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66:崖の上のヤギ?


******


 登山四日目。


 早朝は霧が立ち込めていて、時間が経つと霧は晴れたものの薄暗く、雪がはらはらと花びらが散る様に降っていた。


 天幕の中は雪も風も入って来ないけど、やはり気温が全然違う。寝袋の中は汗ばむほど温かいけど、なにも覆われていない顔は寒くて、鼻がちょっと赤い。


「ちょっと行儀悪いけど、この寝袋は手足がついてるからこのまま外出ちゃっても寒くなくていいよね」


 身体側の作りは手足を出したり包んだりできる、赤ちゃんの長袖ロンパースのような感じ。ただ、寝袋だから頭も包まれていて、ド○えもん……いや、色味が蓮生さんの瞳の色なのか、黄色っぽいのでド○ミちゃんに近い。

 

 残念ながら、さすがにこの格好のまま登山は不可能なので、諦めて着替えた。一気に寒さが身に沁みる!!


 手を擦り合わせていると、手首に巻いたループタイの紐が揺れる。


 この試験の間の唯一の不満は湯舟に浸かることが出来ないことだ。手短に身体を拭くのみしか出来ないし、雪があるエリアに入ってからは寒くて顔を拭う程度である。

 それもあって、ループタイの御守りは常時つけたまま過ごしていて、起床時、就寝時に『おはよう』とか『おやすみなさい』を心の中で言ったりしていた。


 寝袋の寝心地と御守りのお陰か、眠れないこともなく、どの日程でも熟睡出来ているのは、精神的にも疲労回復の意味でもかなり助かっていた。


「さぁ、ピスケ。早ければ明日にはみんなに会えるよ! 今日絶対に頂上に辿り着くからね」

「ピッ!(頑張れー! みんな凄く心配しているから早く帰ろう)」


 高さはもうそんなにないと思うけど、雪道はどうしても不慣れで、更に完全なる雪専用のブーツを履いているわけではないので、慎重に歩かないと足を取られそうになる。

 時には四つん這いになりながらも、どうにか山頂に辿り着いた。亀の歩み並みに遅くはあったけれど、期間は一週間だし、とにかく安心・安全が第一なんだから、私の中では大成功である。


「それで枯れない鈴蘭をこの雪の中探すのよね……ほぼ雪に埋もれていて草すら見えないけど」


 確か図鑑で見た感じだと、花は白く、葉は緑じゃなくて白っぽい葉だって書いてあった。きっと日照時間がほとんどないことに起因しているのだと思う。

 あいにくの曇り空に雪も先ほどよりも強く降り始めて来た。まだ時間はあるけれど、やはり雪山は遭難しやすいと言うし、早く見つけて雪のない場所までは下りたい。



 探すこと小一時間。



「鈴蘭、鈴蘭……あっ、あった!! ピスケ見つけたよ!!」

「ピューイ!!(やったね!! これで帰れる!)」


 ようやく雪から少しだけ飛び出て見えた植物を発見し、掘り起こす。一つは完全に凍っていて植物ではなく彫刻品のようだ。もう一つは少し小さ目だけど、予備及び記念に。

『見つけたらこれに入れなさい』と渡されていた保存容器に入れ、しっかりと蓋をする。この特殊な瓶の中に入れた植物は通常の十倍は長持ちするという優れものらしい。


「ようし、鈴蘭は無事手に入れたし、あとやることは一つだね!」

「ピッ!(うん、すぐに下山しよう!)」


 こうして私とピスケはご機嫌に少し下山しつつも、登るときに目を付けていたソリ場へ移動した。驚いているのか、ピスケの目がまん丸くなっていて可愛い。ソリを知らないからビックリだよね。


「ピスケ、ここは丁度傾斜があるし雪も途中までしかない上に、滑り過ぎてもちょうどいい出っ張りがあるでしょう? これは滑る為にあると言ってもいいと思うの」

「ピッピィィィ!!(思わない! 絶対に思わない!!)」


 持ってきた麻のゴミ袋をソリの代わりにして、装備を最強の寝袋にしてみた! なんの素材を使っているのかわからないけど、この寝袋は本当に濡れないし、弾力もあるから転んでもケガをしなそうでいいなと思っていたのだ。もちろん、ヘルメットや肘、膝あても装備している。


「見た目はちょっとアレだけど、ピスケは飛ばされないように胸ポケットに入っててね!」

「ピッ!? ギィィ!!(ちょっ、やめて! これじゃ飛べないし怖いんですけど!!)」


 3・2・1で勢いよく滑る。


「それ~!!」

「ビィィーーー!!(翼! 翼を出してーー!!)」


 これはかなり楽しい! 初めは腰が引けていたピスケも、回を重ねると余裕が出て来たようだ。安全だとわかったみたい。


 ピスケに楽しい思い出をプレゼント出来て良かったと満足である。


「よし、次で最後にしようか? 最後は思いっきり行ってみよう!」

「ピィ……(面白いけど、早く下山した方がいいよ)」


 何度か滑ったところは良い感じにつるつるになっていて、滑り甲斐がある。これが最後だ! と足を思い切り蹴って飛び出した――



「すごーい!! 一番勢いが出てるよね。これだと出っ張りのところで転びそうかも」

「ピ……?(ちょっと早過ぎない?)」


 案の定、ストッパーの意味も持たせている出っ張りのところにぶつかった……ぶつかったけど今までの雪が下に溜まっていたせいか角度が変わって、ジャンプ台のように跳ね上がる。あれ……?


