第14話『後生畏るべし!?』
「今日はウララの『チャンネル登録者70万人達成記念』の配信に来てくれてありがとねー!』
アオイは満面の笑を浮かべ、視聴者に向けて喋っていた。
「明日も配信するから、絶対来てよねー!」
◆◆◆
彼は配信を終え、画面が暗くなると同時に「ふぅ〜」と息を吐き、背もたれに寄りかかる。
「疲れた……」
ウララとしての活動は怖いくらい順調に進んでいる。それでも、地声が出てバレないよう、配信にはいつも神経を使っていた。しかし、視聴者のコメントや応援の言葉が画面に流れるのを見ると、不思議と疲れが和らぐ。彼らの声に励まされ、次もまた頑張ろうと思えた。
アオイはデスクの端に置いたスマホを手に取り、明日の予定を確認した。
「明日はコガネさんのボイトレだ……」
前回のレッスンから明日で5日経つ。この短期間でどこまで成長できたか、アオイの中には、正直なところ不安もあるが、それと同じくらい期待もあった。
***
翌日、事務所に到着すると、スマホに西園寺からのメッセージが届いていた。
『今日はコガネんとのボイトレが終わったら、そのまま帰って大丈夫よー!』
――よし、気合い入れるか
アオイが背筋を伸ばしていると、事務所の扉が勢いよく開いた。
「おはよー師匠! 今日もよろしくね!」
明るい声とともに、コガネが飛び込んできた。
その姿を見て、アオイはつられるように微笑む。
「おはよう。今日も頑張ろうね」
こうして、二回目のボイストレーニングが始まった。まずは基本の音階練習から始めた。
アオイがスマホのピアノアプリで音を鳴らすと、コガネがそれに合わせて声を出した。前回と比べると、驚くほど音程が安定していた。
――すごい……こんな短期間でここまで成長するとは思わなかった
「かなり良くなってるよ。正直ここまでとは思わなかった」
「でしょ! 師匠に言われた通りちゃんと練習してたからね!」
彼女は得意げに胸を張った。その姿にアオイは苦笑しつつも、しっかりと頷く。
「じゃあ、次はこの前歌った曲にチャレンジしてみよっか」
「おっけー!」
コガネは勢いよく返事をした。しかし、その表情には少し緊張が滲んでいるようにも見えた。
歌い始めると、最初は順調だった。音程も大きく外れず、しっかりと歌えている。
――すごい……本当に成長してる
しかし、サビに差し掛かった瞬間、彼女の声が詰まり、音がうまく伸びなかった。
「……やっぱり高い声が出ない」
コガネはそう言うと、ぎゅっと唇を噛み、悔しそうな表情を浮かべた。
前回は自分の声がその音に届いているかどうかも分かっていなかったのかもしれない。
しかし音程がある程度取れるようになった今、自分の声がその高さに届いていないことにちゃんと気づいているようだった。その証拠に、少し苦い顔をして、何度も同じ音を出そうとしている。
アオイはそんなコガネの様子を見つめ、なんとかしてあげられないかと考え、少し思案した後に口を開いた。
「よし、ちょっと試してみようか」
「えっ、試すって?」
「まず口を閉じて、鼻声を意識してみて。鼻に響かせる感じで」
「ふむふむ……こう?」
彼女はアオイの指示通り、鼻歌で同じ曲を歌い始めた。最初は慣れないのか、少し戸惑った様子だったが——
サビに差し掛かると、鼻声ではあるものの、一番高い音が出たのだ。
――よし、やっぱりこの子は感覚を掴むのが早い!
アオイは小さくガッツポーズをする。
「すごいよ、コガネさん! その鼻に響かせる感覚のまま、今度は口を開けて歌ってみて」
「よーし、やるぞ!」
コガネは再び歌い出す。サビに入ると、場の緊張感が増したように感じた。アオイも思わず息をのんだ。そして——
彼女の声が、一番高い音にしっかりと届いたのだ。アオイの耳にも、今までより格段に伸びやかに聞こえる。
「やったよ師匠ー! 高い所が出たよー!」
コガネは勢いよくアオイに抱きついてきた。突然のことで戸惑いながらも、アオイの口元が自然と綻ぶ。気づけば、そっと腕を背中に添えていた。
しかしふとした瞬間、アオイはこの抱き合っている状況がまずいことに気がついた。
「……はっ」
お互い、急いで身を引いた。
「ご、ごめん……つい……」
「い、いや、ウチもつい……」
コガネは気まずそうな表情を浮かべ頭を掻いた。しかし、すぐに満面の笑みを浮かべ言った。
「でも、本当に嬉しい! 人並みに歌えるようになった気がする!」
アオイも微笑みながら頷く。
「コガネさんの努力の賜物だよ。飲み込みも早いし、家でもちゃんと練習したんだね」
「えっへん!」
胸を張るコガネに、アオイは思わず苦笑いしながら肩をくすめた。
「よーし! この成果をみんなに見せつけてやる!」
「え?」
「配信で歌って、視聴者のみんなを驚かせるんだー! また教えてね師匠!」
そう言うと、彼女は軽快な足取りで事務所を飛び出していった。その背中を見送りながら、アオイは静かに息をつく。
「本人のセンスとやる気が大きかったけど、なんだかんだで役に立てたのかな……」
そしてふと、自分がレコーディングをした曲のことを思い出す。
「早く上がらないかな……」
アオイは、ゆっくりと事務所の椅子に腰を下ろした。
***
翌朝、目を覚ましたアオイがスマホを見ると、西園寺からのメッセージが届いていた。
『会社に着いたら、僕のところに来てね』
そのメッセージに、胸の奥で期待が膨らむのを感じながら、アオイはいつものように身支度を整えた。シャワーを浴び、軽く朝食を済ませると、出発の準備を整えて会社へ向かった。
お読みいただきありがとうございました。 もし楽しんでいただけましたら、ブックマークや感想、レビューをいただけると励みになります。引き続き、この物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。