48:違和感と胸騒ぎ
◇◇◇◇以下は久遠蓮生 視点
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「鈴、おはよう。今日は久遠さんと午後から逢瀬の予定でしょ? さっきから鏡と睨めっこしてるけど、なにをそんなに凝視してるのよ」
「アキちゃん、私ってやっぱり子供っぽい? 蓮生さんにしても朱羅にしても、年上なことに変わりはないけれど、子供の相手をしてるって思われてないかな」
体格が小さいから未成年だと思われるのかと思っていた。それなのに、ガードナー先生が見送りの際に衝撃的なことを言うものだから、今になって気になり出した。
結局最終日まで先生と私の関りは魔法訓練のみとなってしまったけれど、いざ帰国してしまうとなると寂しいもので。両親と共に港まで同行し、両親がお礼を言いつつ、次は私となった時のことだ――
『リン嬢は……なんて言うか、僕の想像よりも罪作りだったようだね』
『……? 先生、去り際に一体なんの話ですか?』
『いや、実際、確かに君は成人を迎えている。いるのだけどね……僕が言うのもなんだが、見た目も中身も少々幼いものだから。まさか、あんなに美丈夫な二人が君を巡って争っているだなんて想像もしなくてね』
『幼い……』
見た目は多少自覚はあったけれど、両方と言われるとは……かなりの衝撃である。
今回の旅程で観光や魔法訓練、時に窃盗団捕縛なんかの場に居合わせたりなんかもあったと言うのに、一番の驚きがこれだと言うのだから、相当のようだ。
私の童顔云々を抜きにしても本人が一番驚いているのだから理解できなくもないけれど、やはり冷静な第三者から見ても違和感を抱かれるレベルだったのかと思うと悲しくなってくる。
私が告白して「釣り合わない」と言われるのならまだしも、一応言われた側なのに「釣り合わない」と称されるのは解せないものがある。
『まぁ、それは僕の個人的な感想であって、二人がそう思っていると言う話ではないのだから、君は気にする必要はないだろう』
聞いた時点で普通は気にするものだと思いますが?
『それより、観光の時にそんな話をしていたんですか!? 大人しく観光だけしてくれればいいのに!』
『人を好きになるのに、人族も獣人族もツガイ思想を除けばそう大差ないのだね。いやぁ、実に勉強になったよ』
『その学んだことは、むしろ当事者である私に教えて下さい!』
ある意味、言いたいことはまだあるのに、ボォォ――……と魔石汽船が出港前の汽笛を鳴らす。
『まぁ、それは当事者同士で頑張りたまえ。それより、例の件は戻り次第すぐに手配してあげるけれど、ご両親には少なくとも了承を得てくれよ? 指名手配されては困るのでね』
『それは、はい。この後にでも』
ぜひそうしてくれと言った後、先生はニヤリと揶揄い交じりの表情をした。大人気ない大人の代表のような人である。
『そうか。ではその報告ついでに、どちらと成就したのかも手紙に認めてくれてもいいぞ?』
『そっちはただの好奇心じゃないですか!!』
――と、まぁこんな感じでご機嫌で帰って行ったわけですよ。
童顔とハッキリと言われてしまうと、今まで気に入っていた桜色の髪なんかも、より一層幼さに磨きをかけているような気がしてくる。これまでも大抵が年齢より下に見られがちだったけれど、18歳を迎えたと言うのに、それより下となれば必然的に未成年……
頑張って背伸びしてみようにも、子供が何やってんだ状態にしか思われないだろうし、かと言ってお化粧もまだ不慣れなところがあるし、下手な化粧ではむしろ引かれてしまうのではないかと気になる。
「そのままで良いって二人は言ってくれたけど、だからって私だけなにも努力しなくていいわけじゃないでしょ? 自分なりに努力はして行こうって前向きに考え始めていたのに、内面も外見も幼いと言われてしまうと、どんどん自信がなくなってきちゃって」
「う~ん、先生も最後に余計なことを言ってくれたものね。でもその様子だと、先生の言葉だけが原因ってわけじゃない?」
「うん……実はね――」
