第33話『飲み代<スパチャ!?』
アオイは急いで身支度を整え、宗像が指定した店へと向かった。足早に歩きながら、胸の内で少しの緊張と期待が混じり合うのを感じていた。到着し、店の扉を押して中へ踏み入れた瞬間、すでに席に座っていた宗像の姿が目に入った。彼は笑顔で大きく手を振っている。
「表見! こっちこっち!」
その明るい声に、アオイの顔にも自然と笑みが浮かんだ。宗像の呼びかけに応じるように足を速め、席に着くとカバンから紅音ウララのサイン色紙を取り出し、彼に渡した。
「これ、この前頼まれてたウララのサインだよ」
宗像は色紙を受け取ると、目を輝かせて感激の表情を浮かべた。
「うぉお、ありがとぉお! マジで嬉しいよ!」
「どういたしまして。それより、いきなり呼び出してどうしたんだよ」
アオイは微笑みを返しながら話題を切り替えた。すると、宗像はニヤリと笑みを浮かべ、どこか得意げに言葉を続けた。
「実はな、うちの会社で新作のスマホゲームを出すことになって、そのテーマソングを表見の会社のVTuberにお願いしたんだ」
その言葉に、アオイは思わず目を丸くした。宗像の会社がスマホゲームの開発に携わっているとは初耳だった。それ以上に驚くべきことに、そのテーマソングは自分が紅音ウララとして歌う予定のものだった。
「それって、ユリス、リリカ、ウララの三人のか!?」
驚きのあまり声が少し高くなったアオイに、宗像はにやりと笑い話を続けた。
「ちっ、さすがに知ってたか! 最初は紫波ユリスと琥珀リリカの二人だけの予定だったんだけど、俺が上にゴリ押しして、紅音ウララも加えたんだぜ」
宗像の言葉に、アオイの驚きはさらに深まった。
「それで、西園寺さんって人が対応してくれたんだけど、表見アオイの大学時代の友人って話したら、話が盛り上がってさ、快く承諾してくれたよ」
――なんで言ってくれなかったんだ、あの人!
「あはは、何話されたのか怖いな……」
アオイは苦笑いしながら言った。
「なに、たわいのない話だよ!」
アオイはその後、飲み物を手にしながら、二人で楽しく会話を交わした。時間が経つにつれて少しずつ酔いが回っていき、店内に響く笑い声が、二人の楽しい時間を彩っていた。
ふと、宗像が昔の思い出を掘り起こすように口を開いた。
「あの時の女声、またやってくれよ」
アオイは酔いの勢いもあって、つい「しょうがないな〜」と呟きながら、昔と同じように声を張った。
「セイヤ〜、早く〜」
その声を聞いた宗像は腹を抱えて笑い出し、目を細めて言った。
「やべー、ほんとに女の子にしか聞こえねぇ! てか紅音ウララにちょっと似てね?」
その瞬間、アオイの酔いが一気に醒めた。顔が青ざめ、心臓が跳ね上がる。
――うっ、やばい
宗像は冗談交じりに「お前が紅音ウララだったりしてな」と笑いながら畳みかけてきた。アオイは慌てて顔色を整え、声を絞り出した。
「なっ……そんなわけないだろ!」
強がりを装ったものの、どこかぎこちなさが滲んでしまった。宗像は笑いながらも、興味津々に質問を続けた。
「紅音ウララの中の子って、どんな子なんだ?」
アオイはその質問をうまくかわすように、適当な返答で濁した。そしてその後も楽しい時間は続いたが、心のどこかで落ち着かない気持ちが燻り続けていた。
***
飲み会が終わり、家に帰ったアオイは、自分の言動を振り返りながら深いため息をついた。もし外部に正体がバレたら、冗談では済まされない。シャワーを浴びて寝る準備をしながら、そんな考えが頭を巡り、気分転換に少しだけ配信をしようと思い立った。
◆◆◆
「コラボ配信、楽しんでくれたー?」
すると配信を始めてすぐ、画面に一万円の高額スパチャが飛び込んできた。
▽「ウララちゃん大好きだああ! 明日もお仕事頑張ってって言って欲しい!」
「なになに、Seiya.Mさ……」
アオイが名前を読みかけたその時、その視聴者が宗像だと感じ、言葉に詰まった。
――あいつ……
内心で呆れつつも、ウララとして礼儀正しく返事をした。
「Seiya.Mさん、スパチャありがとうございます! 明日もお仕事ファイトだよー!」
すると、すぐにスパチャで返信が飛んできた。
▽「うおぉぉお! これで俺は無敵だあぁあ!」
アオイは呆れたように笑みを浮かべ、心の中で呟いた。
――単純だなぁ……てかスパチャの額、さっきの飲み代より全然高いじゃん。
◆◆◆
配信は予定より少し長引き、アオイは心地よい酔いの余韻を感じながら、画面の向こうの視聴者と共に夜を楽しんだ。
***
数日後、レコーディングの日がやってきた。アオイはスタジオに足を踏み入れ、緊張と期待が入り混じった気持ちを抱えながら周囲を見回した。そこには西園寺をはじめ、シオン、ミカン、そして東ヶ崎と北大路の姿があった。慣れ親しんだ顔ぶれに、少しだけ緊張がほぐれた。
すると北大路が近づいてきて、穏やかな笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「久しぶりね、表見くん。何やら色々あったみたいだけど、まぁ結果オーライじゃないかしら? 今回もよろしくね」
「あはは……こちらこそお願いします。東ヶ崎さんも――」
そう言いながら東ヶ崎の方に目を向けると、アオイが見たこともないような軽いノリで、東ヶ崎がシオンとミカンに絡む姿がそこにあった。
「ミカンたん、今日も可愛いですな〜。シオンたんも相変わらずの美しさで目が幸せだよ〜ん」
そのあまりのギャップと奔放な様子に、アオイは思わずドン引きしてしまった。普段の東ヶ崎からは想像もつかない姿だった。ミカンは苦笑いを浮かべながら、どう対応すべきか困っているように見えた。一方、シオンは無表情のままだった。
すると、西園寺がその場に割って入り、軽い調子で注意を促した。
「こらこら、クロっち! セクハラだよー!」
「ちっ、腐れ外道が……」
東ヶ崎がボソッと呟いたその言葉に、西園寺が即座に反応した。
「聞こえてるからねぇえ!?」
その掛け合いに、アオイは我慢できず小さく笑ってしまう。あまりにも息の合ったやりとりが、まるで舞台のコントを見ているようで面白かった。すると、その笑い声に気づいたのか、東ヶ崎がこちらに視線を向けてきた。
「アオイ、シオンたんとミカンたんの足を引っ張るなよ?」
そう言った彼女の表情は、言葉とは裏腹にどこか穏やかで優しげだった。普段の鋭い印象とは異なるその顔に、アオイは一瞬驚きつつも、気合を入れて返事をした。
「はい! 任せてください!」
力強く頷きながら、アオイは胸の中で決意を新たにした。このレコーディングを成功させるため、そしてみんなと最高のテーマソングを作り上げるため、全力を尽くそうと心に誓った。
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また、『30歳無職だった俺、いきなり女性VTuberになる。』キャラクターガイドブックの投稿も始めました。
最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。
短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




