第28話『お兄ちゃんってなんですか!?』
ミカンの疑念を取り除くためにも、まずは事情を説明しなければならない。
「えっと……今日のこと、シオンさんも気にしてると思うんだ。だから、その……ちょっと話してみてほしい」
アオイは慎重に言葉を選びながらミカンに伝えた。しばしの沈黙の後、彼女はため息混じりに「……わかりました」と応じた。その声にはわだかまりが残っているように感じたが、アオイは一歩前進したことに安堵した。そしてすぐさまシオンに提案した。
「シオンさん、VTuber紫波ユリスとして話せますか?」
「無理よ……」
彼女の返答は短く、どこか焦りが混じっているように感じた。アオイは戸惑いながらも、原因があるのか考えた。
「えっと……VTuber同士じゃないと難しいとかですかね……?」
アオイは考えを巡らせながら呟く。もしそうなら、ミカンにもVTuber琥珀リリカとして話してもらう必要があるかもしれない。
「ミカンちゃんも、琥珀リリカとして話してみてくれないか――」
「嫌です!」
ミカンが間髪入れずに放つその声には、はっきりとした拒絶が込められていた。ほっとしたのも束の間、アオイは次の難題に直面した。
「えっ、どうして?」
「シオンさんが今日のことを謝ってこないなら、VTuberとしても関わりたくありません」
その言葉にアオイは困惑する。ミカンが今日の出来事をどれだけ怒っているかを、改めて実感した。アオイは視線を落とし、心の中で何とか解決策を見つけなければと焦る気持ちが募る。
「もういいわよ」
不意にシオンが呟いた。冷徹な口調だったが、どこか悲しみが混じっているように聞こえた。アオイの脳裏に、公園で見せた彼女の寂しそうな表情がよみがえると、胸が締め付けられた。
――なんとかしなきゃ!
考えがまとまらないまま時間が過ぎる。あるにはあるが、それは色々と問題がある。
「わたし、もう落ちるわね」
シオンの声は明らかに震えていた。その声にアオイの心臓が大きく跳ねる。
「ならわたしも落ちます」
続いて放たれたミカンの声からは怒りが感じられ、アオイの心臓がさらに大きく跳ねた。
――もう、これしかない
アオイは最後の手段を行使する決意を固めた。
「さような――」
そう言いかけたシオンの言葉を遮るように、アオイは思い切り叫んだ。
「ユリス様!」
彼がウララの声でそう言うと、シオンの反応は即座に現れた。
「……えっ、ウララちゃん?」
驚きに満ちた声。その口調は、確かに紫波ユリスのものだった。アオイはその変化に微かな希望を感じる。
「そっ、そうです」
アオイは静かに答えた。
「どっ、とどどどういうことですか!?」
ミカンの驚きと戸惑いが伝わってくる。アオイは一度息を整え、説得するように言った。
「ミカンちゃん、後で全部話すから、今は協力してほしい」
ミカンはしばらく沈黙したが、やがて小さく息をついて言った。
「……何か事情があるんですね」
そして、何かを察してくれたかのように言葉を続けた。
「わかりましたよ……」
その言葉に、アオイは心の中で安堵した。
ミカンが少し咳き込んだ後、声が聞こえてきた。
「ユリス様、何かリリカに話があるんですか?」
リリカの口調は、ミカンのときよりも少し落ち着いているように感じた。
するとその瞬間――シオンの電話から、すすり泣くような音が聞こえてきた。そしてか細い声が紡がれる。
「ウララちゃんも……リリカちゃんも……本当にごめんなさい……」
ユリスの声は震え、感情があふれ出すのをアオイは感じた。
「わたし……わたし……」
彼女は言葉を途切れさせながらも、自分の悩みを吐き出し始めた。対面だとどうしても冷たくなってしまうこと、そのせいで周囲との距離が生まれてしまうこと――彼女の心の叫びが痛いほど伝わってくる。
するとミカンが、優しく囁くように言った。
「そんな事情があったんですね。大丈夫です……『ごめんなさい』ってひとこと聞けたから」
アオイはその言葉に、ようやく心の底から安心すると同時に、VTuber仲間としての絆が芽生えたように感じた。そして彼は改めて切り出す。
「じゃあ……三人のグループソングの件、了承してくれ――」
「もちろんです!」
ミカンの元気な声が返ってきた。アオイはひとつの問題を乗り越えたことに静かに安堵した。そして、自分が紅音ウララであることの事情を説明しようとした時――
「待ってください!」
ミカンがアオイの言葉に待ったをかけた。
「明日って時間ありますか?」
「え? あるけど……」
「じゃあ、明日会えませんか? そのときに詳しく聞きたいです!」
アオイは少し驚きながらも、すぐに頷いた。
「……わかった」
「じゃあ、わたしはそろそろ落ちますね! 2人ともおやすみなさい」
そう言い残して、ミカンは通話チャットから退室した。
残ったのは、アオイとシオンの二人。
「えっと……そろそろ落ちますか?」
「……感謝するわ」
アオイの言葉にシオンがぽつりと呟いた。その口調はシオンに戻っていたが、どこか以前より穏やかに感じた。そして、続く言葉にアオイは目を瞬く。
「表見さんって、お兄ちゃんみたいね」
アオイは苦笑いしながら肩をすくめた。
「あはは……そうですかね」
「それじゃあわたしも落ちるわ。紅音ウララの件は、また会った時にでも聞かせなさい」
彼女の言葉に、アオイは息を呑んだ。
「わっ、わかりました。じゃあ、お疲れ様です」
彼はそう言い、通話を切ろうとした瞬間――
「ありがとう、お兄ちゃん」
シオンの声がうっすらと聞こえた。
「え?」
アオイが思わず聞き返した瞬間、プツッと通話が切れた。
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短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
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