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第9話 案内

レオンハルトは、教育所での初日を淡々と過ごしていた。手続きと所内の案内だけで、特に大きな出来事もなく一日が終わろうとしていた。所長のレオポルドに連れられて、施設内の各エリアを順番に案内される中で、特に印象に残ったのは「精神障害者エリア」の話だった。


「ここが子供エリアだ。お前はここで過ごすことになる。あっちが精神障害者エリアだが、絶対に近づくなよ。もっとも、仕組み的にお前らは立ち入れないがな」と、所長は嫌味たっぷりに続けた。


「そこには神域級に達した黒魔法や白魔法の使い手がいるんだが、精神が崩壊して隔離されている。あまり深く考えないほうがいいぞ。無駄だからな」


レオンハルトは、その言葉に少しだけ好奇心をそそられた。神域級の魔法使いとはどれほどの力を持っているのだろうか?そして、そんな強力な存在でも精神が崩壊してしまうとは、どんな過酷なものが彼らを待ち受けていたのか。だが、今の状況でそれを追求する余裕はなく、レオンハルトはその疑問を心の中にしまい込んだ。


次に案内されたのは、食堂や図書館などの共用施設だった。レオンハルトは淡々と説明を聞き流しながら、自分の置かれた状況に不安と焦りを感じていた。両親との衝突、ギアの没収、そしてこの見知らぬ環境――何もかもが彼を押しつぶそうとしているようだった。


「ここが君の部屋だ」とレオポルドが案内したのは、シェアルームの一室だった。レオンハルトはここで別の子供と共同生活を送ることになるらしい。


「お前と同室になるのはリカルド・ヴァイス。2歳年上で、ちょっと気が荒い。下手に機嫌を損なうと、暴力を振るわれるかもしれんから、気をつけろよ」と、所長は軽い口調で言ったが、その言葉はレオンハルトに新たな緊張感をもたらした。


(親に見捨てられて、次はガキ大将の相手か…本当にツイてないな)


レオンハルトは心の中でぼやいた。所長の話から、リカルドは面倒そうな相手だとすぐに感じ取った。しかし、まだリカルドは部屋に戻ってきておらず、挨拶をする機会もなかった。


一人になったレオンハルトは、シェアルームのベッドに腰を下ろし、明日からの生活に思いを巡らせた。親に見捨てられ、サーキュス・ギアを没収された自分が、この場所でどうやって生き延びていけばいいのか――まだ答えは見つからなかったが、今はただ、目の前の現実に立ち向かうしかなかった。


彼のぼやきは小さな声だったが、隣の部屋の誰かがそれを聞いていた。そのつぶやきが、後々のトラブルの引き金になるとは、この時のレオンハルトには知る由もなかった。


部屋で休んでいると、扉が音を立てて開き、同室の少年が戻ってきた。彼がリカルド・ヴァイス。レオンハルトより2歳年上で、所長の言葉通り、どこか強気な雰囲気が漂っている。


(この子がリカルドか…)


レオンハルトは、最初の印象で面倒な相手だと感じつつも、あいさつをするべきだと思った。


「こんばんは、僕はレオンハルトと言います。これからよろしく…」


「ああ、おう」


それだけ。リカルドはわずかに顔を背け、ちらりと視線を送るだけで、すぐに興味を失ったようにベッドに向かった。その動きは、まるで周囲に壁を作っているかのようだ。初めてのあいさつはあっけなく終わり、レオンハルトは心の中で苦笑いを浮かべた。


(まぁ、こんなもんか…)


夜が更け、レオンハルトはベッドに横たわりながら、これからどうするかを考え始めた。両親に捨てられたような形でここに送り込まれ、自由もギアも奪われた今、無力感に苛まれていた。しかし、ただ何もせずに過ごすことは、彼の誇りが許さない。だからこそ、次の一手を冷静に考えなければならなかった。


(脱走するか…それとも、模範となって退所するか…)


二つの選択肢が浮かんだが、脱走は一見、自由を取り戻す最短の道に思えた。しかし、この施設の警備は厳重で、捕まれば今以上に自由を奪われる可能性が高い。リスクが大きすぎる。一方、模範となって退所する道は、計画的で現実的に見えたが、それが本当に可能かどうかは、今の時点では分からない。


(これが、アリシアが言っていた“順序”ってやつか)


アリシアの言葉を思い出し、レオンハルトは少し笑った。無理に急ぐことなく、今の環境でやるべきことをやり、順序に従って物事を進める。それが確実で効果的だと感じた。


(じゃあ、どうやって模範になる?)


