第18話『本番前日の衝撃!?』
本番前の最後の練習日。スタジオのドアを開けると、少しひんやりとした空気がアオイの肌を撫でた。まだ朝早い時間帯だからか、室内は静寂に包まれていた。
だが、その静けさを破るように、一定のリズムで体を動かす人影が見えた。
「昨日はゆっくり休めたかしら?」
ストレッチをしていたミツオが、アオイに気づいて声をかけてきた。
「はい! おかげさまで息抜きできました」
アオイは軽く頷きながら答えた。昨夜、久しぶりにカラオケへ行き、思いきり歌ったおかげで気分が軽くなっていた。
「それはよかったわ」
ミツオは満足そうに微笑みながら、アオイの体をじっと観察したように見えた。
「……体は鈍ってないわよね?」
「大丈夫です!」
ミツオの問いかけに、アオイは即座に力強く返事をした。実際、彼は昨日帰宅してからも、軽く振り付けの確認をしていた。
そしてアオイは軽く肩を回しながら、ミツオに提案を持ちかけた。
「本番を想定して、喉を痛めない程度に歌いながら練習してもいいですか?」
「もちろんよ。私も最初からそのつもりよ」
そう言って、ミツオはバシッと手を叩いた。
「じゃあ、始めるわよん!」
スタジオに音楽が流れ始めると、アオイは呼吸を整え、リズムに合わせて動き出した。
――振り付けの一つ一つが、体に染み込んでいる。頭で考えなくても、自然と動ける――それに、歌う余裕もある!
アオイの額には汗が滲んでいたが、その目には迷いがなかった。
そして練習が終わる頃には、スタジオの鏡は二人の熱気で少し曇っていた。
「はい、おしまいよ! これ以上は明日に響くわ!」
「あっ……ありがとうございました……」
アオイは息を切らしながら、スタジオの隅に座り込んだ。喉は少しだけ乾いていたが、コンディションは悪くない。
クールダウンをしながら、二人は何気ない会話を始めた。
「えええ!? ミツオさんってそっちじゃないんですか!?」
ふとした話の流れで、アオイが驚きの声を上げた。
「うふふん。正確には今は半々ってところかしら」
ミツオは意味深に微笑みながら、今の自分に至るまでのことを語りだした。
「ダンスや振り付けのコーチをしているとね、若い女の子とも触れ合うことが多いのよ。その時に警戒されるとお互いやり辛いでしょ? だから心は乙女ってことにした方が、何かと都合がいいのよん」
「てっきり完全にそっちの人かと……」
「あらっ、さっき”今は半々”って言ったでしょ? このキャラを演じ続けてるうちに、だんだん本当になってきちゃってねん」
ミツオはウインクをする。アオイは苦笑いを浮かべながらも、妙に納得してしまった。そして次の瞬間、アオイはさらなる衝撃の事実を聞くことになった。
「でも私は既婚者で娘もいるじゃない? あっ、でも大丈夫よん。娘にはアオイきゅんが紅音ウララだってことは、内緒にしてあるから」
「はえ?」
アオイの脳が情報を処理しきれず、間抜けな声が漏れた。
「あら、コガネよん。この前はボイストレーニングでお世話になったわねん。アオイきゅんのこと、すごい師匠ができたって喜んでたわよん」
「…………えええぇえぇえええ!?」
アオイの驚愕する声が、スタジオに響き渡った。
「こっ、コガネ……ってことは、ミツオさんのフルネームって……」
「あらら、てっきり西園寺ちゃんが会う前に話してたのかと思ってたわ。改めて、私の名前は”五宝ミツオ”よん」
――いっ言われてみれば確かに、金髪に小麦色の肌……似ているところはある……
「さて、そろそろ帰りましょう! 明日は本番、早めにきて軽くおさらいするわよん」
「あっ、ありがとうございました! 本番もよろしくお願いします」
ミツオの言葉に、アオイはその事実を整理しきれないまま、慌てて返事をした。
そしえスタジオを後にすると、アオイは明日のことを考えていた。
――なんだか落ち着いてるな
ミツオがしっかりと振りを叩き込んでくれたおかげで、アオイは自然と自信がついていた。もちろん、本番は絶対に緊張するだろうけど。それでも、やってきたことを信じるしかなかった。
***
アオイは家に帰り、シャワーを浴びていた。湯気に包まれながら、今日の練習を振り返った。
「ここの振り付けが可愛いんだよな……って、裸で何してんだ俺……」
シャワーを終え、浴室を出ると、スマホの通知音が鳴った。画面を見ると、翠月アリアの配信が始まったことを知らせる通知が届いていた。
――ちょっと覗いてみるかな
アオイが配信を開くと、画面の中で翠月アリアが笑顔で話していた。
◆◆◆
「なんとなんとー! 明日はわたしと同じ事務所のVTuber仲間、紅音ウララちゃんが『Social New Sound』に出演します! そこで自分の曲を初披露するらしいので、みんな絶対に観て下さいねー!」
――ミドリさん、ありがたい……!
アオイは感謝しながら、画面をじっと見つめた。
「ってことで、今日はこれから歌配信枠に切り替えるから、ばしばしリクエスト送ってね!」
◆◆◆
その夜、アオイは翠月アリアの配信を観ながら、明日への気持ちを整えていった。
〜〜〜第17.5話『ドリンクバーでの出来事』〜〜〜
――楽しいな……こんな風に誰かと歌うの、久しぶりかも
ジンジャーエールを注ぎながら、ミドリはふと手元を見て固まった。
――あれ……? どっちがわたしので、どっちが表見さんのだったっけ!?
ミドリの顔に冷や汗が滲む。しばらく悩んだが、結局分からなかった。早く戻らなければ、表見さんに心配をかけてしまうかもしれない。そう思ったミドリは、しょうがないので戻ることにした。
しかし、カラオケルームのドアを開ける瞬間、ミドリはあることを思い出す。自分のコップに、アイスティーがまだ少し残っていたことを――
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短編小説『僕と先生の腕相撲日記』を投稿しました。
約8,000文字の短い物語ですが、成長の大切さや本当の強さとは何かを考えながら、心を込めて書きました。
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。