第37話『恋のチカラかしら!?』
アオイはWens株式会社の公式チャンネルで、シオンとミカンと共に新作スマホゲームのPR動画撮影に臨んでいた。スタジオの照明が眩しく、カメラのレンズがこちらをじっと見つめている。アオイは深呼吸し、ウララとしてのスイッチを入れた。
◆◆◆
「みんなー! 紅音ウララだよー! 今日もみんなでロックンロール!」
「太陽サンサン、琥珀リリカです!」
「皆様の心の月明かり、紫波ユリスです」
三人がそれぞれ挨拶を終えると、新作スマホゲーム【Sound Weapon オンライン】のPRが始まった。画面には、ファンタジーMMOと音ゲーが融合した独特なゲームの画面が映し出されている。戦闘中にリズムに合わせて攻撃を繰り出す斬新なシステムに、アオイは内心で感心していた。
そして実況がスタートし、アオイは早速ゲームをプレイし始めた。画面上でギター型の剣を振るうたび、音符がタイミングよく光り、タップする感覚が心地よい。必殺技を使うと曲が流れ、流れてくる音符をタイミングよくタッチすると、威力が上がる仕様だ。
「これ、めっちゃ楽しい! ウララもリズムに乗って敵をバッサバッサやっちゃうよー!」
続けてミカンが隣で楽しそうに笑いながら、自分のキャラクターを操作する。
「リリカ、魔法使いだから遠距離攻撃で攻めます! ゲームあんまり得意じゃなかったけど、音楽は得意だからこれなら楽しめますね!」
シオンは冷静に画面を見つめ、流れるような動きで敵を倒していく。その指先の正確さに、アオイは思わず見とれた。
「武器と楽器をカスタマイズできて、それぞれ特性が違ったり、戦略性もあって面白いですね」
三人がゲームを進めると、ミカンがカメラに向かって元気よく説明を始めた。
「来月から配信となります! ダウンロード予約特典で、Wens株式会社のVTuber"翠月アリアちゃん"になりきれちゃうアバターが手に入ります! なんとそのアバターを装備して必殺技を使うと、テーマソング『Music Is My Weapon』のアリアリVerが流れる仕様になってますよー!」
その言葉に合わせ、ゲーム画面が切り替わり、翠月アリアのアバターを着たキャラクターが登場した。華麗なモーションで必殺技を繰り出すと、アリアの透き通った歌声が流れ出し、アオイは思わず「おおっ」と声を漏らした。
シオンが穏やかな声でカメラに語りかけた。
「予約はこの動画の概要欄に貼ってありますので、皆様のご予約をお待ちしております」
「絶対にダウンロードしてよねー!」
ウララが締めると、最後に三人で声を揃えた。
「「「それじゃみなさん、またねー!」」」
◆◆◆
撮影が終わり、アオイは肩の力を抜いた。そこへ西園寺が近づいてきて、にこやかに声をかけてきた。
「お疲れ様!」
「お疲れ様です」
アオイが返すと、西園寺が目を細めてこちらを見た。
「ずいぶん眠そうだね」
「徹夜でこのアプリやってました……面白すぎて……」
アオイが苦笑いしながら言うと、西園寺が「それはよかった」と笑い、どこか呆れたような表情を浮かべた。
「確かに表見さんが一番楽しそうでしたよね」
ミカンが隣でくすくす笑いながら言う。アオイは少し照れながら頷き、シオンに目を向けた。
「でも一番上手かったのはシオンさんですよね」
「ゲームは配信でもよくするから得意なのよ」
シオンが淡々とした様子で返す。
――さすがナンバーワン……
西園寺が満足げに頷きながら言った。
「楽しさが伝わってくるいい動画になってたと思うよ。先方のオッケーが出たら配信されるから、楽しみにしててね」
アオイ、ミカン、シオンは撮影スタジオを後にし、三人で近くの喫茶店に入った。木のテーブルの温もりやコーヒーの香りが漂う中、ミカンが目を輝かせて口を開いた。
「まさか翠月アリアのアバターがゲーム内で採用されるなんて、ミドリさん羨ましいです!」
その言葉に、アオイは以前の西園寺の言葉を思い出した。
"ミドリちゃんにも今後頼みたい仕事があるから、楽しみにしててね!"
