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第29話『夜風に吹かれて!?』

 



 翌日、駅の改札を抜けると、アオイは人の波に流されるように歩きながら、昨日の夜のことを思い返していた。



 ◇◇◇



 シオンとの通話が終わった後、スマートフォンに通知が届いた。送信者はミカンだった。


『明日17時に、駅の西口に来れますか?』


 それだけのシンプルなメッセージ。


 アオイは、自分がウララだとバラしてしまったことに、今更ながら焦っていた。それでも、あの場を乗り切るためにはしょうがなかった。そう自分に言い聞かせ、ミカンに『わかった』とだけ返信した。



 ◇◇◇



 時計の針が17時を指す頃、アオイは待ち合わせ場所へと歩いていた。

 人混みをかき分けながら進んでいると、不意に歌声が耳に入ってくる。


 女性の、力強くも透き通った歌声。


 アオイは足を止め、周囲を見渡した。近くで足を止めている人が何人かいる。その視線の先を辿ると、少し離れた場所に立っているミカンの姿が見えた。


 彼女はギターを抱え、路上ライブをしていた。


 人々が立ち止まり、彼女の歌を聴き入っている。ミカンは楽しそうに、けれど真剣な表情で歌いながらギターを鳴らしていた。


 ――本当に歌が好きなんだな


 アオイは足を止めたまま、しばらく彼女の歌に耳を傾けた。


 そして曲が終わると、周囲の人々から小さな拍手が起こる。ミカンはそれに照れ臭そうに頭を下げながら、ギターケースに手を伸ばして片付け始めた。


 アオイが近づくと、ミカンもこちらに気づき、嬉しそうに微笑んだ。


「すいません、待たせちゃいましたね」


 彼女はギターをケースに収めながら、申し訳なさそうに言った。


「いや全然。それより、ミカンちゃんの歌声が聴けてよかったよ」


 素直な感想だった。ミカンはその言葉に、少し頬を染めながら目を逸らす。


「……そう言ってもらえると、嬉しいです」


 恥ずかしそうに笑う彼女を見て、アオイもつられて微笑んだ。


 ミカンの片付けが終わると、二人はそのまま駅を離れ、近くの公園へと足を運んだ。

 人気の少ないベンチに腰を下ろすと、ミカンが静かに口を開いた。


「わたし、表見さんみたいなシンガーになりたくて、音楽活動を始めたんです」


 アオイは驚き、思わず彼女の顔を見た。


「……俺みたいな?」


「はい! ライブで表見さんの歌を聴いて、すごく感動したんです。だからわたしも、自分が味わったような感動を誰かにって思って。でも……なかなかうまくいきませんでした」


 ミカンは少し寂しそうに笑った。


「そんな時、わたしが路上ライブをしているところを、西園寺さんに声をかけてもらったんです。『シンガーとしての活動をしながら、VTuberとしても活動すれば、何か活かせることがあるかもしれないよ』って」


 ――西園寺さんのことだから、彼女の才能を見抜き、迷いなく勧誘したんだろうな


 ミカンはアオイの目を真っ直ぐ見つめながら、少し真剣な表情で続けた。


「それで表見さんは、どうしてVTuberに? それも、紅音ウララって女性のキャラクターですよね?」


 アオイは少し息を呑んだ。


 だが、ミカンの瞳は純粋な好奇心に満ちていて、詮索するような意図は感じられなかった。


 アオイは、これまでの経緯を包み隠さず話した。


 最後のライブでの出来事、フォークシンガーをやめて求職活動を始めたが、中々上手くいかなかったこと、Wensの面接を受けて、西園寺の誘いで紅音ウララとしてVTuberを始めたこと、そしてウララとして活動していく中で、自分なりにやりがいを見つけたこと――


