第31話『俺の家で配信ですか!?』
西園寺が軽く咳払いをし、場の空気を改めるように手を叩いた。
「じゃあ、本題に入るよ」
それまでの茶化した雰囲気とは違い、プロデューサーとしての顔に切り替わったようだった。アオイも背筋を伸ばし、改めて西園寺へと視線を向ける。
「すでに曲と歌詞は完成してるから、来週レコーディングをしようと思ってる。だから、それまでに各自しっかり練習しといて。歌詞とデモ音源は後で送っとくから」
西園寺の言葉に、アオイは身が引き締まった。
すでに曲が完成していることも、レコーディングが目前に迫っていることも知らなかった。いつものごとく急展開だ。
西園寺はさらに言葉を続ける。
「それと、三人には新作アプリのPRとして、Wens公式チャンネルで先行プレイをしてもらうことになったからね」
「Wens公式ですか……?」
アオイは思わず聞き返した。チャンネルの存在は知っていたし、何度か観たこともあるが、まだ出演したことはなかった。
自社の重要な発表や企業とのコラボなど、大きなプロジェクトに関する動画が並んでいるのを見て、いつかは自分も出るだろうと思ってはいたが、こうして現実になると、今回の仕事の規模が改めて大きいことが分かる。
「そう! それで、シオンと表見くんはすでにコラボ経験があるから、そこは問題ないとして……」
そう言いながら、西園寺の視線がミカンへと向いた。
「ミカンちゃんと表見くんにも、一度コラボをしておいてもらいたい。内容は二人で考えてもらって!」
「えっ、ぜひやりたいです!」
ミカンの目が輝き出した。
「うんうん! 初めてのコラボが公式配信っていうのも、緊張しちゃうだろうしね。先に慣れておいた方がいいでしょ?」
「なるほど、確かにそうですね!」
ミカンは嬉しそうに頷いた。
「新作アプリのテーマソングなんて、すごいですね!」
ミドリが感嘆したように声を上げる。
「でしょー?」
西園寺が得意げに笑う。そして、ミドリに向かって指をさしながら言った。
「ミドリちゃんにも頼みたい仕事があるから、楽しみにしててね!」
「ほんとですか? ありがとうございます!」
ミドリは目を輝かせると、ぺこりと頭を下げた。その姿を見て、西園寺は満足そうに頷く。
「じゃあ僕はこの後別用があるから、この辺で〜」
気楽な口調で手をひらひらと振ると、西園寺はさっさと部屋を出て行った。
「わたしも、これから授業があるから失礼するわ」
シオンもそれに続くように立ち上がり、アオイの方をチラッと見ると、そのまま出て行った。
こうして、部屋にはアオイ、ミドリ、ミカンの三人が残されることになった。
「じゃあ、表見さんとわたしはこれからコラボ配信の打ち合わせでもしましょっか」
ミカンが明るく提案する。
「……わたし、お邪魔ですよね……?」
ミドリが少し遠慮がちに呟いた。
「全然! むしろ何かいい案があれば提案してもらいたいです」
アオイは即座に否定した。それを聞いたミカンが、ほんの一瞬ムスッとした表情を見せたが、すぐに「まぁ、それもそうですね!」と明るく笑った。
「じゃあ、何をしますか?」
ミカンが問いかけると、アオイは少し考え込む。
「何かゲームでもします?」
「うーん……実は、あんまりゲーム配信したことないんですよね」
ミカンが苦笑しながら答えた。
「ミカンちゃんは普段は歌配信だったり、雑談だよね?」
ミドリが横から補足する。
「そうですね。リクエストされた曲歌ったり、雑談がメインですね」
「じゃあ、二人とも歌が得意ですし、まずは歌配信なんてどうかですか?」
ミドリが提案する。
「歌配信……」
アオイは考える。確かに、琥珀リリカは歌が上手いというのは有名みたいだし、視聴者もそれを期待しているだろう。
「まぁ、それが一番妥当なのかな……」
「決まりですね!」
ミカンが嬉しそうに笑った。アオイはそんな彼女の笑顔を見ながら、なんとなく胸の奥がざわつくのを感じていた。
「じゃあ今日は、紅音ウララのチャンネルで配信しましょ!」
ミカンが嬉しそうに手を叩く。
「それで提案なんですが……通話じゃなくて、表見さんの家で配信っていうのはどうですか?」
アオイは思わず固まった。
「えっ?」
いや、それはさすがに……とんでもなくまずいんじゃないか?