 わぁ、すごい……魔法の絨毯で飛んでるみた~い! 乗っているのは麻袋にド○ミと小鳥だけど。


 とんでもハプニングではあるけど、この下はもう雪もほとんどない。着地が少々痛いかもしれないけど、そのまま止まるだろう、そう思っていた。


「ピ、ピスケ……なんで止まらないんだろうね? これは早く下山出来ると喜べばいい?」

「ピィィィィィ……(死ぬ! 死ぬぅぅぅ! とりあえず、ポケットから抜け出さなきゃ、オイラ死んじゃうよぉぉ!)」


 眼前には大きな木が見えて来たけど、これは当たると痛いやつじゃない? それにピスケが潰れちゃう! 身体を右に傾けたことで、なんとか激突を免れることが出来た。

 

 いやぁ、私って案外身体能力高いんだなぁ。あはは~なんて調子こいていた。所謂クライマーズハイってやつに陥っていたようだ。



***



――で、今ここ。ドコ?



 ヒャッハーと滑り続けた後、うっかり崖から落ち、でも運良く窪みがあって崖の中腹に着地できた。身体強化が使えなかったら自分の身体を支えられなかった。

 そのまま留まるわけにはいかないので横歩きで進めるところまで行くと、どこかから『メェェ』と鳴く声が。


 鳴き声を辿ると、驚いたことに足をくじいた野生の母ヤギと子ヤギが三匹、どういうわけかこんな崖の中腹の少し抉れて洞窟のようになっているところにいた。


「ヤギ……で合ってる?」


 崖の下からも地響きのような重低音の鳴き声が聞こえ、そっと覗いてみると、おそらくツガイだろうヤギが威圧の籠った目でこちらを睨むようにしつつも、一方では心配そうに鳴いていた。距離があっても尚大きいとわかるヤギである。


 多分ヤギなのだろうけど、良く知るヤギとは大きさや角の形が違っている。らせん状の角が六本あって、二本は耳と耳の間に短いものが。その後ろに左右斜め上に伸び、更にトナカイのように枝分かれしたものが二本。残り二本は耳の下辺りに内巻きにカールしている。無邪気に触れては怪我をするやつだ。


 事情はわからないけれど、この子ヤギと母ヤギは本来は下にいなければならないのだと思う。でも何か事情があってここに来たけど、母ヤギは足を痛めているせいで動けないし、母ヤギが動かないから子ヤギも動けないってことかな?



 私はとりあえず寝袋を脱ぎ、背負っていたリュックサックから応急処置用具を取り出して、傷薬を塗って母ヤギの足を固定した。運び出すにしても固定しないと痛いだろう。

 ヤギ達は私の姿に警戒心を持っていたようだけれど、多分ピスケがなにか言ってくれたようで恐怖心や威嚇的なものはなくなったように思う。ヤギが鳥の言葉がわかるのか、ピスケがヤギ語を話せるのか。


 問題は、私が子ヤギに触れられないことには助け出すのは難しいわけで……まずはお近づきにならなければならない。


「と、言うことで栄養補助食品の青菜味~! これを砕けば子ヤギちゃんも食べられるよね?」

「ピピッ(こいつらは雑食だから何でも食べれるんだけどな)」


 ピスケが先陣を切って少しエサをつつくと、子ヤギ達も食べ出し、おかわりメェメェまで入った。人参味も与え、母ヤギにもエサを手づから食べさせ少し慣れてもらった。


「か、可愛いぃぃ。私、ヤギのエサやり体験は初めて! ほらほら、まだたくさんあるからね。ゆっくり食べようね~」

「メェェ(ヘラヘラと気色悪いけど、中々美味なもん持ってるな)」

「メェ(まぁまぁ使える人間だな、アホっぽいけど)」

「ヴェェ(悪い奴ではなさそうと言うより、そんな考えも浮かばなそうな顔だな)」

「ピィ……(知らぬが仏だな……)」


 私の掌に乗せたエサに、子ヤギちゃん達がこぞって食べに来ていて手がくすぐったい。餌付けのお陰で子ヤギとの距離もグッと近付いた。


 私やピスケだけならここから抜け出ることはできるし、子ヤギも策がないこともない。だけど母ヤギをどうやって運べばいいのか……それが問題だ。


 なんて悩む間に手紙のことを思い出し、慌ててピスケに託す。


≪無事、鈴蘭採取! 色々あって今崖にいます。ヤギ助けしてから下山します≫



「ふぅ、ちょっと長くなっちゃったけど、無事なことと、鈴蘭を採取したことは書かなくちゃね。じゃあ、ピスケお願いね。私はここで大人しくヤギちゃん達と親睦を深めておくから。ね! ヤギーズ」

「メェェ(エサの礼にオレ達がコイツの面倒見といてやるよ)」

「ほら、結構懐いてくれてるみたい!」

「……ピューィ(ナメられてるじゃん。って言うか、()()の部分が意味深じゃないか……絶対問い詰められるよ、ハァ)」



 ピスケはノロノロと飛び立って行った。はしゃぎ過ぎて疲れたのかもしれない。



 崖には落ちちゃったけど、私が来なかったらこの子達はきっと降りられなくて困ったと思う。それを思えば、荷物を全部持ったまま滑ったのは正解だった。これは運命だったに違いない。


「そうだ! ヤギーズ達もブラッシングしてあげようか? 私ブラッシングにはちょっとうるさいよ?」

「メェメェ(オマエ気が利くな)」


 ピスケが戻る頃にはブラッシングで篭絡されたヤギーズと鈴が戯れる姿があり、出発前は小者扱いされていた序列がぐんと上がっていた。確かに鈴のブラッシングは一瞬任務を忘れてしまうくらい気持ちが良いものだった。



 確かに鈴のブラッシング術は侮れないと思ったピスケであった。






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