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53:記憶の欠片①


******


(夢……の中?)



 鈴の音がチリン……と頭の中に響いた。なんだか懐かしい音に感じる。


 ふわふわと夢見心地で漂うように、規則的な間隔で聞こえる鈴の音の方へと向かう。

 

 夢の縁から見下ろしていた、いつもは固く閉じているはずの大きな扉(前世の記憶)が今は少しだけ開いていた。ほんのりと明るいのは、その隙間から向こう側の灯が漏れているからだろう。


 鈴の音はどうやらこの扉の向こう側から聞こえているようだ。


 扉の前には来たことがある。けれど、今までは気にはなっても扉は固く閉ざされていたし、耳を当てても何も聞こえても来ない。

 その内に興味も削がれてしまって、気付けばまた上に戻されて目が覚める。


 そんな夢も、蓮生さんに前世から関わりがあったと聞かされてから興味を向け始めたところだったのに、見たいと思えば見せてくれないと言う、我が夢ながら意地悪である。

 

 満を持して見れたせいなのか、いつもと違い妙に高揚した気持ちに掻き立てられる。


 今日は中に入れるような気がする。


 そんな予感がして向かえば、案の定、扉は私が通れるくらいの隙間が開いていた。


(せっかくなら少し見てみたい)


 好奇心に駆られて少し覗いてみることにした。

 

 なんとなく、今回を逃したらいけないような、そんな予感がした。女性は”今だけ限定”に弱い。



 扉に近付くと、正面に薄く広がっていた霧が晴れてきた。


 扉に手を掛け、そっと遠慮気味に顔を覗かせ中を覗き見ると、視界の先に一人の女の子と三つのシルエット――


 あれはなんだろうと目を凝らそうとすると、急に隠すように(もや)が掛かっていく。そして靄が通り過ぎ、視界が晴れるとその景色は別のものへと変わっていた。


『ミャ―』


 チリンと首輪についた小さな鈴を鳴らし、女の子の足元に甘えるように頬ずりしている黒い猫と、黒髪の女の子の後ろ姿。


『レインは良い子だね……ふふ。柔らかい毛並みもホントに可愛い』


 女の子はその猫が大好きなようで、肉球をムニムニとしたり、頭を撫でたりしていて、レインもされるがままごろんと仰向けに寝転がっていた。


『レインはブラッシング好きだねぇ。新しいブラシに替えてみたの、どう?』


 上から下へブラシが流れると、レインは喉をごろごろと鳴らしうっとりと目を瞑っていた。


(……レイン? そうよ、黒猫のレイン! わぁ、可愛い)


 私が幼い頃から飼っていた小さな猫。リビングにレイン用の寝床はあるのに、私が寝る時には一緒に二階について来て、そのまま足元で寝ていたり、寒い日は湯たんぽ代わりにしたり。


 少し癖のある毛並み、耳のふわふわした部分や尻尾が私のお気に入り。寂しがり屋の甘えん坊だけど、そこがまた堪らなく可愛くて大好きだった。


『レインって私の言葉をわかってるみたい。私もレインやみんなと話せたらいいのにな……』

『……』


 ジッと見つめるレイン。一体なにを思っているのだろうか? 


 するとバササ! と音を立て、ベッドヘッドに何かが降り立つ。


『イイヨー!』

『わぁ! ちょっとアル! タイミング良過ぎない? アルは普通に会話出来たら絶対口うるさいんだろうなぁ、でも朝は大声で起こしてくれて助かってますけどね』


『アル、サイコー!』

『ニャー』

『えぇ!? やっぱり、理解してるんじゃない? レインもアルも天才だね!』


 おしゃべりな真っ白なオウムのアルも……ふふ、懐かしいな。ちょっとツンデレなところがあったけど、レインがいなくなってからは、なぜかもっとおしゃべりになって。アルなりに元気づけようとしてくれているのかなって思ってた。

 

 アルが一番長生きしてくれたよね。『アル、また会える?』って聞いた時に『イイヨ』って言ってくれて嬉しかった。

 

 まるでパラパラとページを捲るようにレインとアル達との思い出の数々が溢れ出す。するとまたどこかの記憶の断片が映る。



(あ! 兎のシュシュ!!)



 なんでこの子のこと、忘れてたんだろう!


