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7:休日の届け物

******



 休日の朝食後、私は炊事場で一人腕を組みながら悩んでいた。



「う~ん……どうしようかなぁ」

「あら鈴、もう仕込み?」



 丁度お茶を入れに炊事場へ来た母は、昼食の仕込みでもするのかと思ったようだ。



「あ、母さん。以前助けて頂いた方と、いつもお菓子を頂く方へなにかお礼をしようかと思ったんだけど……お菓子の師匠はともかく、恩人の方には手作りよりも買った物の方がいいかな?」



 私の料理は家事全般得意な母から教わったのだけど、手際の良さなど含めても、まだまだ未熟だ。とは言え、薄っすら記憶に残る味付けとは全くの別物。

 素朴且つ、豪快な大皿料理が主流なので、私が作るものはあくまで創作料理として扱われている。


 特に切り落とした端の部分をミンチ状にして作る肉団子や、スネ肉のような固い部位を柔らかく煮込んだものには定評があるのだ。

 そんな私の記憶を辿った創作料理に対して母の感想は「前世の知識で作ったの? 鈴は記憶力良いのねぇ」となんとも脱力しそうなほど、のほほんと笑って受け入れていた。母は強し。

 


「あらまぁ! 手作りを渡したいほど親しい方なの?」

「え?」



 母は恋バナ好きだから困る。


 我が家は、母が社会勉強の為に茶屋で女給をしていた頃、客として来た父が一目惚れをし、猛アタックの末に結婚したと聞いている。


 お見合い結婚も普通に多かった時代。母は碧海家の一人娘で跡継ぎだった為、いずれ見合いで婿をとる予定だったらしい。

 当時の父は四神抜刀隊の朱雀隊に所属していたのだけど、そういう事情ならとあっさり辞職。碧海家へ婿入りし、この配達業を引き継いだのだ。

 ちなみに祖父母は今も火ノ都に居て、悠々自適な生活を送っている。


 1ミリも迷わなかったという、父の行動力が凄い。

 

 それに似た兄も、幼い頃にアキちゃんという運命のツガイに出会い、即求婚。当時7歳である。


 兄の人生の選択の早さも凄い。


 

「すぐにそういう方向に持って行きたがるんだから! 手順書を下さった方は気さくだけど、恩人の方はむしろ遠くから細目で眺めた方が良さそうな人よ」

「残念、ようやくうちの娘にも春が訪れたと思ったのに」



 そう言うわけで、我が家は恋愛結婚推奨派。それもツガイ同士で超一途。



 そんな中、私だけ人族なわけで……彼らのような恋愛はそもそも出来ない。



『鈴、お見合いしてみる?』そんな話題が出始めたのは、留学から戻った高等部三年の頃。


 私的には家業を手伝いつつ、陽とアキちゃんに子供が生まれたら、たまに子守の手伝いなんかできたらいいなと考えていた。だから恋人を作る予定も、できる見込みもない。

 

 

 家族愛が非常に強い鷲族でも、成人を過ぎれば一人前として見なされる。



 陽兄やアキちゃんも同じ敷地内に暮らしているけれど、事務所を挟んで別棟に彼らの生活空間は設けられている。


 だから私も越して来たのを機に一人暮らしをするものだと思っていたのに、「部屋も余ってるし」とか「まだ土地に慣れないだろう」とかなんやかんや理由をつけられて許可が下りなかった。

 お見合いは、私を追い出したくて言っているわけじゃなく、誰か守ってくれる伴侶がいれば、安心して巣立ちをさせられると思ってのことだ。


 いつまでも守られなければ生きて行けないのでは、私以外の誰かの人生の足枷になるように思えて心苦しいのに、現状どうにもできないことがやるせない。



「そんなことより、上司の方には大きな腸詰をバインで挟んだものはどうかな?」

「いいじゃない、喜ばれると思うわ」



 バインはバインミーとそっくりなものだけど、獣人が食べるだけあってサイズは大きく幅もあるので、丈の短いフランスパンと言っても良いかもしれない。私なら1/3サイズで十分だけど、久遠さんなら丸々一本は余裕だろう。



