第4話『可愛い女の子限定!?』
目の前に立つ人形のように美しい少女に、アオイは圧倒され言葉を失った。だが、その幼さの残る顔つきに気づいた瞬間、張り詰めていた緊張がふっと緩み、思わず口が動いた。
「こ、子ども……?」
その呟きが漏れた瞬間、東ヶ崎の目が鋭く光り、手に持っていた楽譜がアオイに向かって飛んできた。楽譜は額に直撃し、アオイは「痛たたた!」と声を上げて頭を押さえた。
「失礼なやつ。わたしは23歳だ」
東ヶ崎の冷たい声が響き、アオイが顔をしかめていると、西園寺が慌てて間に割って入った。
「なんでいきなり『楽曲を使わせない』なんて言うのよ、クロっち!」
「西園寺……お前はわたしとの契約を破った!」
東ヶ崎はそう言い放つと、鋭い眼光で西園寺を睨みつけた。その眉間に刻まれた深いシワには、明らかな怒気が滲んでいた。
――お前呼び!?
驚きつつも、アオイは二人のやり取りを静かに見守った。すると、西園寺は肩をすくめて、どこか軽い調子で応じた。
「契約? クロっちの要望は全部叶えてあげてるじゃん! このスタジオだってクロっち専用で――」
「わたしの作る曲は、可愛い女の子が可愛く歌う。それ以外に使わないって契約、忘れたの?」
東ヶ崎が言葉を遮り、鋭く問い詰めた。その言葉に、アオイの中で何かが引っかかる。
西園寺は反論の言葉が思いつかないのか、黙り込んだ。その沈黙が少し気まずくて、アオイは思わず口を開く。
「女の子が好きって、そういう…?」
その言葉に、東ヶ崎の表情が一変した。さっきまでの鋭さが嘘のように消え、目を輝かせて語り出した。
「そうなの! わたしの作る曲は、可愛い子がより可愛く輝いて、その子が持ってる潜在能力を100%引き出すための曲なの!」
東ヶ崎は捲し立てるように語り出した。
――なんか、今の東ヶ崎さんのこの感じ、西園寺さんに似てる……
「それを何? 30歳のおっさんが歌う? ふざけないで。わたしの曲を汚さないでよ!」
東ヶ崎は再び険しい表情に戻ると、より一層と口調を強める。その様子に西園寺は必死に反論し始めた。
「待ってよ、クロっち! 確かに契約はそうかもしれないけど、紅音ウララはもう大々的に宣伝してるし、デビュー日も決まってるんだ! 今から新しい声優を探すなんて――」
「わたしには関係ない」
再び言葉を遮られ、困り果てた西園寺の横で、アオイはそっと手を挙げた。
「あの〜……」
「お前さっきからずっといるけど、誰?」
東ヶ崎の視線が再びアオイに突き刺さる。その凍りつくような眼光に、アオイは小さく苦笑いを浮かべた。
「えっと、その30歳のおっさんです……」
「お前が……」
東ヶ崎の目がさらに鋭く細まる。その目に圧倒され萎縮しながらも、アオイは必死に言葉を紡ぎ出した。
「東ヶ崎さんの曲、めっちゃよかったです。俺も音楽やってたから分かるんですけど、天才だなって。俺なんてライブしても客が全然来なくて……そんな才能のない俺が、こんな素晴らしい曲を歌うかもしれないなんてって思いました……」
「表見くん……」
「でも、この曲を歌った時にすごく馴染んだというか、何て言えばいいかわからないけど、今まで知らなかった自分が引き出されたと言うか……」
「長いし何が言いたいか分からない」
「だ、だから! 俺が言いたいのは……東ヶ崎さんの曲で変われるかもって。もしこの曲を歌わせてもらえるなら、全力で挑みたいと思ってるんです!」
アオイはしどろもどろになりながらも、真剣な表情で東ヶ崎を見つめた。その熱量に胸を打たれたのか、西園寺が涙を浮かべながらアオイに抱きついてきた。
「表見く〜ん!」
「ちょっと、西園寺さん離れて!」
アオイは慌てて西園寺を引き剥がすと、その様子を見ていた東ヶ崎の目つきが、さらに鋭くなるのを感じた。
そんな彼女に、西園寺は真剣な表情を向けて言った。
「とにかく一回でいいから聴いてみてよ! そうすればクロっちも考えが変わるから!」
その言葉に、東ヶ崎が小さく鼻を鳴らした。
「ふ〜ん、そこまで言うなら一回だけ聴いてあげる。もしそれでわたしに響かなかった、こことの専属契約は解消させてもらうから」
「解消!? なにもそこまで!」
焦るアオイとは裏腹に、西園寺は毅然とした態度で東ヶ崎に向き直り、その自信に満ちた様子を見せながら、落ち着いて言葉を放った。
「いいよ」
――西園寺さん……
即座に応じた西園寺に、アオイは嬉しさと不安が入り混じった気持ちを抱いた。
「そういう自信満々なところ、むかつく」
「はははっ! じゃあ早速聴いてもらおうか!」
東ヶ崎が呟いた言葉を、西園寺は軽く笑い飛ばした。
そして西園寺が機材の調整を始めると、アオイはマイクの前に立ち、緊張を和らげようと、深く息を吸い込んだ。
「調整終わったから、いつでもいいよー!」
西園寺からの合図が聞こえ、アオイはヘッドホンを装着した。そして曲が流れ始めると、自然と歌い出した。順調に歌い進める中、西園寺の視線を感じる。その自信に満ちた眼差しに、アオイの心に力が湧いた。
――ああ、本当にいい曲だし、俺なんかが歌っていいのかなって今でも思う。でも、それでも、西園寺さんが認めてくれたんだ! その気持ちに答えたい!
サビに入った瞬間、自分でも驚くほど力強い声が響く。同時に東ヶ崎が目を見開き、息を詰めるようにして聴き入っているのが見えた、
そして無事に歌い終わると、アオイは軽く息をついて、少し緊張しながら深く頭を下げた。
「ありがとうございました!」
顔を上げると、東ヶ崎が無言でこちらを見つめていた。その視線に少し戸惑いながらも、アオイは黙って彼女を見つめ返す。しばらく沈黙が続き、やがて彼女が静かに口を開いた。
「お前……名前は?」
「あっ、表見です!」
「違う、下の名前」
「えっと、アオイです!」
アオイが慌てて答えると、東ヶ崎はしばらく黙り、少し目を細めた。
「……西園寺!」
「はいー!」
「一曲通しで録音したら、ここに持ってこい」
「えっ、それって?」
東ヶ崎の表情は一瞬険しくなったが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「うるさい」
その一言で、アオイの肩の力が一気に抜けた。すると、まるでその言葉を待っていたかのように西園寺が叫び出した。
「やったぁぁあああ!」
彼の声がスタジオに響く中、アオイは小さくガッツポーズをした。
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