第44話『ボイストレーナーアオイ再び!?』
ミカンの路上ライブから数日後。いつものように配信を終えたアオイは、ヘッドセットを外してデスクに置き、スマホを手に取った。画面にはミドリからの着信履歴が残っている。
急いで掛け直すと、呼び出し音が数回鳴った後、ミドリの柔らかな声が耳に届いた。
「もしもし」
「配信してて全然気がつきませんでした、すいません!」
「全然ですよ! ちょっとお話しがしたくて……」
ミドリのその言葉に、アオイは少し緊張しながら話を切り出した。
「南野代表のグループにミドリさんが選ばれたって聞いて、正直びっくりしました……」
「わっ、わたしもそのことでお話ししたくて! 対抗戦とかはよく分からないんですが、お仕事なので、一生懸命取り組もうとは思ってます!」
ミドリの声が少し弾むと、アオイは彼女の直向きさに感心した。
すると、彼女は少しおずおずした口調で言葉を続けた。
「でも、対抗戦はあくまで代表と西園寺さんの問題なので、表見さんには普段通りに接してもらいたいです……」
「もちろんですよ! 俺も全力で頑張りますけど、それとこれとは別ですから。お互い頑張りましょう」
アオイが明るく返すと、ミドリの声が少し小さくなった。
「はっ、はい。それで……もしこっちが勝ったら……」
彼女の言葉が途切れると、アオイは思わず聞き返した。
「どうしました?」
ミドリが少し間を置くと、おどおどした様子で伝えてきた。
「もっ、もしこっちのグループが勝ったら、ご飯に連れて行ってください……」
「えっ? そんなのいつでも――」
「とっ、友達としてではなくてですね……」
アオイの言葉を遮るように、ミドリが呟く。恥ずかしそうに小さく響くその声に、アオイは一瞬呆気に取られ、間の抜けた声を漏らした。
「へっ?」
すると突然通話が切れ、ツーツーという音だけが耳に残った。アオイはスマホを手に呆然とし、ぽつりと呟いた。
「ええ……?」
部屋の静寂が重くのしかかり、アオイはミドリの言葉の意味を考え始めた。彼女の今までの様子――動物園での穏やかな笑顔、帰り道に口元を隠して呟いた言葉、恥ずかしそうに輝く瞳――次々と頭をよぎる。
――えっ、もしかして……
その瞬間、アオイの顔がカッと熱くなった。胸がドキドキと鳴り、頭の中で思考がぐるぐると回り始めた。
――いや、何かしらの好意は持ってもらってると思ってたけど、俺みたいな冴えない30歳に!? いやいや、そんなわけないだろ!
アオイは混乱しながら頭を振った。とりあえず考えるのをやめ、今はグループ対抗戦に集中しようと決めると、深呼吸をして気持ちを切り替えた。
***
翌日、アオイはミカンとシオンに誘われ、近所のファミレスに足を運んだ。店内は賑やかな笑い声と食器の音で溢れ、窓際の席に二人が座っているのが見えた。アオイが近づくと、ミカンが手を振って叫んだ。
「表見さーん! こっちこっち!」
「ミカンちゃん、お待たせ! シオンさんも!」
アオイが笑顔で返すと、シオンが静かに一言。
「別に待ってないわ」
「あはは……」
アオイが苦笑いを浮かべながら席に座ると、シオンが小さくクスッと笑う。すると、ミカンが目を輝かせて反応した。
「あー、シオンさん笑ったー!」
「黙りなさい」
シオンが冷たく言うと、アオイはそのやりとりを見て微笑んだ。
「この前の仕事から、二人ってすごい仲良くなったよね」
「そうなんです! 最近よくご飯行きますよねー、うちら」
ミカンが嬉しそうに言うと、シオンがコーヒーを手に持って淡々と返した。
「ミカンさんがしつこいからよ」
「またまたー、素直じゃないなー」
ミカンがからかうと、シオンは無言でコーヒーを飲み続けた。その様子にミカンは肩をすくめた後、アオイの方を見ながら話題を変えてきた。
「それより、ミドリさんが向こうのグループに入ったんですね!」
「そうなんだよね。まぁ、やるからには勝ちたいけど、争ってるのは西園寺さんと代表だし、ミドリさんとは普段通りでって話をしたよ」
