第23話『あの日の少女!?』&22.5話
通話を終えたアオイは、ヘッドセットを外しながら呆然とつぶやいた。
「シオンさんの今のキャラ……なんだったんだ……?」
あまりのギャップに困惑していると、スマホが小さく震えた。画面を見ると、西園寺からメッセージが届いていた。
『配信お疲れ様〜! ね? 大丈夫だったでしょ?』
「いや、最後の最後で全然大丈夫じゃなかったんですけど……」
と独りでツッコミを入れつつ、アオイはひとまずシオンのキャラ変について考えるのをやめると、西園寺に返信を打った。
『正直、めっちゃ勉強になりました。現状、VTuberとしての格が違う感じがしましたよ……』
送信すると、すぐに既読がつき、返信が来た。
『まぁシオンはうちのトップVTuberだからね〜。そういえば、これからは表見くんを紅音ウララのマネージャーってことにするから、シオンはもちろん、他のVTuberの子たちとも仲良くね〜』
「また急だなぁ……」
西園寺らしいと言えばそれまでだが、今回もまた勝手に話が進んでいる。そう思っていると、再びメッセージが届いた。
『今"また急だな"って思ったでしょ?笑 伝え忘れたんだけど、明日は事務所の方に来て! シオンも来るんだけど、もう1人紹介したい子がいてさ。もちろんその子もVTuberだよ! んじゃよろしく〜』
「やれやれ……」
アオイはため息をつきながらスマホを置き、ベッドに倒れ込んだ。
「ってかシオンさんと会うの!? きっ気まずい! まぁ、俺のことがウララとは知らないし、普通にしてればいいか……」
とりあえず今日はシャワーを浴びて、ご飯を食べたら早めに寝よう。そう思いながら、アオイはのそのそと立ち上がった。
***
翌日、アオイは西園寺に言われた通り事務所を訪れた。扉を開けると、そこには西園寺と、濃い紫色のワンピースを着たシオンの姿があった。
「おっはよー! 今日もいい天気だねー、表見くん!」
西園寺がいつもの調子で挨拶をしてきた。
「おはよう……えっと、誰?」
続けてシオンも挨拶をしてきたが、金治は昨日のことなどなかったかのように、冷たい口調だった。
「おっ、表見です……おはようございます」
「あぁ……この前、一度だけ会ったことがあるような、ないような……」
「こらっ! 表見くんはこれから紅音ウララのマネージャーになるんだから、シオンも仲良くしないとダメだよー!」
西園寺がシオンの肩をぽんぽんと叩く。
「……へぇ、本人は出てこないでマネージャーに任せるなんて、いいご身分ね」
――グサーッ! そっ、そりゃそうですよねぇえ!
その言葉にのけぞるアオイ。
「事前に話した通り、紅音ウララの中の子は、対面だと言葉が出ないほどの極度の人見知りなんだ! それでもVTuberとして、少しでもみんなをハッピーにできたらって、すごく尊い子なんだからね!」
西園寺は目を潤ませながら熱弁を振るいだした。
――なっ、なんか設定が盛りに盛られてる……!
シオンはそんな西園寺を冷めた目で見つめていた。そして「ふっ」とため息をつく。
「まっ、なんでもいいわよ。えっと”おもしろ”さんでしたっけ?」
「“おもみ”ですよー!」
アオイは軽く訂正しながら、心の中で少し悔しさが芽生えた。このままやられっぱなしなのも癪だ。そう思ったアオイは、軽い反撃に出ることにした。
「でも、紅音ウララさんが言ってましたよ。昨日の配信後のシオン――」
その瞬間だった。
シオンの身体がふわりと宙を舞い、次の瞬間、アオイに向けて飛び蹴りを放った。
「はえ? 薄紫色のパン――」
ドオォォンッ!!
吹っ飛ばされたアオイは床に転がり、衝撃で視界が揺れる。
「表見くん!?」
西園寺の唖然としたような声が聞こえた。
アオイの視界がなんとか定まると、目の前には顔を真っ赤にしたシオンが立っていた。彼女は肩で息をしながら、アオイに顔を近づけて低く囁いた。
「はぁ、はぁ……なっ、何か……聞いたのかしら?」
その表情は、険しさの中に恥ずかしさが混ざっているような、なんとも言えないものに感じた。
――やっ、やばい! もし俺がシオンさんのあのキャラを知ってることがバレたら……間違いなく◯される!
