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第22話『ナンバーワンの実力!?』

 



 コラボ配信の3分前。アオイが通話ルームに入ると、すでにシオンが待機していた。

 アオイは息を整え、声帯を女声モードに切り替える。


「はっ、初めまして……紅音ウララです。本日はよろしくお願いします」


 緊張しながら名乗ると、シオンは静かに応じた。


「あら、配信や『Social New Sound』の時とは違って、覇気がないのね」


「えっ!? 配信も番組も観てくれたんですか!?」


 シオンに冷徹なイメージを持っていたアオイは、自分に関心を抱いてくれていたことに驚いた。


「当然よ。同じ事務所のVTuberの情報は、日々アップデートしているもの」


「ありがとうございます!」


「いずれコラボするかもしれない相手のことを知っておくのは当然でしょ? あなたはわたしの配信を観たことないのかしら」


 アオイは、シオンの正論に自分の至らなさを痛感し、言葉が上手く出ない。


「えっ、あっ……すっすいません! 最近忙しくて、余裕が――」

「でしょうね。別に構わないわ。わたしには関係ないし」


 ――こっ、怖えぇ〜


 シオンの静かだが重い圧力に、アオイは思わず身を縮めた。


「さぁ、そろそろ時間よ。今日はわたしのチャンネルでの配信よね」


「あっ、西園寺さんからシオンさんに任せれば大丈夫と言われたんですが、今日の配信はどんな内容なんですか?」


「何も考えてないわよ」


「はぇっ!?」


「始めるわよ」


「ええぇええ!?」


 こうして何も決まってない状態のまま、コラボ配信が始まった。



 ◆◆◆



 画面に映し出された紫波ユリスが、軽やかに手を振る。


 ユリスは深みのある紫系の髪色を持ち、揃えられた前髪と長めのサイドが特徴的な姫カットのスタイルだ。大きく切れ長の二重はシオン本人に似ているが、彼女のキャラクターデザインには本人とは違い、親しみやすさが加わっている。

 目元はほんのりと柔らかな印象を湛え、口元には控えめな微笑が浮かんでいる。その表情は、シオン本人よりも穏やかで、どこか包み込むような温かさを感じた。


「こんばんは。皆様の心の月明かり、紫波ユリスです。本日も楽しんでいってくださいねー!」


 紫波ユリスの声は、シオンの時とはまるで別人のようだった。

 明るく弾むような響きのある声質、抑揚のある喋り方。


 ――ほっ、本当にさっきまで会話してた人なのか?


 驚きとともに、アオイは安堵した。

 シオンの冷たく素っ気ない雰囲気とは打って変わり、ユリスの明るい口調が、アオイの緊張を静かに溶かしていく。


「そして特別なゲストが来てくださいました。昨日『Social New Sound』で素晴らしいパフォーマンスをしてくださいました、紅音ウララちゃんです!」


「はじめまして、紅音ウララだよー! 今日もみんなでロックンロール!」


 ユリスから紹介されると、ウララは明るく挨拶をした。ウララの挨拶と同時に、コメント欄が一気に賑わう。


 ▼「ユリス様とウララちゃんのコラボとか俺得」

 ▼「ウララちゃん番組観たよー!」

 ▼「やばい! ふらっと配信きたら、まさかのビッグサプライズ」


 サプライズコラボに、視聴者のコメントから期待感が伝わってきた。


「ウララちゃん、よろしくお願いしますね。それで本日は何をしましょうか?」


 ――えっ!? こっちに振ってくるの!?


