第21話『跳躍と躍進!?』
アオイは会社に到着し、西園寺のデスクへ向かう途中、彼の部下と鉢合わせた。
「あっ、えっと……」
――そういえば、西園寺さんの部下の人の名前、知らないな
困惑するアオイに、西園寺の部下が口を開いた。
「"南野カオル"です。表見さん、昨日のパフォーマンスすごかったですよ! 仕事しながら観てたんですけど、気がついたら手が止まってました」
「あっ、ありがとうございます。MVもすごいことになってて……あっ、西園寺さん!」
アオイは思わず声を上げ、西園寺のデスクに目を向けた。彼は笑顔で手を振っている。
「朝から上機嫌で、こっちはウザ絡みされてるから正直困ってますよ」
南野の声に反応して、アオイは振り返った。彼女は口ではそう言いながらも、目尻はわずかに緩んでいるように見えた。
そしてアオイは軽く会釈をして、西園寺のデスクに向かう。
「登録者数100万人突破、おめでとう!」
開口一番、西園寺は満面の笑みで言った。
「MVの再生回数も伸び続けてるし、順調順調〜」
「ですね……」
アオイは現実感が湧かず、感慨に浸っていた。しかし、西園寺の次の言葉が、彼の意識を引き戻した。
「それで、今日の夜なんだけど、大型新人"紅音ウララ"と、うちのVTuberで一番の数字を持っている"紫波ユリス"とのコラボ配信をしようと思うんだ!」
「しっ、紫波ユリスって……あの……」
アオイは以前、事務所で会った彼女の中の人、九能シオンのことを思い出した。
――九能シオンよ。別に覚えても覚えなくてもいいわ。どうせ私は忘れるだろうし。
冷淡な印象を持っていた彼女とのコラボに、アオイは不安を隠せなかった。
「だっ、大丈夫ですかね……?」
「大丈夫だよ! シオンはプロフェッショナルだからね。配信しているときの彼女は、まるで女神様のようだよ。それに、表見くんが紅音ウララとして活動していく上で、シオンから学べることがたくさんあると思うよ」
――ナンバーワンVTuberとのコラボか
西園寺の言葉に、アオイは緊張しながらも決意を固めた。
「……やらせてください!」
「よし、決まり!」
西園寺が満足そうに頷き、続けて言った。
「じゃあ、シオンには僕から連絡しておくね。で、今日はこのあと紅音ウララのグッズ会議があるから、そっちに参加してもらうよ〜」
「えっ!? 配信内容とか打ち合わせしなくていいんですか!?」
「大丈夫! シオンに任せておけば間違いないから」
「はぁ……」
アオイは不安を抱えながらも、会議が始まるのを待った。
***
会議が始まると、前回とは違い、アオイも積極的に意見を述べるようになっていた。
「このアクリルキーホルダーなんですが、紅音ウララの眼光をもう少し鋭くしたほうが、イメージに合うと思うんですが……どうですかね?」
恐る恐る発言すると、他の参加者たちが頷いた。
「なるほど……」
「確かに、そのほうがキャラの個性が際立つね」
前回よりも会議に貢献できたことに、アオイは内心ホッとした。
***
「じゃあ、今日はもう帰って大丈夫だよ! 配信の時間までゆっくり過ごしてね〜」
会議が終わると西園寺はそう言い、どこかに電話をかけながら忙しそうに去っていった。
――プロデューサーって大変だなぁ
アオイは帰宅しようとすると、スマホに着信があった。画面を見ると、そこには懐かしい名前が表示されている。
アオイが電話に出ると、向こうから男性の声が聞こえた。
「久しぶりだな、表見」
電話の主は大学時代の友人、"宗像セイヤ"だった。アオイが女声の練習を始めるきっかけとなった"あるいたずら"をした相手だ。
「今、仕事の休憩中でさ、なんとなく連絡先の一覧を見てたら表見の名前が目に入ってきて、元気かなと思ってかけてみたんだ」
「ほんと、久しぶりだなー! もう5年ぶりくらいか? こっちはなんとか元気にやってるよ」
大学時代の旧友との会話に、アオイは普段よりも砕けた話し方になっていた。
