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56:今!? 今なの?


******


 家の近くの治療院へ無事転院した私。


『抱き上げたまま俺が運ぶのと、抱き上げたまま馬車で移動するのだったら、どちらがいい?』と、どんな選択肢ですかそれ? みたいなことを蓮生さんに言われた。


 もちろん二択しか許されないなら馬車でしょ。


 どうして私がそんな選択をしなくてはならないのか?


 そう、普通は両親と一緒に行くものだと考えるだろう。だから、今朝早くに両親が治療院への支払いに訪れた時にはこんなことになるだなんて私も思わなかったのだ――



 時刻はまだ朝の六時。



 温かいタオルで蓮生さんに顔を拭いてもらい、看護婦さんが傷の経過を見ながら書き込んでいた。


 ちなみに顔の傷への軟膏やガーゼを交換するのも、いつの間にか治療院の看護婦さんから学んだと言う蓮生さんが行っている。そこはさすがに看護婦さんでいいでは? と思うのに、小まめに交換できた方が衛生的でいいだのなんだのと、とにかく世話をしたがる。


 そんな理由で素人に好き勝手されては看護婦さんも気を悪くするに違いない、そう思っていたのに……


「献身的な婚約者様ですね。とても丁寧な処置をされてますし、きっと傷も残らず綺麗に治りますよ。ふふ、愛の力ですね」

「んんっ!?」


 ちょっと待って欲しい。私、婚約なんてしてませんけど!?


 タイミング悪く歯磨き中だった為、首をブンブンと横に振って否定しているのに、照れ隠しと誤解されてるし。蓮生さんも「ハハ、そうでしょうか」じゃないよ! 否定しようよ!!


――と、まぁこんな寸劇を丁度母に見られてしまったのだ。


 後に母はその時の心境を『女の第六感がピーン! と来たのよね』と語っていた。


 いや、そんなもの来なくていい。


「それにしても母さん、随分早い時間だね」

「それがね、今日は急ぎの配達が集中してしまって、すぐにでも帰らなくてはならないのよ。それで慌てて来たのだけど……考えてみたら、あなた片腕が力入れられないから乗せて飛べないのよね。困ったわ……どうしたら良いのかしら」


 今日は一応休日のはずなのに、速達が入るにしてもそんなに一気に集まるものなのだろうか? でも、そんな嘘をつく必要性もないわけだし、そういう日もあるのだろう。素直な私はそう思っていた。


 飛んで帰るのが一番早い。だけど、誰かの背に乗るにしても、私がしっかりと掴まっていられなければ落ちてしまう。だったら空路よりは時間が掛かるかもしれないけど、すぐにでも出発すれば走って帰れるのでは? 幸い足は擦り傷や打撲程度で歩くには支障はない。身体強化を併用すれば可能だろう。


「母さん、それなら私走って――」

「それで久遠さんに相談なのだけど、大切な娘をお願いしてもいいかしら? 付き添って頂けると安心だわ」


 なぬ!?


「もちろんです!」


 はい!?


 良かったわと満足そうに笑う母。その()()()娘は必死に(お母さん達と一緒に帰りたい!)と目で訴えていると言うのに無情にも弾かれた。ヒドイ、私に人権はないのか。


 転院手続きと会計の為に席を外していた父が戻る頃には、二人の間で「お願いね」「お任せください、お義母さん」と、ちょっとした契約でも交わされた後のようになっていた。


 母さん、蓮生さんはそんな顎で使って良いような方じゃないよ?


 父は理解出来ないものの「おい、お義母さんってなんだ?」と目が鋭くなり始めたところで、「あなた、帰りましょ」と、ほとんど娘と会話もしていないのに母に襟首を掴まれ、引きずられるように無理矢理連行されて行った父。

 父に助けを求めたくても、それはそれでとんでもない事態になりそうなので迂闊なことは言えず。彼らを見送った後、笑顔で振り返った蓮生さんが冒頭の選択肢の話をし始めたと言うわけだ。

 


 諦めて馬車に乗ることに決めたものの、普通に対面で座ってもいいのではないかと主張してみた。抱き上げるのは振動で腕を刺激しない為だと言われたけど、そこまで差なんてある? と思い、まずは普通に座ってみたら本当に激痛で、結局半べそかきながら蓮生さんに抱っこをお願いすることになった。