「本当? じゃあ、それにする! お菓子の師匠にはウサギ型にしたクッキーを焼こうかなぁ」

「あぁ、色んな形の抜き型があったわね。あのクッキーなら、キャロやカボを練り込んでも美味しいと思うわよ」



 確かに左京さんは兎族、野菜味のものも好みそうである。ちなみにキャロは人参、カボは南瓜と、おおよそ前世での呼び名に近いものや同じもので溢れている。



「それ採用! あとは朱羅兄にお弁当作って持って行こうかな。朱羅兄にも迷惑掛けちゃったし」

「それがいいわ。肉っ気を多めにしておきなさい。放っておくとまた痩せて、鳥ガラみたいになってしまうわ」


「そうだね。可愛く作れば食べてくれるもんね」

「細かい作業は鈴の特技ね」



 あれは初めてリンゴの飾り切りに挑戦して、歪だけどリンゴウサギを作った時のことだ。朱羅兄にはウサギだと言ってるのに『これは私にとっては愛、ハートの形に見えるよ』と言って喜んで食べていた。そんなにハート形が好きなのかと思って、それから自然と飾り切りも増えたんだよね。



「それにしても、あなた達はお互いにお互いを甘やかし合っているのねぇ」

「そうかな? 甘いのは朱羅兄の方でしょ?」



 母は優しく目を細めて「案外そうでもないかもよ?」と言った。


 


***




「仕事でもないのに訪ねて申し訳ございません。助けて頂いたお礼をと思いまして」



 腸詰バインの入った紙袋を久遠さんへ差し出す。


 左京さんが久遠さんはあまり甘味を摂らないと言っていたので、軽食を選んだものの、やはり全てお店で買った方が良かったのかもしれないと今になって思う。



「俺に? 気を遣わせてしまったな」



 久遠さんはその場で紙袋を開き「この腸詰すごく大きいね」と鼻をくん、とさせ喜んでいる様子。


 良かった、やっぱり男性はお肉がぎっしり詰まった腸詰が好きだよね。私が作るものには香味野菜も混ぜ込んであるのだけど、こうするとパクパク食べてくれるのだ。


 久遠さんは紙袋を閉じると、他の匂いに気付いたのか、さらに鼻をくんっとさせる。


「甘い匂いがするけどその袋?」と指差すので肯定し、こちらは左京さんに試食して欲しいと差し出した。


 左京さんもその場で紙袋を開ける。



「おや? 黄色のウサギ型のクッキーですね。可愛らしい」

「はい、カボを練り込みました! 少ししっとり目ではありますが、それはそれで美味しいと思ったので」


「そのクッキー、鈴が?」

「はい。お菓子の手順書を頂いたので、師匠に試食して頂くと言いますか」

「では、早速」



 左京さんは取り出した一枚を眺め、焼き加減や色味など観察し、そのまま試食。



「……うん、甘さは控えめですが、その分カボの甘さがほんのりと感じられて、とても美味しいですよ」

「わぁ、良かった! ありがとうございます!」


「……美味そうだな」



 黙って様子を見ていた久遠さんは、左京さんの背後から覗き込むようにしながらぽつり、呟いた。



「久遠さんは甘いものは苦手では?」

「特別甘党でもないが、食べないわけじゃない」



 つまり、出されれば食べるよってことで。


 もしかして、気を遣わなくても同じもので良かったと言う意味だろうか?



「ところで、そのもう一つの包みはどなたへ?」

「そちらも良い匂いがするな」



 さすがは獣人。とにかくお肉たっぷり弁当ではあるけど、同じ味ばかりでは飽きるので、肉団子や揚げ物、角切り肉、甘じょっぱい味付け等、種類は様々だ。数少ない前世の記憶~役立つ編~を大いに活用している。

 


「これは従兄の朱羅への差し入れ弁当です。偏食や拘りが強いのですが、昔から私のお弁当なら食べてくれるので。こうして定期的に胃へ刺激を与える為に、肉っ気を多めに摂らせているんです」


「昔から? そんなに前から彼に弁当を?」

「作ると言っても凝ったものは無理ですし、ただの素人弁当ですよ」



 朱羅兄には訪問時間をおおよそ伝えてあるので、おそらくもう待ち構えていることだろう。母から食べ上げるのを見届けてから戻るよう言われているので、早く届けないと食事時間が減ってしまう。

 時間を約束しているのでと断り、私は朱雀棟へと向かった。



*****



 朱雀棟へ移り、副隊長室をノックをしようとしたところで空振る。自動で扉が開いた。



「待ちわびたよ、鈴! 今日は弁当があると聞いて、朝から楽しみにしていた。おいで、今は兎月(右京)にも休憩を取らせているから気を遣う必要はない」

「少し遅れてごめんね。代わりに三段重で張り切って作ってきたから! ご希望の飾り切りはカニ型の腸詰めにしたし、朱羅兄好みの半生に炙ったお肉(レアステーキ)も入ってるよ」



