第43話『まさかの三人目!?』
翌日、アオイは駅の西口でミカンの路上ライブに足を止めていた。夕日の柔らかな光が石畳に映り、通りを行き交う人々のざわめきが、心地よいBGMのように響いている。
ミカンのギターが軽やかなリズムを刻み、彼女の伸びやかで芯のある歌声が空に溶け込んでいく。アオイはその音色に耳を傾け、自然と体がリズムに合わせて揺れていた。いつもながら、その声には人を引きつける不思議な力がある。
「ねぇ表見さん! 一緒に歌おうよ!」
ミカンが突然、アオイに手を伸ばしながら呼びかけた。アオイは驚きに目を丸くし、慌てて手を振った。
「えっ!? いやいや、さすがにそれは……」
「いいからいいから! せっかく来てくれたんですし!」
ミカンがギターを弾きながらニヤリと笑い、アオイに近づいてくる。その押しに負け、アオイは渋々ながらステージ――といっても路上の小さなスペース――に上がった。心臓がドキドキと鳴り、周囲の視線が自分に集まるのを感じて、少し足が震えた。
「じゃあ『夜風』でいいかな……」
アオイが緊張を隠しながら言うと、ミカンがギターを軽く鳴らし、明るく頷いた。
「もちろんです! わたし、ギター弾きますね!」
アオイは深呼吸し、気持ちを切り替えた。ミカンのギターが静かに流れ始めると、アオイは緊張を和らげるために目を閉じ、素の声で歌い始めた。『夜風』のメロディが路上に響き、低いトーンから徐々に高ぶる抑揚が、アオイ自身の感情を乗せて広がっていく。
最初は少しぎこちなかった歌声も、次第に力強く伸びやかになる。アオイが目を開けると、先ほどよりも人が増えていた。その光景に不思議と緊張が解け、アオイは歌に没頭していった。
そして歌い終わると、周囲から温かな拍手が沸き起こる。アオイはその様子に戸惑いながらも、顔が熱くなるのを感じつつ頭を下げた。
「ありがとうございます……」
そして路上ライブが終わり、ミカンと一緒に片付けを始めると、彼女がギターをケースにしまいながら話しかけてきた。
「表見さん、前よりもなんか感情がこもってて、進化してますよね!」
アオイは手を止めて少し考えた。確かに、ウララとして活動を重ね、馴染みのないロックな曲を歌う経験を積んだことで、歌声に深みや抑揚が加わった気がする。それに、以前はただ感情に任せて歌うだけだったのが、今は聴き手のことも考えながら歌うようになった気がしていた。
「そうかな……まぁ、そうだといいけど」
そこへ、ふと一人の女性が歩み寄ってきた。二十代前半ほどで、カジュアルな装いに身を包み、柔らかな笑みを浮かべている。
「お兄さんめっちゃよかったです! SNSとかやってたら教えてください!」
アオイは突然の声に驚き、言葉が詰まって声が出なかった。ミカンがすかさずフォローする。
「ごめんね。この人は音楽活動してないんだよね」
「そうなんですね……」
女性が残念そうな表情を浮かべると、ミカンが明るく言葉を続けた。
「でも、わたしのライブに飛び入りすることもあるかもだから、また来てね!」
「なっ、勝手に――」
アオイがそう言いかけた瞬間、ミカンが両手を広げ「まぁまぁ」とでも言いたげに笑った。すると女性が目を輝かせて応じた。
「また必ず来ます!」
その瞳に、かつて自分のライブを見ていた時のミカンの瞳を思い出し、アオイは胸が温かくなる。
そして女性が去るのを見送ると、ミカンが得意げに言った。
「ファンゲットー!」
「また勝手なことばっか言って……」
アオイが呆れたように返すと、ミカンが悪戯っぽく笑った。
「でも、久しぶりに気持ちよかったんじゃないですか?」
「まぁ……」
アオイは認めざるを得なかった。ミカンの路上ライブに集まった人達とはいえ、大勢の前で素の声で歌うことに、何とも言えない高揚感を感じた。
感慨に浸っているアオイに、ミカンが提案をしてきた。