「それならよかった。そういえば表見って、音楽は続けてんのか?」
その問いに、アオイの胸が少しだけザワつく。
「いや、音楽は最近辞めたんだよ。才能がなかったみたいでさ。でも、今の仕事は割と充実してるよ」
「そっか……残念だな。表見って歌上手かったし、それに器用だったよな。アニメキャラのモノマネとか、あとあれだ、女性の声真似! あれは本当にびっくりしたわ!」
「はは……あの時は申し訳なかったよ」
「ほんとだぜー。付き合ってた彼女と電話してたら、急に女性の声で『セイヤ〜、早く〜!』とか言い出してよー!」
「あの後、ちゃんと一緒に謝りに行ったんだから許してくれよ」
二人は懐かしみながら笑い合った。
「そういえばさっき『今の仕事』って言ってたけど、今は何してるん?」
「実は、Wens株式会社っていうVTuber事業をやってる会社に勤めてるんだ」
その言葉を聞いて、宗像が驚きながらも言葉を返した。
「まじ!? 俺、そこが入ってるビルの、向かいのビルで働いてるんだよ!」
「えぇ!? まじか!?」
二人で驚いていると、宗像が一つ提案をしてきた。
「休憩時間、まだ結構あるしさ、近くのカフェで会わないか?」
アオイはその提案に乗った。
待ち合わせのカフェで、アオイが席についていると、すぐに宗像が店に入ってきた。
「表見ー! 本当に久しぶりだなー! お前、あんまり見た目変わってないな」
「そうか? 宗像はちょっと老けたんじゃね?」
「お前なー!」
二人は再開すると、しばらく思い出話に花を咲かせていたが、ふと宗像が話題を変える。
「そういえばさ、表見のところに紅音ウララっていうVTuberいるじゃん?」
アオイは思わずコーヒーにむせた。
「えっ、ああ……それがどうしたん?」
「実はさ、俺、紅音ウララのファンなんだよ! 彼女の声がめっちゃ可愛くて、歌も上手くてさー!」
――えっ、マジかコイツ……
アオイは心の中で驚きながらも、苦笑いを浮かべた。
「お願いなんだけど、表見、ウララにサインもらってきてくれないか?」
「お前なぁ……」
「頼むよー! 昔の件もこれでチャラにするから!」
宗像はニコニコと笑いながら、期待の眼差しでアオイを見つめた。
「……うっ……たく、しょうがないなぁ。今度会った時にもらっといてやるよ」
「やったあぁぁ! 絶対、宝物にするから!」
「はは……大の大人が宝物って」
「いや、本当に嬉しいんだよ! これでこの後の仕事もはかどるぜー!」
宗像の嬉しそうな様子に、アオイは微笑んだ。正体は明かせないが、自分なんかのサインで喜んでくれることが、アオイは素直に嬉しかった。
「じゃあ、そろそろ仕事に戻るわ! お互い頑張ろうな!」
こうして、二人は解散した。
***
アオイは家に帰ると、紅音ウララのサインのことを考えていた。
「サインなんて書いたことないなぁ。ファンもいなかったし……いや、一人だけいたか……」
アオイは、フォークシンガーだった頃、ガラガラの客席にいつも来てくれていた女の子を思い出した。しかしなぜか胸がざわつき、それ以上考えるのをやめた。
「そんなことよりサイン考えないとな。うーん、どうしよう……」
アオイは独りでサインの練習を始めた。何度も書き直し、いくつかのバリエーションを試すものの、納得できるものができない。そしてペンのインクが切れ、同時にアオイの集中力も途切れた。
「あー難しい! 俺、デザインのセンスなんて全然ないしなぁ。今度、西園寺さんにでも相談してみるか」
時計を見ると、シオンとのコラボ配信の時間が迫っていた。
「やばいやばい! 準備しなきゃ!」
アオイは慌てて配信の準備を始めた。
お読みいただきありがとうございました。 もし楽しんでいただけましたら、ブックマークや感想、レビューをいただけると励みになります。引き続き、この物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




