第27話『本来の自分!?』
アオイは少し緊張しながらも、シオンの近くに歩み寄り、心配そうに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
彼女はため息をついた後、彼に鋭い視線を向けながら言った。
「盗み聞きかしら?」
「すいません……」
シオンが再度ため息をつくと、アオイから視線を逸らし、少し下を向いた。そのしぐさからは、彼女が何か言いたいことがあるようにしか思えなかった。それでもシオンは口を閉ざしたままだ。
そんなしぐさとは裏腹に、彼女の頬が少しずつ赤く染まるのがアオイにはわかった。そしてしばらくの沈黙の後、シオンが口を開いた。
「対面だとこんな感じになってしまうのよ……VTuber紫波ユリスのときは、なぜか素の自分が出せるのだけれど……」
「そっ、そうなんですね……」
「言いたくないことも言ってしまうし、冷たくもしてしまうの……ミカンさんや表見さんを傷つける気は全くなかったわ」
アオイはその言葉に改めて驚くも、少し思うところがあった。自分自身、VTuber紅音ウララとして振る舞っている時の自分と、普段の自分との間にギャップを感じていた。
フォークシンガーを始めた頃は、「音楽で食っていく」「いつか大舞台で歌うんだ」と熱い気持ちを持っていた。しかし中々上手くいかず、自分に自信がなくなると、自己評価もどんどん低くなっていった。
それでも心の奥には、「諦めたくない」「自分がどこまでできるからやってみたい」という熱い気持ちがあった。
しかし、紅音ウララでいる時は、そんな熱い気持ちを配信や歌声で曝け出すことができた。
西園寺と出会い、紅音ウララとして活動を続ける中で、アオイは少しずつ本当の自分を取り戻していた。
それでも、表見アオイとしてはまだまだ曝け出せてないことが多く、そのことに葛藤を抱えていた。
彼女も事情は違えど、普段の自分とVTuber紫波ユリスとのギャップに、葛藤があるに違いない。そんなシオンと自分を重ねたアオイは、もう一歩踏み込んでみようと決心した。
「それなら、素の自分で会話できるよう練習してみませんか?」
アオイは思い切って提案してみた。正直、自分が何か力になれるかは不安だった。しかし、シオンにとってこれは一つのきっかけになるかもしれないと思った。
シオンは一瞬考え込んだ後、小さく呟いた。
「まあ……やってみてもいいけれど」
その答えを聞いて、アオイは少しほっとしたような気持ちになった。シオンが了承してくれたことが、何となく自分にとっての小さな勝利のように感じられた。そして二人は公園のベンチに座り、まずはゆっくりと話し始めた。
「シオンさんって、普段VTuberじゃない時は何をしているんですか?」
「大学生よ、問題ある?」
シオンは普段の冷たい口調のままだった。
「あはは、問題なんてないですよ……」
「……」
沈黙が流れる。
「しっ、シオンさんは趣味はありますか?」
「読書、音楽、映画鑑賞」
「そっ、そうなんですね……」
「……」
――だっ、ダメだー! そもそも俺自身、ウララの時みたいに上手く喋れない!
アオイはこの状況を打破しようと頭の中で策を巡らすが、中々いい案は出なかった。そして少しの間沈黙がながれると、シオンが口を開いた。
「もういいわよ……」
シオンはいつもの冷徹な口調だったが、どこか悲しみが混じっているようにも思えた。
そんな彼女の様子に、アオイは胸が締め付けられた。「どうにかしてあげたい」そう思った瞬間、あることを閃いた。
「そうだ! VTuber同士としてなら普通に話せるんですよね?」
「ええ……それがなに?」
「配信なしで、VTuber同士としてミカンと話してみてはどうですか?」
アオイがそう提案すると、シオンは少し驚いた様子を見せた。そしてじっと考え込んでから、ほんの僅かに微笑みながら深くうなずいた。
「そうね……試してみる価値はあるかもしれないわ」
そう言うシオンの声には、どこか柔らかさがあった。アオイにはその瞬間、一瞬だがシオンの姿が紫波ユリスと重なったように見えた。
「じゃっ、じゃあ今夜、ミカンには事務所の通話ルームに来てもらうから、俺がメッセ送ったら入ってきて!」
「わかったわ」
そして二人は連絡先を交換し解散した。
***
アオイは家に帰ると、早速ミカンに電話をした。
「もしもし表見さん?」
「あっ、ミカンちゃん! 今日はなんかごめんね……」
「表見さんが謝ることじゃないですよ! わたしこそごめんなさい……。でも、連絡もらえて嬉しいです」
その言葉に、アオイは少し照れてしまった。
そして少し会話を重ねた後、アオイは本題を切り出す。
「ミカンちゃんってこの後時間ある?」
「この後ですか!? あっ、ありますよ。なんでですか?」
ミカンが食い気味に聞いてきた。その声は驚いているようにも感じたが、声のトーンが上がったからか、どこか先ほどより明るくなったようにも思えた。
「えっと、事務所の通話ルームにきてほしくて……
」
「通話ルーム……? どうしてですか?」
アオイの言葉に、ミカンのテンションが明らかに下がるのを感じた。
「じっ、事情は後で説明するから、来てもらえるとありがたい……です」
「表見さんがそこまで言うなら……わかりました」
「ありがとおお!!」
「おおげさですよ」
アオイの大袈裟なリアクションに、ミカンが電話越しで笑っているのが分かった。
そして2人は一旦電話を切り、通話ルームに移動することにした。
「ふぅ……とりあえず第一関門クリアか……」
アオイが通話ルームに入ると、すぐにミカンも入ってきた。それを確認して、シオンに通話ルームに入ってくるようメッセージを送った。
「それで表見さん、わざわざ通話ルームなんてどうしたんですか?」
「そっ、それは――」
アオイがそう言いかけたところで、通話ルームのメンバー欄にシオンのアイコンが表示された。
ミカンはそれに気づいたのか、電話越しにいつもより低い彼女の声が聞こえてきた。
「これって……どういうことですか?」
彼女の言葉にアオイの心拍数はみるみる上がり、手のひらに汗が滲んでくるのが分かった。
それでも、2人の関係のためにも自分がどうにかしなくては――そう思いながら、アオイは大きく息を呑んだ。
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短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




