6:新商品と甘~い誘惑
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今日は定休日。
台所で母と陽の婚約者の晶こと、アキちゃんと一緒に食事の支度を手伝っていた。
スープが焦げ付かないようぐるぐるとかき混ぜながら、ふと私は以前から考えていた新商品について二人に聞いてもらおうと思い、口を開いた。
「ねぇ母さん、アキちゃん、私ちょっと面白い商品を考えてみたんだけど」
「新しい商品って、郵便で?」
「なになに? どんなこと?」
「メッセージ付きハガキなんだけど。ほら私、文字だけは得意でしょ? 文字に自信がないとか、筆マメではない人とかにどうかなって」
最初からなにか一言入っている横に絵だったり、少しだけ文章加えて貰ってもいいし、もちろん名前だけ入れて貰うでもいい。
ハガキサイズなら無理なく作れるだろう。
「いいと思う! 鈴は確かに文字がすごく綺麗で、学校でもよく褒められていたし、毎年<入学式>とかの看板も頼まれて書いていたわよね」
「そうね、それくらいなら経費も大して掛からないし、試しにやってみるのもいいんじゃない? ただし無理のない範囲でやるのよ」
「やった! 爆売れまではしないと思うから、ほんの少しだけ空いているところに置かせて貰えれば」
こうして一番の難所である母から攻略したことにより、私のメッセージハガキ作りはすぐに始まった。
需要がなければ書かなければいいだけなのでプレッシャーにもならない。
気長にゆっくり、じっくり浸透してくれればいいなといった感じだ。
そう、思っていた、二週間前までは――
「まさか、メッセージ付きハガキがこんなに人気になるとは……うっ、手が痛い」
そろそろ握っている感覚が麻痺し始めた手からペンが落ちる。もはや腱鞘炎になりかけである。
「これは母さんも予想外だったわ。手伝ってあげたいけど、美文字ってなると私には無理だしねぇ」
「なんか好意を寄せる方への贈り物に添えるカード代わりとしても人気があるんですって。字の美しさが目を引いて、お相手の方から声を掛けてもらえたりもあったとか」
書いている本人は全くモテもしないのに、私の文字は男性受けがいいのなら、文通のみしていたら私は最強なのでは? なんて……残念ながらこうした一行ものならともかく、文章となると、文才のない私では文通は続きそうもないが。
始めは「いつもありがとう」とか「お誕生日おめでとう」とか「頑張ってね」とか、当たり障りのない文章を書いていた。
でも作り始めの時って、「こんなのもどうだろう?」なんて色々思っちゃうもので。
ちょっと気が向いて、見本品に「夢で逢えたら」とか、なりきって「あなたと見る星はどれほど美しいのでしょうか」とか書いたものを飾り出したら、それに興味を示した方がいたのでお売りしたのだ。
でも、まさかそのハガキで縁談がまとまるだなんて誰が想像できる?
そこからあれよあれよと『縁結びカード』として口コミが広まって、定休日は手を酷使する日々。もはや握力も弱まり、ペンと持つ手を包帯で結んでいる。泣きたい!
