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57:想いを告げる


******


 先程まで「よし、覚悟を決めよう」という気分だったと言うのに、兄が抜けた途端、一気に怖気づいてしまった。


 現状病室には二人きり、意識するなと言う方が無理な話だ。もちろん、告白する現場に身内だろうが友人だろうが、いない方が良いに決まっているけれど。


 蓮生さんが二人分のお茶を煎れ、片方を私に渡す。思ったよりも戻るのが早かったなと思ったら、相当急いで駆けて来たらしい。額には汗を掻いていた。


 一口含み、ハァと溜め息を漏らす。


「告白……難しいなぁ」

「ぐっ、ゴホッ、ゴホッ! え?」


 蓮生さんはお茶が変なところへ入ったらしく、むせていた。


「蓮生さん、大丈夫ですか!? 急に咳き込むからびっくりしました」

「いや、俺の方がびっくりさせられたと思うが……」 

「なににですか?」

「なにって……今、『告白が難しい』って言っていたじゃないか」


 嘘!? 私、溜め息と一緒に声に出てた? それも本人を前に。どうしよう、どうやって誤魔化そうか……


「ええと……あっ、告白と言えば、ちょっと気になっていたんですけど、蓮生さんは大切な人へ向ける好きと、恋愛の好きは明確な違いがあるんですか?」

「それが難しいと感じたことなのか? 誤魔化されたような……」


 首をブンブンと横に振り、「こういった個人の見解の違いが奥深いと言いますか、難しいですよね!」と意味不明に誤魔化す。完全に疑いの視線を向けられているものの、ここは強気でゴリ押す。


 それに、聞いたことは実際聞きたかったことでもある。もしかしたら蓮生さんの「好き」は、兄の言った大切な人側の可能性はないのだろうかと思ったからだ。 

 なんせ前世から持ち続けたらしい好意だ。どう考えても前世の好意は大切な人、家族的な意味だと思うし、今もその感情を引き摺って混同している可能性はないとは言えない。


 多分、今は恋愛の意味で私のことを好きなのだろうとは思っているけれど、これで「蓮生さん好きです!」と私が伝えて両想いかと思いきや「俺も好きだよ……家族として」なんて言われたら恥ずかしくて土に埋まるしかない。

 

 私はどうしても頭であれこれ想像してはおかしな方向に行く傾向にある為、本人に聞くのが確実だと判断したわけだ。唐突ではあったことは認めますが。


「もちろんある。大切と言うのは、一番はもちろん家族や身内だが、他にも仲間など複数存在するものがそうだ。逆に恋愛の好きと言うのは、君意外には存在しない、唯一無二のことだよ」

「ゆ、唯一無二……!? お付き合いはともかく、学生の頃とか好きな人の一人や二人、なんなら『あの子可愛いな』みたいな方くらいならいましたよね?」

「いない。君意外、後にも先にも――一生、誰も入り込むことはない。だからその二つは全く別物と言う感覚かな」

「なんか、予想を遥かに上回る解答にどうしたものかと打ちひしがれています」

「……もしかして、俺は少し重いのだろうか?」


 しゅん、としているところ申し訳ないけれど、少し重いどころの話じゃない。


 ちょっと話を逸らしたつもりが、とても重たくプレッシャーのかかる告白を受けた気分である。こちらが告白をする予定だったと言うのに、言い出し辛くなってしまったではないか。


 さすがに現段階で『私もあなたが唯一無二です!』なんて言えない。


 ただ、重いしびっくりしたけれど、好きだと自覚した相手から唯一無二だ、一生私だけだと言われ、実際の私にそこまで言わしめる程の価値は見出せないにしても、素直に嬉しかった。


 遅れて熱くなってきた頬を両手で隠しながら、でも、と考える。


(こういうのってツガイでもなければ断言できるものじゃないよね?)


