46:たまの女子力
******
「ハァ、昼上がりなのは嬉しいけど、午後からまたスパルタ訓練かぁ。お昼は軽めにしておかなくちゃ」
今日は午後からガードナー先生の魔法訓練がある為、早朝から陽兄が先生を乗せて、火ノ都の観光案内へ出発していた。
兄の飛行速度はとても速いし、勝手知ったる火ノ都である、きっと効率良く見て回っていることだろう。
本当は私と先生で火ノ都へは行く予定だったのに、無断で、且つ帰宅も遅かった罰として、中央の土ノ都以外は却下されてしまったのだ。
先生が滞在するのも気付けば残りあとわずか、『残りの日程はリン嬢とまわりたいな』とか言ってくれるのではないかと期待したものの、「鳥獣人の背に乗れる機会は早々ない!」とむしろウッキウキで行ってしまった。
ええ、先生ってそういう人ですよね。
ちなみにそれぞれ別の日に、蓮生さんや朱羅も先生の案内をしてくれたので、「お給金も貰えて観光も出来てラッキー」から、観光を取り除かれ、仕事を半日した後に魔法訓練だけは参加と言う、飴が少ないしょっぱい日々が増えた。
まぁ、私の護衛云々はともかく、他国民である先生になにかあっては困るので、そこは素直にお願いしたのだけど。
そうそう、口を利かないと言った割に話しているじゃないかって感じですが、結果的には一日も立たない内に収束してまして――
あの日の夕飯時、父に引き留められたらしい二人が居心地悪そうに食卓に揃ってやって来た。
父、朱羅、蓮生さん、陽兄と言う、大柄の男性四人が所狭しと座っていて、大きな一枚板のケヤキの座卓が小さなちゃぶ台のように思えたほどだ。
女性陣は魔石プレートを囲み、三人で「わぁ、美味しそう~」とか「このタレ試してみて」とか、男性陣の存在などないかのように楽しくお肉を焼く。
怒っている私はともかく、どうして母まで父を無視しているのかと思えば、過去に似たような事案があったことが原因のようだ。
経験者故に、父は朱羅や蓮生さんを庇っているようなのだけど、思いがけず過去の記憶を掘り起こされ妻の機嫌が急降下し、無視をされてしまうと言う……父はこの数分で少しやつれたように見える。
ちなみに陽兄はとばっちりのようなものである。
とにかく”口を利いてもらえない”二人は黙ったままで、空腹な陽兄が「父さん、早く」と促したことで「お、おう……」と父が代表して口を開く。
「鈴、まぁ……その、なんだ。言わなくてもわかると思うが、父さんは母さんが大好きだ」
「だから?」
「『だから?』って……反抗期か? だから、こうして無視されてしまうと、もう明日からどうやって生きて行けばいいのかわからねぇ。獣人の男はなぁ、単純で馬鹿な生き物なんだ。自分だけを見て欲しい、危険から守りたい、離れたくないなんて思うと、『そうだ、軟禁しよう!』と安易に考えちまうもん――って、肉を食ってないで聞いてくれよ」
「聞いてたよ。獣人男は軟禁したがる生き物なんでしょ? 私は『軟禁したいくらい大好き』ってだけで、実際はそんなことしないものだと思ってた。脅しでもなく実話なんだ」
むしろ事態を悪化させた父へ、朱羅、蓮生さん、陽兄から鋭い視線が突き刺さる。
初めこそ一人だけ完全アウェー状態だった蓮生さんだけど、今や喉を「グルル……」と唸らせ、威圧感たっぷりに父を睨みつけていた。もはや遠慮の欠片も見えない。
「ち、違うぞ? お前が物心ついてからの記憶で、父さんがそんなことしているのを見たことがあるか? 過去の過ちを海よりも深く反省して、父さんは生まれ変わったんだ。ようするにな、まだ初犯なんだ。初回くらいは許してやってくれよ。更生する機会を与えてやってくれ、話せばわかる…………だから、母さん、話そう? 俺が悪かった!! 許してくれ!!」
言い切った後すぐに、父が母の前で額を擦り付けながら土下座しているのを見て、まるで普段の私を見ているような、ちょっぴり惨めな気持ちになってきた。
今後は事前に相談してくれると言うので、一先ず許すことに。母が父を許す条件も私が二人を許すことだったので、尚更である。
