67:少しは空気読め / side 碧海 陽
後半***~鈴 視点
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鈴が山に入ってから五日が経った。もう、五日だ。
一応毎日≪無事≫の文字を見て安堵はしても、なにも見えない状況では気にせずにはいられない。しかしそれはそれとして、あまりに簡素な手紙に毎回ガッカリする。
「別に、泣き言を書いて欲しいわけじゃねぇけどさ……」
そもそもオレと言うより、当事者でもある蓮生もこれを読むわけで。なんていうか、毎日ちょっと、いやだいぶ不憫なわけだ。
我が妹ながら、山になにか大切な情緒を落っことしてきたのではないかとすら思う。下山する時にはぜひ拾って帰って来てもらいたい。
仕方がないからピスケからある程度詳細を聞き出して、その話も付け加えてやってはいるけど、それでもピスケと鈴の間で蓮生の話題は出ないらしい。オイ、少しは惚気ろ。
なぜ兄が妹の恋人に気を遣わなければならないのか。この複雑な兄心さえもオマエはわからないんだろうな。まぁ、それがオマエだけど。
でもな、持たせてくれた荷物の性能を褒めていた話はあったけど、他にもっとあるだろ? 『蓮生さんに会いたい』とか『蓮生さん寂しい』とかさ。
全くないってどういうことだ? 妹よ、ない話は盛りようもないだろコラ!
せっかくのツガイ同士だって言うのに、相手が全く認識出来ないとこんなことになるのか? オレはてっきり、認識は出来なくても惹かれ合うものだとばかり思ってた。
こう言ってはなんだけど、晶が同じ獣人族で本当に良かった。
でもこれは、あれだろ? 手紙が一旦オレに届くから恥ずかしくて書けないだけだよな? 噂によると、オマエのせいで、玄武隊の訓練が連日厳しくなってるらしいぞ? 知ったこっちゃないけどな。
それに朱羅は本当に食べなくなったから、火神家特製の(激マズ)栄養流動食をジョーゴで無理矢理飲まされて、口や喉に纏わりついて残る不味さをこれまた訓練で当たり散らしてるし。
「とにかく言葉が足りな過ぎる!!」
お陰でみんな毎日、妹・従妹・恋人にヤキモキしっぱなしだ。
そして六日目だ。
気不味そうなピスケに(これはまたいつもの短文か)と溜め息を吐きながら手紙を開けば、いつもより少しだけ長文っぽい。これは、と期待値が上がる。
まず≪無事、鈴蘭採取!≫の言葉が目に飛び込んで来た。
「おお! ついに鈴蘭を手に入れたか!! これは蓮生に良い報告が出来そうだな。喜ぶこと間違いなしだ」
ふんふん、それで? 明日には麓に着くってことか?
「帰りは朱羅が馬車を用意すると言っていたから、早く知らせてやらないとな」
続きに視線を移す。
≪――色々あって今崖にいます。ヤギ助けしたら下山します≫
「……は? 『今崖にいます』ってなんだ? ん? 崖ってちょっと立ち寄るようなところなのか? ピスケ、ヤギってなんだ? あそこは小型か鳥類以外の動物はいないんじゃなかったのか?」
「ヒュピッ!!(ハイ! であります!! ハル隊長、これはかくかくしかじかでして……)」
「はぁ!? ソリ遊びだと? アイツは馬鹿なのか!? はしゃぐ気持ちはわからなくも……いや鳥獣人にはわからねぇな。寒いだけだろ。あ”ーーー!! アイツはホンっと、時折突拍子もないことをしでかすな! 取り敢えず怪我もなく無事なんだな? それにしたって、こんなこと二人にどう説明すんだよ。ハァ、気が重い」
「ピューィ……(力及ばず、申し訳ございません。なんせ鳥語通じないので……)」
これ以上ピスケを引き留めても戻るのが遅くなるだけだ。すぐに戻るよう指示し、オレは一気に重くなった足を引きずりながら、とりあえずいつものように四神本部へ向かった。
(朱羅が先か、蓮生か……)
悩みつつ廊下を歩いていると、まさにその二人が珍しく揃って歩いていた。
「なんだ、今そっちに向かってたのに。二人が揃うなんて珍しいこともあるんだな」
「好きで二人でいるわけではないよ。いつも手紙を読むのは私が最後だろう? せっかくの鈴の手紙が狼臭くなるのが気に入らないのだよ。そこで思ったんだ、それさえ我慢すれば同時に読めるってね。鈴の様子は少しでも早く知りたいからね。どうせ今日もこの男のことなど微塵も触れていない内容なのだろう? 読んだところで痒くなるような内容などあるまい」
「ふん。そうかもしれないが、朱羅のことにだって触れられているわけではないだろう? 少なくとも俺が持たせた荷物は気に入ってるようだし、感謝してると言っていたと言うじゃないか。鈴は奥ゆかしいから、手紙には素直に書けないだけだ」