アオイは全力で首を横に振る。
「そっ、そう……ならいいわ……」
シオンはそう言うと、手を差し伸べてきた。アオイはその手を掴んだ。すると、シオンが引っ張り上げて起こしてくれた。
「へっ、何なの? どゆこと?」
事態が飲み込めず、西園寺は周囲をキョロキョロと見回している。
「表見さんの顔に虫が付いてたから取ってあげただけよ……」
「えっ、いや……えぇー……?」
シオンが苦しすぎる言い訳を放った。
西園寺は微妙な表情を浮かべて、困惑しているようだった。その様子にシオンが鋭い目で睨みつける。
「なにか?」
「……いえ、なんでもないです……」
「それで、今日は何のために呼ばれたのかしら」
西園寺は、少し迷いつつも説明を始めた。
「じっ、実はね、“紫波ユリス”と”紅音ウララ”、そしてもう一人、“琥珀リリカ”の三人で、一曲作ることになったんだよー!」
「グループソングですか!?」
「また勝手に……」
「まぁまぁ! 既にクロっちや北大路先生には話は通してて、しかもしかもー!」
「しかも……?」
アオイが身構えると、西園寺は満面の笑みで続けた。
「なんと、新作スマホゲームのテーマソングになります!」
「すっ、すごい……!」
「へぇ」
「ということで、今日はシオンとウララのマネージャーの表見くん、それと琥珀リリカの中の――」
――バンッ!!
西園寺の話を遮るように、扉が勢いよく開いた。
「おー! 来た来た!」
そこには、アコースティックギターを抱えた女性が立っていた。
明るいオレンジブラウンのボブヘアは少し無造作で、前髪が目元を覆い、表情ははっきりと見えない。
ゆるめの柄シャツに色褪せたスカイブルーのジーンズ、履き込まれたローテクスニーカー。そのどれもが年月を感じさせるが、不思議と彼女の雰囲気に馴染んでいるようだった。
そして、まるでライブハウスで弾き語るミュージシャンのような、独特の風格があった。
「あっ、遅れてすみません!」
息を弾ませながら、彼女は深く頭を下げる。その動作には礼儀正しさと誠実さが滲み出ているようだった。
「大丈夫だよー! とりあえず自己紹介を――」
「あっ、わたしは三浦っていいます! よろしくお願いします!」
西園寺の言葉を遮るように、元気よく名乗り上げた。
「また遮られた!!」
西園寺は即座にツッコむと、笑顔のまま涙を流していた。
そんな様子を横目に、アオイは目の前の女性に妙な懐かしさを感じた。
「あっ、表見アオイって言います。紅音ウララのマネージャーをすること――」
「表見……アオイ……?」
彼女の声のトーンが変わった。
「へっ?」
アオイが戸惑っていると、彼女の唇がわずかに震えているのを感じ取った。そして彼女から、驚きと動揺が入り混じったような、言葉にならない声が漏れる。
「あっ……あぁ……」
彼女の指先が、震えながら自分に向けられた。
「えっと、どこかで――」
その瞬間、彼女の瞳から一粒の涙が零れ落ちた。
「えぇっ!?」
アオイは思わずのけぞる。
「あー! 表見くんが泣かせたー!」
西園寺が大げさなリアクションをとりながら騒ぎ出す。
「ち、違っ――」
「最低ね」
シオンまでもが、呆れたような声を出し、アオイを冷たく見下ろした。
「俺は何もしてないですよ!?」
アオイは両手を振りながら必死に弁解しようとするが、相手の涙の理由がわからず、焦るばかりだった。
「わ、わたしのこと……覚えてないですか?」
震える声が、アオイの耳に届く。
彼女はゆっくりと手を動かし、長い前髪をそっと持ち上げた。そしてアオイは彼女の顔をしっかりと見た。涙に濡れた大きな瞳、少し赤くなった頬。
その瞬間、アオイの記憶の奥底に沈んでいた、ある少女の姿が浮かび上がった。
〜〜〜第22.5話『シオン様の部屋』〜〜〜
シオンは、ウララとの通話を切ると、顔からサッと血の気が引き、青ざめた頬には冷や汗が滲んだ。目には涙が溜まり、今にもこぼれ落ちそうだ。
「き、聞かれた……っ! ふぇぇぇぇぇええええええ――!!」
悲鳴にも似たシオンの叫び声が、部屋中に響き渡った。




