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51:君の呼ぶ声① / side 久遠 蓮生

暴力的な表現があります。


◇◇◇◇◇



「副隊長! 良かった、間に合いました。影暁隊長より、近くで誘拐事件があったので捜索に加わって欲しいとの要請がありました」

「なんだと? また組織絡みか」


 本日分の書類作業も、鈴に会えると思えば普段の倍以上の早さで片付いた。兎月が「副隊長、お疲れ様でした、後は私が隊長室まで持って行きますので」と言うので任せ、まさに帰り支度をしていた時だった。

 俺のこの後の予定を知っている兎月だが、引き留める為、慌てた様子で執務室へと駆け込んで来た。


 溜息が漏れるが、誘拐事件とあらば仕方がない。身代金目当てはほとんど少なく、他国――主にアグリード帝国――への人身売買、それも奴隷目的の為の誘拐がほとんどだからだ。

 

 過去に幾度となく検挙して来たが、需要があれば(大金が手に入るのなら)、どこかでまた似たような組織が生まれる。

 

「はい。ですが目撃されるような奴らです。今度も末端だけではないかと。後は指示があってのことなのかどうかですね」

「そうか。末端だけなら早めに助け出せそうだな」


 組織の末端でしかない者達は、これといった訓練を受けているわけでもない為、個々の能力による分、統率が取れておらず捕まえるのは容易い。

 だが、これらを取り押さえても、所詮はトカゲの尻尾切りといったところで、重要な情報などなにも知らされていない者ばかりである。


 重要な指示役、取りまとめているような幹部まで中々手が届かない。こちらもただあぐねいているわけではなく、限りなく黒に近いとされる者に的を絞るところまでは来ている。

 だが、常に動向は見張り続けているものの、奴らは中々尻尾を出さない為、睨み合いが続いている状態だ。

 

「せめてなにか有益な情報を、一つでもいいので持っていることを願いたいですね」

「そうだな。得られるのは情報よりも、恨みの方が多いからな」


 進展がないままに、やたらと末端の者達の検挙だけは増え続けるが、軽犯罪だろうと歴のある者は出所しても中々仕事に就けない。すぐに彼らは生活に困窮し、そして溜まっていく不満や怒りは、形を変え、我々に逆恨みとなって返って来る。


 帯刀、抜刀を許されている我々四神抜刀隊が主に受け持つ凶悪犯罪では、そういったことが他の警吏や自警団よりも比率が自然と多くなる。

 そして、狙われやすい隊員達の配偶者や家族は保護対象とされ、上官や希望者は自警団でもある裏朱雀とも協力し、見回りや必要に応じて警護される。とは言え恋人関係や友人などは対象外の為、注意は必要だが。


 この枠組みで見ても、俺と鈴は友人と呼ぶにも微妙な位置にあって、何とも歯痒い気持ちになる。彼女に怒られたので、畏奴(いぬ)をつけることは一度引いたが、傍についていない以上、やはり心配で仕方がない。落ち着いた頃にまた彼女に提案してみようと思う。


(さすがの朱羅でも、あの時は面食らった様子だったな)


 基本は本人の了承を得てからにするよう言われ、それではあまりに手薄になってしまうと反論するも、代わりに単独での行動は慎むからと言う条件を飲まされることになってしまった。

 

 誘拐などと、不穏な事件を耳にしたせいもあって、今の彼女の警備体制はもしかすると一番手薄なのではないかと不安が過る。朱羅もほとぼりが冷めたら必ず元に戻すと言っていたので、早い所ほとぼりが冷めて欲しいと願うばかりである。

 

 隊長室へ移動し、共に作戦の打ち合わせをしていると、途中、追加情報がもたらされた。兎月から隊長へメモ書きが渡される。


「隊長、メモにはなんと?」

「ああ、全員顔を隠していたようだが、頭と口元だけ隠した、つり目の奴と、片目に切られたような傷がある奴、この二名はかなりガタイが良いらしい。残りの二名は中肉で、顔全体に覆面をしていて、目元も前髪で隠していたから髪色が黒と茶だった以外はわからないそうだ。不潔な環境下でも普通に行動していたらしいからな……今回は嗅覚の鈍い鳥系の種族や防護すれば活動可能な猿族辺りじゃねぇかと見ている」


「なるほど。それで、連れ去られたのは何人と?」

「ちょっと待て。ええと……連れ去られたのは女性一人だ。子供を使っておびき寄せて連れて行かれたらしい。家族と二人で買い物中で、名前は……!?」


「隊長? 名前がなにか?」

「い、いや……名前が『アオミ リン』ってあるが……まさか、()()()()()()じゃないよな?」

「アオミ姓はそう多くはありませんが……ですが、今は陽のツガイとご一緒のはずです。人違いでは?」


(アオミ……リン……)


 隊長がなにを言っているのかわからなかった。そうだ、兎月の言う通り同姓同名だろう。もちろん、その女性も助けに行くが。


(鈴、君のことじゃない、そうだろう?)


