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74:話し合いが必要ですね


******


 婚約式をした翌日。


 夕方に蓮生さんと待ち合わせをし、受け取っていた鍵で朱羅兄が改装までしてくれた一軒家の内見をした。結論から言えば、実家から徒歩十分圏内のところにあるこの一軒家は、即日蓮生さんが買い上げることとなった。


 ご近所なので、当然改装工事をしていたのは知っていたけれど、それがまさか自分の家になるなんて驚きである。


 元々は陽兄がこの物件を売りに出すところに出くわしたようだけど、それを受けて朱羅兄が全面改装・改築費を出してくれたそうだ。


 私も見学をした時は気持ちが盛り上がった状態だったので「わぁ! 凄く素敵! 台所も可愛いし、それに高さが私にピッタリ!」と、暗にここが良いと蓮生さんに強請る形になってしまった。


 蓮生さんは「そうか、良かったな」と私の感動に対して否定は一切していなかったけれど、内見が終わった後に、そういえば蓮生さんは気に入っていたのだろうかと思い至った。


 だって、彼にしてみたら物件を勝手に選定されていたことも、私好みに改装・改築されていたことも、きっと気に入らない部分を上げればキリがないほどで、正直住みたくはないのではないだろうか。


(散々褒めちぎってしまった後ではあるけれど、やっぱり蓮生さんも気に入る家じゃないと駄目よね)


「鈴はここが気に入った?」

「え!? そ、そうですね、ええと、悪くはないですけど……やっぱり、他の物件も見たいかなって。蓮生さんも気に入るところが良いですから」

「いや、このまま契約してしまおう。朱羅ももうすぐ来るはずだから」

「朱羅兄が? ……って契約を今からですか!?」


 本当に大丈夫なのか確認するも、彼曰く、私と最速・最短でプレ新婚生活できるという最大のメリットの前に、その他の気になる点などは些末なことでしかないとか。


 ほどなくして朱羅兄がなにやら書類を持って飛んで来た。


「鈴が気に入ったのだろう? これは()()()()()()()だから支払いなど不要だよ」

「お祝いの規模じゃないでしょ」


 自分達の新居なのに朱羅兄に負担してもらって用意してもらうのは違うと思う。せめて家賃を払うくらいはしたい。


 だけど、賃貸で借りれば良いかなと思っていたのは私だけで。蓮生さんは「二人の新居(愛の巣)は、たとえ柱一本でも、誰かから贈られたものにしたくない」と言って、掛かった費用と今日までの管理費まで含めて多めに支払っていた。


「いいいいい、一括支払い!?」

「不足はないとは思うが。朱羅、一応確認してくれ」


 道理で、今日はいつもは持っていない大きめの鞄を肩に掛けて来ているなと思ったら、中身は全て現金!!


「随分と用意が良いね。おや? 随分と多いようだけど?」

「なに、熨斗をつけたお祝い返しとでも思ってくれ」


 ハハハ、ふふふと笑ってはいるものの、全く穏やかではないやり取りはハラハラとして心臓に悪い。


 金銭的な事情もあるから絶対というものでもないけれど、獣人族はたいてい男性側が(新居)を準備することが多い。

 副隊長を勤める蓮生さんに「お金、大丈夫ですか?」と聞くのも失礼だけど(明細書は見せてはもらえなかったものの)こんなに負担を掛けてしまって良いのだろうか。



 小心者で貧乏性の私は一人でビクビクしていた。




***



 こうして、婚約からたった二日での引っ越しは当然慌ただしくて、ほとんどがまだ大きな鞄に着替えを詰めて来た程度だ。だけど、生活をしながら必要なものはすぐに取りに行けるし、ここに使っていたタンスは置けるかなとか、のんびり考えることができるので、近所の引っ越しは良い事づくめである。


 結婚生活をイメージしてゆっくりと二人きりの生活に慣れていけるのはありがたいし、すごく楽しみでもある。リアルおままごとみたいだけど。


 昼食は荷物運びや片付けに追われていた為、引っ越しと言えば定番のフォーを買い、床に座って手早く食べた。


「まだほとんど持ち込んでいないので、主に掃除に時間を使いましたけど、お互いに寮や実家暮らしなので一から買わなければいけない物が多そうですね」

「そうだな。俺も外食か食堂で食べていたから、食器なんて精々コップと皿が二、三枚程度だったし。まずはテーブル、椅子に……調理器具、食器、それに寝台は早めに欲しいな」


 ということで午後は大きな家具の購入に出掛けることに。


 テーブルはお互いにシンプルなものが良いねと意見が一致した為すぐに決まったけれど、セットの椅子は私が座るとテーブルの高さが少し高くて使い辛い。


 じゃあ、厚めの座布団を敷けばいいかな。


 店員さんがすぐに色々な大きさの座布団を持って来てくれたので、一つ置いては座り、テーブルとの高さを確認していると「鈴、俺の膝の上に乗ったら解決するんじゃないかな?」と言って、蓮生さんが隣の椅子に腰を掛け、ニコニコとしながら膝をポンポンと叩いていた。


 期待に満ちた目で見ているけど……いや、やらないよ?