「あっ、えっと……どうしましょ!」


 予想していなかった展開に、ウララは動揺して言葉を詰まらせた。すると、何かを察したかのように、ユリスは間を置かずに言葉を発した。


「ウララちゃんは、最近悩んでることはありますか?」


「悩み……えっと、最近サインの練習してて、でもサインなんて書いたことないから、中々難しくって……」


 ウララの言葉に、ユリスは即座に反応する。


「では、本日はウララちゃんのサインを一緒に考えるのはどうでしょう!」


「えっいいんですか? 助かります!」


 ――すっ、凄い……。少しの会話から、すぐに配信内容を提案してきた


「一緒に絵が描けるアプリがあるので、それを映して視聴者の皆様にも感想をいただきましょう」


「いいですね! みんな、よろしくねー!」


 視聴者参加型のような企画に、コメント欄はさらに盛り上がっていた。

 そしてアプリをインストールしている間、ユリスは雑談を交えながらコメントを拾い、巧みに場をつないでいた。


 ――さっ、さすがナンバーワンVTuber……


 アプリを起動し、ユリスの指示のもと、お絵描きルームに入る。


「皆様、お待たせいたしました! 紅音ウララちゃんのサイン練習会の開演でーす!」


「パチパチ〜」


「では、現在の候補はどんな感じなのでしょう?」


「いっ、今はこんな感じです」


 ウララが書いたサインは、お世辞にもセンスがあるとは言えないものだった。


「もう少しスタイリッシュにするといいかもしれませんね。こんなのはどうでしょう?」


 ユリスがペンを走らせると、洗練されたデザインが瞬く間に生まれる。


 ▼「さすがユリス様」

 ▼「ユリス様自身のサインもセンスあるよね」

 ▼「もうこれでよくね」


 コメント欄から早速反応があった。


「ユリス様センスあるー!」


「こういうのや、こんなのもどうでしょう?」


「めっちゃいい! わっ、わたしも、こんなのはどうかな!」


 負けじとウララも書くが、コメント欄はユリスの時とは真逆の反応を示す。


 ▼「ウララちゃん下手っぴ!ww」

 ▼「歌は上手いけど、サインのセンスはないのおもろ可愛い」

 ▼「ユリス様! ウララちゃんを救ってー!」


「みっ、みんな酷いよー!」


 コメント欄が笑いに包まれた。

 その流れを汲み、ユリスはさらにペンを走らせた。


「ふふっ、こんなのもいいかもしれませんよー?」


 そこに映し出されたのは、先ほどまでとは違い、わざとらしくウララのセンスに寄せたとしか思えない、ユニークなデザインだった。


 ▼「ユリス様おもろいwww」

 ▼「乗っかってきたw」

 ▼「逆にいいかもしれない……」


 ――コメント欄の反応に、咄嗟にお笑いの方向に切り替えた……凄い瞬発力だ


「まっ、負けませんよ〜! こんなのはどうだー!」


「何を〜こんなのもありますよ〜!」


 二人の掛け合いに、コメント欄は大盛り上がり。投稿速度が加速する。

 そして、しばらく雑談も交えながらサインを考えた後、ユリスが提案してきた。


「そろそろ真面目に、こんなのはいかがでしょうか」


「おおお、今日一番ですねー! これに決めます!」


「それはよかったです。皆様もいかがでしょうかー?」


 ユリスが視聴者に感想を求める。


 ▼「素晴らしい! さすがユリス様」

 ▼「ユリス様のセンスに乾杯」

 ▼「文句なし! 早くウララちゃんのサイン欲しー!」


 そしてサインの決定と同時に、スーパーチャットが次々と投げ込まれた。

 そしてユリスは、捲し立てるようにコメントを読み上げながら、一つ一つ丁寧にお礼を伝えていった。


 ――こんなに大量のスパチャを、スムーズに読み上げながらお礼まで


 ウララも慌てて、ユリスの言葉に被せるように感謝の言葉を重ねた。


 こうして配信は無事に終了。この日の最大同時接続者数は、驚異の18万人を超えていた。



 ◆◆◆



「今日はありがとうございました! 色々と勉強になりましたし、サインまで考えてもらっちゃって……」


「わたしはただ、仕事をしただけよ」


 シオンは、いつも通りの素っ気ない口調に戻っていた。


 ――すっ、既にユリス様が恋しい!


「それじゃ、わたしはそろそろ失礼するわ」


「はい! また機会があれば、ぜひお願いします!」

「さよなら」


 アオイはヘッドホンを外すと、思い切り息を吐き出した。


「ぶはーっ! なんとかやり切ったー!」


 緊張が解けて力が抜けたのか、アオイは椅子にゆったりと身を委ねると、今日の配信を思い返すと、自然と言葉が漏れた。


「それにしても、ほんと凄かった…瞬時に企画を思いつく発想力、視聴者を楽しませるトーク力、流れを読んでそれに乗っかる瞬発力、他にも色々と…」


 アオイはシオンのVTuber紫波ユリスとしての実力に圧倒され、しばらくその余韻に浸っていた。


 その時、ふとヘッドホンから微かな音が聞こえた。


「ん? なんだ?」


 再びヘッドホンを着けると、シオンの声が耳に入ってきた。


「またやっちゃった。もー、わたしのバカバカ……! なんでいつもあんな冷たい態度取っちゃうんだろ……」


 先ほどまでのシオンとはかけ離れた様子に、アオイは困惑した。


「それに、せっかくいい感じで配信を終えたのに、何よ『仕事をしただけ』って――」

「へっ? シオンさん?」

「ふぇっ! なに!?」


 アオイが思わず声を発すると、シオンは驚いたような声をあげた。


 ――やばっ! マイク繋がってた!


 向こうからガサガサと音がする。


「ふぇぇえ! 通話切るの忘れ――」

「あっ、あはは……お互い通話切るの忘れてましたね」


 アオイは動揺しながらも、女声モードに切り替えて言葉を返した。


「きっ、聞こえて…ゔゔんっ! き、聞いたの?」


 シオンはいつもの冷徹な口調に戻ったが、その声には少し焦りが混じっているようにも感じた。


「す、すいません…」


 アオイは慌てて謝るが、そこから言葉が続かない。


「…………」


「…………」


 沈黙が数秒、いや数瞬間続く。その静寂の中で、アオイは自分の心臓がドキドキと大きく響くのを感じていた。


「わっ……」

「へっ?」

「忘れなさい」

「えっ――」



 ――プツッ



 アオイが言葉を発しようとした瞬間、シオンとの通話は途切れた。



お読みいただきありがとうございました。 もし楽しんでいただけましたら、ブックマークや感想、レビューをいただけると励みになります。引き続き、この物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。


短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。

どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。

ぜひ読んでいただけると嬉しいです。

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