――あの時言ってたのはこのことか……
シオンが静かにカップを手に持ったまま、淡々と言った。
「最近の活動や再生数を考えれば、なんら不思議じゃないわ」
確かに、ここ最近のミドリは目覚ましい活躍を見せていた。連日の長時間配信をこなし、チャンネル登録者数は195万に達し、もうすぐ200万人に届く勢いだ。アオイは配信内で「最近VTuber活動が楽しい」と話す彼女の声を思い出し、その意欲に感心していた。
「恋の力かしらね」
シオンがそう言いながら、アオイをちらりと見た。その視線に反応するように、ミカンがこちらを睨みつけてきた。アオイは慌てて手を振った。
「だからそんなんじゃないって!」
苦笑いを浮かべていると、突然アオイのスマホが鳴った。ポケットから取り出すと、画面に表示された名前は「ミドリ」。アオイが驚いて固まると、ミカンがスマホを覗き込み、目を丸くした。
「ミドリさんっていつもすごいタイミングで現れますね……」
シオンが無言でアオイのスマホに手を伸ばし、通話ボタンをそっと押した。
「なっ!?」
アオイが声を上げた瞬間、ミカンがニヤニヤしながらスピーカーのONボタンを押す。
「ちょっ!?」
慌てるアオイをよそに、スマホからミドリの声が響いた。
「もしもし」
アオイは慌てて姿勢を正し、声を絞り出した。
「どっ、どうも!」
「今、大丈夫ですか?」
ミドリが尋ねてくる。アオイはミカンとシオンを見た。シオンは目を閉じたままコーヒーを飲み、ミカンはニヤニヤしながら頷いている。アオイは仕方なく答えた。
「だっ、大丈夫ですよ」
「あの……わたし、もうすぐチャンネル登録者数が200万人行きそうなんです」
「おっ、おめでとうございます! すごいですよね、アリアが"Sound Weapon オンライン"でアバター化もしますし」
アオイが勢いよく返すと、ミドリが少し照れたような声で続けた。
「あっ、ありがとうございます! そっ、それで……」
「どうしました?」
「200万人行ったら、一緒にお祝いしてもらいたいです……友達として……」
ミドリの声が小さくなり、どこか恥ずかしそうに途切れる。アオイはそれを聞いて、少し胸が温かくなった。
「俺でよければお祝いしますよ! 西園寺さんたちも呼びますか?」
「二人が……いいです」
ミドリの声がさらに小さくなり、ためらいが滲んでいる。すると、ミカンがその言葉に反応したのか、声を上げかけた。
「二人っき――」
シオンが素早くミカンの口を塞ぎ、押さえ込む。アオイは苦笑いしながら二人を見つつ、ミドリに返した。
「俺は大丈夫ですけど、ミドリさん何かしたいことあります?」
「どっ、動物園に行きたいです」
「動物園……俺、行ったことないんで行ってみたいですね」
「そっ、それならよかったです!」
ミドリの声が一気に明るくなり、アオイもつられて笑顔になった。
「じゃあまた計画立てましょう! 200万人までもう少しですけど、体調に気をつけて頑張ってくださいね」
「ありがとうございます! 頑張りますね! では失礼します」
電話が切れ、アオイはスマホをポッケにしまった。すると、ミカンが突然立ち上がり、声を張り上げた。
「それってデートじゃないですかああああ!」
「いやいやいやいや友達としてだよ」
アオイが苦笑いで返すと、シオンが冷静に言った。
「完全にデートね」
「デートなの!?」
アオイが混乱して聞き返すと、ミカンの怒りが収まらないのか「うがー!」と唸るような声が喫茶店に響いた。アオイは困り果てた顔で彼女を見つつも、その場の騒がしさがどこか楽しくも感じた。
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また『30歳無職だった俺、いきなり女性VTuberになる。』キャラクターガイドブックの投稿も始めました。
最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。
短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