私も二人が父のように生まれ変わる? ことを期待したい。NO! 軟禁。
***
「今日は随分と白熱しているのかな? まだ何人か残ってるみたい」
四神抜刀隊の訓練場では今日も鍛錬に勤しみ、各隊での模造剣による打ち合う音が響いていた。隊長、副隊長も勿論例外なく、隊員達への稽古、指導の後に隊長と副隊長だったり、我こそはと挑む隊員と打ち合いをしたりする。
実力が物を言うので、腕試しという者もあれば、密かに下剋上を狙う者もあり、隊長、副隊長はそれらの挑む者を拒まず、完膚なきまでに叩きのめしてこそなのだそうだ……と以前、朱羅から聞いていたけれど、脱力系の朱羅が、挑んで来た隊員を千切っては投げている様子はあまり想像つかない。
そう言えば、私はまともに訓練を見たことがない。いつも仕事の通りすがりに「やってるなー」程度だ。
訓練と一言で言っても、一般的な公開訓練の時期に使用する訓練場や、見学は出来ないけれど、実際の現場となりうる街並みや森、人口の山、沼、湖なども取り揃えた、超本格的な演習場があるそうだ。あとは各隊の特性に合わせたものもあるらしい。
訓練場を横目に通り過ぎようとしたところで、聞き慣れた声が聞こえて来た。
「またやってしまった……そろそろ注意されそうだな」
「お前またボタン取れたのか? これで何度目だよ」
本気で打ち合えば打撲などの痣は当たり前だが、それ以外のところにも被害は及ぶ。
服の破れやボタンのほつれ、破損も日常茶飯事らしい。このところ連続で隊服をあちこち引っ掛けているようで、影暁隊長から注意を受けている様子だった。
上官ともなると打ち合う回数が多いからきっと取れやすいのだろう、などと同情していたのだけど、実際は”鈴不足”を誤魔化す為に、強化訓練を連日行っていることが主な原因だったと、後に知ることになる。
「影暁さん、蓮生さん、こんにちは!」
すぐに私の声をキャッチした蓮生さんが尻尾を振って駆け寄って来る。
「鈴! 今日は君に会えないと思っていた」
「私もです。まさかここでお会いするとは思いませんでした。今日は訓練時間が長めだったからでしょうか? 打ち合いの音が響いてました」
「ああ、このところ大きな災害も事件もないが、そういう時は全体的に気が緩みやすくなる。そんな時は強化訓練を適宜行って気を引き締め直すんだ」
「だからそんなに汗を掻いていたんですね」
「汗……あっ、そうだった! 鈴、汗臭いだろうから離れた方がいい」
そんなものは今更だろうと、影暁隊長は笑い、私の方へ歩いて来た。熊族だけあり、所謂ムキムキの筋肉質で、体躯も首を上げて見上げるほど大きい。
「鈴ちゃん、丁度良いところに通りがかってくれたな。良かったらコイツの訓練着のボタンをつけてやってくれねぇか?」
「鈴、気にしなくていいよ。これは外注に出すから」
外注に出すのならその方がいいのでは? と思ったけれど、お試し期間ということは、私だけではなく、蓮生さんだって私も試しているわけで――
人族で力は弱いし、顔も普通、魔法もしょぼいし、唯一自信があるのは美文字くらい。でもそんなの、事務職を引退したご長寿獣人材組合の人でもできるようなことだ。
これに加えて『こいつ、裁縫もできないのか』と思われてしまっては、私の沽券にも関わる。
「私だって本気を出せばボタンの一つや二つ、なんなら五重塔ばりに重ねて縫う事くらいできますからね。見くびらないで下さい!」
「お、おお……いやぁ、全く見くびっちゃいねぇんだけどさ。けど五段重ねのボタンは不便だから、一段でお願いしたところだな。なぁ、蓮生」
「そ、そうだな……じゃあ、せっかくだし鈴に甘えても良いだろうか? 君の師匠が帰った後で大丈夫だから」
「任せて下さい!!」
***
数日後――
「蓮生さん、お待たせしました。先日お預かりしていた訓練着のボタン付け終わりました。それと他にも破けていたところや耐久が落ちていそうなところは繕ったり、刺繍で補強してあります」
「刺繍で補強まで!? 却って申し訳ないな。結局、君に洗濯までさせてしまったし」