 とりあえず、見て見ぬ振りをして視線を逸らすと、頭上に「ガーン!」と言う文字が見えたような気もするけれど、私はそれでも無視を決め込んだまま「うーん、これかなぁ」と座布団を選ぶことに専念した。


 大体、私が座ったら蓮生さんが食べ辛いだろうし、間違いなく足は痺れるだろう。そもそもグラグラと安定しなさそうで怖い。小さい頃に兄の上に座ってバランスを崩したことで、以降、苦手意識が芽生えてしまったことが大きい。


 実家では大きなちゃぶ台で食事をしているので、陽兄の胡坐の上にアキちゃんが座り、お互いに食べさせ合ったりしているのは目にしたことはある。小さい頃は父や母の間に挟まり給餌されていた記憶もある。

 そんな私だけど、獣人族の給餌行動であれば間近で度々目にしていた為、ごく一般的な愛情表現だと理解しているし、恥ずかしくはあっても出来る――人に見られるのはやっぱり苦手だけど。


 ショックでフリーズしたままの蓮生さんに僅かに罪悪感を覚えつつ、彼が大人しく? している間に高さの丁度良い座布団が決まり、無事テーブルセットを購入。お次は寝台である。


 寝台と言っても種族ごとに好みの傾向もあって、素材や形、大きさなど様々。ちなみに鳥獣人には丸型でふわふわとした寝心地のものが一般的。


「やっぱり寝心地には拘りたいですよね。お互いに身体が資本な仕事をしていますし、色々触ってみて好みを探しましょう」


 私の寝つきは非常に良く、どこでもぐっすりタイプであるのだけれど、やはり寝心地が良いに越したことはない。


「そうだな。俺は……うん、これくらい少し硬めが好みだ。鈴は柔らかい方がいいかな?」


 いくつか展示されている寝台の硬さを手で押して確かめていると、蓮生さんがすぐに好みの硬さを見つけたようだ。彼はあまり迷うことがないのか決断が早い。


 蓮生さんが選んだ寝台に触れると中々良さそうに思い、店員さんの許可を取り寝台に横になってみた。


「あ、この硬さ良いですね! 私も同じものにします」

「それは良かった。では店主、この寝台をニ――」

一番大きなもの(ワイドキング)()()下さい!」

「鈴、一台って……このサイズを個室にとなると、他の物が置き辛くなるがいいのか?」

「? いえ、一番広い部屋に置くつもりでしたけど」


 新居の一階はゆったりとしたダイニングと、リビングのような広めの部屋が一つ、そしてその部屋を真ん中に挟む形で左右にコンパクトな個室が二つある。

 朱羅兄から聞いた話では、初めは共同生活用にと考えて作った為、各自の個室と共有スペースとして広めの部屋が各個室からも出入り出来るように作ったとか。


 現状はダイニング部分だけでもリビング代わりになるくらいの十分な広さがあるし、個室は趣味部屋だったり、一人の時間が欲しい時だったり、いつかは……子供部屋にしたり出来そうかなと。


「確かにあるが……そこに一台置くと言うことは、君は俺と……その、共寝でも構わないのか?」


 一台しかないのだから一緒に寝るよね? あれ? もしかして大きな寝台でのびのびと一人で寝たいタイプだったのかな?


(もしかして狼族の常識は違うとか?)


 犬種族の括りで考えちゃいけなかったのかもしれない。鳥種族と犬族は基本的に一緒にいるって思っていたから、犬系統の狼族もてっきりそうだとばかり思っていた。


(そうだとしたら、私っていきなり初日から大胆なことを言ってることにならない!?)


「あの、これは違くて、あれ、違くもない? そうじゃなく、誤解……言うなれば認識の違いと言いますか、狼族も鷲族と同様に婚約したら一緒に眠るものだと思っていて……すみません、私の思い込みです。種族ごとの常識に違いはありますよね。寝台はやはり二台で、」

「間違いだ」

「そうですよね、違いますよね」

「君じゃなくて俺の方が間違えていたと言う意味だ。君の言う通り、婚約したら共に寝るのが一般的……いや、この国の常識とも言えることだな、うん。つい癖で人族の国の方で考えてしまったみたいだ、今すぐ記憶から抹消することにしよう」

「あ、そういうことでしたか」


 なるほど。私が人族だからと言うことで、度々蓮生さんは人族の常識を取り入れてくれる時があるけれど、むしろ私は人族の常識の方が疎いので気付けないことも多い。


「それなら鈴が落ちても怪我をしない様、安全の為にも寝台の枠(ベッドフレーム)は柵をつけるか、枠の高さを低めにするか……それに魔灯も側にあった方がいいだろう。いや、いっそ寝台周りである程度揃うように、タンスや小さな魔石保冷箱なんかもあった方が寝室を出る必要がないから鈴の傍を離れなくて済むな……」

「?」

 

 急に真剣な顔で口元に指を当てながらブツブツとなにか呟いているようだけれど、店員さんの方に向かって早口で話しているので聞き取れなかった。

 よくわからないけれど、店員さんは「かしこまりました!」とホクホク顔で他の従業員の方へ指示を出していたので、なにか必要なものを追加購入したのかもしれない。


「もちろん、慣れるまでは緊張すると思いますが……でも、これだけ広くて大きければぶつかることもなく眠れそうですよね」

「ぶつかるよりも、君が落ちないかどうかの方が心配だから、むしろ初めから寄り添った状態で眠ればいいんじゃないかな?」


 確かに、私がぶつかったところで彼が落ちる心配はなさそうではあるけれど。もしかして蓮生さんは寝相が悪いのかな? 


