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第19話『マイロックンロールスピリット!?』

 



 本番の三時間前、アオイがスタジオの扉を開けると、すでに西園寺とミツオの姿があった。落ち着いた照明とは裏腹に、スタッフたちは慌ただしく作業を進めている。その空間には、緊張と興奮が入り混じる独特の高揚感が漂っていた。


「おはよう、表見くん!」


 西園寺が明るい声でアオイを呼びかけた。その表情には期待が込められているのが感じられた。


 一方、ミツオは腕を組んだまま静かに微笑んでいる。その目は、アオイがどんなパフォーマンスを見せるのかを楽しみにしているようだった。


「おはようございます!」


 アオイは挨拶すると、軽く息を整えながら深呼吸を一つ。喉の調子を確認しながら首を回し、ストレッチを始めた。


「さあ、最終チェックといこうか!」


 西園寺の言葉に、アオイは力強く頷く。音楽が流れ始めると、アオイは鏡の前に立ち、リズムに合わせて踊り出した。


 スピーカーから流れる音に身を委ね、アオイは歌いながら軽やかに動く。身体の軸はぶれることなく、指先の動きに至るまで研ぎ澄まされ、音楽と完全にシンクロしていた。


 歌声も安定し、一音たりとも乱れない。本番を前にした最終チェック――その動きと声には、不安の影はなかった。


 やがて曲はサビへと突入する。アオイは動きを止め、腕を腰に当て、軽く足を開くと、そのまま鋭い視線で二人を睨んだ。


 そして迎えたクライマックス。最後のポーズを決めると、西園寺が駆け寄ってきて、満面の笑みを浮かべながら拍手をしてきた。


「完璧だよー! 表見くん、カッコカワイく踊れてる!」


「か、可愛いはちょっと……」


 アオイは苦笑しながら額の汗を拭った。


「あはは、ミッチーもありがとね! やっぱミッチーの振り付けは最高だよ!」


「うふふ、お礼なら身体でしてもらおうかしらん?」


 ミツオが妖艶な表情で微笑むと、西園寺はすかさず身を翻した。


「さて、準備準備っと!」

「あんっ! 西園寺ちゃんのいけずん!」


 ――ミツオさんって半々って言うより、もはや……


 そして最終チェックを終えたアオイは、スタジオの隅でペットボトルの水を一口含んだ。喉の渇きを潤しながら、大きく息を吸い込む。


 隣に座っていた西園寺が、穏やかな笑みを浮かべながら尋ねてきた。


「緊張してるのかい?」


「そうですね。ちゃんと練習してきたんで不安はないんですけど、やっぱり緊張はしちゃいます。でも、いい緊張感ですよ」


 アオイは小さく笑いながら答え、握った拳をそっと開くと、指先の微かな震えを感じた。それを見かねたのか、西園寺は優しく頷いた。


「大丈夫だよ。表見くんなら、きっと最高のステージになるよ」


「頑張ります……」



 そしていよいよ『Social New Sound』の本番が始まる。司会の女性が映し出されると、オープニングコールを始めた。



 ◆◆◆



「生配信でお届けしております『Social New Sound』SNSで活躍する話題の方々が、今夜もスタジオを盛り上げてくださいます!」


 ステージ上を、滑るようにカメラが映し出す。煌びやかな照明の光が弾けるたびに、観覧席の人々の期待が広がり、その熱気がじわじわとスタジオ全体を包み込んでいくのを感じた。


 その様子をスタジオのモニターで観ていたアオイは、静かに拳を握りしめた。心臓が高鳴る音が耳に響き、手のひらにじわりと汗を感じる。だが、それが緊張ではなく、ただの興奮だと自分に言い聞かせていた。


 ――大丈夫、練習は沢山した


 深呼吸を繰り返しながら、アオイは今までの努力を思い返す。しかし、どうしても緊張は拭えなかった。


 その時、再び西園寺が声をかけてきた。


「緊張するなって言っても無駄だろうけど、ミッチーに教わったこと、そして自分がしてきたことを信じて!」


 その言葉を聞いたアオイは、西園寺との出会いからこれまでのことを振り返った。


 ――何もかもが突拍子もなく、最初はただ振り回されているだけだと思っていた。しかし、それらすべてが計画的で、確実に自分を押し上げてくれるものだった。そして今、紅音ウララとして、多くの人に自分の歌声を聴いてもらえる――