「えーと、それは……」
戸惑いながら言葉を探していると、ミカンがじりじりと詰め寄るように微笑む。
「正体も知ってるんだし、問題ないですよね?」
じわりとした圧を感じる。アオイが横を見ると、ミドリが青ざめた顔で冷や汗をかいているようだった。
「いや、でも……」
なんとか抵抗しようとするが、ミカンはにっこりと笑って宣言する。
「決まりですね! じゃあ、明日お邪魔します!」
アオイはその勢いに押され、しぶしぶ頷くしかなかった。
「わっ、わかったよ……」
アオイは西園寺と関わるようになってから、勢いに負けることが増えていた。
「わっ、わたしも行っちゃダメですか!?」
ミドリが急に声を上げ、アオイは驚いて彼女を見る。ミカンも目を丸くしたが、すぐに困ったように口を開いた。
「でも、わたしと表見さんのコラボ配信ですし……」
ミドリは勢いよく身を乗り出し、力強く言う。
「PRはシオンちゃんと三人でやるんだし、それに、表見さんも三人でやる感覚も分かってた方がいいんじゃないですかね!」
アオイは少し考えた。確かに、三人以上での配信経験はない。事前に慣れておくのは悪くないかもしれない。
「それいいですね!」
だが内心では、男女二人きりで部屋にいるのは避けた方がいいという思いがあり、北大路やミドリとの一件を思い出し、慎重になるべきだと判断した。
ミカンは少し不満そうな顔をしたが、すぐに肩をすくめた。
「まぁ、表見さんがそう言うなら……」
「じゃあ、明日三人で配信しよう!」
アオイがそう締めくくると、ようやく話がまとまり、それぞれ解散することになった。
***
帰り道、アオイが自宅マンションの近くまでくると、後ろから小さな声がかかった。
「表見さん……」
振り向くと、ミドリが立っていた。
「ミドリさん!? どうしたんですか?」
アオイが驚きながら問いかけると、ミドリは少し恥ずかしそうに俯きながら言った。
「今日、本当は……表見さんに会えるかなって思って、事務所に行ったんです……」
「ええ!?」
ミドリは袖をぎゅっと握りしめながら続けた。
「昨日、シオンちゃんが配信で『明日はリリカちゃんとウララちゃんとビッグプロジェクトの話し合いがあるので、皆様も報告楽しみにしててくださいね』って言ってて……それで、もしかしたらって……」
アオイは少し困惑しながらも、照れくささを感じた。
「でも、ちょっと寂しかったです」
「えっ、なんでですか?」
ミドリのぽつりと言った言葉に、アオイは思わず聞き返す。彼女は顔をほんのり赤くしながら、小さな声で答えた。
「わたしも表見さんと一緒に仕事したかったのと……表見さんが紅音ウララの中の人って知ってるのが、VTuberの中でわたしだけじゃなくなっちゃったのが……」
袖で赤くなった顔を隠しながら、もじもじと足元を見つめている。その仕草が可愛くて、アオイもどこか恥ずかしい気持ちになった。
「……じゃあ、明日のコラボ配信、楽しみにしてますね!」
ミドリはそう言って、彼女のマンションの方へ歩いて行った。アオイはその背中を見送りながら、胸の奥が妙にこそばゆくなるのを感じた。
そして軽く息を吐き、首元をさすりながら、アオイは帰路についた。
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また、『30歳無職だった俺、いきなり女性VTuberになる。』キャラクターガイドブックの投稿も始めました。
最新話までのネタバレを含む可能性があるので、閲覧の際はご注意ください。
短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