 兎はほとんど鳴き声を出さないけれど、たまにブゥブゥと主張している姿も可愛かった。



 シュシュは迷い兎で、カラスに悪戯されていたところを助け、一度は警察へ届けられた。


 首輪もなかったシュシュの飼い主は見つからず。我が家で引き取る事になったのだけど、痩せっぽちで小さくて、丈夫に育てて長生きさせるんだって一生懸命お世話したのだ。


 シュシュはアルのように話したりも、レインのように鳴いてなにか主張することもあまりない。私の傍に気付くとちょこんと座っていたりするから、私も抱き上げて一緒に読書をしたり、愚痴を溢したり。レインとはまた違う、柔らかでもふもふな毛並みには随分お世話になった。


 特別なにかするわけではないけれど、その仕草や視線でなにかを訴えているようだった。それでいて、邪魔してはいけないという時は決まってゲージの中で大人しくしている、とても空気の読める賢い兎さんだった。

 ただ、レインがいるとシュシュは来ないし、シュシュがいるとレインが来ない。目立って喧嘩している様子はなかったけれど、相性が良くなかったのかもしれない。



『動物と話せるようになれたら楽しいだろうなぁ。なにを思っているのか、どう感じているのか、私も知りたい。話せる動物の国があるなら行ってみたいな』


 これは確か動物と話せるお医者さんの映画を見て影響されたことだ。アルは本当はもっと別のことを話しているだろうし、レインは私にたくさん話し掛けてくれているように思う。そして一番ポーカーフェイス気味なシュシュ、みんなはいつもなにを伝えようとしてくれているの?


『ハァ、みんな(ペット)や家族とはうまく話せるのに、どうしてクラスメイトとは緊張してうまく話せないんだろう……』


 内気で緊張しいで、人見知り。本当は話し好きなのに、人前では緊張でガチガチになるし、口下手だしでうまく話せなかった。

 特別大人しい性格でもないのに、”一人物静かに本を読んでいることを好む人”という印象を持たれてしまい、中々女の子達の輪に入ることが出来なかった。


 友達が少ないのは前世とは別の理由で今もあまり変わらないけれど、性格は今とは真逆に近いものがある。



 フィルムが目の前で流れていくように、色々な思い出が映し出され、場面はお別れのところで私の感情まで溢れ出した。


『もっともっと一緒に居たかった』

『寂しいよ』

『まだ逝かないで』

『長生きしてくれてありがとう……』


『……一人はぼっちは嫌だよ』


 大好きだからこそ、お別れは辛かった。かつての自分を見て思わず涙ぐむも、またぼんやりとした靄に包まれる――



(え? あれは……)



 包まれていくほんの一瞬だけ、レインが蓮生さんに、アルが陽兄に、シュシュが――


 瞬きをした次の瞬間には消えていて、再度確認することはできなかったけど、見間違えたとも思えない。


 

(全て前世の夢だったのかな?)


 こんなに鮮明な記憶を見たのは初めてかもしれない。


 いつの間にか扉の中に入っていたようで、気付けば視界の悪い靄の中で、泣きながらポツンと一人で立っていた。


 涙を流しているのは私? それとも鈴音?


 帰り方がわからなくて困っていると、隣にはオウムのアルを肩に乗せ、腕を組み得意気な笑顔を浮かべた陽兄が立っていた。


『アル!』

「陽兄!?」


 名前を呼ぶけれど、陽兄はその場から動かず、小さな光の側で手招きしている。あの兄がいるところが出口と言うことだろうか?

 それなら早く向かわなければと足を踏み出そうとするけれど、両足に枷でもついているかのように動かせない。

 

「なんで!? 足が動かないんですけど!」


 すると、今度は正面から歩いてくる大小二つの影。黒猫のレイン、そして……蓮生さんだった。


 陽兄とアル、蓮生さんとレイン……どうしてこの組み合わせ?


『レイン!』

「もしかして……?」


 いつの間にか私と鈴音の二人で立っていて、しゃがんで両手を広げた鈴音の元へ、トトト……とレインが向かい、ゴロゴロと喉を鳴らし甘えていた。

 私も一緒に撫でたかったけれど、動けないし鈴音との間には見えない壁のようなもので阻まれていて触れる事すらできない。


 そんな様子を蓮生さんは懐かしそうに目を細めて見ながらも、視線を私へと向き直し、歩みを止めず真っ直ぐ私の元へ来てくれた。もしかしたら、蓮生さんもレインと一緒に鈴音の方へ行ってしまうんじゃないかと少し不安に思っていたのでホッとした。


「蓮生さん、どうしてここに?」

「鈴、早く戻ろう。待ってるから」


 低く落ち着いた優しい声で、大きくて温かな手が差し出される。その手を取ろうとした時、私を呼ぶもう一人の声が聞こえた。


「鈴、迎えに来たよ」

「朱羅……とシュシュ?」


『シュシュ、おいで!』


 片手にレインを抱き上げている鈴音が、開いている方の手を広げシュシュを呼んだ。私を見ていた朱羅は、その声でもう一人の存在に気付いたようで、彼にしては珍しく動揺が伝わるほどに驚きで目を見開いていた。


「鈴、音……?」


 陽兄の肩に乗っていたアルもバサバサと飛び、鈴音の肩に止まった。シュシュも鈴音が呼ぶとすぐに駆け寄り、抱き上げられていた。


 顔ははっきり見えないままだけど、鈴音の嬉しそうな声と、アル、レイン、シュシュの彼女を慕っている様子に、かつての自分とは言え、とても微笑ましく見えてくる。蓮生さんもこういう気持ちで笑っていたのだろうか。


