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71:試験の真相とマリッジブルー


******


 恐鳴山から【鈴蘭】を無事持ち帰ってから約一ヶ月後、晴れて結納の日を迎えました。



 そんなおめでたい日に、とても非難を浴びた今回の試験について、あえて私から補足を。



 実は試験の前日、お義母様より”この試験の本来の意味”が記された内密の手紙が届き、私はそういうことだったのかと知ることとなった。

 まさか、配達先と全く関係のない久遠家の使いの方が、待ち伏せて内密の手紙の渡してくるとは思わなかったけれど。



 久遠家は時折死の山から迷い降りて来た、はぐれの中~大型魔獣討伐や他国――主にアグリード帝国――からの間者の撃退などを代々担ってきた家の一つである。

 

 そういった家へ嫁入りするということは、当然支える女性側への負担(プレッシャー)も大きくもなるわけで。特に嫡男の嫁ともなると、本家跡継ぎへの期待の目はどうしてもあるだろう。


 そこで婚約前に少し距離を置き、自分と向き合い、冷静に思考に耽る為の時間を設ける目的で作られたのが、例の試験のあらましだとか。

 

 絶対に一人でなければならないのは、あくまで自分で答えを出す為。他者から吹き込まれるのではなく、自分の心と向き合って欲しいからだそうだ。確かに誰かいれば相談してしまうものだ。


 兄たちが危惧していたような危険な場所や罠、推理が必要なことは全くなかった。登山口だけは雰囲気抜群だったけれど、それ以外は至って普通の、景色の綺麗な山だった。


 崖はまぁ……自己責任って言うか。


 大回りはしちゃったけれど、基本的には道なりだったし、恐鳴山はヌッシーが守護しているから、襲われる心配もなかった。

 

 麓の山小屋に常駐していた管理人さんと呼んでいた方も、実は精鋭の方で。有事の際はすぐに動けるようにと戦闘・救助要員を配置してあると聞いていた。見た目は物腰柔らかそうなオジサマだったから、一見するとよくわからない



 ただ、説得にかける時間を短縮する為にということで、母にだけは事情を話す許可を貰った。お陰で母が良しと言うのなら父も受け入れてくれるし、兄や朱羅兄も、両親と本人が受け入れている以上はなにも言えないわけで。


(文句は言っていたけどね)


 そういう経緯があって、私は挑むことが出来たわけです。

 

 使用人さんのことやヌッシーの存在などは蓮生さんもわかっていたから、なんとか言うことを聞いたと言っていた。でも私がお気楽気分で山に籠っていた間、蓮生さんは夜は寝ずに待機していて、日中の昼休みに仮眠を軽く取るだけだったらしい。

 

 久遠家にはすでに跡継ぎの静生(せい)君がいる為、一生独身でいると思っていた蓮生さんがその気になったのなら、試験などせずに気が変わる前に結婚させてしまおうかとも思った時期もあったそう。

 

 だけど紹介されたのは()()の私。種族の大きな違いからきっと悩むことも多いだろうし、もしかしたら蓮生さんの押しに根負けしただけかもしれないと、最後の逃げるチャンスも込めて行ったそうだ。


 ちなみにこの内容は試験を受ける者のみに伝えられるものということで、私はもちろん母意外には話していない。そもそも蓮生さんに『逃げるチャンスを与える為だったそうです』なんて言えるわけもないので。



「それにしても、たった一ヶ月で結納の準備や日取りが決まるって早くない? そもそも婚約しないなんて考えてもいなかったんじゃないかな?」


 逃げ道の用意は、本当に実在したのだろうか……

 

 思い返せば、結納用のロング丈のアオザイも、アキちゃんの婚礼衣装を選びに母とアキちゃんと女三人で出掛けた時に、「参列する用の衣装もついでに注文しておきましょ」と母が言い出し、妙にたくさん生地を見せられるなぁとは思ったけれど、まさかアキちゃんの衣装に紛れて一緒に注文されていたとは。


 なんせ結婚式参列用に選んだものと全然違う。

 

 私の衣装は意外にも蓮生さん色にどっぷり染まったものではなく、薄いピンクの生地に桜模様の刺繍がたっぷりとあしらわれた意匠だった。

 肩と腕の部分のみ透け感のある生地ではあるけれど、袖は七分丈まであるので寒くはない。隙間から覗くスカートも、下へ向かう程に少し濃い目のピンクから徐々に白っぽくグラデーションがかっていて素敵な仕上がりだった。

 

 前回は紹介とご挨拶だったので私だけだったけど、婚約となると両親、陽兄にアキちゃん……そして朱羅兄ら火神家も同席することになった。

 

 本来、結納は我が家で行うつもりだったのだけど、残念ながら我が家は一般庶民的な広さしかない上に事務所の方が広いと言う、もはや()()()()()()。それならどこか会場を借りようかとなったところで、朱羅兄から「身内なのだから火神家で行ったら良いのではないか?」と提案されたのだ。


 いいのかなとは思ったけれど、父の生家でもあるし、叔父様も叔母様も「もう一生経験することがなさそうだから参加させて欲しい」と言うので甘えることになった。

 


 そうして迎えた当日――



「陽兄……本当にそれでいいの?」

「おう! より一層箔がついた感じだろ?」


 陽兄は何を勘違いしているのか「ナメられないように気合入れねぇと」とか言い出し、若干「ヤ」のつく職業の方に見えなくもない、背中には()()()()()()()()()()()()刺繍のアオザイを着ていた。彼だけ招待状ではなく、果たし状が届いたのだろうか?