 蓋を開ければ、楊枝で作った小さな旗がお目見え。


 お肉まみれなので、色合いが赤と茶に偏り過ぎた分、明るい色合いの旗で若干誤魔化しているのはご愛嬌だ。


 朱羅兄は感動に打ち震えているようで「素晴らしい、私の色ばかりではないか!」と言って、蓋を持ったまま眺めていた。お肉の色でしかないのだけど、そう思えたのなら結果オーライと言うやつだ。



「やはり鈴のお弁当は愛らしくて食欲が湧くね。私の身体は鈴によって作られてるといっても過言ではないよ」

「ふふ、朱羅兄はいつも大袈裟なんだから」



 目尻をほんのり赤く染め、口元を綻ばせている朱羅兄を見ていると、私も心がぽかぽか温かくなる。ちょっと照れ臭くて、朱羅兄に背を向け、応接用のテーブルに重箱を並べた。


 朱羅兄は小さく口笛のように「ピューィ」と鳴き、半獣化した翼のフワフワな羽毛で後ろから私を包み込む。最上級に喜んでいる時はこうして鳥語を使うことがある。

 残念ながら私には鳥語はわからないけど、喜びを表現しているのは明らかなので、こちらも嬉しくなる。



「さぁ、召し上がれ」

「どれから食べようかな、迷うね」



 子供の様に目をキラキラと輝かせ、おかずを確認している。



「そんなにお弁当が好きなら、早く素敵なお嫁さんを見つけて、毎日お弁当作ってもらったらいいのに。叔母様も心配してたよ」

「私はね、誰かの作った弁当が食べたいわけじゃない。お前の作った弁当だから食べたいのだよ」


「そんなに可愛いお弁当が好きなの? まぁ、確かにこれは前世の記憶から得た形だから、普通には思いつかないかもだけど。でも、必要ならお相手の方に教えたりもできるよ?」



 この方法であれば、朱羅兄も可愛いお弁当食べ放題で良いのではないかと思ったのだけど……


 当の朱羅兄は私を残念そうに見つめ、溜め息を吐いた。そして「前世の記憶が少しでもあるのなら、もう少し経験値も上乗せされても良さそうなものだと思うのだけどね」と呆れたように言う。


 これはなんだろう? 「お前は本当にお馬鹿さんだね」と言うことだろうか? 前世の経験値……残念ながらそんな記憶(データ)は残っていない。



「それより鈴こそ最近はどうなんだい? 自衛はもちろんのこと、お前を守れて、忠実で、一途で、甘やかす余裕と財力があって、じゃじゃ馬を乗りこなせる男はいそうかい?」

「ちょっとー! 最後だけなんか変ですけど? 大体なに、そのハイスペックな条件。私はいいよ、別に結婚願望なんてないんだし」


「そうか、鈴がお嫁に行かないのなら、私も生涯独身のままだね。困ったものだ」

「え……」



 まさか本当に私が嫁ぐまで結婚しないと言うつもりなのだろうか?



「なにを不安そうな顔をしているんだい? 『じゃあ、私が朱羅兄のお嫁さんになってあげる』とお前が言ってくれるかと期待したのだけどね」

「そんなこと言うはずないでしょ!」


「酷い話だ。私は『リンちゃん大きくなったら、しゅらにぃにのおヨメさんになる!』と言う約束を守り、ずっと鈴が大きくなるのを待っていると言うのに」

「ねぇ、それって本当なの? 私覚えてないんだけど」


「まぁ、お前は小さかったからね。では、こういうのはどうだろう? 鈴にも私にも特定の相手が現れなかったら、二人で暮らすというのは」



 朱羅兄の言葉に私は思わず目を瞬かせた。二人で暮らすって……同居的な? いや、共同生活かな。



「ぷっ! 朱羅兄ったら。寂しい者同士、支え合おうってこと? う~ん、まぁそれならいいかもね。朱羅兄となら気兼ねもしないし、毎日お肉を摂らせることができるもんね」

「そうだろう? 私を太らせることができるのは鈴しかいないのだから、私が鶏ガラにならぬよう傍で見張ってもらえるなら安心というものだよ。そして私は可愛い鈴の為に、一生懸命働けば良いわけだからね。やる気も出るというものだ」



 そのまま架空の同居生活話で、掃除当番はどうするとか、家も可愛い方がいいのかとか、お肉ばかりじゃなく甘味も食べたいとか、架空だからこそ色々と想像で盛り上がった。

 