 シュシュがあちらへ行ったのなら、朱羅は私の方へ来ているのだろうと視線を戻せば、身体は私の方へ向かっていたけれど……視線はずっと切なそうに鈴音の方を見つめていた。


「朱羅……?」


 泣いてるの? とは聞けなかった。


「……すまないね、今行くよ」


 ハッと気づいたように朱羅は私へ意識を戻し、また歩き出した。


「おーい、早くしないと扉が閉まるぞー」


 離れたところから陽兄がブンブンと手を振っている。


「ええ!? それは困る!」

「扉が閉まる前に出ないと、記憶の世界を彷徨うことになるらしい」


「そうなの!? でも、足が全然動かなくて」

「大丈夫だ、俺達がいる。一緒に戻ろう、俺達の世界へ」



 私達の世界。


 そうだ、私は誘拐されて、蓮生さんが助けに来てくれて……それでホッとしたのと魔力の使い過ぎで気を失ったんだ。早く戻らないともっとみんなに心配掛けてしまう!


 蓮生さんから手を差し出され、それに抵抗なく手を伸ばす。


(あれ?)


 いつの間に当たり前になっていたのだろう?



 あの時、たまたま犬笛が飛び出したから吹いた、それが一番効率が良い。地下だったし、鳥獣人にはやや不利だ。それに一度吹けばその笛は壊されるだろうことは容易に想像出来ていた。

 もう一方の笛は隠し通さなければならない、最後の切り札になる……そう、冷静に判断したことだと思っていた。


(でも、それだけだった?)


 約束していた逢瀬に行けなくなってしまったことは、凄く残念に思った。蓮生さんの悲しむ顔、心配している顔もすぐに思い浮かんだけれどそれだけじゃない。

 自分が幼いと指摘されて、それでは全く釣り合わないんじゃないか、子供の相手をしているみたいに思われているんじゃないかって。


(朱羅にそう思われたらとは思わないのに、蓮生さんにだけそんなことを気にするってどうして?)



「鈴、どうしたんだ? 行かないのか?」


 中々手を取らない私に、蓮生さんは首を傾げ俯いていた私の顔を覗き込んだ。なんでもないと応え、彼の手を取る。



 あの時、朱羅の笛と入れ替えることも出来なかったわけじゃない。どちらを呼んでも間違いなく駆けつけてくれる、それは疑ってなかった。


 でも、あの笛を見た時に思い出したのだ――



『いつでも、どこへでも、必ず君の元へ駆けつける』

『これは君と俺を繋ぐ、唯一のものだから』


 

 陽兄のように兄妹でもない、朱羅のように身内でもない。

 

 彼らとは鳥笛はもちろん、身内としての絆、小鳥達の見守りとたくさんの繋がりがある。


 蓮生さんは婚約者でもなければ、恋人でもないし、親友ですらない。

 

 私を好いてくれる人。


 対私のみで考えてみると、そんなふわっとした関係でしかない。そんな中で、この笛だけが蓮生さんの想いの証明でもあり、二人を繋ぐものなのだと改めて意識すると、その存在はとても大きなものに感じた。


 七歳年下の私の言動一つ、行動一つで喜んだり、落ち込んだり、ふわふわな尻尾を千切れそうなほど振ったり、耳をぺしょりと下げたり。初めて出会った時は少し怖い印象があったのに、あれは幻だったのではないかと思うほどの変わりようである。


 私が人族と知っても変わらない。人族の私で良いと言ってくれた人。



「鈴」

「うん」


 朱羅からも手を差し出され、その手を取る。



 朱羅からの告白は驚きしかなかったけれど、嫌な気持ちはもちろんないし嬉しかった。


 私を好きだと言った朱羅、確かに嘘じゃないと思う。異性としてじゃなくても、これまでも愛情深く見守ってきてくれたのだ、それは疑いようもない。

 だからこそ、そんな彼が悪戯に異性として私を好きだなんて言うはずがないと思ったから、どこか納得は出来ないままでも告白を受け止めたのである。


 だけど、あの鈴音を見つめる朱羅を見た時に感じた違和感、あれは恋をしている人の目だと思ったのだ。それも切なくて、敵わぬ恋の。


 朱羅は今もずっと鈴音を想っているんじゃないだろうか。私を通して鈴音を見ている――そんな考えが頭を過った。


 だけどこれはこの夢のような世界で見た、朱羅に対して思ったことだ。絶対そうだって決めつけられるものじゃない……でも、今見えているものが全て虚像とも思えない。



「帰ろう、みんなで」



 朱羅と蓮生さんに両手を繋がられると、カシャンと枷が外れたように、足が動かせるようになっていた。



 一歩踏み出す。



 追い込まれた時に思い浮かんだのは、自分の奥深くに眠っていた本心なのか、ただの吊り橋効果のようなものなのか。


 朱羅は今も鈴音を想っているのか。



 知りたい。

 


 自分から近づかなくちゃ。


 いつまでも受け身のままではなにも変わらない。強くなるって決めたのだから。



 淡い光の中へ。


 答えはきっと、進んだ先で見つかるはずだ――

 




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