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50:あなたへ届け

少々暴力的な表現があります。


******


 アキちゃんはきっと心配している。


 自分を責めていなければいいけれど……責めるだろうな。自分が連れ出したせいだとか言って、絶対に責めるに決まってる。そもそも私が落ち込んでいたのを励まそうとしてくれただけなのに。

 


 兄妹と私がいたところから、回り道をしなければアキちゃんのいるお店までは近いはずだ。男の子はアキちゃんと私が一緒に行動していたことを知っている。

 きっと、「これを渡された」と言ってアキちゃんにあのハンカチの中身を見せてくれる……そう信じたい。アキちゃんなら陽兄の鳥笛にすぐに気付くから、彼らから事情も聞いて、すぐに動いてくれるはずだ。


 そうしたら必ず誰かが助けに来てくれる。それまでどうにか時間を稼がなきゃ。


(無事に戻れたら、しっかりみんなに怒られよう……ううん、絶対に戻ってみせる!)


「ねぇ、ここには他にも誰か来るの?」

「はぁ? そんなこと聞いてどうしようってんだ」


 元々は四人いたはずだけれど、私を部屋に閉じ込めた後、他の二人はいなくなった。わかる範囲では部屋の中には一人と、扉の外に一人見張りで残っている。


「どうって、攫われて不安で一杯なのよ? この後どうなるのかとか、他にも攫われてくる人がいるのかとか、それくらい知る権利はあるでしょ? なにもわからない方が怖くて騒ぎ立てて迷惑掛けると思うけど」

「ほぅ? 意外にも肝が据わってるんだな、強気な女は高く売れるぞ。ククク……だが、いつまで強気でいられるだろうなぁ? よし、特別に教えてやろう。ここにいるのは夜までだ、他には誰も来ねぇ、嬢ちゃんだけだ。そうだな、移動した先では多少着飾らせて、大勢の客の前に晒されているだろう、()()()()()な」


 物騒な言葉に思わず立ち上がる。


「商品ですって!? 私を? どうして私が売られるのよ!」

「威勢が良いのはいいがな、変な気は起こさない方がいいぜ? 商品とは言っても絶対に傷つけない保証はないんだからな。どんな奴に買われるかは、嬢ちゃんの運次第ってやつだ。何で売られるか……恨むんなら、厄介な奴等のお気に入りになっちまった自分を恨むんだな」


「厄介な奴らのお気に入り? ってまさか」

「なんでこんな、未成年みてぇなチンチクリンが良いんだ? モテる奴の趣味はわかんねぇもんだな」


 ここ最近、未成年のようだ、子供っぽい、幼いの言葉に敏感だった私だけど、まさかここでも言われるとは思わなかった。でも、少なくとも目の前の覆面男の興味の範疇からは外れているようなので、今は良かったと思いたい。


 このおじさんの話し振りだと、すでに蓮生さんと朱羅が私に好意を抱いていると言うのは知られているらしい。その弱みとなる私を人身売買の、所謂、闇オークションで売り出す算段にしていると言うことは、なにかしらの恨みがあって復讐をしたいと言うことだろう。


 いっそ、交換条件のある人質的立ち位置なら、もう少し交渉しやすかったのかもしれない。


「ちなみに聞くけど、私を逃してあげようとか思ったりは? ちょっと可哀想だな的な同情心の芽生えとか、なんなら父性が芽生えたでもいいけど」

「父性だと? オレはこう見えてまだ若ぇ。それに……ハッ、同情心だと? んなもん、あるわけねぇ。大体、逃がしたとこでオレに何の利点があるってんだ」


 こう見えてと言われても、覆面をしているからわからないんですけど。喉がしゃがれているからか、父よりも年配かと思っていた。


「利点はないわね」

「目だけでなく、頭も悪い女だな」


 頭悪いって言うな! わかってたけど、言ってみただけよ。


 そうなると、一番最初に思いついた、ベタなアレを試してみるしかないか……



 とにかく、まずは地下からなんとしても脱出したい。きっと助けには来てくれると思うけれど、こんなところでジッと待っていられない。

 確実に笛の音を届かせるには、地上に出た方が良いのは間違いない。私が思うよりも遠くまで届くのはわかっているけれど、ここがどこなのかわからない以上は気軽に吹くことが出来ない。


 二、三度、ゆっくりと深呼吸をする。


 できるだけ普通に、自然にしなくちゃ。仮初の頃に多少嗜んだ演技を思い出せ! 隙が作れる機会なんて何度もあるわけじゃない。



「ねぇ、おじ……お兄さん、私お花摘みに行きたいのだけど」

「あん? この辺に生えてんのはカビくらいだろうが。なに言ってんだお前?」


「なっ……」


 ぐぬぬ……なんなの? ”お花摘み”で通用しないって! 花も恥じらう乙女に言わせる気!?