ずっとこんな状態は無理なので、予約分が終わったら数量限定販売に切り替える予定だ。
「はい鈴。次は文章指定で『この幸せが永遠に続けばいいのに』ですって」
「ふぁい……」
この作業が早く終わればいいのに。
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「こんにちは、碧海郵便です」
「ご苦労様です」
本日も左京さんが受け取りだ。
隊長、副隊長が不在でも、こうして各隊の秘書官である兎月さんがまとめて受け取ってくれる。
「久遠さんはご実家とのやり取りがマメなのですね。今日もたくさんの封書です」
「それはマメではなく、ご実家の方から定期的に見合いをせっつかれているのですよ。滅多にご帰宅なさらないのでこちらに送ってくるのです。しばらくすると公開訓練も始まりますし、忙しくもなりそうです」
公開訓練とは――
本来は四神抜刀隊という少し怖いと思われる印象を払拭する為、一般市民の方にも『四神抜刀隊ってこんな感じですよ。怖くないよ~』というのを広く知ってもらう目的と、入隊者を募る目的で始まったという。
お陰で今では市民に十分認知されている四神抜刀隊。
そして見学者と隊員が恋に落ちたことがきっかけで、本来の目的は変化を遂げる。今や将来有望なお婿さん探し、又はお見合いの場として定着しつつあるのだ。
公開訓練がある日は着飾った女性達がズラリと列を成しているので、日にちを把握していなくてわかるほどとても華やかになる。ちゃっかり基地の入り口に屋台まで出たりして、ちょっとしたお祭りのような扱いに。慣れ親しむにもほどがある。
まぁ、訓練する側も応援してくれる可愛い女性がいた方がやる気は出るもんね。両者共に利はある。
「モテる方はそれはそれで大変なんですねぇ」
「ええ、お陰で捉まってしまうと中々戻って来れなくなるので、仕事が滞ってしまうと言いますか……」
利、ばかりではないようだ。
そういえば久遠さんは婚約者がまだいない、優良株の独身者としても有名。選択肢が多いのも却って選び辛いというものなのだろうか。
自分で作ったメッセージハガキを自分で届けると言うのも少々気恥ずかしくはあるけど、誰かが購入してくれた時点でそのハガキは購入者の物だし、そこに名前や少しのメッセージが添えられたら更に個性が出るというものだ。
明るく色付けされていたり、中には口紅を塗った唇で口付けまで入っていたりと個性があって面白いし、とても参考にもなる。
売り上げは上々で、最近は木彫りで作った花の判子やハートなんかも押したりして、文字のサイズや字体も工夫している。
もう少し落ち着いたら押し花を閉じ込めた、季節限定ハガキとか作ってみようかな。
当初、大口のお客様のところへ販促に勤しむことも考えていたけど、早まらなくて良かった。これ以上の販売は厳しいので、今の所は自ら宣伝するつもりはない。
我ながら良い出来だなぁ、なんてしみじみ影曉隊長様宛のメッセージハガキを見つめていると、久遠さん分の郵便物の確認が終わった左京さんから声が掛かり、今度は隊長様分をお渡しする。
「鈴さんも、こういった手紙やハガキをお渡ししたいと思うような男性や結婚について、考えてはいないのですか? 憧れるお年頃でしょう?」
思ったよりも早くこの質問が来てしまった。
こういうのって今まで住んでいた火ノ都のような田舎では時々あって、その度に「今はまだ学生なので」とか「まずは社会勉強してみたいので」等と言って流していた。
そして今は職業婦人となり、当然そんなこともあるだろうと思っていたので、答えは考えてあるのだ。
「えっと、素敵だなとは思いますが、”自分が”というのは想像ができないと言いますか。とにかく結婚には今は全く興味ありませんね。卒業して、ようやく働き出したばかりですし」
「そうですか。まだ働き始めたばかり、まずは仕事に専念したいというのも当然ですね」
左京さんはあっさりと引いてくれたので助かった。私としては左京さんのような兎族は一夫多妻を選ぶことが多い為、むしろその辺りのお話の方が俄然興味がある。
兎族の学友が言っていた「兎族のみのコミュニティ」とやらが所謂お見合いのような役割を担っているとか。
「ところで」
「は、はい……」
私はやや構えて、ごくりと息を飲んだ。
「今日も休憩していきませんか? 新作のお菓子を作ってみたのです」
「し、新作!? うう~~ん、あ~~!! 食べま……す!!」
左京さんはやたらと私に「休憩」と言いつつ、甘く魅惑的な菓子を振舞いたがる。めちゃくちゃ美味しいが、今日こそは断ろうと思うのに、悲しいかな今のところ全敗である。ロープが解けた時に誓った減量はいつまで経っても始めることができないでいる。
「さぁこちらへ」と促された応接用のテーブルへ向かえば、すでにオランドラ風のティーセットまで用意してあった。
私が断れないこともすでに予測済だったようだ。
そして話はまたお見合いについての話題へ戻る。
「久遠副隊長は元々目を引く方でもありますが、役職付きで独身、そして家柄も揃っておりますからね。ご本人が望む独身を貫くのは中々難しい問題です」
「久遠さんは結婚したくない派なんですね」
「それはお身内である朱羅副隊長もそうでしょう? ただ、あの方はのらりくらりとうまく躱していらっしゃるみたいですが」
「えぇ!! 『私は全くモテないからね』って言っていたのは、やっぱり嘘!」
身内から見ても格好良いと思うのに『それは身内贔屓と言うものだよ』と言われていた。全くモテないと言っている人に強く言うのは良くないと気を遣っていたのに、やっぱりモテていたんじゃない!