 それなのに胸騒ぎは収まらない。


 隊長の持っていた被害者の特徴に目を通せば、「桜色の髪に瞳は水色」とあった、更に子供に託した鳥笛は彼女の兄の物とある。


(あぁ……やはり鈴、君なのか)


 全身の筋肉は強張り、体温を失ったかように寒い。水の中にいるように音は遠く、代わりに心臓の鼓動だけが脳内に大きく響いた。


「鈴、どうしてよりによって君が!」

「やはり郵便配達の鈴ちゃん……っておい、聞こえているか蓮生、駄目だ! ここで完全獣化するな!」


 

 迷っている時間はない。



 隊長の静止の声は届いてはいたが、俺は完全獣化を止めるつもりはなかった。



「副隊長、落ち着いて下さい! 完全獣化したのでは、他の者が追い付けません!」

「おい! 単独行動は危険だ、命令違反になるぞ。今すぐに戻れ、蓮生!!!」



 俺は止める隊長と兎月を振り切り、完全獣化し急いで現場まで走った。隊長命令を聞かなかった罰は、後でいくらでも受けるつもりだ。

 

 一分でも一秒でも早く助けに向かわなければ――



(鈴! 鈴! すぐに行くから、絶対に無事でいてくれ!!)



 現場からある程度のところまで来たものの、匂いがプツリと途絶えてしまっていた。途絶えたというよりも、周辺環境が劣悪なせいで、異臭が混ざり鼻が麻痺しそうだ。


 獣化のままでは鼻が使い物にならなくなりそうで、一度元の半獣に戻る。近くの空き家などを見て回るが、手掛かりが見つからない。

 奴等がここの環境の臭いをわざわざ纏ったのか、それとも鈴のように魔法薬を使用したのか。末端の者にまで魔法薬を与えたとなると、見つけるにも時間が掛かる。

 


(鈴、君は一体どこにいるんだ……)



 絶対にこの付近にいるはず、そう思うのに犯人の足取りが掴めず、どちらに進むか決めかねていたその時――



 ピィ――……ィィ………ィ…………



「俺の笛!? 鈴……!」



 全神経を耳に集中させ、音の聞こえた方へと走った! もう音はない、だけど確かに君が助けを呼ぶ声が聞こえる。


 着いた先には雑多なゴミ置き場のように見えたが、これを隠れ蓑にして地下に続く扉を隠していたらしい。あえてだろうか、ここは環境が特に酷い。嗅覚はしばらくの間役に立たなそうだ。

 

 ここですぐに駆け込みたいところではあるが、犯人を捕らえることまで忘れているわけではない。一瞬で消してしまうのは容易いだろうが、それでは意味がない。制裁は受けてもらう。

 奴らをこれ以上のさばらせておくわけにはいかない。二度と鈴にこんなことが起きないよう、殲滅するくらいの気持ちで行かなければ。



 入り口には四神部隊にだけわかる目印を残し、潜入を開始することにした。



 鈴がいるとわかり、熱くなっていた頭を冷ます。少しずつ神経が研ぎ澄まされるように……ここから先には鈴もいる、冷静に行動しなくてはならない。



『鈴は生きている。きっと無事だ』そう自分に言い聞かせ、俺は地下へと足を踏み入れた。




◇◇◇




 野生種が獲物を狙う時のように気配を消し、感情をも殺す。一切の音も立てず地下を進むが、構造は非常に単純で、ここまでほぼ一本道だった。

 ただし、通路は狭く身を隠せるような物もほとんどない為、敵と出会えば戦闘は避けられない。現にここへ侵入してすぐに見張りと鉢合わせたが、声を上げる前に手刀を落とし、縛り上げておいた。



 更に進むと、一番奥まっている部屋の扉から少し灯が漏れており、普通はいるはずの入口に立つ見張りの姿がない。


 

(これは罠か?)


 慎重に近づいて行くと、複数の声と暴れているような音が聞こえてきた。



「こっちに来ないで! 触らないでよ、変態っ!」

「ぐっ!! てめぇ、また蹴りやがった! 調子に乗りやがって、このクソアマが!!」

「そろそろ自分の立場を理解させなきゃならねぇようだな」



 男が声を上げた直後に聞こえた、バチンと思い切り頬を叩いたような音に、さすがに耐え切れず扉を蹴破り中へ入ると、汚い床に両手首を縛られたまま転がされ、男に髪を掴まれ顔を持ち上げられた状態の鈴がいた。

 

 叩かれたのは頬なのだろう。片方の頬は赤くなり、口内を切ったのか唇は血が滲んでいた。それ以外にもどれほど抵抗したのか、表面に出ている肌は擦り傷、打撲などが見え、服も破けたようなところがあり傷だらけだ。