 その実感が、胸に広がっていった。


「……ありがとうございます。こんな大舞台に立てるのも、西園寺さんのおかげです。本当に感謝してます」


「ふふっ、ミッチーみたいなこと言うけど、お礼は身体でね!」


「はいっ!? それってどういう意味ですか!?」


 アオイが驚くと、西園寺は悪戯っぽく笑った。


「勘違いしないでよ。その身体で、紅音ウララを体現してって意味さ!」


 その言葉にアオイは再び深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


「……わかってます。任せてください」


 アオイの心からは、すっかり迷いが消えていた。

 そしていよいよ、紅音ウララの出番がきた。


「それでは次の出演者を紹介します! 現在、VTuber界隈を賑わせている大型新人、紅音ウララさんです!」


 司会者の紹介を合図に、アオイがスタジオのカメラの前に立つと、番組スタジオの大型モニターに紅音ウララの姿が映し出される。


 アオイたちがいるスタジオのモニターには、観覧席の人々がペンライトを振りながら、その瞬間を今か今かと待ち焦がれるようにしている様子が映し出されていた。


「さあ出番よ! ぶちかましてきなさい!」


 ミツオが激励し、西園寺も優しく微笑み口を開いた。


「行ってらっしゃい"ウララ"」


 アオイは二人を見て、軽く頷いた。


「今夜は紅音ウララの初楽曲を、当番組で初披露してくださるようです! カッコカワイイ振り付けにもご注目ください。それではスタジオを盛り上げていただきましょう! 紅音ウララで"My rock ‘n’ roll spirit"」


 音楽が流れ始める。


 轟くようなギターのリフ、鋭いドラムの音、低く響くベース。心臓が高鳴る。


 そしていよいよ、ウララが歌い出した。


 Aメロ――透き通った、しかし力強い歌声が会場に響く。その音と共に、ウララはモニター越しの観客に視線を向け、躍動する。


 Bメロ――徐々に声量を上げるウララ。手を伸ばし、視線をカメラに絡ませる。


 ――大丈夫、落ち着いてる。声も体も軽い


 アオイは緊張しながらも、心の中では冷静さを保っていた。しかし、その冷静さとは裏腹に、パフォーマンスは次第に熱を帯び、激しく燃え上がっていった。


 そしていよいよサビに突入――ウララは腰に手を当て、カメラを睨みながら一気に声を張り上げた。その声は練習の時よりもさらに力強く、鮮烈に響き渡る。まるでステージ全体が、ウララの歌声に支配されているかのようで、アオイは会場の熱気が一気に高まるのを感じた。


 観客の視線がステージに固定され、ウララのパフォーマンスに釘付けになっていた。


 クライマックス――最後のロングトーンが響き渡る。声は空間を震わせ、その衝撃は、アオイ自身の脳にまで轟く。


 そして曲が終わると、静寂の中、観客たちはしばらくその余韻を感じているようだった。


 そして次の瞬間――


 会場が割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。その音は、まるで会場全体がひとつになったかのように鳴り響き、ウララのパフォーマンスがいかに心を震わせたのかを物語る。


 その光景をモニター越しに見ていたアオイは、思わず満面の笑みを浮かべた。観覧席の映像がステージ上の映像に切り替わり、番組スタジオの大型モニターに映し出された紅音ウララの顔が、アオイの表情と重なり合うように、眩しく輝いているのが見えた。


 こうして紅音ウララの初ステージは、最高の形で幕を閉じた。




お読みいただきありがとうございました。 もし楽しんでいただけましたら、ブックマークや感想、レビューをいただけると励みになります。引き続き、この物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。


短編集『成長』シリーズも、不定期に投稿しています。

どれも短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。

ぜひ読んでいただけると嬉しいです。

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