朱羅兄も、もしかして結婚したくないのかな? でも一人っ子だし中々難しいよね。
朱羅兄が本気でしたくないと言うのなら、味方になってあげようと思うけど。私如きが味方になってもあまり意味はなさそうだ。
「朱羅副隊長がそんなことを?」
「はい、中々結婚したがらないって叔父もよくぼやいてまして。昔から、今は仕事優先だとか、相手がいないとか、挙句に私が嫁に行くまではとか言い出して。困った兄なんです」
ナインテイル抹茶を混ぜ込んだと言うクッキーに手を伸ばす。このクッキー美味し過ぎる。
「そう言えば、鈴さんの御父上である北斗様は元火神家当主候補でしたよね?」
左京さんも抹茶クッキーに手を伸ばし、カリッと、とても良い音を立て食べる。
「そうです。母が一人娘だったもので、父が婿入りしました。幼い頃は火ノ都に住んでいたので、従兄ではありますが兄妹のように育ったんですよ」
「北斗様の電撃結婚、そして電撃退職も、隊員たちの間で語り草になるくらい有名ですからね」
そう、父はツガイである母と出会い、結婚の為なら当主の座も隊長職も全て捨ててしまった猛者である。
『当主も隊長職も代わりはいるが、ツガイの代わりなんていねぇんだ』と、自称”愛の狩人”の父は語っていた。酔った時の鉄板ネタだ。
もの凄いラブロマンスではあるけれど、当時の関係者の方々は大混乱だったに違いない。せめて少しずつ整理して行こうよ父さん。
ぽりぽりぽり……
「ハッ! うっかり半分以上食べてました、手が止まりません!」
「ふふ、そうですか。それは良かった」
「そうだ」と言って左京さんは一枚のメモ紙を私に手渡す。
「左京さん、これは?」
「このクッキーの手順書です。差し上げますよ」
食いしん坊の私と、作ったものを披露したい左京さん。
年齢不詳ではあるけれど、近所のお兄さん的感覚と言うか、ウサ耳がある時点で癒し系として完成しているので、単純な私はすぐに餌付けされてしまった。失礼過ぎてご本人には言えない。
曰く、左京さんはお菓子作りの趣味があるものの、久遠さんやたまに訪れる客人程度にしか振舞えないとか。
ちなみに家族は試作で何度も味見をさせられ、納得の行くものになった頃には飽きてしまうらしい。
そこで小さく未発達な(と思い込んでいる)私に「できるだけ小まめに食べなさい」と言って、初対面からお菓子を振舞い続けている。
左京さんから見ると私は小柄で痩せっぽちだそうで、もっと太らせたいらしい。
お年頃の乙女に太れとは。
最近ではオランドラの【お菓子作りの手引き】を手に入れたとかで、それを見ながら作り、さらに自分でもアレンジしてみたりと余念がない。
振舞う相手がいないということは、ほぼ自分か家族が食べているのだろうけど、どうして太らないのだろうか。
このままでは、思惑通り太ってしまいそうだと危機感を感じている今日この頃です。
「手順書!? わぁ、ありがとうございます! 練習して、上手に焼けるようになったら試食して頂けますか?」
「もちろんです。趣味仲間が増えることは喜ばしいですね」
少し照れたのか、「お茶のお代わりを入れてきますね」と席を離れた左京さん。
チラリと見えた短い尻尾が小刻みにふりふりっと揺れる姿を見て、私は密かに悶えるのだった。