「そう言って頂けるのは嬉しいですけど、そこまで断言されてしまうと、まるでツガイみたいで……でもまさか、そんなこと言いませんよね?」

「……っ!」


 彼は両目を見開いたと思ったら、急に眉根に皺を寄せて俯いてしまった。聞いてはいけないことだったのだろうか。


 ちょっと頭をよぎっただけで、本当にそうとは思っていない。そもそもツガイだったら言うはず。だって彼は何度か私の香りを確かめていたのだから。


「あの、」

「…………ああ、言わない」



(やっぱり獣人同士にしかツガイは成立しないものなんだ)



 蓮生さんも切なそうに俯いて手をきつく握り締めているけれど、きっとツガイだって嘘でも言ってあげられないことを申し訳なく思っているのだろう。


 思い悩む必要はないと声を掛けようとして、彼が俯いていた顔を上げた。


「鈴、もしも」

「え?」

「もしもの話だけど、鈴の前に『君はツガイだ』と言う者が()()()()()()としたら?」

「私にですか? 私は自分がわからない以上、本当かも嘘かもわからないから信用できないと以前は言いましたけど、突き詰めると『ツガイだから好き』なのが当たり前と言う感覚に違和感があるのかもしれません」


「違和感? ツガイから一身に愛情を受けるのにどうして?」

「あくまでわからない私自身に関してで言えばですが。そもそも本当にツガイだったとして、その方は本当に()()()()なんでしょうか? 『私』ではなく、『ツガイ』と言うものが好きなだけじゃないのかなって。一目惚れなら理解できますけど、でもツガイのように急に全部好きとはならないですよね?」


 もちろん、両親や兄達はきちんとお互いに認識しているので、違和感は全くない。

 

「そういうもの、なのだろうか……」

「そう言った意味でもツガイじゃない方からの方が、自分自身を見て、知ってもらった上で好きだと言って貰えているのかなって、感じ取れない私からすると思ってしまうんですよね。ツガイ同士が相性一番なのは身内を見ていてわかっていますけど、一番の方以外では幸せになれないわけではないでしょう? 火神の叔父夫婦がまさにそんな感じです。叔母様が強めですけど」

 

 蓮生さんは人差し指を顎へ当て、『なるほど、そういう……』となにやらブツブツ考え込んでいる様子。


「君の言うことも理解できる。むしろそんな夫婦の方が多いのだからそう思って当然だ。だけど鈴、こうも思わないか? 君が認識出来ないで一方通行なら、案外それは一目惚れとそう大差はないって」

「ツガイと一目惚れが? そうですか?」


 まさかそんな風に言われるとは思わなくて、思わず目を瞬かせた。


「ああ。だって、一目惚れはまだ相手を知る前に好意を抱くことだ。強く惹かれるから興味を持ち、そして相手を知り、更に愛おしさが増して行くだろう? その間隔が短いかどうかと言う違いしかない」

「そういうもの……なんですか?」

「それに、一目惚れの時点で『運命の出会い』なんて思う描写が人族の物語にもよく出て来るだろう?」

「確かにありますね……って、蓮生さん、人族の物語なんかも読んだりするんですね!? 意外です」

「君にまた会えた時になにが話題になるかわからないからね。それで、一通りオランドラ語も日常会話程度なら話せるようにと専攻して学んだんだ。お陰であちらへ随行する隊員の選抜の時に有利に働いたよ」

「でも、そうやってずっと待っていてくれたのに、再会できた鈴音の魂の持ち主が私みたいなじゃじゃ馬で……その、本当はちょっとガッカリしたりしませんでしたか?」


 蓮生さんの琥珀色の瞳が少し揺れたような気がした。


「……君の目にそう映ったのなら謝るよ。だけど、さっき言ったことは嘘じゃない。君が唯一無二の存在だってどうしたら信じて貰えるのだろうか? 君がこの先が心配だと言うのなら抑制剤を飲んでも構わない。これなら君と同じ状態になるから信じて貰える? 君を内面から愛し、今後ツガイが現れるかもしれないと言う心配も起きなくなるだろう?」


