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第25話『ミカンvsシオン!?』

 



「僕も表見くんの作った曲は聴いたことないから、ぜひ聴いてみたいな」


 西園寺が軽い調子で言ったその言葉に、アオイの肩がピクリと震える。


「いや、それは……」


 とっさに拒否の言葉が口をついたが、次の瞬間シオンの冷たい声が割り込んだ。


「ミカンさんの言葉は嘘だったのかしら?」


 シオンは無表情で、どこか試すような目をしているように感じた。


「嘘じゃないです!」


 ミカンが即座にシオンを否定する。強く言い切ったものの、悔しそうに唇を噛んでいるのが見えた。

 アオイはため息をつく。シオンの言葉は、結果的にミカンを嘘つき扱いするようなものだった。それに、自分のことでミカンがあんな表情をするのは、見ていて辛かった。


 ——もう、逃げられないな……


 アオイは観念して息を吐き、ぼそりと呟く。


「……ワンフレーズだけですよ」


「ほんとですか!?」


 ミカンの顔がぱっと明るくなり、目を輝かせた。西園寺も「おお、それは楽しみだね!」とノリノリな様子で身を乗り出してくる。


 アオイはゆっくりと息を整え、静かに口を開いた。


 歌い出した瞬間、部屋の空気が変わったように感じた。西園寺は目を見開き、微笑みながら頷いている。ミカンは息を詰めたようにして、じっとアオイを見つめていた。シオンは相変わらず無表情だが、ゆっくりと瞼を閉じる。その仕草には、彼女なりに集中している様子が伝わってきた。


 ワンフレーズを歌い終えると、アオイは喉を軽く鳴らし、息を整える。


 沈黙を破ったのは西園寺だった。


「いい曲じゃん!」


 その率直な感想に、アオイは思わず肩の力を抜いた。

 ミカンは感激したように両手を胸の前で握りしめ、感情が溢れそうになっているのが分かる。その温かい空気を切り裂くように、シオンが淡々と言い放った。


「歌はいいけど、曲調が古いわね」


 アオイの心臓が一瞬、跳ねる。


 ――古い


 その言葉に、最後のライブでの記憶がフラッシュバックする。ステージを降りる直前、客席から聞こえた言葉。


 "曲が古いよなぁ……"


 その一言が、胸の奥に鋭く突き刺さる痛みとなって蘇る。音楽を辞める決め手となったその言葉。シオンの言葉が、あの日の客席からの言葉と重なり、アオイは思わず足がすくんだ。


「そんなことありません!」


 ミカンが声を荒げてシオンの言葉を否定した。


「表見さんの曲はどれも素晴らしいです! ただ流行に乗るだけの音楽とは違って、ちゃんと心に響くんです!」


 ミカンの声には怒りが滲んでいるようだった。そしてシオンに鋭い視線を向ける。するとシオンはわずかに眉を上げた。


「あら、歌は褒めたつもりなのだけれど?」


 そう言ってミカンを睨むと、ミカンの目が細められる。一瞬だけ怯んだように見えたが、すぐにシオンを睨み返した。


 アオイはその様子をじっと見つめていた。


 ――あのとき、ミカンがいたら……


 最後のライブで、もしミカンが観客の言葉を否定してくれていたら、あの場で心が折れることはなかったのかもしれない、違う未来があったのかもしれない。

 けれどその未来に進んでいたら、今の自分、VTuber紅音ウララとしてここまで来ることはなかった。アオイはその矛盾する思いに胸が締めつけられるような感覚を覚えた。


「まあまあ、とりあえず話を戻そうか」


 西園寺が明るく間に入った。だが、シオンとミカンは睨み合ったままだった。アオイは困惑しつつも、ミカンの肩に軽く手を置く。


「おっ、俺は気にしてないから落ち着いて」


 ミカンはハッとしたようにアオイを見た。そして大きく息を吐くと、ため息混じりに言った。


「……わかりました、話を続けてください」


 場の空気がようやく落ち着いたところで、西園寺は新作スマホゲームのテーマソングの件をミカンに伝えた。


 ミカンの目が見開かれた。


「すっ、凄い! でも……」


 何かに気づいたように、ミカンの視線がアオイに向かう。


「どうして、表見さんがこの話し合いに?」


 アオイは一瞬言葉に詰まる。


「えっと、俺は……紅音ウララのマネージャーをやってるから」


 その言葉にミカンは驚いたような表情を浮かべると、彼女は悲しそうに言った。


「本当に音楽やめちゃったんですね……」


 アオイはその言葉にどう返せばいいのか分からなかった。フォークシンガーを辞めたのは事実だが、今は紅音ウララとして音楽にも関わっている。だが、自分がその紅音ウララの中の人だと言うわけにもいかない。そんな状況に、アオイは歯痒さを感じていた。


「表見くんはね、紅音ウララのマネージャーをやりながら、みんなのボイストレーナーも兼任することになったんだよ」


 西園寺がその言葉をさらりと告げると、ふとアオイに視線を向けウインクをした。その仕草にアオイは少しだけ安堵する。だが、その瞬間シオンがわずかに眉を細めたのが見えた。安堵したのも束の間、アオイの胸に不安がよぎる。


 ミカンは西園寺の言葉に驚き、目を大きく見開いて口を開く。


「ほんとですか!?」


「本当だよ」


 西園寺はにっこりと笑いながら、軽やかに言った。


「コガネんもすでに受けてるからね。ミカンちゃんも、表見くんにたくさんボイストレーニングしてもらうといいよ」


「いっ、いつでも付き合うよ……」


 二人の言葉に、ミカンの表情が一瞬で変わった。目を大きく見開き、驚きとともに目に輝きが宿ったように見えた。期待に満ちたその視線が、アオイをじっと捉える。アオイは少し戸惑いながらも、その視線を受け止めた。


「わたしグループソングの件、頑張ります!」


 そう力強く宣言するミカンを見て、アオイは安心感から深く息を吐いた。




お読みいただきありがとうございました。 もし楽しんでいただけましたら、ブックマークや感想、レビューをいただけると励みになります。引き続き、この物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。


短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。

どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。

ぜひ読んでいただけると嬉しいです。

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