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52:君の呼ぶ声② / side 久遠 蓮生


◇◇◇◇◇


「くっ!」


 寸でのところで急所はずらすも、完全に躱すことはできなかった。ただ、先程まで戦闘状態にあったせいだろうか、痛みを感じない。


 短刀の持つ手を捻り、すぐさま投げ飛ばす。


「カ、ハッ……! くそ……バケ、モン、か……よ……」


 男は入り口の扉を越え、通路の壁に激突し、悔しそうに顔を歪めて倒れた。


 カランと転がった短刀を見ると、あるはずの血痕が全く見当たらない。


(おかしい、確かに刃先が当たっていたはずなのだが……)


 刃先が当たった肩辺りに触れると、じゃら、と堅い感触。


(そうか……鈴の作った防護服)


 正直着たまま活動するには少し重いとは思ったが、ツガイが手づから作ってくれたものを着用しないなどあり得ない。

 周りから見ればわざわざ負荷を掛けて訓練をしている為、どれほど禁欲的(ストイック)なのかと誤解されているが。


(助けに来たつもりが、君に助けられた)


「じゃーん!」と言って得意気に防護服を渡してくれた時を思い出し、愛しさが増す。



 咳込む音に目を向けると、通路に転がった男はまだ意識があったようで「ゴホッ……も、お終い、だ……」となにやらブツブツと呟いている。


「全員……消え、ちまえ……」

「……お前、なにを!!」


 手には小型爆弾のようなものを持っていて、瞬間、投げつけた――




――カッ!



 当たったと同時に轟音が鳴り響き、扉周辺の煉瓦の壁は崩れ、付近の木箱もバラバラに砕けていた。投げた奴の姿は砂埃が邪魔をして見えない。

 

 小型爆弾のようなものをこちらへ向けて投げたようだが、軌道がズレたことや、詰まれていた木箱の影にいたお陰で直撃を免れた。

 

 鈴は俺が覆い被さったことで無傷だが、庇うことを優先した為、耳を完全には塞ぎきれず、耳鳴りが治まらない。一部天井の崩落、破壊された煉瓦の壁などが身体の上に乗っている状態で、身動きが取れない。俺が動くと鈴が怪我をしてしまう。


 少しだけ身体を浮かせた四つん這いの状態で、身体は防護服のお陰で恐らく致命的な怪我は負っていないが、頭部は衝撃で負傷し血が流れていた。


「くっ、幻獣化後の反動が中々堪えるな……」


 ごっそりと体力を奪われたような疲労感で、少し意識が朦朧として来た。


 天井からパラパラと落ちて来る欠片が身体に当たる。ここは建物自体が古い為、さらに崩落する可能性が高い。


 俺はともかく、鈴を早く安全な場所へ、そして怪我の治療に当たらせてやりたい。


 少し頭がくらっとするのを奥歯を噛み締め耐えていると、気を失っていた彼女が少し身じろぎ、薄く瞼を開けた。


「ん……蓮生、さ……」

「鈴! 遅くなってすまなかった。身体は大丈夫か? 痛む所は?」


 お互いによく聞こえていないようで、読唇や視線で判断しているが、鈴は理解出来ているだろうか。魔石ランプが埋まってしまい、部屋はかなり薄暗く視界が悪い。


「これ、血……蓮生さんの?」

「ああ……見た目が派手なだけで、大したことはない。気にしなくても大丈夫だ」


 左右を少しキョロキョロとさせると、少し状況を理解したらしい。心配そうな顔をした彼女が、ゆっくりと俺の顔へと手を伸ばす。手首についた縛り跡が痛々しいが、その手が頬に触れた。


 少しひやりとした手の感触。


 間を置かず頬に当たる手が温かくなり、じんわりと傷があったところへ伝わって行くのを感じた。


「鈴! まさか治癒を!?」

「……良かった、止血だけでも出来ました」


 気づき慌てて顔を引く。彼女を見ると肌が青白く、体温までも下がったようで彼女は少し震えていた。


「鈴、真っ青じゃないか! それ以上は駄目だ、君の命にも関わる!」

「まだ……大丈夫ですから」

 

 獣人に魔力量は測れないが、ガードナー氏は魔力量の多さから、滲み出るオーラのようなもので――力は強くはないが、油断できない人物といった印象――感覚的に力量は窺い知れた。