「ふーん、そうなんですね……」
ミカンが興味深そうに呟くと、シオンが鋭い目つきで言葉を放った。
「甘いわね、お兄ちゃん」
「ええっ!? どして!?」
アオイが驚いて声を上げると、シオンが冷静に言葉を続けた。
「もしお兄ちゃんたちが負けたら、南野代表の方針になる。それってお兄ちゃんやミカンさんのような個性的な歌声の人にとって、とても弊害じゃないかしら?」
その言葉にアオイは息を呑んだ。確かに、ミドリやシオンのような綺麗に歌い上げるタイプには影響が少ないかもしれないが、自分やミカンのような感情を爆発させるタイプには、大きな制限がかかることになる。
アオイは事の重大さに気づき、額に冷や汗が浮かんだ。
「あわわわっ、それは困る! 表見さん、ぜったい勝ってください!」
ミカンが焦ったように言うと、アオイは少し弱気に応えた。
「じっ、尽力はするけど……」
「頼りないですよ〜。絶対に勝つぞーおー!」
「おっ、おー……」
ミカンが拳を掲げると、隣のシオンも無言で片手を少し挙げ、アオイはその仕草に励まされた。
だが、向こうのグループの実力を思い出し、アオイは頭を悩ませる。ミャータの実力は未知数だが、モモハとミドリはシンプルに歌が上手い。強敵すぎる相手にアオイの顔が曇る。
するとミカンが突然、提案をしてきた。
「ここはボイストレーナー表見さんの出番じゃないですか?」
その言葉に、アオイの頭に電球が灯るような閃きが走った。
「それだ! よしっ、二人に連絡してみる! あっ……」
アオイが言葉を詰まらせると、ミカンが首をかしげた。
「どうしたんですか?」
「もしよかったら、ミカンちゃんも手伝ってくれ――」
「もちろんですよー! むしろ頼ってもらえて嬉しいです!」
アオイの言葉を遮り、ミカンが目を輝かせながら食いついた。しかしそんなミカンに対し、シオンが静かに呟く。
「あなた、明日は予定があるって言ってなかったかしら」
ミカンはその言葉にハッとしたのか、いきなり目が泳ぎ始めた。
「あっ、あはは、そうだった……すいません、明日はちょっと……」
するとシオンがコーヒーを一口飲んだ後、淡々と提案してきた。
「わたしでよければ手伝うわよ」
ミカンが驚いてシオンを凝視し、アオイが感激の声を上げた。
「ほんとに!? 助かるよシオンさん!」
思わずシオンの手を握ると、彼女は無表情のまま顔を赤らめ、低い声で呟いた。
「離しなさい……」
「ごっ、ごめんなさい!」
アオイが慌てて手を離す。ミカンが眉間にシワを寄せてその様子を凝視した後、突然立ち上がった。
「わたしも行きたかったああぁぁあああ!」
ミカンの声がファミレスに響き渡り、アオイはシオンと顔を見合わせ苦笑する。すると、彼女の口角がほんの少し上がったように見え、アオイも思わず微笑んだ。
***
数日後、四人はボイストレーニングのためにスタジオに集まっていた。
「ナマリさん、この前ぶりだね」
アオイが柔らかい口調でナマリに話しかけると、彼女がコガネの背後に隠れたまま、モジモジしながら呟いた。
「こっ、ここここんにちは……」
その恥ずかしそうな様子に、アオイは既に慣れていた。
「また師匠がボイトレしてくれるんでしょー!」
コガネが元気よく声を上げた。
「うん! 今日はシオンさんも協力してくれるって!」
アオイが明るく返すと、コガネが目を輝かせてシオンを見た。
「シオン様ありがとー! でも、二人っていつの間に親しくなったのー?」
「内緒よ」
シオンが静かに答えると、コガネがニヤニヤしながらからかってきた。
「えー怪しー! もしかしてもしかしてー?」
「想像に任せるわ」
「へっ!?」
シオンが淡々と返すと、コガネが驚いたような声を上げた。
「そっ、その言い方は勘違いされるって!」
焦るアオイを横目に、シオンの口角がほんの少しだけ上がった。その微かな笑みに気づき、彼は少し安心する。
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