朱羅に関しては、『今は鈴が私を”朱羅”と呼び、兄ではなくお前を好いている一人の男なのだと意識してくれるだけでいい。ただし、久遠殿と同様に私のことも見極めておくれ』と言われていたので納得していた。
そもそも彼は元々甘かったので、大きな変化は感じられないのだけど、見せる視線や態度が妹としてではなく、私を好きな人としてのことなのかと意識してしまうと、途端に恥ずかしくなる。朱羅はその反応を見て今の所満足していると言う。
それとは逆に、違和感を感じたのは蓮生さんの方だ。
初めは見極め期間だから気を遣ってくれているんだと思っていた。
普通に手を繋いだりもあるけれど、仮初の時みたいな恋人繋ぎではない。かなりの頻度で蓮生さんが腕を差し出して来るから、そこに手を添える形が一番多い。それはエスコートに近い感じで、手を繋いでいる時よりも緊張感や余所余所しさをどこか感じてしまうのだ。
食事も対面が主で、席の関係上たまに隣り合って座っても、裕に一人分くらい間が空いていた。
「むしろこっちの方が普通なのかもしれないけど、仮初の時も演技じゃないって言ってたから、じゃあ今は? って違和感があって」
「演技をしなくても良くなってから、余所余所しくなったってこと?」
「うん……だから本当は『思っていたのと違うな』って思いながらも、自分で見極め期間だなんて言った手前、興味もないのに我慢して相手をしているんじゃないかなって。蓮生さんは優しいから。子供みたいな私相手じゃつまらないよね、きっと……」
やっぱり見極め期間と言うのは私も対象なわけで。これから少しずつ自分のレベルアップを図ろうと決めた矢先だっただけに、少し悲しい。自分の決断と行動が遅いのせいだ。
「なるほど……やっぱり一発ぶん殴って来ないとならないようね。陽! ハールー!!」
「え!?」
私が戸惑っている間に、兄とアキちゃんの間ですぐに情報共有がなされ、兄まで「よーし、あの野郎を一発ぶん殴って来るしかなさそうだな……」と物騒なことを言って、止める間もなくヤル気に満ちた顔で飛び出して行ってしまった。
「これで良し。あとは陽にぜ~んぶ任せておけば大丈夫よ! 多少顔が変形しても、久遠さんほどの人なら舐めときゃ治るから。と、いうわけで今日は私とお出掛けに予定変更しましょ」
「か、顔が変形って……冗談だよね? ね?」
可愛く片目を瞑り親指を立てようとも、言っていることは全く可愛くない内容で、思わず戦慄する。
「大丈夫! 少なくとも、陽だって話くらいは聞くし、多分。それで問題なければ顔は無事なはずよ……多分ね」
「どれも多分じゃ困るよ!? 本当に聞いてくれるんだよね? 急に殴りかかったりしないよね?」
聞いてさえくれれば、きっと蓮生さんには問題はないはずだと思うけど。
結局、今日の蓮生さんと約束していた逢瀬は強制延期とされ、「今日は鈴に報告もあって、どうしても一緒に過ごしたいの」と、半ば強引に出掛けることになったのだった。
◇◇◇◇
――ピクッ!
兎月の耳が先に音を捕らえたが、すぐに自分も何者かが叫びながら急接近している音を捕らえた。
「奇襲、ですか? そんな愚か者がいるのでしょうか?」
「何となく聞き覚えがある声だが、用心に越したことはないな。帯刀しておこう」
机に立てかけてある愛刀を掴んだところで、「陽!?」と叫んだ兎月が勢い良く窓を開けた。何用かは知らないが、敵意を向けているのなら、一度受け止める必要がある。
刀を抜き、刃の向きを返すと峰で構えて、出方を見る。
――ガキィン!!
刃物と刃物がぶつかり合うような音が響いた。俺の刀が受け止めたのは、鷲族の鋭い爪。俺が峰で受け止めたから良いものの、こいつは大切な爪を切り落とされても構わないのか?
「……陽、いきなり何なんだ? 話しによっては襲撃としてお前を捕らえるぞ!」
「てめぇ……刀構えてオレを迎えるたぁ、良い度胸してんじゃねぇか!」
とりあえず刀は鞘に戻すが、肝心の陽の方が未だに敵意を持ったままなのが気になる。すでに狂戦士状態なのは一体どういうことだろうか?