 ただ、一般人並みだと言う鈴は、魔力量も多くはない為全くわからない。先日、俺がガードナー氏の街案内を引き受けた際に、魔法のこと、注意すべきことなど様々教わった。


 その話の中で、数回程度ですぐにどうこうなるわけではないが、枯渇を何度も繰り返すことはその寿命を縮めてしまう恐れがあるので、傍にいる者がよく注意した方が良いと言われていた。


 体温が低くなるのはかなり魔力を消費している証拠だ。ギリギリ言葉を発している分、枯渇状態の一歩手前といったところだろう。ここからは絶対に使用させてはならない。


 急ぎ脱出を図りたいが、この状態の鈴では一人で抜け出ることは厳しそうだ。かと言って俺が動くのも危険が伴う。

 

 自分が支えている間に鈴を引っ張り出してもらうことが一番理想ではあるのだが……

 

「蓮生さん……私のせいで、ごめんなさい」

「違う、悪いのは俺だ。君が悪いことなんて一つもない。大丈夫だ。爆発音は外にも漏れているし、すでに隊員の誰かしらは近くまで来ているだろう、もう少しの辛抱だ、鈴」


 彼女には努めて明るく返した。余計な心配を掛けて、また無理をされては困る。


 上の階層から破壊して来るにはそれなりの力を要する。熊族の影暁隊長か、空中から勢いで貫ける朱雀隊か。


「これ……」

「笛……もしかして朱羅の?」


 彼女はこくんと頷いた。


 外側に掛かっていたのは俺の渡した犬笛だが、吹いた時に見つかったのだろう、半分に折られていてもはや使い物にならない。内側に隠し持っていた、彼女が最後まで守り通した鳥笛(御守り)に息を吹き込んだ。





◇◇◇




「ハァ、ハァ……朱雀隊の副隊長の本気はスゲェな。オレの方が早く出たのに、朱羅の方がやっぱ早ぇわ」

「私も多少無理をしたからね……少し疲れたよ」

「間に合ってくれて本当に助かった」


 肩で息をしながら壁に凭れかかっている朱羅。


 すでに付近の上空で待機していたようで、力業で屋根から地下まで一直線に大穴を開け、笛を鳴らした後、ものの数十秒で朱羅が辿り着いた。

 

 鈴はおろか、おそらくは陽も見たことがないだろう、朱羅の幻獣化……風を操り、炎を纏っているかのような、朱色に燃える大きな――

 

 例えるなら見た目は美しくも決して触れることはできない、まさに朱雀の化身のようでいて、内に宿しているのは阿修羅そのものだった。

 

 視線が交わった瞬間 身体が強張り、自然と臨戦態勢を取っていたほど。そう考えると、俺と対峙した奴らのあの反応にも納得できる。



「実は特技は穴掘りでね」と軽いノリで言ってのけた朱羅。



 冗談めかしているがそう言っても差し支えない程、穴を開ける時の瓦礫や砂埃を全て内に巻き込み、鈴に当たることがないようにしていた。

 こんな芸当を出来るのは恐らく朱羅くらいだろう。朱羅の身体の傷や火傷の大半はその時にできたものだ。


 こうして鈴はその穴掘り名人が天井に大きな風穴を開けてくれたお陰で、すぐに脱出させ、そのまま治療院へ直行できた。傷や痣、少し煙を吸ったりなどあったが、致命傷になるようなものは見立て通りなかった。

 ただ骨は無事だったが左肩から上腕を負傷しているそうで、そちらは回復にしばらく掛かるそうだ。

 

