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第24話『ファンとの再開!?』

 



「えっと…………えっ? あっ……キミは……」


「思い出してくれましたか?」


 彼女は涙に濡れた瞳のまま、かすかに微笑みながら言った。


「わたしです……ミカン、三浦ミカンです……」


 その瞬間、アオイの脳裏に鮮明な記憶が蘇った。


 ――あの頃の音楽

 ――フォークギターの音色

 ――アオイの歌っている姿を見て、目を輝かせている少女の姿


「……っ!」


 アオイは息をのんだ。 



 ◇◇◇



 彼の音楽活動はいつも、わずかな観客の前で繰り広げられていた。


 いつものようにライブを終え、ステージのライトがまだ消えきらないうちに降りると、オーナーの声が背中に届いた。


「俺は好きなんだけどなぁ、表見くんの歌声」


 その言葉に、アオイは嬉しさと照れが混じった苦笑いを浮かべた。その表情に、音楽への自信のなさが顔を覗かせていた。オーナーの好意はありがたかったが、それでも自分の不甲斐なさが胸を締め付ける。


「曲調が古いからですかね。でも、好きなんですよ」


 そう呟くと、オーナーは優しげに頷いた。


「まぁ、やりたい音楽やらなきゃね」


 アオイは軽く笑って応じた。


「ははは、聴いてくれるファンがいなきゃ、どうしようもないですけどね」


 口では笑いものにしたが、心の奥では、反応の乏しい現実に無力感が広がっていた。


 オーナーは視線を遠くに漂わせ、何かを思い出したように声を上げた。


「いるじゃん! ほら、あの子が。最近、表見くんがライブに出る時は毎回来てるんだよね。今日もまた出待ちしてるんじゃない?」


 アオイはその言葉を黙って受け止めた。心の中で、あの子が本当に自分の音楽を好きなのか、半信半疑だった。



 ***



 ライブハウスを出ると、案の定、彼女がそこに立っていた。嬉しそうに手を振って近づいてくる姿に、アオイは一瞬たじろいだ。


「えっと……」


 彼女の名前が思い出せず言葉に詰まると、彼女が明るく名乗った。


「三浦、三浦ミカンです!」


「ああ! ミカンちゃん、いつもありがとね」


 アオイはホッとした。名前がすぐに出てこなかったことに対して、心の中で少し焦りを感じていたが、ミカンの屈託のない態度に安堵した。


「とんでもないです! 表見さんの音楽は最高ですよ!」


 目を輝かせて言うミカンに、アオイは照れくささを感じながらも、心が軽くなった。それでも、誰かに届いているという実感は嬉しかったが、その言葉を素直に受け入れる自信が持てなかった。


「おっ、おおげさだよ」


 照れ笑いを浮かべながら、アオイは感謝の気持ちを噛みしめた。


「これ、差し入れです」


 ミカンがお茶を手渡してきた。アオイは驚きつつも受け取った。


「差し入れまで……申し訳ない」


 恐縮しながらお礼を言うと、ミカンの気遣いに心が温かくなった。


 二人はしばらく、音楽や日常の些細な話を交わしながら穏やかな時間を過ごした。ミカンの純粋な熱意に、アオイは少しだけ自信を取り戻した。すると、ミカンが突然目を輝かせて言った。


「わっ、わたし、いつか表見さんみたいな音楽をしたいんです!」


 その言葉に、アオイは嬉しさと同時に心が沈んだ。自分の音楽がそんな風に評価されるのは嬉しいが、どこかで過大評価されているのではないかという不安があった。「俺なんかの曲」と、心のどこかで思ってしまう。


「じゃ、じゃあそろそろ!」


 話を切り上げ、二人はその場を後にした。ミカンの笑顔に安心感を抱きつつも、その裏に潜む不安がアオイの胸に残った。



 ***



 その後も、ミカンは毎回ライブに足を運んでくれた。そんなあるライブの日、準備中にふと観客席を覗いたアオイは、客席に彼女の姿がないことに気づいた。


 ――何かあったのかな……


 控室に戻ると、オーナーが近づいてきた。アオイが「どうしました?」と尋ねると、オーナーは神妙な顔で口を開いた。


「あの子、体調崩したみたいなんだ。それでもわざわざここに電話してきて『表見さんに見にいけないこと謝ってたって伝えてください』ってさ。健気だねぇ……」


 その言葉に、アオイはミカンを心配しつつも、どこか安堵していた。自信のなさから、観客席から見えるミカンの輝く瞳に、プレッシャーを感じていたこともあったからだ。


 ライブが始まり、いつもより少ない客の中で、アオイは無意識にミカンの姿を探してしまった。彼女がいないことに安心しつつも、心のどこかで寂しさが芽生えた。ライブが終わり、静かな空間に客の呟きが耳に届いた。


「曲調が古いよなぁ……」


 その一言に、アオイの胸が締め付けられた。自分でも分かっていたことだったが、改めて観客から聞くと、全てを否定されたような痛みが走った。

 周りの音楽仲間が次々と辞め、バイトで賄うライブ活動にも限界が来ている……そう感じていたアオイには、観客からのその言葉があまりにも痛かった。



 ――もう……潮時かもしれないな



 ミカンの顔が一瞬浮かんだが、すぐに無力感に押し潰されていった。


 そしてその日を境に、アオイは音楽を辞めた。



 ◇◇◇



「表見さん、いきなり音楽辞めたって……わたし……」


「ごめん……」


 唯一のファンだったミカンに黙って音楽を辞めたことを、アオイは思い出すのが辛かった。彼女のことを思い出さないよう、ずっと心の奥にしまっていたのだ。その罪悪感から、思わず謝罪の言葉が口からこぼれた。


「でも、元気そうでよかったです」


 ミカンが涙を浮かべながら笑顔を作った。その表情に、アオイの胸が締め付けられた。自分の音楽が彼女にとってどれほど大切だったかを思うと、切なさが溢れた。


 その時、西園寺が手を叩いて笑顔で言った。


「まさか顔見知りなんてね! まぁ、積もる話もあるのかもしれないけど、今はシオンもいるし、仕事の話していいかな?」


 ミカンが慌てて謝った。


「すっ、すいません!」


「あっはっはっ、なんか表見くんとミカンちゃんってどこか似てるよね!」


 西園寺の笑い声に、アオイは照れながら頭をかいた。真面目で優しいミカンと似ていると言われ、少し恥ずかしかった。


 すると、シオンが口を挟んできた。


「へぇ、表見さんって音楽やってたのね」


 ――!? やっと間違えずに名前を呼んでくれた!?


「まっ、まぁ少――」

「表見さんの曲は最高ですよ!」


 アオイの言葉を遮り、ミカンが自信満々に言った。


「そう。それはうちの事務所で一番の歌唱力と言われるあなたより?」


 シオンが目を細めた。その探るような視線に、アオイは嫌な予感がした。


「もちろんです! わたしなんて相手になりません!」


 ミカンが力強く答えた。その堂々とした態度に、アオイは目を丸くした。


 ――いや、いまだに過大評価しすぎだろ!?


 シオンが不敵な笑みを浮かべ、言葉を続けた。


「それなら歌ってみなさいよ、自分の曲を」

「なっ!? いきなり!?」


 焦るアオイの横で、西園寺がニヤリと笑った。その笑みに、アオイは一抹の不安を覚えた。




お読みいただきありがとうございました。 もし楽しんでいただけましたら、ブックマークや感想、レビューをいただけると励みになります。引き続き、この物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。


短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。

どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。

ぜひ読んでいただけると嬉しいです。

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