 

 大人になってから「抱っこして下さい」と言うことのなんと恥ずかしいことか。こんなことなら初めから素直に従っておけば、少なくともこの台詞は吐かずに済んだのにと思わずにはいられない。


 痛みには抗えず、(これは怪我をしているから仕方がない!)と自分に言い聞かせて大人しくしている。


 だけど、昨日から気持ちが妙にふわふわとして落ち着かない。


 これってそういう……? いやいや決めつけは良くない。



 ドキドキと胸が高鳴るのは、ただ抱っこが恥ずかしいから。

 つい彼の口元へ視線が行ってしまうのは、横抱きで座っていて目線の高さが偶然そこになるだけ。

 蓮生さんがキラキラして見えるのは……小窓から差し込む光の効果だ。うん、今日は良い天気だもの。



 これ以上は見ないようにしよう。そう思って目をぎゅっと瞑る。


「鈴、眠るなら俺に寄り掛かっておくといい」

(ひゃっ)


 ぽすっと頭を胸に抱き寄せられ、私の耳や手がちょうど彼の胸の辺りに凭れる形になった。眠たかったわけじゃない、かと言ってこれといった言い訳も思いつかなくて――



 ガラガラと走る馬車の音も街の喧騒もどこか遠い。代わりにまるで耳の傍に自分の心臓があるかようにやけに大きく鼓動が響く。


(これって私の音……だけじゃない?)


 ちらりと顔を上げれば、どうやらずっと私を見つめていたらしい彼と目が合った。


「鈴、この体勢は辛くない?」


 低く、けれど甘さを含んだ声に、ただ「はい」と返事をすることすら面映ゆい。抑揚なく話すと初対面では少し怖い印象だったのに、今私へ向けられる視線は、声はどこまでも甘く優しい。


 彼の声は聞いていてとても心地良く、どこか安心する。彼が助けに来てくれた時、まだなにも解決していない状態だと言うのに「もう大丈夫だ」という、根拠のない確信があった。

 後から思うと、いつの間にここまで彼を信頼していたのだろうかと思うけれど、笛が見えた時に迷わなかった時点で、随分前から気を許していたことになる。



 蓮生さんが引き寄せた時に巻き込まれた髪を絡まないよう外側へ出し、整えてくれているのか頭を撫でるように指を滑らせていた。それがとても気持ちが良くて、無意識に口元は弧を描いていた。


「鈴は撫でられるのが好きなんだな」


 クスっと笑う声。


 こんな風に撫でられると、まるで自分が猫になったようで……かつてのレインもこんな気持ちだったのだろうか、なんてぼんやり思った。



 ガラガラと馬車は進む――



『きっかけとかはあるかもしれないけれど、恋に落ちる時は根拠なんてないし。気付いたら落ちてるものよ』


 微睡みの中、親友の言葉をふと思い出した。


(本当だね)


 これが恋なのかなと思った時点で、もう落ちているんだ。

 


***



 転院先へ到着し、個室へ移って少しすると、陽が仕事の合間にお見舞いに来てくれた。蓮生さんは一度着替えの交換の為寮へ戻るそうで、その間の警護を兄に頼んでいたそうだ。


 あの地下での出来事は蓮生さんが掻い摘まんで説明してくれていたけれど、その後あの場にいた犯人は全員捕まったことだけ教えてもらった。その他の詳細は守秘義務の関係上話せないけれど、”順調”と聞きホッと胸を撫で下ろす。


 朱羅は事件の時も駆けつけてくれて、私が目覚める前にも見舞ってくれていたようなのだけど、以降は訪れていない。私を助ける為に酷く無理をして、翼を傷めた状態のままと聞き心配が募る。


 朱羅を始め、父や陽兄も髪を逆立たせ、鬼の形相だったらしい。取り敢えず犯人が()()()()()()されてなによりだ。

 私は善人ではないし、あのままだったら奴隷として他国へ売られていたのだから、許せるはずがない。

だからと言って、一族郎党根絶やしにするような報復を望んでいるわけではない。罪は罪として、この国の法に乗っ取ってきっちりと償ってもらいたいのである。

 