二人は『鈴は思ったことを素直に書く子だよ』と言ったり、『いや、照屋な可愛いところがあるから。見てみろ、字の美しさに愛が滲み出ているだろう?』などと好き勝手言い合っている。今すぐ帰ってツガイに癒されたい。
「まぁまぁ……まず朗報からな。鈴がついに鈴蘭を採取したらしい」
「さすが、私の可愛い鈴だね。時間はかかったが慎重に、且つ安全に行ってくれるのが一番だからね」
「お前の鈴じゃない、俺の鈴だ。それにしても無事怪我もなく採取出来て良かった。それで? もう下山し始めているのだろう? もう迷うこともないから早いだろう。この後早速麓まで迎えに向かっておくか……」
「……あーーあのな、残念な知らせもあってなぁ」
手紙の内容とピスケから聞き出した情報をそのまま二人に伝えることにした。
「崖? 陽、今『崖』と聞こえたが? 崖から落ちるって、ソリとやらはそんなに危険が伴うものなのかい?」
「ソリを楽しんで、崖から落ちて、ヤギ親子と出会う? どうやったらそんな奇跡的な出会い方を? 鈴はもっとこう、慎重派なところがあったと思うのに、時折予想だにしないことをするのは何故だろう……」
まぁ、言いたいことはわかる。アイツの頭の中だけがよくわからんだけだ。説教は各々、鈴が戻り次第ということでいいが、まずはこの状況をどうするのかだ。
「ピスケが鈴の父ヤギが崖下には居て心配していると。んで、鈴と子ヤギ一匹だけならなんとか崖を降りれるそうだが効率が悪いし、どの道、母ヤギは足を怪我していて降りれないらしい。別な方法を考えているところらしいけどアイツはどうするのか……これが一番読めないから、怖いよなぁ。助けを求めているわけでもねぇし」
「やはり、今すぐ助けに向かった方が良いのではないか?」
「しかし、ここで迎えに行って反則を言い渡されたら、鈴の苦労が……」
あくまでも行けるのは麓まで。そして手紙を受けるのはいいが、送るのは禁止だし、手助けも禁止。せめて≪一度下山して、鈴蘭を提出してからにしろ。オレがヤギを助けに行ってやる≫と書ければ良いのに。
三人共、今すぐ助けに向かいたい衝動をなんとか耐えている。明日の鈴の手紙の内容によっては、麓の小屋に待機している立ち合い人でもある管理人を、無理矢理引き連れて山に入ることも辞さないつもりだ。
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登山七日目。
いや、一応どこかしらに下山途中といったところ? 実際は崖の中腹辺りにいますが。一夜明け、昨日の手紙は余計なことを書き過ぎたかもしれないということに気が付いたけど、後の祭りだ。
クライマーズハイとは恐ろしい。【崖】なんて不穏でしかない言葉をなぜ書いた昨日の私! 昨日だけは恐怖よりも、『すごーい! この状況でも対処できてる自分がすごい! 誰かに自慢したい!』みたいなテンションだった。
褒められる所か、怒られる予感しかしない。ガクブル……
とにかく、下で大きな父ヤギがずっと見守っているもので。やはり子ヤギだけでも先に降ろしてあげようって思って、朝から小道具を作っていた。
作ったと言っても、中身を出したリュックにロープを括りつけただけだけど。これに子ヤギちゃんを一匹ずつ入れて降ろす寸法だ。幸い私は身体強化が使えるし、一匹ずつなら余裕である。
順調に下へ降ろすと、父ヤギがいるせいかすぐにリュックから自分で出てくれて助かる。危惧していたのはリュックから出してくれる人がいないことだったから、賢い父ヤギに感謝だ。
「母ヤギさん、子ヤギちゃん達は無事に父ヤギさんのところへ降ろしたよ。次は母ヤギさんが頑張る番だね」
「メェェェ(手間を掛けるわね)」
とりあえず母ヤギさんは大きいので、当然リュックには入らない。じゃあ、おんぶをするか? それも厳しい。足を痛めているし、そもそもロープで固定だけでは心許ない。
「というわけで、寝袋が超頑丈担架に早変わりでーす!」
「ピピッ!?(そんなところに母ヤギ寝かせてどうする気!?)」
寝袋に母ヤギさんをそっと移し、動きを固定する為に締められる範囲まで締める。手足を通す部分があるおかげで、多少位置は違うけど思った以上にしっかり収まった。見た目はまぁ、アレだけど。
心なしか、母ヤギさんの顔が虚無な気もするけれど、安全には替えられない。
手足の穴部分にロープを通して、身体強化を掛け両手でバランスを取りながら降ろしていく。さっきの子ヤギ達は片手は崖の淵に掴まりながらできたけど、母ヤギはそれができないから緊張する。
「よし、無事下についたみたい」
「ピッ!(やったね!)」
ロープを上から抜いて、今度は自分が降りなければならない。母ヤギは寝袋に固定されっぱなしだからね。
よーし、あともうひと踏ん張り頑張るぞー!




