第7話 衝突
レオンハルトがスイッチをサーキュス・ギアの入力端子に接続し、押した瞬間、ランプが一瞬光った。それはごく小さな反応だったが、彼にとっては大きな手がかりだった。この反応を目にした瞬間、彼の頭の中には新たな疑問が次々と浮かび上がった。
(そもそも、サーキュス・ギアの動力源は何だ?そして、何かOSのようなシステムで動いているのか…?)
動力源について、彼はすぐに仮説を立てた。ギアは装着者の体内にある何か、例えば生命エネルギーや魔力を消費しているのではないかと。そして、ギアが表示しているシンクロ率や魔法レベルのステータスから、これは何らかのシステム、つまり**OS**のようなもので駆動しているのではないかという考えが浮かんだ。
(もしOSがあるなら、特定のコマンドを送れば何かしらの反応が得られるはずだ)
リバースエンジニアリングでギアの内部システムを探りたいところだったが、この世界にはまだパソコンや電子機器のようなデバイスは存在しない。サーキュス・ギアの分解も限界があり、現状できる範囲でのアプローチを考える必要があった。
「キーボードと送信スイッチを錬成して、手当たり次第にコマンドを送ってみよう」
レオンハルトは、錬成回路を使って簡単なキーボードと送信スイッチを作ることにした。これでサーキュス・ギアにコマンドを送信し、何か反応が得られるか確認するのが彼の狙いだった。
日々の訓練と並行して解析作業を進め、レオンハルトは手作りのキーボードをギアに接続し、スイッチを使ってコマンドを送り続けた。しかし、表示されるのはシンクロ率や魔法レベルといった既存のステータスのみで、他の反応は得られなかった。
「まだ何かが足りない…でも、何だろう?」
リバースエンジニアリングができれば、もっと深く解析できるはずだと考えたが、現時点ではこの世界の技術では限界があった。それでも彼はあきらめず、試行錯誤を続け、コマンドを送り続けた。手がかりをつかむため、毎日少しずつ進展を模索していた。
そんなある日の午後、レオンハルトは両親がギルドで忙しく、遅くなると思い込んでいたため、サーキュス・ギアの分解を進めていた。しかし、予想外のことが起こった。
「ただいま!」
両親がギルドの仕事を早めに切り上げ、想定外のタイミングで帰宅したのだ。レオンハルトは動揺し、手元にあったギアのパーツを隠す暇もなかった。母アマーリエが目の前に現れ、驚愕の表情で彼を見つめた。
「何やってるの!?」
アマーリエの目に映ったのは、禁忌の行為―サーキュス・ギアの分解を試みている息子の姿だった。彼女の顔は瞬時に怒りに染まり、ギアを分解しているレオンハルトに鋭い視線を向けた。
「母さん…これは、その…」
「サーキュス・ギアを分解してるなんて、何を考えてるの!?禁忌だって言ったじゃない!そんなことをしてはいけないって、何度も言ってきたでしょ!」
アマーリエは怒りで声を震わせ、レオンハルトを叱責した。父ヴォルフガングも、息子の行為に険しい表情を浮かべた。
「すみません、もう二度とやりません!」
レオンハルトは即座に謝ったが、内心では悔しさと焦りが渦巻いていた。
(くそ!見つかってしまった。こんなことで諦めるわけにはいかない。もっと慎重にやらなければ…)
レオンハルトは表向きには謝罪したものの、心の中ではギアの解析を諦めるつもりはなかった。彼はこの失敗を教訓にし、次こそは慎重に行動しようと強く誓ったのだった。
レオンハルトは、母親と父親の厳しい叱責を受けた後、1週間はおとなしく修行に集中していた。剣術や魔法の鍛錬に精を出し、解析行為を一切やめていたが、彼の中にある強い探求心は1週間で消えるものではなかった。
(どうしても解析をやりたい。あの入力端子の仕組みを解明しなければ気が済まない…)
その衝動は日に日に強まり、ついにレオンハルトは再び解析を始めることを決意した。一度は止めた師匠リオネルも、レオンハルトの熱意には困惑していた。
「先生、お願いだから、もう少しだけ時間をくれれば、きっと何かが分かるんだ!」
「レオン、お前の気持ちはよくわかる。しかし、もうこれ以上は危険だ。もし見つかったら、お前だけでなく、私たち全員が処罰されるかもしれないんだ」
それでもレオンハルトは諦めなかった。必死に訴え続け、ついにリオネルも折れてしまった。
1か月が過ぎたが、解析は思うように進まず、大きな成果は上げられなかった。焦るレオンハルトは、再び作業に没頭していたが、その時、再度予想外の出来事が起こった。
「…またやってるのか、レオン!」
母アマーリエの鋭い声が響いた。彼女の目には怒りの炎が燃え、すぐに父ヴォルフガングも駆けつけた。二人の表情には、怒りと失望がはっきりと浮かんでいた。
「どうして、何度も言ったのにやめないの!?」
母親の声は震え、怒りと恐怖が混じった感情が爆発しそうだった。ヴォルフガングも、息子の行動に耐えきれない様子で、厳しい声を上げた。
「サーキュス・ギアを分解してまで何をしようとしているんだ!?禁忌だとわかっているだろう!」
しかし、レオンハルトも負けていなかった。彼は両親の前で懸命に反論した。
「でも、これを解析しなければ僕には進めないことがあるんだ!もう少しだけ時間をくれ!お願いだ!」
内心、親であればゴリ押しで許されるという甘い考えもあったが、アマーリエの反応は予想以上に激しかった。
「私たちがどれだけ心配してるか分かっているの!?町の人やギルドに知られたら、私たち全員が罰せられるんだよ!処罰がどれだけ厳しいか、想像もできないでしょう!?」
アマーリエの目に涙が浮かび、怒りと恐怖、そして悲しみが交錯していた。感情が抑えられず、彼女は続けて叫んだ。
「お願い、やめて。これ以上、私たちを追い詰めないで!」
レオンハルトは、両親の気持ちを理解しながらも、どうしても解析を諦められなかった。彼にとって、それは使命のようなものだった。
「母さん、父さん、でもどうしてもやらなきゃいけないんだ。これを解析すれば、もっと多くのことが分かるんだよ!」
「やめなさい、レオン!」
父ヴォルフガングは息子の肩をつかみ、強く揺さぶった。その勢いにレオンハルトは息をのんだ。父親の顔には、強い決意が刻まれていた。
「もう許さない。お前はしばらく教育所で謹慎だ」
「な、なんだって…?」
「サーキュス・ギアも工具も没収する。師匠との契約も解消する。これ以上、お前を危険に晒すわけにはいかないんだ」
ヴォルフガングの言葉に、レオンハルトは衝撃を受けた。母アマーリエはギアと工具を手早く取り上げ、リオネルとの契約も解消された。リオネルは静かに家を去る際、無念そうにレオンハルトを一瞥しながら、何も言わず去っていった。
「先生…」
「すまない、レオン…」
レオンハルトの呼びかけにも、リオネルは振り返らなかった。
姉のアナスタシアは、弟を助けようと必死だった。
「お母さん、そんなに怒らないで…レオンはただ好奇心があっただけで…」
しかし、アマーリエは姉にも厳しい言葉を投げかけた。
「あなたも共犯なの!?あなたも謹慎処分を受けたいの!?」
その言葉に、アナスタシアは口をつぐんだ。母の怒りは収まる気配がなかった。
こうして、レオンハルトは4歳を前にして教育所での謹慎処分を受けることになった。彼のサーキュス・ギアの解析は、ここで一旦幕を閉じることとなった。