「陽兄、ごめんなさい。アキちゃん、私のせいでたくさん泣かせちゃって。全然、アキちゃんは悪くないのに」

「ハァ……全くだ。晶が悪くねぇのはわかってる。オマエも……と言ってやりてぇけど、心配を掛けたことは反省しろ。けど、助かって良かった……こんな寿命が縮む思いは二度とごめんだからな」


 いつものように怒ってはいるけれど、私の頭をわしゃわしゃとしながらも見下ろすその目は潤んでいた。



 私の顔やら腕やらにある傷や打撲などを見て、「これはどんなやつにやられた?」「これはなにで怪我した?」といやに細かく尋ねる。大きなものならともかく、細かい傷についてはよくわからないし、自ら飛んで負傷したものもある。

 兄はそれらを紙に書き込むと「大体わかった」と言って懐にしまった。


 こんなこと聞いてどうするのだろうと思ったけれど、事件に関わっている以上は調書をとる必要があるからと朱羅に頼まれたらしい。

 

 調書が終わったので、兄の前世の話を切り出すことに。退院後でも良かったのだけど、陽兄はアキちゃんに知られたくはないようだと蓮生さんから聞いていた為だ。 



「ハァァァ……ついにバレちまったか。蓮生はともかく、オレは今はオマエの兄貴なのに、前世オウムってのが格好つかねぇな」



 そう言って苦笑していたけれど、結局のところ、レインやアル、鈴音が生きたのはあくまで前世。魂は同じかもしれなけれど、やっぱり別物だと私は思う。過去の思い出は懐かしくは思えど、私にとってはやっぱり遠い過去の話でしかないのだ。

 

 だけどそれは兄も似た考えで、「ま、オレにとってもオマエはやっぱり妹だしな。思い出したばかりの頃は混同しがちだったけど、今はオレも前世のことは思い出って感じかもな」と言ってからからと笑っていた。



 運良く同じ国と時代に生まれ落ちたことは本当に奇跡としか言いようがない。



 でも、あの不思議な夢のお陰でようやくわかったこともある。


 鈴音の願いは、『みんなと会話がしたい、動物と話せる世界があるのなら行ってみたい』ってことだった。


 だから私はこの国で生まれたのだと、それがようやくわかった。



「オレ達の願いに引っ張られちまったのかって思ってたけど……そうか、オマエの願いでもあったんだな」

「そう、これが(鈴音)の願いだよ」


 兄は嬉しそうに歯を見せてニカっと笑う。


 みんなの願いから生まれた奇跡だった。



***



 前世の話は「なんかオマエに負けた気がするからもういい」と言って終了した。思い出語りよりも黒歴史感が強いようだ。別に今の兄は鷲族であることに変わりないのだから、アキちゃんに前世がオウムとバレるくらいどうってことないと思うのに「男は格好つけたい生きものなんだよ!」と怒られた。


「……で? オマエがさっきからソワソワしてんのはなんだ。大方、蓮生と朱羅の話だろ? 話してみろ」


 今日の兄はとても鋭い。普通にしてたつもりだったのにバレバレだったらしい。


「うん……あのさ、念の為聞くけど、とても大切で大好きだと思っても、その好きと恋愛の好きは違ったりする?」

「ようやくオマエも『違いがある』ってことには気付くようになったか。そうだな……オレで言えば、それはオマエと晶のようなもんだ。オマエはオレの世界で一番大切な妹ではあるけど、世界で一番大切な女は晶だからな」

「大切な()と、大切なアキちゃん……うわぁ、陽兄の説明がこんなにわかりやすいなんて、なんかショック」


「アホか。言っちゃあなんだけどな、四人の中でオレが一番経験値高いからな? その中で断トツの最下位がオマエだ。でも、それを聞くってことはオマエ、答えが出たんだな?」

「うん。私ね、知ってると思うけど朱羅のことは昔から大好きなの、それは一生変わらない自信がある。年を取っても隣にいる姿を想像できるし、もし一緒に共同生活をしたとしても、穏やかで楽しい生活が送れると思う。欠点なんて食が細い以外見当たらないし、正直こんなことでもなければそんな未来もあり得たんじゃないかなって思う」


