45:岐路
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一番ゼーハーなのはウミだけど、私もヒーハーしながらなんとかギリギリ……若干際どい時間帯に土ノ都まで戻ることが出来た。この国の馬の脚力とスタミナに感謝しかない。
ウミは疲労困憊な上にプリプリと怒っていて、鼻でド突かれてしまった。後ほど土下座してリンゴでも差し入れようと思う。
それよりも今は陽兄だ。あの小鳥はきっと陽兄の小鳥隊の子に違いない。
そう当たりをつけた私は、急いで陽兄の部屋を訪ねた。父と母、アキちゃんは、本日仕留めた獲物を手分けして捌いている最中のようで、盛り上がっていた。
おそらく大猟だったのだろう、夕飯が楽しみだけど、まずはバレないように、ほふく前進で通過。
兄達の部屋は一階の廊下で繋がってはいるけれど一応別棟として建っていて、食事を一緒に摂ったり、訪ねて来る以外、陽兄とアキちゃんは別棟で過ごしている。
部屋の扉を叩くと「鈴か?」と陽兄の返答があった。「うん、私」とこちらも返すと向こうから扉を開けてくれたので、先手必勝で私は土下座した。
もはや何度したかわからない、なんの価値もない私の土下座。
「陽兄、ごめんなさい!! なにも言わずに火ノ都まで行ったのは、海よりも深い理由がありまして、話し合えばわかって頂けるんじゃない、かな……ってぇぇぇ!?」
「鈴? え、なんで土下座……」
頭上で聞こえた声と、足元の雰囲気が陽兄とは似ても似つかぬ様子に途中で顔を上げれば、そこにいたのは蓮生さんで。
陽兄と蓮生さん、身体入れ替わった?
返事をしたのは確かに陽兄だったよね? と首を傾けると、部屋には陽兄も、そして朱羅もお揃いだった。
え、なんこれ?
「あ、はは。もしかして今、すごく大切な話の最中だった、とか? それなら私は失礼して――」
「おい待て、妹よ。その前に『火ノ都へなにも言わず行った』って言ったよなぁ? どういうことか説明してもらおうか」
「説明って……惚けなくても、どうせ内容は小鳥から聞いて知ってるんでしょ?」
「あん? 今回、オレはなんもしてねぇよ」
あれは朱羅の方の鳥さんだったのか。確かにいつもの見慣れた小鳥とは違っていたように思える。
そう思い朱羅へ視線をずらすと、彼は眉尻を下げ首を横に振った。おや……? これはあまり良い予感がしないぞ。
「私も今回は関与していないよ。野生種の小鳥を勘違いしたのではないか? 鈴は見分けがつかないだろうからね」
「へ、野生種? 嘘でしょ……死ぬ気で(主にウミが)駆けて来たのに」
「鈴、話が見えない。一体どういうことだ? なんの用があって火ノ都なんてそんな遠くまで」
なるほど、どうやら自爆してしまったようだ。
何事もなかったかのように、穏やかな顔で土下座から立ち上がり、膝をパンパンと叩きながら考える。
このまま後ろに下がって、ダッシュで自分の部屋に引き籠る、か?
「オマエ、三人に囲まれている状態で誤魔化しきれると思うなよ?」
私のしょうもない思考など、とうに予測していた陽兄は、後ろを向きかけた私の肩をギリギリと掴む。
イタタタ! もうちょっと手加減してよ! 若干涙目で朱羅に助けを求めるも、彼は残念な子を見るような眼差しで、またも首を横に振った。孤立無援とはこのことか。
「私はできるだけ鈴にはのびのびと自由にさせたいと思っていたのだけどね。最近は行動範囲が広がったせいか、度々鈴の土下座を見ている気がするよ。ちょうど今、警戒態勢をもう少し上げるか否かを話し合っていたのだが、上げた方が良いのかもしれないね」
「なんで!?」
「せっかくオレが二人を説得してたのに、自爆しやがって……」
どこかの重鎮じゃあるまいし、なにそれ! どうして三人が揃っているのかと思えば、そんな話をしていたなんて……
これなの? こういうことから、やがてはチャコが言っていた軟禁に繋がるんじゃない!?
