第20話『油断は禁物です!?』
紅音ウララのパフォーマンスが終わり、番組はトークの時間に入った。
「紅音ウララさん、素晴らしいパフォーマンスをありがとうございました! 私、興奮しちゃいましたよー!」
司会者が笑顔で声を弾ませると、観覧席からも大きな拍手が湧き上がる。
「ありがとうございます!」
ウララは元気よく応え、画面越しの観客に向けて軽く手を振った。
「そして今日は、重大発表があるんですよね?」
「はい!」
ウララは一拍おいてから、満面の笑みで続ける。
「本日、この『Social New Sound』の放送が終わるのと同時に、今回歌わせていただいた楽曲『My rock ‘n’ roll spirit』のフルMVが、私のチャンネルで公開されます! ぜひ観に来てくださいね!」
ポーズを決めながらそう告げると、観覧席から歓声が湧いた。
「おおー! これは楽しみですね!」
司会者も目を輝かせていた。しかし、次の瞬間、ふといたずらっぽい表情を浮かべると、質問を投げかけてきた。
「そういえば、ウララさんってプロフィールの年齢非公開ですよね? いや〜、気になっちゃったんですが、ズバリ……いくつなんですか?」
アオイの背筋に冷たいものが走った。
――えっ!? ちょっ、何歳の設定だっけ!?
一瞬、頭が真っ白になる。だが、すぐに取り繕おうと口を開いた――その瞬間。
「えっ、それは……お、俺……」
――しまった
口をついて出たのは、ウララの可愛らしい声ではなく、素の男の声だった。
「ん?」
司会者が首をかしげる。観覧席からも「え?」「今の声……?」と小さなざわめきが広がる。
――やばい……やばい……!
全身が一気に冷たくなったその時――
「失礼しましたーっ!!」
突如、場内に響いた別の声。
「すみません、実は僕、紅音ウララのプロデューサーをやってる西園寺って者なんですが、さっきの声は僕の声です!」
司会者が「え?」と言いながら瞬きをした。
「ウララのマイクと僕のインカムが混線しちゃったみたいで……いやー、びっくりしました! すみません、邪魔しちゃいましたね!」
西園寺の捲し立てるようなトークに、ついつい司会者は「ああ、なるほど!」と納得したように頷いた。
「いやいや、それは失礼しました! でも、プロデューサーさんがそばでしっかりサポートしてるってことですね!」
「そうなんですよ! 彼女は本当に努力家なので、僕も全力で支えてるんです!」
西園寺が軽く笑って言うと、観覧席からも「おおー!」と納得したような拍手が起こった。
「ふ、ふふっ……そういうことです!」
アオイは慌てて作り笑いをしながら、こくこくと頷いた。
――助かった
アオイの心臓はまだドキドキしていた。しかし、西園寺がすぐそばで「大丈夫、大丈夫」とでも言うように肩を叩いてくるのが分かり、少しだけ安心した。
「それでは紅音ウララさん、本日はありがとうございました!」
「またね、みんなー!」
ウララが手を振りながら明るく締めくくり、モニターの映像が切り替わる。
***
配信が終わった瞬間、アオイはその場にへたり込んだ。
鼓動はまだ速く、高鳴ったままだった。喉はカラカラに渇き、身体は熱を帯びている。
――さっ、最後のはやばかった!
「おつかれー! いやーさっきは危なかったね〜」
「ほんと、心臓飛び出るかと思いました……フォローしてくれてありがとうございます」
「そんなの当然でしょ! 僕たちはチームなんだから! それに、語彙力が無くなるくらい、最高のパフォーマンスだったよ!」
西園寺は冷えた缶飲料を、アオイの頬に押しつけた。
「つっ……冷たいですよ!」
驚きながらも、ひんやりとした感触が心地よい。思わず笑みがこぼれた。
「それにしても表見くんの焦る姿、最高に面白かったな〜」
「勘弁してください……本気で焦ったんですから……」
「観覧席の『えっ?』って顔も、めっちゃウケたよね!」
「思い出させないでください!!」
ケラケラと笑う西園寺に、アオイは食い気味に言葉を放った。緊張から解放されたアオイは、いつもの調子を取り戻したようだった。
そこへ、ゆったりとした足取りでミツオが近づいてくる。
「ねえ、西園寺ちゃん?」
「どしたの、ミッチー?」
ミツオは腕を組み、じっとアオイを見つめた後、西園寺の方へと視線を移した。
「紅音ウララに関わるダンスのことは、私に全て任せなさい」
低く、それでいて力強い声だった。
「ははっ、最初からそのつもりだよ、ミッチー」
西園寺が笑いながら応えると、ミツオは満足そうに微笑む。
「んふ。アオイきゅんも、それでいいかしらん?」
いたずらっぽく笑うミツオに、アオイは迷いなく答えた。
「もちろんです! これからもよろしくお願いします!」
深々と頭を下げる。心からの感謝と、これからの覚悟を込めて。アオイが顔を上げると、西園寺とミツオは顔を見合わせ、そっと微笑んだ。
***
「後の片付けはこちらでやりますので」
スタッフが声をかけると、西園寺がぱんっと手を叩いた。
「さてとっ! それじゃあ今日は三人で『My rock ‘n’ roll spirit』のMVでも観ながら打ち上げ――いや、祝勝会だね!」
「いいわねぇ! 今夜は帰さないわよん!」
ミツオが楽しげに笑う。
アオイは肩の力を抜き、息を吐いて言った、
「今日だけはいくらでも付き合いますよ」
「言ったわね〜ん♪」
「それじゃレッツラゴー!」
西園寺の言葉を合図に、三人は笑い合いながら、夜の街へと消えていった。
***
朝、アオイはスマホの着信音で目を覚ました。画面を確認すると、西園寺からの電話だった。
「おはようございます……」
寝ぼけた声で挨拶すると、電話の向こうから勢いよく西園寺の声が飛び込んできた。
「表見くん! 昨日投稿した『My rock ‘n’ roll spirit』のMVが大変なことになってるよ!」
アオイの眠気が一気に吹き飛ぶ。慌ててスマホを操作し、動画を開くと、信じられない数字が並んでいた。
再生回数:300万回
コメント数:1万件以上
チャンネル登録者数:120万人
「こっ……これって……」
呆然とするアオイに、西園寺が興奮気味に言葉を続けた。
「昨日の番組終了後にSNSでバズりまくったんだ! 紅音ウララの名前が一般層にまで広まったみたいだよ!」
「すっ、すごい……」
「僕も昨夜、二人と祝勝会で観てからは一切確認しなかったからね。正直、一晩でここまで伸びてるとは思わなかったよ!」
祝勝会――その言葉に、アオイは昨夜の出来事を思い出す。
◇◇◇
「アオイきゅん、私の酒が飲めないのおぉお!」
「おっ、お酒弱いんですよおぉおお! 勘弁してくださいいぃい!」
ミチオにチョークスリーパーをかけられ、苦しむアオイ。それを見て、西園寺が涙を流しながら笑っていた。
◇◇◇
苦笑するアオイ。
「あはは……。と、とりあえず支度して会社に向かいます!」
「おっけー!」
西園寺との電話を終えると、アオイは支度を始める。その表情は、紅音ウララの躍進による喜びで、緩みに緩んでいた。
お読みいただきありがとうございました。 もし楽しんでいただけましたら、ブックマークや感想、レビューをいただけると励みになります。引き続き、この物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
短編集『成長』シリーズも不定期に投稿しています。
どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