 なんなら少し前は朱羅が本当に結婚したくないと言うのなら、(同じく独身希望だった)私が老後の面倒を看てあげなくちゃくらいの思いは持っていた。


「そこまで想ってんのに違うってことか?」

「……自分でも信じられないって思う。告白を断ったら朱羅には距離を置かれてしまうのかな、もう気楽に会うことも出来なくなっちゃうのかなって、不安で堪らないくらいなのに。そう思っていても心が違うって……やっぱり朱羅は私にとって大切な、もう一人の兄で、家族だから」


「やっぱ、そうなるよなぁ……」と呟いた兄はどこか寂しそうだ。


「オマエはずっとそう思って過ごして来たんだもんな。過ぎたことを言っても仕方ねぇけど、その関係が余りに長過ぎたんだ」

「朱羅は断ったとしても、離れて行かないかな? 蓮生さんは朱羅に会わないで欲しいって言うかな?」


「鈴、それはオマエ自身が本人に確認すべきなんじゃないか? 憶測だけで決めつけるもんじゃねぇ。どうしたって遅かれ早かれ決着はつけなきゃなんねぇんだ。それにな、多少辛い思いはさせるだろうけど、きっと大丈夫だ」

「どうして?」


「言っただろ? 男は惚れた女には格好つけたい生き物なんだよ。やせ我慢でもなんでもさせておけばいい。そもそも告って来たのはアイツ等じゃねぇか、落としどころは自分達でうまく見つけるだろ」

「そんな単純なものなのかな……」


「あ゛あ゛~~! ホント、オマエは理屈っぽいな。そんなことより、そろそろ戻って来る選ばれし男にさっさと愛の一つや二つ囁いてやることでも考えてろ。オマエの気持ちが固まったならきっとアイツは気付く。いつまでもお預け状態っていうのも酷ってもんだ」

「ええ!? もう? 朱羅にもお断りの返事をしていないのに今日伝えるの?」


 もう少し気持ちを固めて、朱羅とも話し合ってからと慎重派な私は考えていたのだけど、私が恋心を自覚してしまえば、蓮生さんに伝わるのは時間の問題で……獣人には加減は多少出来ても、好意そのものは隠せない。私にはわからないけれど、相手には私の好意が丸わかり状態になってしまうのだ。便利だけど困る。


(そうなると何も言わないのは確かに申し訳ないような気もするけど……)


「別に今日伝えたからって、いきなり二人で出掛けることが出来るわけじゃねぇだろ。少なくとも数日の内には朱羅も一度顔を出す。密談するにもここは丁度良いじゃねぇか。蓮生にとっても片想いでのお世話と両想いのお世話じゃ全然違う。あんだけ甲斐甲斐しく世話をしてんだ、少しくらい褒美をくれてやれよ」

「褒美って……」


 言い方はどうかと思うけれど、告白した相手から良い返事を貰えば喜ぶだろうということくらいは、さすがの私でもわかる。

 

 そもそもお世話は正直もう必要ないんじゃないかと思い始めてはいるのだけど、「もうお世話は不要です」と言ったら、きっと捨て犬のように悲壮感満載な顔で訴えてくるのだろう――という姿が容易に浮かんでしまうほどだ。



「何にせよ、オマエが心に従って返事をすりゃあいい。二人共大人なんだから自分のことくらい自分で考えるだろ」

「……うん、なんか大丈夫な気がして来た。聞いてくれてありがとう。ふふ、アルでも陽兄でも聞き上手なとこ変わらないね」


「うっせー」と言いながらも、わしゃわしゃと頭を撫でる。


「じゃ、まぁ、そろそろ蓮生も戻って来たみたいだし、邪魔者は帰るわ。良い報告を土産に帰れば晶も喜んでくれるだろ」

「私をネタにされるは嫌だけど……でも、アキちゃんには笑って欲しいから許すよ」


 間もなく蓮生さんが戻り、病室の扉が開くと同時に兄は「じゃあな、頑張れよ~」と言い、窓から飛んで行ってしまった。全くせっかちである。



「陽は随分急いでいたんだな」

「そうみたい……あっ!」

「どうかしたのか?」

「あ~っと……ナンデモナイ」


 ちょっと待って陽兄! 今? 今なの!? ここからどうやって告白の返事へ話を持って行けばいいの!?



 

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