彼は様々なシナリオを頭の中でシミュレーションし始めた。


(例えば…わざと事件を起こして、それを自分で解決して名をあげるとか?)


他にもいくつかのシナリオが浮かんだが、どれも完璧な解決策には思えなかった。今の状況では何もわからない。まずは明日以降に様子を見るべきだと考え直すことにした。


「明日から動こう…」


そう心に決めたレオンハルトは寝ることを選んだ。だが、隣のベッドで既に寝ているリカルドのいびきが、まるで古いエンジンのように不規則に響いていた。時に途切れ、時に激しく、枕を頭に押しつけても防げないほどだ。なかなか寝付けずにいたが、気づいたら眠りに落ちていた。


翌朝、大きなチャイム音が鳴り響き、レオンハルトはそれに起こされた。新しい生活の始まりだった。


朝、レオンハルトはリカルドの動きを観察しながら、同じように支度を進めた。まだ教育所での生活に慣れていない彼にとって、リカルドの行動を真似ることが一番手っ取り早い適応方法だった。


(まずは、今日の流れを掴まないと…)


リカルドについていくと、最初に始まったのは勉強の時間だった。レオンハルトは前世の知識もあって勉強自体は特に問題なくこなせたが、淡々とした講義にはすぐに飽きてしまった。


昼になると勉強が終わり、次はトレーニングの時間だった。剣術に対する興味が薄れていたレオンハルトは、今日は気分を変えて槍術を選ぶことにした。


しかし、槍術はどうやら不人気なトレーニングらしく、講師がいなかった。代わりに自習扱いとなり、レオンハルトは倉庫から適当な棒を借りて槍術の基本を自己流で試し始めた。


(自己流でも、何か新しい技術を編み出せるかもしれない)


そんな考えを持ちながら槍を振り回していたその時、リカルドとその取り巻きが現れた。


「よぉ、なんで俺がここに来たかわかるか?」リカルドが威圧的な口調で問いかけてきた。


レオンハルトは少し戸惑いながらも、冷静に答えた。「いえ、わかりません。」


リカルドはニヤリと笑い、「なら、思い出させてやるよ」と言い放つと、いきなり拳を振りかざし、レオンハルトの顔に向かって殴りかかってきた。


だが、レオンハルトは師匠リオネルとの鍛錬で磨いた反射神経のおかげで、簡単にその攻撃を避けた。


「なんだ、たまたまよけやがって…」リカルドは少し驚いた様子を見せたが、すぐに再び拳を構え、再度攻撃してきた。


レオンハルトは再び避ける準備をしていたが、その瞬間、奥の方に所長のレオポルドがこちらを見ていることに気づいた。


(模範者になって、ここを抜け出す…そのためには、わざと殴られるべきだ)


瞬時にそう判断したレオンハルトは、次の拳をあえて受けた。


リカルドの拳が彼の頬に当たり、鈍い痛みが走る。だが、レオンハルトは無言のまま、その場に立ち続けた。リカルドはさらに数発殴り、レオンハルトはじっと耐え続けた。所長が遠くから見ているのを確認しつつ、これが模範的な行動だと信じて。


数発殴られた後、リカルドは「つまんねぇ奴だな」と吐き捨て、取り巻きを連れてその場を立ち去った。


殴られたレオンハルトが地面に座り込んでいると、アリシアが心配そうな顔で駆け寄ってきた。


「大丈夫?ずいぶん殴られてたけど…」


アリシアの優しい声に、レオンハルトは微笑んで頷いた。


「ええ、大丈夫です。…これは、いわゆる“順序”ってやつですから」


そう言って、レオンハルトはアリシアに感謝の気持ちを抱いた。彼女から教わった「順序」が、この状況で役立っていることを実感した瞬間だった。

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