「だから……ほら、私今日はお茶をたくさん飲んだのよ。わかるわよね? 察してよ」

「茶を飲んだから……って、ああ便所か?」


「べん……!?」


 キィーーー!! 最っ悪!! せめてお手洗いって言いなさいよ! ハァ、そもそも誘拐犯に繊細さを求めること自体が間違いか。


「この部屋から出すなって命令だ。用を足すならその辺の箱でしたらいんじゃねぇか?」

「ふざ……!!」


「ふざ?」

「ふざ……じゃなくて、ぶざ…………そう、()()なことしたくないっていうか。ねぇ、お願い。こんな汚いところでなんて嫌だし、一応商品なんでしょ? そのくらいは大目に見てよ」


「ふぅん、どうすっかなぁ……ま、聞いてやらなくもねぇが」

「ホントに!?」


 ずっとニヤニヤして気持ち悪かったけど、案外良い人なのかも。


「じゃあ、俺に接吻してお願いしてみろ」

「……は? 私が、あなたに?」

「そのナリで二人を手玉に取ってんだ、接吻なんて毎日してんだろ? お手並み拝見ってやつだ」

「~~っ!!」


 一瞬で良い人像は消し飛んだ。


「安いもんだろ?」と言われ、脳内でおおよそ口には出せないような罵りを散々したけれど、とにかくそれ以外では許可しないと男は言い張る。


 ものすっごく嫌だけど! 不本意極まりないけど! 了承することにした。


 とりあえず目の前の男を私の恋人と仮定し――嫌だ、無理。どうしたって思えるわけがない。仮に覆面の下が奇跡の美男子だったとしても、生理的に無理……あぁ身体が痒くなって来た。


 大体私自身ファーストキスはまだだし――朱羅のはやっぱり口にはしていないから違う認定だし、本人の申告でも()()()()()だ――って、なんで今それを思い出しちゃうかな私! 思い出すとやっぱり恥ずかしくて、自然と頬が赤くなる。


 今更ながら覆面男をよく見れば、特徴的な尻尾や、頭に耳が見えない。この環境下でも過ごせるのなら他獣人に比べると嗅覚の鈍い鳥獣人か完全人化している猿族なのだろう。覆面から少しだけ覗いている毛色は黒い。黒で思い出されるのは蓮生さんだ。


(とっくに約束の時間は過ぎているよね。蓮生さんにももう伝わっているかな)


 蓮生さんにも、朱羅にも心配だからって過剰な監視をつけるなと怒っておいて、まさにその心配が的中してまうだなんて……なにをやってるのよ私。

 強くなろうと決めたのなら、それが済むまでの間くらいは言うことを聞くべきだったのだろうか。


「なんだぁ? 急に顔を赤らめたと思えば俯いて。オイオイ、まさかオレの格好良さにクラっと来たってか?」

「は?」


 勘違いも甚だしいんだけど! 鳥肌立ったじゃない!!


(……でもそうよ。せっかくならこれを利用しない手はないわね)


「そ、そうなの。実は初めて見た時からお兄さんが一番格好良いなって(覆面で全く顔見えないけど)思ってて。私こう見えて身持ちは堅いの。口付けだって初めてなんだから」


(最悪! 最悪! 最悪! 最悪!)


 自分で言っておいて背中が痒いし、胃が辛い! 誘拐犯との接吻の思い出なんていらないし、むしろお金払うから勘弁して頂きたいくらいDETH!


 嫌悪感でブルブルと震えていたのも一種の演出と化し、縛られたままの腕の間に男が首を通した。


(ギャーー!! 蕁麻疹が出るーー!!)


 なんとか限界ギリギリまで顔を近付け、目を瞑って欲しいと囁いてみる。「オレも初めてだからな、ちょっと緊張するぜ」と、知りたくもない情報を得てしまった。ツライ、死にそう。

 

 もちろん、私は全力で呼吸を止めている。正直手も洗いたい。いや、全身洗いたい。潜りたい。

 

 男はうっとりと気持ちの悪い目つきでこちらを見つめ、言う通りに目を瞑ると、あなたはオクタ(タコ)ですか? の如く唇を前に突き出していた。もう彼のことは便宜上オクタローと呼ぶことにする。


 脳内で激しく『イヤァァァ!!』と叫びながらも、私は静かに近づけた顔を今度は遠ざけ――




 そして一気に身体強化を掛けた頭を振りかぶった。



――ゴッッ!!



 酷く鈍い音と同時、男が「ぐぅ……!」と唸る。


(くぅっ! おでこメチャクチャ痛い!)