「この際、デュオでも組みますか?」
「調子に乗らない」
アオイは軽くミカンの頭をチョップし、彼女が「いたっ! 暴力反対ー!」と叫んだ。二人は顔を見合わせて笑い合い、夕陽に染まる路上に笑い声が響いた。
そして二人はその場で別れ、アオイは一人歩き出した。ミカンとの会話を思い出し、胸が少し高鳴っているのを感じていた。歌ったときの拍手、ミカンの笑顔、女性の輝く瞳――それらが混ざり合って、心に温かな余韻を残している。その時、後ろから軽快な声が聞こえてきた。
「アオイさーん!」
振り向くと、ミャータがこちらに向かって走ってくる。その様子にアオイは驚き目を丸くした。
「ミャータくん!?」
「はぁはぁ……。どないしたん? こんなとこで」
ミャータが息を切らしながら尋ねてきた。
「出かけた帰りだけど、ミャータくんは?」
「ぼくはな、グループソングの件で事務所行ってたんや」
その言葉に、アオイは思わず息を呑んだ。ミャータが笑顔で言葉を続ける。
「まぁ、対抗戦なんて代表と西園寺さんの都合やし、ぼくらは仲良くしよーや」
「たっ、確かに! ちなみになんだけど、そっちのグループの三人目って誰なの?」
アオイがそう尋ねると、ミャータはあっさり答えた。
「ミドリさんやで〜」
アオイは唖然とした。まさかミドリと競い合うことになるとは夢にも思っていなかった。その様子を不思議に思ったのか、ミャータが少し首をかしげながら言葉を続けた。
「ミドリさんは誰とでも合わせられるのが個性でもあるからな。代表と西園寺さん、どっちの方向性にも無理なく対応できるんは、彼女と……あとはシオン様くらいちゃうかー」
「ミャータくんは二人の方向性についてどう思うの?」
「うーん、ぼく的には楽しけりゃどっちでもええかなー」
「あはは……」
アオイが苦笑いすると、ミャータは気さくに笑った。
「マネージャーも大変やろ〜! まぁ、うちでよかったら相談乗るし、いつでも言うてや!」
「あっ、ありがとう……」
そして二人は連絡先を交換することにし、アオイはスマホにミャータの番号を入力した。すると、ミャータがからかうように言った。
「でも、ぼくが可愛いからって毎日のように連絡してこんといてなー?」
「確かに、ミャータくんって美人だからモテそうだもんね」
アオイが何の気なしなくそう返すと、ミャータが突然、顔を赤らめ後ろを向いた。
「くっ、口説いてるんー? ぼくそんな簡単ちゃうでー?」
「そっ、そんなつもりじゃないよ!」
アオイが慌てて弁解すると、ミャータが笑いながら振り返った。
「まぁええわ! ほな、ぼくそろそろ帰るな!」
「色々とありがとう」
「ええよ! でも、負ける気はないからなー!」
ミャータが笑顔で言うと、アオイも笑顔で応えた。
「こっちもそのつもりだよ!」
「あはは、自分のことみたいに言うやん!」
「まっ、マネージャーとしてだよ!」
アオイが焦って返すと、ミャータがからかうように笑った。
「そうか。マネージャーとしてな」
二人は笑い合い、ミャータが軽快に手を振って去っていった。アオイは彼女の背中を見送りつつ、夕暮れの街並みを歩き始めた。ミカンとのライブ、ミャータとの会話が頭を巡り、胸の高鳴りが収まらないまま家路についた。
お読みいただきありがとうございます。
もし楽しんでいただけましたら「ブクマ」や「いいね」だけでもいただけると励みになります!
また、誤字脱字や気になる点がありましたら、ご指摘いただけると幸いです。
また『30歳無職だった俺、いきなり女性VTuberになる。』キャラクターガイドブックの投稿も始めました。
最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。
短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