鷲族は怒りに全振りしてしまうと、中々宥めるのに骨が折れる。
「いきなり喧嘩腰でどういった了見ですか? 仮にもここは四神基地内ですよ。説明くらいはしなさい!」
「説明だぁ? むしろオレはそこの嘘つき野郎から説明を聞きてぇなぁ! あれだけ言い切ってたのに早速うちの妹を泣かせやがって。黙って右の頬を出せ、コラ!」
注)不安に思っていただけで、鈴は実際は泣いていない。
「は? 鈴が泣いてる、だと。なぜだ? 今日は午後から逢瀬の約束をしているというのに、一体なにが?」
「そんなもんは中止だ! オマエみてぇな嘘つき野郎に大事な妹を託せるか、ボケ!」
「陽! いくら親しいと言っても副隊長に嘘つきだのボケだのと看過できませんよ!!」
「兎月、この際それはどうでもいい、どうして鈴が泣いているのかが知りたい。お願いだ教えてくれ、陽!」
仮に本当に泣かせてしまっているのなら、俺はボケで嘘つき野郎で間違いない。完全に目の座った状態の陽へどうにか懇願し、その内容を聞き出すことができた。
できたのはいいのだが、それは――
「陽……それは兄としてどうなんだ? 『妹にもっと積極的に手を出してくれ』と言ってるのか?」
「そんなわけねぇだろ! そうじゃねぇが……ほら、乙女心も理解しろって言ってんだ」
陽の言い分では、控えめな接触を控えろと言っているようなものだ。
「しかしだな、今は仮初の時とは違う。大切だからこそ、俺なりに自制して、大事に慎重に接しているつもりだったんだ。節度ある交際をするならば、この位の距離感だろうと」
「鈴さんとは一応まだ”お試し期間”ですし、朱羅副隊長のこともありますからね」
「以前は焦る気持ちもあって、少し強引だった自覚はある。あの時はそれでも『仮初契約をしているだけ』という抑えがあったが、今はお試しの見極め期間。自分を意識して欲しいが、余りに攻め過ぎても怖がらせてしまうかもしれない。だから断腸の思いであまり触れないようにしているのに」
手だって、恋人繋ぎ? したいに決まってるだろ! しかし、指を絡めてしまったら離せる自信がないし、彼女の照れる顔なんて見たら、誰にもその顔を見せたくなくて、腕の中に閉じ込めてしまうに違いない。
「副隊長……25歳で、初等部のような清き男女交際ですか、お労しい」
「……オマエ、かなり我慢してんのな、すげぇわ。早くにツガイと出会って、即同棲して、なんの憂いもなく婚約を済ませてしまったオレだから、なんだか申し訳ない気持ちになるな」
鈴を大切に思っているからこそ、俺は内心悶え辛くても自制しているし、晴れてお試しではなく本当の恋人になるまではと耐えているというのに!
お互いに鈴の了承なく、必要以上に触れない、鈴の嫌がることをしないと言うのが、恋敵である朱羅との取り決めである。なぜあの男の言うことを聞かなければならないのかとは思うが、鈴の性格を思えばこそ受け入れたのだ。
それにしても、陽は一度爆ぜればいいと思う。年下の癖に、自分だけちゃっかりうまくやってるのだから。
「それでも、だ。鈴を悲しませるなんて俺の本意ではないし、彼女が希望している範囲については良いとみなすということだな?」
「鈴の様子を見ながらなら、いんじゃねぇか?」
「言質は取ったからな? 俺だってこの後、彼女に会えると思うから早朝から出仕し書類業務を片付けたというのに、貴重な二人だけの時間を無しにはしたくない」
「あ、でも今は晶と出掛けてるんだったな。そういや、どこに行ってるかは聞いてねぇ」
「なんだと!? それでは本当に今日会えないだろう! 責任もって探し出せ!!」
形勢逆転で、今度は俺が陽の襟口を掴みガクンガクンと揺らした。未来の義兄と言えど、そもそもこちらにほぼ落ち度はなかったと言うのに、初めに切り込んで来たのは陽の方だからな。
切り込んで来た時点で、本来なら地下牢送りにしてもおかしくはない。機転を利かせて窓を割られないように解放した兎月と、峰で受け止めるだけに留めた俺に感謝して欲しいくらいである。
「ぐぇっ! わぁった、わぁった!! オレが愛の力でツガイを探し出せばいいんだろ? 晶がいるところに鈴有りってやつだ」
「だったら、その愛の力でも野生の勘でもなんでも、いいから! 居場所を!! 教えろ!!!」
最後にもう一度、陽の頭をガクンガクンと揺らしてからソファへポイっと投げ飛ばし、自分は執務机の方へと下がった。
ドカリと少し乱暴に腰掛け、表面上は不機嫌さを露わにしたまま、顔の前で両手を組む。『早くしろ』と陽を睨んでいるが、頭では別のことを考えていた。
彼女は俺が思うよりも自分に好意を寄せていて、それを不安に思い涙したことを思うと、泣かせてしまった罪悪感はもちろんあるが、それ以上に愛しさと喜びが込み上げてくる。
注)くどい様だが鈴は泣いておらず、又、もう少し積極的になって欲しいわけでもない。どうして態度が変わったのだろうと不安に思っただけである。
早く会いたい、許されるのなら抱き締めて『心配することは何一つない』と伝えたいと、これから会う彼女へと想いが募る。
油断すると口元が緩んでしまいそうで、必死に手の下に隠してはいたが、ゆらゆらと揺れる尻尾は全く隠しきれていない。
ただ、なぜだろう? 高まる想いとは裏腹に、少しだけざわざわと胸騒ぎのようなものを感じる。よもや本当に今日の逢瀬は延期と言うことなのだろうか?
そんなことは絶対に許可できない。いざとなったら陽の首根っこを掴んで探すのみだ。
鈴、早く君に会いたい。




