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第35話『銀髪の美少年は関西弁!?』




 シオンとミカンと共に、アオイは録音ブースに立っていた。目の前ではミカンが軽く首を振り、リズムを取っている。その隣では、シオンが静かに目を閉じ、集中を深めていた。


 二人の姿を見つめながら、アオイは深く息を吸う。そして、紅音ウララへとスイッチを切り替えた。


 ミカンが最初に歌い出し、柔らかく芯のある中音が響く。続いてアオイが力強いボーカルを重ね、情熱的な声で空間を満たした。そしてシオンの伸びやかで透き通った高音が加わり、三人の声が見事に調和する。アオイは歌いながらその美しいハーモニーに聴き惚れていると、ガラス越しの西園寺が満足げに頷くのが見えた。


「オッケー! バッチリだよ!」


 西園寺の明るい声がスピーカーから響き、アオイは心地よい疲労感に包まれた。ミカンが小さく拳を握り、シオンが静かに頷く。三人はブースから出て、コントロールルームに戻った。


 そこへ北大路が穏やかな笑みを浮かべて近づいてきた。彼女の手にはペットボトルの水が三本あり、それぞれ手渡ししてきた。


「三人とも、本当にお疲れ様。素晴らしい出来だったわよ」


 その労いの言葉に、アオイは少し照れながら「ありがとうございます」と頭を下げた。ミカンは「えへへ、北大路さんに褒められちゃった!」と笑い、シオンは無言で小さく会釈する。


「ここからはわたしの仕事ね。腕が鳴るわ」


 東ヶ崎がそう言ってコンソールの前に立ち、指を軽く鳴らした。彼女の目は、曲を仕上げることで頭がいっぱいとでも言いたそうな熱を帯びていた。


「また無理しないでね、クロっち」


 西園寺が心配そうに声をかけると、北大路がくすりと笑って言葉を添えた。


「クロエったら、一度仕事を始めると止まらないんだから」


「マリ姉と違って若いから大丈夫よ」


 東ヶ崎が軽く言い返すと、北大路は顔が引きつりながらも微笑んだ。


「言ってくれるわね」


 そのやり取りを、アオイは困ったような顔で見つめていた。二人の間に漂う微妙な空気に、どう反応すべきか迷っていると、西園寺がそっと近づき、耳元で囁いてきた。


「一緒に仕事すると、あんな感じで姉妹喧嘩みたいになるけど、普段は仲良いんだよ。プライベートでもよく合ってるみたいだし」


「「余計なこと言うな西園寺!」」


 東ヶ崎と北大路が息ぴったりに声を揃えた。アオイは思わず噴き出しそうになり、慌てて口元を押さえた。


「あはは……すいません」


 西園寺が苦笑いで謝ると、アオイとミカンは我慢できずに笑い声を上げた。シオンも無表情のまま、口元がわずかに上がっているように見えた。


「さあ! レコーディングは終わったから、明後日は三人でWens公式チャンネルでPR動画撮るよ! 先方からゲームアプリが入った端末を借りてきたから、明日は各自で軽くやっておいてね!」


 西園寺がそう告げると、アオイは「了解です」と元気よく返した。ミカンは「楽しみー!」と目を輝かせ、シオンは静かに頷く。


「じゃあ、これからみんなで飲み会だー!」


 西園寺が勢いよく提案したが、東ヶ崎が首を振った。


「わたし、これから曲を仕上げたいからパス」


「もー、ほんと無理しないでよねー?」


 西園寺が念を押すと、東ヶ崎は「わかってるわよ」と短く返し、スタジオを後にした。


「わたしも今日は疲れたから、やめておくわ」


 シオンもそう言ってスタジオを出て行った。結局、アオイ、西園寺、北大路、ミカンの四人で行くことになった。


 四人はスタジオを後にし、ミカンが「絶対おいしいですよ!」とおすすめする居酒屋へと向かった。



***



 店に着き、木の温もりを感じる席に腰を下ろした瞬間、カウンター席の方から声が飛び込んできた。


「ミカンちゃんやんか! それに西園寺さんに北大路さんまで!」


 アオイが声のする方へ目をやると、そこには青みがかった銀色の髪にターコイズブルーの瞳を持つ美少年が、一人でカウンター席に座っていた。関西弁とはまるで結びつかないその端麗な容姿に、アオイは一瞬目を奪われる。


 アオイがその美少年を見つめていると、ミカンが明るい声で割り込んできた。


「ミャータくん、偶然だねー!」


 西園寺もにこやかに頷き、気さくな口調で提案した。


「一人ならこっちおいでよ〜」


「やったー! ほな、お邪魔しまっせ!」


 その少年――ミャータと呼ばれた彼は、弾けるような笑顔で即座に立ち上がり、アオイとミカンの間に腰を下ろした。アオイは彼の軽快な動きを眺めつつ、どこか予想外の展開に戸惑いを感じていた。


 ミャータがふとアオイの方に視線を向け、その瞳を輝かせて口を開いた。


「おお、こっちの人、初めましてやね! ぼく、六合ろくごうミャータ言うんや。ハーフでこんな見た目やけど、生まれも育ちも日本やで!」


 その自己紹介に、アオイは少し面食らいながらも微笑みを返した。すると、西園寺が横から補足するように言った。


「こちらは表見アオイくん。紅音ウララのマネージャーをやってるよー」

「ほんま!? ぼく、ウララの歌めっちゃ好きなんやで!」


 ミャータの声が一気に弾み、アオイは思わず「あはは……」と照れ笑いを漏らした。


「なんでお兄さんが照れてるん?」


 ミャータが首をかしげて言うと、アオイは一瞬言葉に詰まった。慌てて取り繕うように声を絞り出す。


「まっ、マネージャーとして!」


「熱心なんやなー。ええ人やん」


 ミャータがにやりと笑い、アオイはなんとか平静を取り戻した。こうして、ミャータを加えた五人での飲み会が始まった。店内に響く笑い声とグラスの音が、和やかな雰囲気を彩っていく。


 しばらく談笑が続いた時、アオイの口から思わず驚きの声が飛び出した。


「えええええ!?」


 ミカンが隣でくすくす笑いながら、ミャータを指差して言った。


「ミャータくんは女の子だよー!」


「まぁ、心はどっちでもないんやけどな」


 ミャータが肩をすくめてそう返すと、西園寺が興味津々に身を乗り出した。


「恋愛対象はどっちなの?」


 その質問に、ミャータはミカンの手を取って軽く握り、にっこり笑った。


「どっちも、かな?」


 そして、突然アオイの方に体を向け、ターコイズブルーの瞳でまっすぐに見つめてきた。


「ぼく、お兄さんも結構タイプかもしれんな〜」


「えええ!?」


 アオイは思わず声を上げ、軽く身を引いた。ミャータの距離が一気に縮まり、その大胆さに頭が真っ白になる。すると、ミカンが後ろからミャータの首に腕を回し、チョークスリーパーのようにがっちり押さえ込んだ。


「調子に乗らないー!」

「ギブギブー! 堪忍してー!」


 ミャータの叫び声が店内に響き、アオイは呆然とその光景を見つめた。ミカンが離すと、ミャータは首を振って笑い出し、店内の空気は一気に和やかな喧騒に包まれた。




お読みいただきありがとうございました。 もし楽しんでいただけましたら、ブックマークや感想、レビューをいただけると励みになります。引き続き、この物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。

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