第36話『酒は飲んでも呑まれるな!?』
アオイがミャータの軽快な動きを見ていると、彼女がふと西園寺に目を向けた。カウンターの明かりが銀髪に反射し、ターコイズブルーの瞳がキラリと光る。
「そういえば、新作スマホゲーのテーマソングってどうなってはるんですか?」
「ちょうど今日、レコーディングしてきたんだよねー。で、これはその打ち上げってわけ」
西園寺が気楽に答えると、ミャータの目が一気に輝いた。
「じゃあ、ウララちゃんもおったん!?」
「まっ、まあね」
西園寺が少し言葉を濁し、グラスを手に持ったまま視線を逸らすと、ミャータは悔しそうに唇を尖らせる。
「同じ事務所のVTuberとして、ウララちゃんの中の人と会いたかったわー!」
彼女もVTuberだということに、アオイは少し驚いた。
「ミャータさんもVTuberなんですね」
「せやで! ぼく"浅葱コスモ"って名前でVTuberやってるんや」
ミャータが胸を張って言うと、背筋がピンと伸び、誇らしげな笑顔がこぼれた。ミカンが横からくすくす笑いながら、グラスを手に持ったまま補足した。
「ミャータくんは実際はこんな感じだけど、コスモちゃんのときはめっちゃ乙女なんだよねー」
「そっ、そういう設定でやってるだけやで!」
ミャータが少し顔を赤らめて言い返した。頬がほんのりピンクに染まり、慌てて目をそらす姿に、アオイは内心で驚いた。
――ちゃんと女の子っぽいところもあるんだ……
ミャータが気を取り直したように、西園寺に再び質問を投げかける。その声には期待が滲んでいた。
「そういや、モモハちゃんのVTuberデビュー決まったって聞いたんやけど、いつなん? ぼく、あの子に目ぇかけてるから楽しみやー」
その「モモハ」という名前に、アオイの胸が少しざわついた。以前会った時の彼女の言葉が、鮮明に脳裏に蘇る。
"Wensの次世代エースはワタシだって!"
あの時の自信満々な声と鋭い視線を思い出し、アオイは一瞬息を呑んだ。紅音ウララ役を結果的に奪ってしまった経緯もあり、後ろめたさがずっと胸に引っかかっていた。だからこそ、モモハのデビューが決まったと聞いて、アオイの中にほっとした気持ちが広がった。
「まだ内緒だったのにー! 一体誰から聞いたのよー!」
西園寺が驚いたように声を上げると、ミャータがあっけらかんと肩をすくめた。
「南野さんに聞いたんやでー」
その言葉に、西園寺の目が珍しく鋭くなった。普段の軽い雰囲気が一瞬にして消え、アオイはその変化に戸惑った。
「どっちのよ」
西園寺の声がいつもより低く響き、店内の喧騒の中でひときわ重く感じられた。アオイはそのやり取りを不思議そうに見つめた。北大路は横で静かにお酒を飲んでいるが、西園寺をちらりと見る目つきに、何か含みがあるようだった。
ミャータが西園寺をじっと見て、にやりと笑った。口角が上がるその表情は、どこか企むような雰囲気が感じられる。
「西園寺さんのお察しの通りやで」
「なるほど、ならしょーがないか!」
西園寺が笑いながらそう言うと、再び軽い雰囲気に戻った。しかし、アオイにはどこか違和感が残った。彼の表情がいつもより硬いように感じ、微かな緊張が隠れている気がした。それに一つ疑問もある。
――どっちってどういうことだ?