 ただ、本当にそんなことができるならきっと楽しいだろうけど、現実的ではない。小さな頃からお世話になりっぱなしの朱羅兄には、きっと素敵な女性との出会いがあるはず。



「この肉団子はハート形だね。愛の味がして一等美味しい」

「良かった」



 絶対幸せになって欲しい、大切な人――



 終始上機嫌で食べている様子を眺め、そんなことを考えていた。




***




「まさか三段重を全て食べあげるなんて……お腹は大丈夫!?」

「見ての通り、平気だよ。今日は朝からずっと空腹で新鮮な気分だった」



 お茶汲み用の小さな給湯室――電気、ガスはないので魔石式――で私が重箱を洗い、それを朱羅兄が布巾で拭く。

 

 二人並んで入るのが精一杯の広さしかない給湯室だけど、各執務室に一ヶ所ずつ設けられていて、左京さんもお茶の準備はいつも給湯室でしてくれている。

 手伝いを申し出ても「狭いので」と断られてきたけど、なるほど、ここまで狭いと左京さんと密着したようになってしまうので、あれは気を遣ったのではなく真実狭いのだと理解出来た。



「身体を使うお仕事なんだから、もっとちゃんと食事は摂ってね。またお弁当ならいつでも作るから」

「鈴が無理のない範囲でお弁当をたまに作ってくれるのなら、頑張って食事は摂るようにしよう。言うことを聞かず、拗ねて嫌われたのでは困るからね」


「私が朱羅兄を嫌うなんてあり得ないでしょ? それに、以前よりもずっと近くなったから届けやすいし」

「それは嬉しいね。私も毎日のように可愛い鈴が配達に来てくれるものだから、張り合いが出て助かっているよ。次のご褒美の為にもまた頑張らないといけないね」



 相変わらず私の気分を持ち上げるのが上手な朱羅兄だけど、単純な私はまんまと上機嫌になるし、次も頑張るぞ! と言う気持ちになる。


「さて私の休憩時間も終わりだ、門まで見送ろう」と言われ、一緒に部屋を出た。


 過保護な朱羅兄に、階段は危ないから手を繋ごうと手を差し出される。昔、階段から落ちて怪我をしたことがあり、それ以来一緒に居る時は決まってこうだ。

 

 恥ずかしいけど、繋ぐまで手を下げない頑固なところがあるので、キョロキョロと辺りを確認し、手を重ねた。

「そんなことしなくても大丈夫!」とかつて繋ぐのを断固拒否し、見事に踏み外した実績のある私の「大丈夫だよ」という言葉の信用度はその時 地に落ちた。

 

 ここが裏口であることと、今の時間は食堂でそのまま休憩を取っている人が多い為、歩いている人もほとんどいない。



「良い子だね」

「朱羅兄は過保護だよ」


「鈴は警戒心が少々足りないからね。今日も余計な臭いをつけて……心配にもなる」

「警戒心は普通に持っていると思うんだけどなぁ」



 余計な臭いって、久遠さんと左京さんのこと? 手渡した時と、頭を撫でられた時かな?


 鳥獣人はあまり嗅覚は良くないはずなのに、朱羅兄は野生の勘なのかよく言い当てる。ちなみに陽兄は余程でない限りは気付かない。



「気分は良くないが、器用に臭いを落として隠そうとしないことを、今は良しと思うことにするよ」

「気分が良くないなら手くらい洗ってくるけど、でも配達しているとどうしても触れる機会が多いと思うから全部は無理かなぁ」


「ふふ、そういう臭いではないよ。私にしかわからない臭いだから」

「ふぅん、特殊なんだ」



 裏門に当たる関係者・業者用の専用出入り口まで見送られ、名残惜しそうに今度は両手を繋ぎ、向かい合う形となる。



「気を付けて、真っ直ぐ帰りなさい」

「うん。朱羅兄もお仕事頑張ってね」



「ありがとう」と優しく目を細めると、いつものように私の頭を撫でる。



「私の鈴、また明日待ってるよ」

「またそういう言い方」



 頭を撫でていた手で私の前髪を避け、額に触れるだけの口付けを落とすと、「隙ありだ」と笑って朱羅兄はひらひらと手を振り、すぐに半獣化して飛んで戻って行った。



 子供の頃はお昼寝前とか、さよならの挨拶によく朱羅兄はやっていたけど、この年齢になってまたするとは思わず、反応が遅れてしまった。


 唇の触れた額に手を当て「もう! 揶揄わないで!」と言いつつも、空になった重箱と、楽しそうな従兄の姿に嬉しくなって、ふふっと笑った。



 


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