 獣人であれば一週間もあれば全てすっかり治るが、人族の鈴は一ヶ月は裕に掛かるだろう。


 俺はと言えば――


 鈴を救出してもらうと気が緩み、そのまま瓦礫の中に埋もれたところを影暁隊長に掘り起こされた。鈴のことを言えないほど、俺の顔色も悪かったらしい。

 予想よりも出血が多かったことと、幻獣化の反動のせいだと思われる。


 共通して鈴の保護に安堵はしているが、改めて彼女の状態を目の辺りにした二人の怒りは火を見るより明らかだ。


 彼女の診察と処置をしてもらっている間に、朱羅と陽には情報共有をはかった。


「君は私が来る前に奴等と対峙したのだろう? 陽が言うには全員顔が痣や腫れで人相がよくわからない状態らしいが?」

「そうだぞ。アイツ等まだ動いていたから良かったけど、危うく過剰防衛になってたところだ。まぁオレ個人の意見としては、あんなもんじゃ足りねぇけど」

「覚えがないな。爆発の時に負った怪我じゃないか?」


 怪我の状態を見ればそうではないとわかるが、実際爆発はあった為、そこで吹き飛ばされ負った怪我も多いはずだ。


「ハァ……鈴の傍についていてやりたいが、そろそろ戻らねばならない。君は怪我の治療ついでにそのまま謹慎処分だって? 全く気に入らないが、目覚めた時に誰もいないのでは鈴も不安がるだろう。相当怖い思いをしたはずだからね」

「その内、入院の準備をした母さんが駆け付けるだろうから、それまでは頼む。オレは妹を傷つけ、ツガイを泣かせたアイツ等に落とし前つけねぇと」


 陽は相変わらずわかりやすいくらい、目を充血させ、怒りからこめかみの血管が浮き出ている。気持ちは良くわかるが、鷲族は加減を知らない為、それを思うと少しこちらの方が冷静になる。


「……朱羅、陽は裏部隊の者だ。尋問への関りは控えめで頼む」

「ふふ……なにかの冗談かい? 私にそれを頼むとは。むしろ()()()()()()()()()()()陽にお願いした方がいいかもしれないよ?」

「オレには朱羅を止めるなんて無理。オレも朱羅もずっと毛が逆立ったままなの、見てわかるだろ?」


 確かに二人の髪はぶわりと逆立ったまま戻ってはいない。朱羅は言葉こそ穏やかに話していてもやる(殺る)気に満ちている。

 

 好戦的種族×好戦的種族は混ぜるな危険だ。


 これは申し訳ないが、影暁隊長へ一筆認めておいた方が良さそうだ。本来なら朱雀の緋炎(ひえん)隊長に依頼すべきなのだが、結局のところ朱雀隊はほとんど『悪は処す』という印象の為、危険としか思えない。


 仕方がないので念の為、一時的に回復力を高める獣人専用の丸薬を預けた。死なれても困る。


 これは一般用ではなく怪我を負っている犯罪者用の為、効果は高いが味は非常に不味く、しばらく食した者の嗅覚も狂わせるという、ある意味では拷問のような薬だ。

 ほぼ嫌がらせだと思うが、丸薬と言ってもかなり大きめなので丸飲みもできない。


 ちなみに俺と朱羅も隊員用として丸薬を服用した。


 半獣に戻った朱羅も、幻獣化での反動と限界を超えた無茶な飛び方をしたせいで羽はボロボロになり、腕を所々傷だらけだ。


 一匹の小鳥が朱羅の肩へ止まる。事裏隊だろう。


「どうやら、”歓迎会”の準備が整ったらしい。余興の司会は私が務めるのでね、遅れるわけにはいかない」

「ハッ、楽しい余興になりそうだなぁ」


 盛り上がることは間違いないだろう。


 本来は俺も戻るべきなのだが、朱羅の言う通り玄武隊の影暁隊長から命令違反として謹慎を言い渡されていた。ただ、これに関しては事情を察した隊長からの恩情だと思っている。

 

 俺としては責任は取る気でいたし、降格でも除隊されるでも甘んじて受け入れるつもりだった。取り乱しはしていても、それくらいの覚悟を持って行ったことだった。彼女を失う以上に怖いことなどない。


 しかし、隊長は――


『そうなれば彼女はどう思う? そうなったのは自分のせいだと責め続けるんじゃないのか? 確かにお前の勝手な行動は簡単に許されることじゃない。ただあの場にいた犯人全員を……まぁギリギリだが生け捕りしたことは大きい。朱羅副隊長が正確に穴を開けることができたのも、笛で場所を知らせてもらえたからだと言ってるしな』

『朱羅副隊長が……?』


『ああ、朱羅副隊長や裏朱雀の北斗さんや陽からも身内の命を救ってもらったお前に恩赦を、と頭を下げられた。お前の分まで働くって言ってよ。朱雀の緋炎隊長まで、ここまでやる気に満ちている朱羅はそう見れないから、このまま捜査をさせた方がきっと解決も早い、協力しろとか言うし。ここまで言われちゃあ、そうするしかねぇじゃねぇか。あの子はお前のツガイなんだろ? それなら普段冷静なお前が取り乱すのも理解できなくもねぇなって思ってな。言っとくが理解はしても褒めてねぇからな!』