「それなら私が端に寄って眠るので、蓮生さんは伸び伸び広く使って下さい」

「いや、俺は寝相は悪くないはずだから普通に寝て欲しい」

「私もそこまで寝相は悪くないと思うので普通に寝れますよ」

「そうか……寝相が良いのか」


 寝相が悪い方が良かったみたいだけど、朝起きた時に蓮生さんを蹴って落としている方が私としては嫌だ。私的には二人で他愛もない話をしながら、いつの間にか寝ちゃってるみたいなものを想像していたのだけど。


「では、あとは……枕ですね!」

「鈴、俺の腕枕とか、」

「なにを言ってるんですか? それじゃあ、蓮生さんの疲れが取れないですし、腕も痺れてしまうじゃないですか」

「君をこの腕に包んで眠れるんだ、極上の眠りと癒しが約束されたも同然だよ」


 イマイチよくわからない理論だけれど、「夢だったのに……」とあまりにもしょげるので、それは後ほど話し合いましょうということで各々の枕を選んだ。あって困ることはないからね。


 落ち込んでいた割に、枕に関しても蓮生さんの決断は早く、ものの五分程で即決。私もどうにかこれだと言うものを決めた。あれこれ選び、あとはカバー類となったところで「君の好みで決めてくれて良いよ」と言われた為、あれこれ吟味しているところだ。


「鈴は結構悩むんだな」

「お待たせしてすみません。でも、せっかく買うなら可愛いな、素敵だなって思うものの方が幸せな気持ちになるじゃないですか」

「それに関しては同感だ」

「ですよね! お気に入りのものって、見ているだけでも自然と笑顔になったり癒されたりしますし」

「そうだな。可愛くてずっと眺めていたいと思う」

「え!? そんなに可愛いもの好きだったとは知りませんでした! あ、じゃあ、これとこれならどちらがお好みですか?」


 期待の眼差しで、悩んでいる二種類のシーツを見せると、蓮生さんは目を瞬いた後に「ふはっ!」と吹き出すように笑った。


「君のことに決まっているだろう?」

「わた……っ! もうっ!! こんなところで揶揄わないで下さい!」

「揶揄ってなんかないよ」


 さすがに揶揄いではなく本気で言っていることはわかっている。けれど、店員さんに「お熱いことで」と突っ込まれてしまう始末に恥ずかしさの方が勝ってしまい、買い物がなければ店を飛び出したいくらいである。


「うぅ……正直一杯一杯なんです。不意打ちはやめて下さい」

「すまない。でも、今日ははっきりと君からの好意が感じられるから、嬉しくて無意識でも口にしてしまうんだ。そもそも、婚約しているのに距離を置いて、事務的な会話しかしない方が問題だろう?」

「……はっきりと好意を感じたのでしたら……って、え? 私から蓮生さんへの好意が……漏れていたんですか?」

「ああ、『いた』というか、今もだが」


「面と向かって聞かれると照れるな」と彼ははにかんでいるけれど、私は穴倉にでも籠りたいほど恥ずかしい。自分では普通にしているつもりだったのに、フェロモンは「好き好き」と放っていただなんて……いや、もちろん大好きだからこそ婚約したわけだけど。

 香りで気持ちがわかるなんて獣人はホントに狡い。私だって蓮生さんの想いを……あ、そうか、だから口にしてくれているのか。


 結局、買い物は「どうせ洗い替えも必要なんだし、両方買えば解決だろう?」と言うと、私が手にしていた選んでいる最中のカバー類も全て買い上げ、今日のところの買い物は終了したのだった。



 手荷物で持てる分は二人で持ち帰ることに。とは言っても八割は蓮生さんが持っている。その残りの二割も、手を繋いでいるので片手で持てる程度の重さのものだ。


「新しいものを決めるのって、大変ですけど楽しいですね」

「そうだな。寝台もギリギリ今日中に運んでもらえることになったから、床で寝ずに済んで良かった」


 蓮生さんの強い要望で特急料金を別途支払い、寝台だけでも今日中に届けて貰えることになったのだ。床よりは寝台の方が当然良いのでありがたい。


「暗くなって来ましたね」

「そうだな。夕飯はなにか摘まめるものでも買って、二人で引っ越し祝いをしようか。昼間は味わって食べられなかっただろう?」

「わぁ、嬉しい! せっかくですから、頂いたお酒もあるので乾杯しましょう」



 この後、とんでもない失態を犯すとも知らず、久し振りの宅飲みに心躍る私だった。



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