どうぞと訓練着を渡すと、申し訳ないと言いつつもワクワク顔で服を広げて確認する蓮生さん……が、笑顔が凍り付けたまま固まっていた。
おかしいな、『すごいじゃないか!』を期待していたのに。
「え……っと、鈴。変なことを聞くけど、このボタンを縫った糸って【普通の糸】なんだよね? なんか細い針金のようにも見えるんだけど、気のせいかな?」
「すごい、正解! さすが蓮生さん!! 特注で作ってもらっている【針金糸】なんですよ。これなら絶対にほつれませんってくらい、ぐるぐるに巻いてあります!」
なんなら木剣程度、耐えられるかもしれない。
「……なる、ほど? じゃあ、この独創性溢れる黒い動物の刺繍は?」
「腰紐を巻けば見えない所だからいいかなと思って……駄目でしたか? 普通に縫っても良かったとは思うんですけど、そこにも急所があるので心配になってしまって。少しでも守ってくれるように黒狼の刺繍を刺してみたんです。初めてだったから、ちょっと丸っこい犬みたいになってしまいましたが、ふわっふわのレインのつもりです」
蓮生さんが広げた時に『これは……』っと戸惑いの声が顔に出ていたから、もしかすると規定違反なのかもしれない。ただ縫うだけなら今日中にできるから、また持ち帰ればいいかな。無許可でやった私が悪いもんね。
母さんのスパルタ特訓のお陰で、案外自分は器用だったと気づいて楽しくなっちゃったところもある。刺繍はちょっと大変だったけど、ひと針ひと針、蓮生さんの安全を祈願しながら施したものだ。
「ズビッ、おい蓮生、良い話じゃないか。ちょっと野郎が身につけるには可愛らし過ぎるけど、その気持ちがありがたいよなぁ。くっ、泣けるぜ!」
影暁隊長は熊族だけど、体躯の大きさに似合わず、結構涙脆いところがあると有名である。
「ふわふわなレインだったのか……ありがとう。絶対、刺繍を傷つけないように着るよ!」
「喜んでもらえたなら良かったです。刺繍のことは気にしなくてもいいですよ、怪我さえなければ。あ、あと、これもどうかなと思って作ってみたんです。試作品ですが”防護下着”なんです」
「「防護下着??」」
じゃじゃーん!! と取り出したのは【軽~い! 鎖帷子式インナー】
私は陽兄達みたいに空からダイブして魚は捕まえられないから、釣り竿、時にモリ、後は主に投網を使って魚は獲っているんだけど、補修も自分でやっていたから、実は網を編めちゃうのだ。
それを応用して細かく網を針金糸で編んで、特に急所のところは目を細かくして作った特別品!!
本当は平等に朱羅にも作る予定だったのだけど、鳥獣人が素早く飛行するには体重や武器以外で重さが加重されるのはあまり宜しくない。
朱羅はきっと気にしないとか言いそうだけど、防護目的なのに、むしろ危険に晒すようになったのでは意味がないので作らなかった。
代わりに腰紐に赤茶の鷲……の丸っこいデフォルメ調デザインを刺繍して渡したけれど、『鷲の顔のみ真正面から見た図を刺繍するとは斬新で可愛らしい』と言った感想で、やはりこの世界にはないデフォルメ調は中々理解して貰えない。まぁ、私がリアルな図を刺繍することが出来ないだけだけど。
「これを……鈴が作ったの? それも網から!?」
「普通の肌着より当然重いが、本物の鎖帷子よりかは遥かに軽いな。これを手作業、それも三日で仕上げたのか?」
「なんとか二徹くらいで収めましたし、これから帰って即寝ますから大丈夫です」
今は完成して渡せた喜びによるアドレナリン放出でなんとか立っているけれど、正直、隣に布団があったら即転がり込んで寝たいくらい眠い。
「鈴……もの凄く嬉しいけど、身体は大丈夫なのか? 君はその間、仕事もしていたじゃないか。もう二度とそんな無理はしないでくれ」
「はい……なるべく守ります」
「破るやつが言うセリフだな、おい」
後に蓮生さんに施した黒狼(風)の刺繍が親衛隊の間でも口コミで広がり、しばらくして、他の部隊員の間でも隠せるところにトレードマークとなる刺繍を施してもらうことが「モテ」のステイタスとなったとか。




