは『Tri-Luce - クラッシュ・キャンディー』。
再生ボタンを押すと、軽快なイントロと共に可愛らしいMVが流れ始めた。
――グループ名もMVも、いつの間に用意してたんだろ。
アオイは目を凝らし、曲に耳を傾けた。
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