 すべてを話し終えた後、ミカンは静かに頷いた。


「なるほど……色々あったんですね。正直びっくりしましたけど、どんな形であれ、表見さんが音楽に関わってるのが知れて嬉しいです!」


 そう言って微笑む彼女の顔は、どこか安心したようにも見えた。


「それに……」


 ミカンは何かを言いかけて、言葉を飲み込む。


「それに?」


 アオイは不思議に思い聞き返した。


 だが、ミカンは顔を少し赤らめると、小さく首を振り「なんでもないです」と言って笑った。


 そして彼女はギターケースを開け、静かにギターを取り出した。

 夜風がそっと吹く中、ミカンの指が弦を鳴らし始める。アオイはそのメロディーに聞き覚えがあった。


 ――この曲は……


 彼がライブでよく歌っていた、自作の曲『夜風』だった。


 ミカンは目を閉じ、心を込めるように歌い始める。

 アオイは、少し照れながらも、その歌声にじっと耳を傾けた。


 彼女の歌声には、どこか懐かしさを感じる。そしてミカンは歌い終えると、少し恥ずかしそうに笑いながら言った。


「わたし、この曲が一番好きなんです」


 アオイは一瞬驚いたが、すぐに微笑み「上手く歌えてるよ」と素直に言った。ミカンは照れくさそうに、視線を落とす。


 しばらく沈黙が流れた後、アオイは口を開いた。


「そろそろ遅くなるし、帰ろうか」


「そうですね」


 二人はベンチから立ち上がり、駅へと向かって歩き出した。夜風が二人の間を、穏やかに吹き抜けていく。


 そして二人は駅まで歩くと、そのまま解散した。


 アオイが電車に乗ると、車内は思ったよりも混んでいた。アオイはドア付近に寄りかかり、ぼんやりと先ほどのことを思い返す。


 ミカンが歌っていた曲。


 かつて自分がライブで何度も歌っていた、思い入れの深い一曲。


 ――あの曲が一番好き、か


 そう言ったときのミカンの表情を思い出す。


 少し照れながらも、真っ直ぐに気持ちを伝えるような眼差し。アオイは自然と口元が緩むのを感じ、慌てて気を引き締めた。


 そして駅に到着し改札を抜けると、夜の静けさが心地よく感じられた。

 自宅までの道を歩きながら、ふとスマホを取り出すと、ミカンからメッセージが来ていた。


『今日はありがとうございました。これから表見さんと一緒に仕事できること、楽しみにしてます!』


 そのメッセージに、アオイは足元が軽くなった。



 ***



 帰宅後、荷物を置いて軽くシャワーを浴びる。

 熱いお湯が肩に当たると、今日のミカンの話を思い出していた。


 唯一のファンだった彼女が、自分の歌に影響を受け、音楽活動を始めたということ。

 西園寺が彼女に声をかけ、VTuberとしての道を示したこと。

 今、自分と同じ事務所のVTuberとして活動していること。


 ――不思議な縁だな……


 シャワーの音に紛れながら、アオイは上機嫌に『夜風』を口ずさんでいた。

 そしてシャワーを終え、バスタオルで髪を拭きながらスマホを確認すると、ちょうど通知が来ていた。


 西園寺からのメッセージだった。


『明日はグループソングの件で話があるから、事務所に来て!』


 グループソング――


 アオイの胸の内で、何かが大きく動き出す予感がした。期待と緊張が入り混じり、胸の奥がじわりと熱を帯びていく。


 スマホを握りしめ、静かに息を吐いた。


 ――いけるところまで行こう


 アオイは椅子に座ると、パソコンの電源ボタンを押す。そしてヘッドセットを装着し、そのまま画面を見つめた。


 今日もまた、配信が始まる。




お読みいただきありがとうございました。 もし楽しんでいただけましたら、ブックマークや感想、レビューをいただけると励みになります。

誤字脱字やおかしい点などありましたら、ご指摘お願いいたします。

引き続き、この物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。


短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。

どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。

ぜひ読んでいただけると嬉しいです。

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