「鈴!!」


「良かっ……蓮生、さ……」

「なんだぁ、てめぇ!!」

「その色は四神の……!」



 先程までは泣くのを必死に堪えて男達を睨んでいた彼女。俺を確認すると安心したのか、薄っすらと笑みを浮かべてそのまま気を失ってしまった。

 鈴の倍はある体格の男二人を相手に抵抗していたのだ、きっと身体強化も限界まで使用していたに違いない。


「バラバラにされたくなければ、その汚い手を離して、そこをどけ! 今、すぐにだ!!!」


 地を這う声で命じた後、咆哮を上げ威嚇をする。


 片方は鳥族なのか、威嚇に対してすぐに緊張状態になった。もう一人も固まって動けない様子だが、鈴の髪を掴んだまま離さなかった為、投げ飛ばし、鈴から引き剥がした。

 

 鈴に駆け寄りすぐに状態を確認したが、擦り傷や頬の腫れ以外では、左の肩から下の辺りに打ち身のようなものが見られた。それだけでも許し堅いが、まずは重篤な状態ではなかったことに少し安堵の息が漏れる。

 

 応急処置をし、着ていた上着を床に広げ部屋の隅で彼女を寝かせる。こんな不衛生なところにいつまでも置いておくわけにはいかない。

「鈴、もう少しだけ待ってて」彼女へそっと呟き、固まったままの奴らへと振り返る。


 彼女が気を失っていて良かったのかもしれない。ここから先は、彼女には見せられない光景だろうから。


「……このまま終わると思うな?」



 ――絶対ニ……許サナイ――



 生まれて初めて何かがブチッと音を立てて切れるのを聞いた。



 再び完全獣化すると、全身の毛は逆立ち、目の前が真っ赤に染まる。

 

 こんなにも力が漲るような感覚は生まれて初めてだ。



 どういうわけか二足歩行が出来、目線は高くい。毛並みは黒いが輝いていて、手足も爪も鋭く大きい。


 通常のそれとは全く違うが、手を握ったり、開いたり……特に動きに制約もなさそうだと感じた。

 

 ならば、今は違和感のことなどどうでもいい。



 制裁を与えている最中に男らの仲間が戻って来た。初めに捕らえた奴が大方合図でも送ったのだろう。


 多勢に無勢ではあったが、反撃に遭おうと痛みはない、いや、感じない。


 多少切りつけられようと構わず投げ飛ばす。彼女を攫った者、攫おうとした者、暴力を振るった者、振るう可能性のある者……奴らがほぼ投げ飛ばされるのみで済んでいるのは、一重に彼女がこの空間に居るからだ。


 こんなところで簡単に絶命されては敵わない。


 基本的に四神は抜刀が許された部隊、ここで切り付けても問題にはならないが、俺の場合は完全獣化し戦った方が能力値は上がる為、獣状態というのもあり抜刀はしていない。とは言え、この不思議な状態での爪は刀に匹敵するほど、その切れ味は鋭い。


 生かして捕らえるように、と辛うじて微かに残る理性で押し留めてはいるが、普通に投げたつもりでも、予想を上回る程の威力が出ているようだ。これほど内から力が漲ってくるのは初めてで、制御が難しい。

 

 俺自身、きっと彼女には見せられないほどの形相をしているのだろう。男らの視線がやたらと顔にあって、弱い個体は失神し、そこそこの者でも目が合えば口をただパクパクさせている者、酷く怯えて硬直する者もいた。


 悠長にそんな観察が出来てしまう程、今は全ての動きが遅く映っていた。



(まるで化け物でも見たような反応だ)




◇◇◇




 全員負傷や気絶、戦意喪失などでようやく大人しくなった。


 獣化を解く。


 先程の獣化は未確認ではあるものの、恐らくは完全獣化のその上、”幻獣化”したのではないだろうか。


 短時間で一気に力を放出させていたせいか、解いたあとの体力の落差が大きいように感じる。通常ではこんなことはあり得ない。


 作り話ではないかと半信半疑だった幻獣化も、なってみれば諸刃の剣のようなものだ。


 肩で息をしつつ、部屋をざっと見回す。


(二十人程だろうか? こいつ等をこのまま床に転がしておくわけにはいかないな。だが、捕縛するにしても、さすがに縛るものが足りない)


 彼らの使用している衣服のベルトや腰紐も利用し、一人一人犯人を縛りあげる。



 ガサ……ザリ……



 黙々と作業をしていると、呻き声のする中、なにか引きずるような音がして振り返る。



 視界に飛び込んだのは、口元の布が外れ、薄ら寒い笑みを浮かべた片目に傷のある覆面男が、隠し持っていた小さな短刀を思い切り振り下ろしたところだった。




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