 抑制剤とは文字通り、ツガイが現れてもその効果を抑制するものだ。


 これはツガイではない者同士が結ばれた際、私のように『もしもツガイが現れてしまったら』と言う不安をお互いに取り除く為のもの。だけど、知っての通り獣人は多かれ少なかれ誰もが一度はツガイに夢を見る。だから、お互いに相当強い覚悟がないと飲めないのだ。

 抑制剤を飲んでしまえば、出会うかもしれなかったツガイ(相手)に自分はもちろん、相手(ツガイ)香り(フェロモン)を判別出来なくなる。


「いいえ、飲む必要はないですよ」

「しかし……」

「だって、好きな人を最初から疑うなんて悲しいじゃないですか。だから信じるところから始めたいです」

「確かに好きな相手のことを疑うなんてことはしたくはないが…………え?」

「ですよね。だからそのままでいて下さい」


 凄い! なんか今すごく自然な流れで告白出来た! 全然緊張しなかったし、気不味い雰囲気にもならない。


「そのまま……今のままの俺で良いと言うこと? いや、それより肝心の――」


 ぐぅぅぅぅ……


「すみません……私のお腹です。ホッとしたらお腹が空いちゃって。ずっとお粥系だったので、普通の食事が恋しいです。蓮生さんもずっと私の食事に合わせていたでしょう? ちゃんと食べて下さいね。体力が落ちてしまいますから」

「ここでは普通食だって聞いたから大丈夫じゃないかな。それに俺は大丈夫、合間合間で補食は摂っている……ではなくて、鈴もう一度――」

「なぁんだ、ちゃんと摂っていたんですね。じゃあ、安心です。あ~うちの近所のパン屋さんの焼き立てバインが食べたい! 病院食もバインにガッと挟み込めばちょっとは食べ応えもあると思うんですよね」

「わかった。俺が焼き立てバインをこの後買いに走るから、だからさっき言った言葉の意味を教えてくれないか?」

「言葉の意味? ああ! 『ガッと挟み込む』と言うのは」

「うん、具材をたっぷりと挟み込むことだな。それではなく」

「では、『そのままがいい』って言ったことですか? それはそのままの意味で、蓮生さんは可愛いままの方がいいって意味ですよ」

「なるほ……は? 俺が、可愛い? ちょっと待ってくれ、鈴。いや、そもそもその話でもないけど、なぜ俺が可愛いと思うんだ? 君の前では情けない姿ばかり見せていたのは否めないが、可愛さは出したつもりはない」

「その無自覚な可愛さが好きなんですよ。ウリウリ~っと撫でたくなってしまうと言いますか。耳の動きなんて絶妙で」


 蓮生さんは頭上に疑問符が大量に浮いた状態のまま、思考が全て宇宙の彼方へ行ってしまったかのような複雑な顔をしていた。


 呼吸が止まっていたのか「――ハッ!」と言ってゼェハァし、ようやく宇宙の旅を終えたようだ。


「鈴、今のをもう一度!」

「耳の動きが絶妙?」

「違う、もう少し前かな」

「ウリウリ~でしょうか? これは確かにわかりにくいですね……ええと、撫でくり回す感じ?」

「……苛めないでくれ」


 耳がしょんぼりと下がり、「くぅん……」と鳴き声が漏れ聞こえてきそうな表情をしていて、控えめに言っても可愛い。

 立派な体躯を持ち、それに強いと言うのもわかっているけれど、恐らく父を始め、そんな人達に囲まれて育ったせいか、一般獣人のように強いイコール格好良い、好き! とは結び付かないのだ。比較対象が父、兄、朱羅となると、それより強い人もそういなかったし。


 そのせいか、普段とは真逆に近い姿、取り分け可愛い様子にキュンときてしまう傾向にあるらしい。それがはっきりと見て取れる狼獣人の蓮生さんは見た目とのギャップが大きくて萌える。

 そして、誰がやってもそうなるわけではないのは、やはり蓮生さんが好きだからというわけで……ん? そうなると一目惚れとツガイの感覚が似ていると言うのも頷けるような?