『隊長、それでも命令違反は重罪で……』


『それを知るのは俺とあの場にいた兎月だけだ。お前は先に現場に急行せよと俺に命じられて一人で向かっただけだ。それにお前以外で誰が俺の苦手な事務作業やってくれんだよ。今だけだ。謹慎(療養)明けたら扱き使うから、覚悟しとけよ?』

『影暁隊長……』


 

 影暁隊長はカラカラと笑って戻って行った。



◇◇◇



 鈴は診察後、軽く身を清めてもらったけれど、笛を託した後に電池が切れたようにまた気を失ってしまい、今もまだ眠ったままだ。魔力の回復の為に身体の防衛反応が働いたのだろう。


 改めて腕や顔を見れば、切れた口角は青くなっていたり、頬にはあの男の手形がまだはっきりと残っていて沸々と憎悪が湧いて来る。


 鈴が見たらきっとショックを受けるだろう。本人が気づく前に少しは赤みが引いてくれることを祈って、頬をタオルに包んだ氷嚢(ひょうのう)で冷やした。



 静かな病室の中は、鈴の小さな息遣いと時計の針の音だけだ。少なくとも目を覚ますまでは彼女のそばにいないとどうにも落ち着かない。ここは個室なので一通りの設備が整っている。

 

 鈴の手を離すのは必要最低限の時のみ、それ以外はずっと鈴の手を握り、冷たい指先を温め続けていた。




◇◇◇




 一日が終わろうとしているのに、未だに目覚めない。

 


 彼女を見るたび自然と視線が擦り傷や切り傷、打撲などへ行ってしまう。こうして落ち着いてから見た方がより一層痛ましくて、ここまでなる前に自分を呼んでくれればという思いと、こうなる前に助けに行けなかった後悔で感情はぐちゃぐちゃだった。



「鈴、助けるのが遅くなってすまない。罪滅ぼしならいくらでもするし、犯人に制裁を与えろというのなら、俺が必ずする。鈴がしばらく不自由な部分は俺が支えるし、自分で行けない所は俺が連れて行こう。だから……お願いだ、目を覚ましてくれないか? 君の目が見たい、声が聞きたいんだ」



 ようやくだ。


 記憶が戻ってから18年も待って再会できたのに。


 いつまでも目を覚まさない彼女を見ていると、命に別状はないと言われていても、このまま目が開かないのではないかと怖くなった。

 

 前世は自分が彼女を置いて行く側だったから、あったのは寂しさと主に未練だった。

 

 だけど初めて【失うかもしれない】と思って、これが理性を失いかけるほど怖いなんて。こんな感情は生まれて初めてだった。



『一緒に年を重ねて生きたい』



 こんな願いは持ってはいけないことだったのだろうか? 俺が願ったせいで彼女が傷つくことになった。


 アイツらの目的は鈴じゃなく、多分俺だった。朱羅も関係するかもしれないが、事の始まりは噂を立てていた俺だろう。

 

(俺は彼女の傍にいてはいけないのだろうか……)


 考えながら彼女の顔を見つめていたら、微かに瞼が動いたように見え、慌てて手を握り、小さく声を掛ける。



「鈴……鈴、」

「……っ……レイ、ン行か……な…で……」



 彼女はなにか悪夢にうなされているようで、苦しそうにしていた。『レイン』が夢に出て来ている? 


 どちらのレインだろう。


「君の『レイン』はここだ……鈴、目を開けて」

「…………レ、イン」



 ぼんやりと焦点の定まらない様子ではあったが、彼女が目を薄っすらと開けた。フラフラと力なく手を伸ばしてきたので近づくと、ふわりと笑みを浮かべ、頭を撫でた。


 懐かしさと嬉しさで泣きそうになったが、ぐっと堪えた。

 

 鈴は再び寝入ってしまったが、血が通い温かくなった指先に触れ、もう大丈夫だと思えた。


 一気に緊張状態から解き放たれたことで、急に睡魔が襲ってくる。考えてみたら夜勤明けで全く休んでいないことに思い至る。



 

 目が覚めたら一番に気付けるように、彼女の手は離さないまま、傍らで少し眠ることにした。





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