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閑話

とある秋の日常の話(イリア17歳。ジェイド21歳)



 シトシトと屋根を伝って響く音が室内に響いています。

 今日は明け方から雨が降っており、秋の冷え込みが一段と増したように思えます。


 ぺらりとめくる紙の音と、ペンが走る音のみで満たされた空間に、深くため息がでてしまいます。


 そう、先程から威圧的に私を見下ろしてくる人物にです。


「ジェイド様。今日は朝から雨が降っておりますので、本日の予定はキャンセルだと決めたではないですか」


 本当であれば、今日は久しぶりに休暇をとって、実家の近くの森ではちみつの採取をしようとジェイドが言ってきたのです。

 はちみつの採取期間が二ヶ月ほどしかありませんので、今回逃すと次に休暇が取れるのはいつになるかわからないので、機嫌が悪くなるのもわかります。


 領地で取れる蜂蜜で作った蜂蜜酒は美味しいですからね。

 その中でも、五メル(メートル)という巨大な巣をつくるビーネ・ロワの種が作る蜂蜜が格別なのです。

 とても攻撃的なので、普通なら採取が不可能。しかし私のランドヴァランの魔眼があれば、蜂如きなど恐れることはないのです。


「今日は休暇をとったはずだが?」

「そうですね。ジェイド様は軍部のお仕事をお休みにされましたね」


 帝国も一枚岩というわけにはいかず、あちらこちらで、戦いの火種はくすぶっています。

 軍部はそれを嗅ぎ分けて、対処をしていると聞いています。ジェイド自身が動くことは稀ですが、色々忙しくされていますわね。


「違う。イリアがだ。何故、休暇をとったのに、書類を見ている」


 ジェイドにそう言われて首を傾げます。

 私は別に休暇はとっていませんよ。


 学園の勉学は十三歳から十五歳までがカリキュラムが組まれていますが、十六歳から十八歳までは貴族としての交流が主な目的になりますので、決まった日にさえ通えばいいのです。


 私は皇子妃となる予定ではありますが、高位貴族との距離間が凄くあります。とても遠巻きに見られるのです。

 これは絶対にジェイドの所為だと私は思っているのです。


 ですから、行事がない場合は学園に行くことはありません。


 そして今日は特に学園での行事がありませんので、その場合はジェイドの離宮にいることが多いのです。


「私は学園を休んではいませんわよ? 今日は行っても行かなくても良い日です」

「そういう意味ではない。サロンから消えたと思えば、なぜいつも通りここにいるのだ? 今日は休暇なのだから、書類を見なくてもいい」


 はい。私は第一皇子の婚約者として、最低限の役目をこなすようにと、皇帝陛下から直接書類が下ろされるようになりました。

 その時にサロンの近くの部屋が私の執務室になったのです。


 ほぼ毎日、ジェイドの離宮に来るのは書類に目を通すついでに、ジェイドに会いにきているのです。あ……逆ですね。これを口にすると変な嫉妬心を向けられてしまいます。


『俺と父上とどっちが大事なのか』と、くっそ面倒くさいことを言い出すので、ジェイドに会いにくるついでに、書類に目を通しているですね。


「ジェイド様が何処かに行かれてしまいましたので、空いている時間に書類を見てしまおうと思っただけですわ。時間は有限ですもの」

「はぁ。そうやってサクサク書類を捌いていくから、父上がいい気になって、俺のイリアに次々と送りつけてくるんだ。いいか、そんな物は片手間でいいのだ!」


 それは駄目だと思いますわ。


 仕事はきちんと仕上げる。でないと、御局のヤナセさんがグチグチと……はっ! 


 少し混じってしまいました。失礼しましたわ。


「そんな物は放置してこっちに来い」


 ジェイドは座っている私の腕を掴んで、立ち上がるように促してきました。


「ジェイド様。そんなものではありませんよ。各領地の収穫量が記載されている書類なのですから」


 私はこのまま連れていかれると執務机の上に放置される書類を慌てて、一番下の引き出しにしまいます。


 こんなのが、あの執事にバレたら、危機管理というものがなっていませんねと言われるではありませんか。


 片手でなんとか片付けた私は、椅子から立ち上がって、隣を見上げます。

 ちっ! でかくなりやがって、首が痛いですわ。


「何処に行かれるのですか?」


 取り敢えず事前に聞いておかないといけません。


 以前、食事にしようと言われ、転移で連れて行かれたのが、皇都の下街の食堂でした。

 確かに、私は慈善事業で皇都中を巡ることがあり、あの食堂が気になると、あとで平民の格好をして、こっそりと行った覚えはあります。


 そう、平民の格好をしてです。

なのにいつもの格好で下街に転移をしたのです。


 高位貴族丸出しの……それに隻眼の銀髪の偉そうなヤツと言えば、第一皇子であるジェイドルークス将軍だとバレバレではないですか。


『ふざけている? 裏にちょっと行こうか?』


 と思わずジェイドに言ってしまったことは、闇に葬ってください。

 ぼこりはしませんでしたが、馬鹿ですかは連呼しました。しかし、ジェイドはニヤニヤとした笑みを浮かべて、聞いているのかどうかわかりませんでしたね。


 そして、そのニヤニヤとした笑みを私に向けてきたのです。


「楽しみにしておけ」


 ……これ、絶対にろくなことがない笑みですわ。


 思わず、私の足が止まります。私は充てがわれた殺風景な執務室から出ることを拒みました。


「ふふふっ。ジェイド様。どこに行かれるのですか?」


 私は再度尋ねます。

 すると床が明るく光りだしました。


 はっ! まさか強引に転移で移動させられようとしている!