「鈴、待たせたね。おや? じゃじゃ馬なお前が今日は可憐な花の妖精のようではないか」

「怒るところかもしれないけれど、否定は出来ない……褒め言葉の部分だけありがたく受け取っておくね」


 迎えに来てくれた朱羅兄の正装姿はとても雅で凛として美しく、こうして見るとやっぱり次期当主なんだなと実感する。

 

 ロングタイプのスリットの入った細身の朱いアオザイは、左肩に金糸で朱雀が羽ばたいている姿が刺繍され、ゆらり舞うように下がっている朱雀の長い尾っぽは、途中から桜の花に変わっていてとても幻想的だ。


「羽根が桜に変わっていくって凄いね……朱羅兄が考えたの?」


 背中ならともかく前面に施されているので、間違いなく蓮生さんが反応しそうな気がするけど……


「ああ。いつでも見守っていると言う意味を込めたのだよ。どんな形となろうとも、お前が大切なことに変わりはないと言っただろう?」

「朱羅兄……ありがとう」


 そんな思いが籠っているとは思わず、蓮生さんへの嫌がらせだろうと決めつけた自分を引っ叩きたい。


「それにしても、今日は少し鈴の目線がいつもよりも高いようだね」

「わかる? 実は、少しでも足を長く見せるように踵の高い靴を履いてるの。だから、転ばないように気を付けなきゃ」


 今回は観光時にも利用した獣人力車を三台貸し切り、両親、陽兄とアキちゃん、私と朱羅兄で乗ることになった。

 降りる時も、慣れない踵高な靴と長めのスカートの私を支えてくれて、火神家の玄関までの長い道のりを日傘を差しながらエスコートしてくれるそうだ。

 

 朱羅兄は本来ならそのまま家で待っていても良かったのに、「それでは主役であるお前だけ一人で乗ることになるだろう?」と私に気を遣ってくれたみたいだ。朱羅兄はいつだって私がボッチにならないように考えてくれる人だ。

 

 でも、それだけが理由じゃないらしい。


「久遠家としては試験を終えた以上、よもや反対意見など出ないとは思うが、鈴の後見人には火神家もついているとはっきり示した方が、より箔がつくだろう?」

「家格についてなにか言われ兼ねないってこと?」

「そんなことはないとは思うけど、うちからもお願いしたのよ」

「父さんは心配してないぞ? もしもナメられるようなことがあれば、わからせてやればいいだけだからな」


 なにを?


「心配せずとも、彼は鈴さえいれば、後のものなど付録程度にしか思っていない。まぁ、実際そうなのだけど」

「いやいや付録なわけないよ!」


 蓮生さんについては……確かに言うかもしれないと思わなくもないけれど、久遠家として見れば確かに利があるとは言える。


「残念ながら世の中色んな考えの者がいる。しかし、碧海家の持つ裏朱雀と、いずれは火神家当主になる私、そして縁故となる久遠家を敵に回そうなどと思う者は、まともであればいないだろう」

「叔父様や朱羅兄が盾になってくれるってことなんだね。ありがとう……いつも守られてばかりで、私は何も返せていないのに」


 朱羅兄は本当にいつも見守ってくれている、太陽のような人だ。ううん、朱羅兄だけじゃない、叔父様や両親、陽兄、アキちゃんも私を大切にしてくれるから、私は今ここに立っていられるのだと思う。


 碧海家の娘で私は本当に果報者だなと改めて思った。


 心が温かくて、嬉しくて、幸せで、でもだからこそ寂しくなって涙がポロポロ溢れて来てしまう。


「鈴、泣いているのかい?」

「――ッ、え、あれ? ううん、なんでもないの。目にゴミでも入ったの、かな……へへ」

「お、おい、母さん、鈴が泣いてる! やっぱり結納は早過ぎたんじゃないのか?」

「あなたは余計なこと言わないの! あらあら、せっかくお化粧もしたのに、今泣いては駄目よ鈴。もおう、せっかちさんねぇ。結婚前の憂鬱(マリッジブルー)になっちゃったのね」


 これがマリッジブルーなの?


 幸せな日のはずなのに、涙を止めようと思えば思う程、溢れて来る。


「あぁ鈴、自分でこすってはいけないよ。私が拭ってあげよう」

「ふっ……っ……だ、だってみんなと離れ……ふ、うぅ」



 彼女の両親、朱羅が心配する中、彼女の後列を歩いていた陽と晶だけは、顔を寄せ、声を潜めながら、心配は心配でも別の方面の心配をしていた――



『ねぇ、やっぱり今日はアタシが欠席で、陽が朱羅の位置にいた方が良かったんじゃない? わざわざ通らなくても良い街中を通って来たでしょ? 知らない人から見たら朱羅と婚約したって思うわよ! 久遠さんにバレたらどうするのかしら……考えただけで怖いわ』

『まぁ事実は違ってんだし、なんとかなんだろ。それに、確かに火神家もこの婚約に関わっているって世間に見せるのは鈴にとってはいいと思ったしさ。ま、婚約が済めば多分蓮生のことだ、即ツガイ申請をするだろ? なにはともあれ、先方と時間ずらしていて正解だったよな』



――などと、全く別の心配をしていたのだけど……当然、この時の彼女は知る由もない。




 

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