 そのまま掴まれる前に緊急時の護身術、【必殺! 最も痛い急所のやつ】をお見舞いし、彼は一気に青醒めてその場に膝から崩れ落ちた。

 もはや、地獄で更に絶望を見たような複雑な表情をしている。うわぁぁ……


 悶えている間に、目をつけていた古びた長い角材を拾う。そして剣のように構え、次の攻撃に備えた。明らかに脆そうではあるけれど、なにもないよりはマシだ。


「おい、何を騒い――っ!!」

「メーーンッ!!!」


 扉の外で見張っていた覆面の男が、中の騒ぎに気付き扉を開け入って来た。視線がうずくまっている仲間に向いている間に、扉の陰にいた私は飛び出し、思い切り踏み込んで面取りを狙う。

 多分、この一発で仕留めないと、もう逃げる機会はないだろう。


 見事、面取りは成功し、身体強化を掛けている分 攻撃力もそれなりにある。




 けれど、如何せん角材が脆かったのが運の尽き。

 

 男の頭に当たると角材は砕け、使い物にならなくなった。折れたことで威力も半減してしまい、相手には小さな瘤を作った程度でしかなかった。





***





「ゴホッ、ゴホッ……」



 私はその後、見張りの覆面男に飛び掛かった時に振り払われ、木箱側に突っ込み咳込みながら丸まっている状態だ。振り払われた時に、威力を軽減する為に自ら後ろへ飛んだけれど、相手の腕が当たったお腹は苦しいし、木箱に突っ込んだ背中は痛い。

 見張りの男は今度は冷たい視線で私を一瞥したあと、オクタローを介抱していた。


 一応は売りものだけに、顔を避けたつもりなんだろうけど、多少加減はしても獣人の力は強力だ。

 

 すぐには立ち上がれないほど全身痛い。身体強化を掛けていなかったら、きっと痛いでは済まなかっただろうと思う。

 彼らに人族とバレていない分、接し方が小型獣人と同じ気遣いしかないし、私もそう見えるようにしなければならない。


 壁にぶつかるよりはと木箱を選んだものの、大きな損傷がなかったとは言え、見える範囲だけでもあちこち服は破れたり、傷だらけになっていた。

 着地の時に左側に負担がかかり過ぎたようで、左腕がズキズキと痛む。出来れば服に隠れている擦り傷、打撲くらいは治したいけれど、手の自由が利かない為、治せない。

 

(あぁ、これは万事休す……なのかな)


 どれほどファーストキスを楽しみにしていたのかはわからないけれど、オクタローはもの凄い形相で睨んでいるし、さすがに勝気な私と言えど男性の、それも獣人相手では勝てる見込みなんて1%も見出せない。


 それでも、とりあえず必殺を受けた男はまだすぐには動けそうにない様子。私も加減をしなかったからおそらく相当だったのだろう。この後の報復は……怖いから考えたくない。


 少しでも離れて距離を取ろう。そう思ってズリズリと這いながら壁際へ寄ると、襟の下に隠していた内の一つ、犬笛がスルッと出てきた。



(蓮生さん……)



 こんな時だというのに、仮初からお試しになった時に、改めて言われたことをぼんやり思い出していた。



『怖い思いをした時、身の危険が迫った時、それ以外でも、困った時は迷わずこれで俺を呼んでくれ。いつでも、どこへでも、必ず君の元へ駆けつけるから』

『はい。でも、大抵のことは自分で解決してきましたから、大丈夫ですよ。朱羅兄の笛も使ったことがないですし』


『そうか……なにも起きず、使う機会がないのならその方が良い。それでも、これは肌身離さず持っていて欲しい。俺が安心する為でもあるけど、君と俺を繋ぐ、唯一のものだから』



 強がって、可愛くないことを言っちゃったな……心強いですって、そう言えば良かったのに。弱い者扱いされたようで、反発してしまった。もちろん、蓮生さんがそんなことを思って言っていないことなんて今はわかっている。私が卑屈だっただけだ。


 笛が見えたことで折れ掛けた心が勇気づけらる。窮地であることに変わりはないけれど、希望はまだ捨てていない。込み上げて来た涙を、今はぎゅっと堪える。


 普段から最強のお守りだと感謝はしていたけれど、今ほどここにいなくても守られていると感じたことはない。


(ここを脱出したら、絶対みんなにお礼を言おう)


 ちょうど彼らを背にしていて良かった。胸を押さえ、苦しい素振りのまま笛を咥え、転がっていた木の棒をそっと隠すように抱き込んだ。



(多分助けに来てくれる……ううん、絶対に来る。それまで私も希望は捨てちゃ駄目だ。ギリギリまで足掻いて見せる)


 ドッドッドッと早鐘を打っていた鼓動が、冷たい床に横たわっている間に呼吸を整え、少しずつ落ち着いて来た。これは陽兄と朱羅から繰り返し言われて来たこと。



『勝負に出る時こそ冷静でなければならない』



 きっと吹けるのは一度のみだ。そして、その後の動きも頭の中で素早くシュミレートする。

 


 ゆっくりと肺に酸素を取り込む。



 大丈夫、絶対に届く。大丈夫、蓮生さんを信じる。



 あなたへ届け――




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