「ほな、これから店に顔出すから、ぼくはこの辺でおいとましまーす」
ミャータが立ち上がると、ミカンがグラスを置いて明るく返した。
「コンカフェだっけー?」
「そうそう! 近くやから顔だけ出しとこう思て」
「そっかそっか! じゃあまたねー!」
ミカンの声に合わせ、ミャータが笑顔で手を振り店を出ていった。彼女の銀髪が店の明かりに映え、ドアが閉まるまでその姿をアオイは見送った。そして完全に見えなくなると、北大路が静かに口を開いた。グラスを手に持ったまま、落ち着いた声が響く。
「西園寺くん、隠せてないからね」
「ごめんごめん!」
西園寺が慌てて謝り、両手を合わせて頭を下げた。アオイは何のことか分からず、ふとミカンの方を見ると、彼女が気まずそうに目を逸らした。指先でグラスを軽く叩く仕草が落ち着かなさを物語っている。すると、北大路が少し重たい口調で話し出した。
「表見くんはまだ知らないのよね」
「何のことですか?」
アオイが首をかしげて尋ねると、北大路が静かに続けた。
「西園寺くんの部下の南野さんのことは知ってるわよね?」
「もちろん! いつも優しく接してくれて、いい人ですよね」
アオイがそう答えると、北大路が静かに頷き、グラスを置いて話を続けた。
「その南野さんのお父さんが、Wens株式会社の代表よ」
「えええ!?」
アオイは思わず声を上げ、驚きのあまりグラスを握る手が震えた。北大路が苦笑いを浮かべながら、説明を続けた。
「代表と西園寺くんは、VTuber事業の方針であまり噛み合わないのよね。まぁだからって、代表の名前が出るとピリつくのはやめてほしいけど……」
「だってだって! あの人は個性よりグループ性を重要視するんだもん!」
西園寺が勢いよく割り込んだ。グラスを手に持ったまま身を乗り出し、熱がこもった声が店内に響く。
「僕はね、本人の個性が大事だと思ってるのよ! キャラだって歌だって、やることだって何でもそう! それぞれがありのままの自分を表現できなきゃ意味がないじゃん!」
「はいはい、お酒入りすぎ。現状は西園寺くんのやりたいようにやらせてくれてるんだから、文句言わないの」
北大路が軽くあしらい、グラスを口に運んだ。だが、西園寺の言葉は止まらず、熱弁を続ける。その様子に、アオイとミカンは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。だが、西園寺の熱い言葉はアオイの胸に深く響いた。
確かに西園寺さんは本人の主張を大切にしてくれる。紅音ウララだって基本設定はあるものの、ほとんどありのままの自分を出させてもらっている。自然体でいられるのはストレスが少なくて済むし、こんな大きな仕事を、無理なく続けられる理由の一つなんだろな。
アオイはしみじみそう感じると、喉に残るビールの苦味が、その思いをより強く実感させた。
「ごめんね、この人語り出したら止まらないから。私が送ってくから、二人はもう帰りなさい」
北大路がそう言うと、立ち上がりながら西園寺の肩を軽く叩いた。アオイとミカンは「ごちそうさまです」と礼を言って席を立った。北大路が西園寺の腕を引っ張る姿を背に、店を出た。
帰り道、夜風が頬を撫で、アオイの酔いを少し醒ましていく。ミカンが隣でぽつりと口を開いた。
「西園寺さんって普段は軽いけど、ちゃんとわたし達のこと見てくれて、考えてくれてますよね」
「うん。振り回されることも多いけど、気がつけばこんな大きなことができるまでになってた。ほんと感謝しかないよ……」
アオイがそう返すと、ミカンが目を輝かせた。街灯の下でその瞳がキラリと光る。
「わたし達、もっと頑張らないとですね!」
その言葉に、アオイは身が引き締まる思いがした。大きく頷き夜空を見上げると、星がちらりと見える。そしてアオイは勢いよく両手を上げて叫んだ。
「がんばるぞー!」
「あはは、表見さん酔ってますね」
ミカンが笑い声を上げ、その明るい声が夜の静寂に響いた。アオイもつられて笑い、二人で顔を見合わせた。そして夜風に吹かれながら、それぞれの家路につく。アオイの足取りは軽く、胸には新たな決意が温かく灯っていた。
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また『30歳無職だった俺、いきなり女性VTuberになる。』キャラクターガイドブックの投稿も始めました。
最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。
短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