「えへ、蓮生さんの反応があまりに可愛くて……それに、どうやってお伝えしようかと緊張していたんですけど、あまりにも自然に言ってしまって自分でもびっくり――」

「鈴、もう終わったみたいにならないでくれないか? できれば、もう一度聞かせて欲しい」


 ほんのりと目元を赤く染めた蓮生さんが、懇願の眼差しを向けている。


 ああ、本当に可愛いなぁ――


「私、蓮生さんが好きです。見極めの期間はもう終わりにしてもいいですか?」


 彼の睫毛が震え、そのまま拭うこともなくはらはらと大粒の涙を流す。


 喜んでくれるといいなとは思ったけれど、まさかこんな風に泣かれるとは思ってもなくて。男の人の涙を見て綺麗だなと思ったのは初めてのことだった。


「鈴……本当に? 見極めが終わりってことは、君の恋人にしてもらえると言うことだよね? これは、夢ではないよね?」

「ふふ、夢じゃないって確認してみては?」


 夢か現実かを確認すると言ったら頬抓りが定番である。


 だけど、彼の伸ばした手はなぜか私の方へ伸びて――


(も、もしかしてキス!?)


 慌ててぎゅうっと目を瞑る私の顔はきっと可愛くないに違いない。


 彼の大きな手が耳たぶを掠め、頬をするりと撫でる。


「んっ……」


 くすぐったくて、思わず変な声が出た。


 高鳴る心臓の音がうるさくて、こんなに近づかれたらこの音も聞こえてしまうのではないかと落ち着かない。


 顔に掛かる影が近づいたと思えばピタリと止まる。


(え、え……どうしよう、こういう時って息を止めた方がいいのかな?)

 

 唇の端に触れる指先、そして――




 親指でふにふにと私の下唇を遊ぶように押す。



(あ、あれ?)


 パチっと目を開けると、蓮生さんが真剣な顔でなぜか私の唇をふにふにしていた。なぜ?


(てっきりキスかと思っ……いやいや、べべべ、別にして欲しかったわけじゃないし!)


 一人で思い切り勘違いしていたことが恥ずかしくなり、ぶわっと体温が上がる。


 ところで私はいつまで遊ばれているのか。


「君に触れても怒られない……夢みたいだけど、夢じゃないんだな」


 怒らないけど、かなり恥ずかしいのですが?


 ようやく指が離れホッとしていると、彼の視線が唇から移り、目が合う。


「鈴、顔が赤いけど?」

「あ……う、これはちがっ」


 彼は私の動揺に気付いていないのか、私の顔に掛かる髪を除け片側の耳に掛けると、そこへ顔を寄せてきた。


(わかってる、これもただのスキンシップ。平常心、平常心だ私)


 精神統一している私に彼はクスっと笑い、耳元でそっと囁く。


『俺()……ドキドキしてる』

「~~っ!?」


 瞬間、心臓がギュン! と聞いたこともない音を立て、身体から飛び出して行った。


 わかってる。本当に飛び出したら大変だけど、前世の漫画で見たようなハートがバビョン! と飛び出るイメージ。

 

 ドキドキが飛んで行ったせいか、あれって本当に再現できるんだなとかなんとか、妙に冷静に考えてしまった。


「鈴、手を」

「手?」


 差し出された手に自分の手を重ねる。剣を扱うせいか、手の平にはいくつもゴツゴツとしたタコがあったけれど、彼の日々の鍛錬の証なんだなと思うと、なんだか私も誇らしい。


「鈴、俺の手を取ってくれてありがとう。生涯を賭けて大切にする」

「生涯……」


 重ねた手を恭しく持ち上げ、まるで誓いのように指先に口付けた。



 普通はうっとりとするシュチュエーションの中、なぜか『狼族の愛は重い』と言う言葉をふいに思い出す。



 ちょっとぞくりと怖気づいたのは秘密だ。







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