「ちょっと待って!」


 どこに連れて行かれるかわからないのに、素直についていくわけが……





 って何処かに連れて来られたし!!


 更に文句を言おうと口を開けば、土の匂いが鼻に抜け、赤く紅葉した木々と緑を残した木々が目に入ってきました。


 見覚えのある森の入口ですわね。


 はい、今日来ようと言っていた実家の近くの森ですね。


「さっき待っていろと言ったのは、辺境の地では雨が降っていない可能性があったから確認しに行っていただけだ」


 ちっ! 皇都では雨が降っていても南の辺境では雨が降っていないとバレていましたか。

 こちらでは天気図というものは存在しませんので、皇都に住む人々は皇都で雨が降っていると他の地でも雨が降っていると考えているようでした。


 しかしジェイドには転移を教えましたから、よっぽどの馬鹿でない限り、わかることです。ですが、常識に囚われていてほしかったですね。


 常識では皇都で雨が降っていたら、辺境も雨が降っているだろうから、今日の予定は中止だという流れになるはずでしたのに……。



「イリアは帰りたかったのだろう?」

「ええ……」


 帰りたかったですけどね。久しぶりに父と母に会って、色々愚痴を聞いてほしかったのですけどね。


 実は皇都で雨が降ってラッキーと思っていたのです。そもそも、今日に合わせるように休暇をとった……強引にとったジェイドに問題があるのです。


 今日は皇妃様のお誕生日なのです。今日は朝から皇妃様にお祝いの言葉を言う為に、多くの高位貴族が皇城に足を運んできているのです。


 軍部にこの日に休暇が欲しいと言えば、皇妃様をお祝いするための休暇だと思ったのでしょう。

 いつもは私に軍部の方から、どのような理由の休暇か聞いてくるのですが、今回に限っては私の耳に、ジェイドの休暇の話が入って来ませんでした。

 ええ、私の耳に休暇話が入って来ていれば、先に先手を打つことができましたのに。


『今年は皇妃様の誕生日パーティーに参加をするつもりなのですよね』と。


 皇妃様の主催するパーティーにジェイドはことごとく不参加ですので、せめて皇城の敷地の内にジェイドを引き止めることが私のすべきことなのです。


 不参加の上に、別の場所でジェイドと私を見かけたとかいう噂が流れてしまえば、皇妃様のご不興を、更に買ってしまうことになってしまいます。

 ええ、だから私は何処かに出かける気にならないように、書類をチェックしていたのでした。


「ジェイド様。今年ぐらいは顔を見せるぐらいは、行ってもよろしいのではないのですか?」

「ふん! 俺がいない方がいいだろう。それから、イリア。ここには人の目はない」

「はぁ。それはこの時期の森はある意味危険ですから、入る人はあまりいないでしょう」


 私が皇妃様の誕生日パーティーに第一皇子として、行くべきだと匂わしたにも関わらず、ジェイドは私の手を引っ張って歩き始めました。


 はぁ、どうして毎年参加しないのでしょう? それに周りの目がジェイドを遠巻きに見るのはジェイドが悪いからですよ。

子どもの頃から今に至るまで、ジェイドの噂で良いものはほぼありません。


「イリア。だからここには誰もいないのだ」

「はぁ。そうですね。護衛など必要ないと、ジェイドが叩きのめしてしまいましたから」


 自分より弱い護衛になんの意味があると、離宮に居た近衛騎士をボコボコにしたのは、私の隣にいるジェイド自身ではないですか。


「イリア。だから、第一皇子の婚約者の顔をしなくてもいいのだ」


 ジェイドはそう言って、ヒールで森の中を歩くのキツっと思っている私を、体ごとジェイドの方に向けさせました。

 すると当然のことながら私はバランスを崩します。


「うぎゃ!」


 ジェイドは倒れそうになる私を支えてくれましたが、いつも言っているではないですか!


「体格差があるってわかってる? ジェイドにとってそうでもなくても、私は振り回されるの! 力加減をしろと言っているよね!」


 いつものようにジェイドに文句を言う。

 私が令嬢らしからぬ態度を取ると、ニヤリと笑みを浮かべるのがいつもの流れなのだけど、今日は違っていた。


 ふわりとした笑みをジェイドは浮かべている。


 その笑みに私の心臓がドキッと揺らいだ。


「そうだな」


 更に足が引いてジェイドから距離を取ろうとしている私の身体が浮き上がる。


「ぎゃ!」


 令嬢らしからぬ声を上げる私。

 ますます笑みを深めるジェイド。


 ちょっとジェイドさん。今日は機嫌がいいようですが、私の心臓に悪いのですが?

 いつもの悪役っぽい笑みでいいですよ。


「イリアは可愛いからなぁ。攫われないように抱えておかないと」


 ジェイドは抱えている私に向かって、普段は見せない笑みを浮かべた。

 うぅぅぅぅ〜心臓が痛いほどドキドキしている。


「蜂蜜を採った後に、水鹿を狩って手土産にしよう。子爵も喜ぶだろう?」

「うぅぅぅ。長兄は豚鳥の方が好み」

「ああ、そうだった。爵位を譲ったのだったな。義父上の手土産だ。義父上とはいい関係でいないとなぁ」


 私の父との関係よりも、皇妃様との関係の方が大事っと口にしようと思って言えなかった。


「イリア。可愛すぎる。人前でそんな顔をするなよ」


 そんなことを言うジェイドに、口づけされてしまったからだ。


 ぐふっ。もう心臓が破裂しそう。

 悪態をつかないジェイドへの対応はどうすればいいのか、いつも困ってしまうのでした。


挿絵(By みてみん)

読んでいただきまして、ありがとうございました。

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