「鈴、俺だって子飼いの畏奴を放ちたいけど、残念ながら俺はその資格を持ち得ない……陽と朱羅の二人だけ、君を見守ることが許されているだろう? 俺も君の情報はいち早く知りたい。いつも事後報告で聞かされるだけで、自分がなにも力になれないことが辛いんだ」
「力になれないって言いますけど、別にそこまで大変な目に遭ったこともないですし……」
そんな護衛に囲まれた生活なんて、牢獄生活みたいで嫌過ぎる。
「ほら、『久遠殿は不要』と本人が言っているではないか。これは私達 身内での話、部外者に口を挟んで欲しくはない。そうだね、鈴?」
「え、そこまで言ってな、」
「くっ……だが、畏奴なら事裏が入れないような地下や、多少であれば雨の中でも走れるし、護衛も、追撃することも可能だ。事裏は見張り、偵察、諜報、伝達は得意だが攻撃には適していないだろう? 思うところがあるのはお互い様だが、ここは共同戦線を張るべきじゃないのか? 鈴も、その方が安心だよね?」
「ですから、そもそもそういうことを望んでは、」
「共同戦線だって? それは私と貴殿が対等の場合であろう? 対等なのは”四神の副隊長同士”、それのみだ。むしろ頭を下げて願い出るべきではないか」
「こちらが下手に出れば……鈴、朱羅の素顔はこういう奴だから。全く優しくもなんともない」
私を心配してくれているのはわかるし、守ろうとしてくれていることもわかる。
だけど、そこに私の意思は全く反映されていない。
私はガラスケースに覆われた、傷一つないお人形でいたいわけじゃない。「守る」と言うのは私をなのか、自分達の心の安寧の為なのか。
きっと普段の二人なら、そんなこと考えなくてもわかるはすなのに、恋愛脳のせいで思考がやたらと軟禁の方向に傾いてしまうのではだろうか。とにかく勝手な事を言わないで欲しい。
「……る……さい」
「え?」
「なんて言ったんだい?」
「うるさいって言ったの!! そんなんじゃ息が詰まっちゃうし、私の為って言いながら自分達の為でしょ! 二人共、縛り付けたくないとか、自由にさせてあげたいって言っていた割に、やっていることは逆じゃない。それに二人共そうやってお互いを貶し合ってばかりだし、以前はトムジ○リみたいにもっと仲良く喧嘩してたのに」
「オマエ、興奮し過ぎて、まぁた前世ネタ出てっぞ」
「またトム……その架空の猫獣人は余程強くて男前なのか?」
「基本的に強いのは、鼠獣人のジェ○ーの方らしいけどね」
「話を逸らさないで! 私なりに二人のことちゃんと考えなきゃって……悩みながらウミを走らせていたから、うっかり火ノ都にまで行っちゃったんじゃない」
「オマエのそのうっかり体質は年々悪化してるのはなんでだ? 普通はもっと手前で気付くだろ」
自分でもそう思うけど、気付かなかったんだから仕方がないじゃない。それをどうしてと聞かれても同じことだ。
大体、私を悩ませ困らせているのは目の前の二人なのに、勝手な事ばかり本人の承諾なく決めて、無性に腹が立つ! 怒っているせいで、悪くないことにも腹が立って仕方がない。
「うっかりはうっかりなの! でもちゃんと帰って来たからいいでしょ。子供じゃないのにイチイチうるさい、陽兄の馬鹿!」
「はぁ!? 馬鹿ってオマエ……完全に八つ当たりじゃねぇか」
「鈴、落ち着いて。揉めてなどない。私は正論を言ったに過ぎず、勝手にあちらが苛立っているだけなのだから。狼族は血の気が多いのかもしれないね」
「鷲族にだけは血の気が多いとは言われたくはないな。お前らの隊がキレた後の尻拭いは他の部隊がやっているんだぞ? 俺はむやみやたらと喧嘩など売らん」
「ほら、口を開けばすぐに揉めるじゃない。もう二人とは口利かない! 悩み過ぎて頭が疲れたから帰る!」
「そんな……口を利かないだなんて言わないでくれ!」
「鈴、機嫌を直しておくれ。心の底から、反省しているから」
「知らないっ! 悩んで円形脱毛でも出来ちゃえ!」
「オマエ、おっかねぇこと言うなぁ。円形脱毛は獣人にはかなり辛いんだぞ」
確かに、頭の天辺に10円ハゲがある状態の二人を想像した瞬間、可哀想になるくらいの状態になっていた。ごめん。
私が踵を返して去ろうとすると同時、ミシッと音がした。
何事? と振り返ると、私の後を追おうと蓮生さんと朱羅が同時に出ようとして扉に挟まっていた。なにをやってるんだか……
「朱羅、お前はゆっくり陽とお茶でも傾けていたらどうだ。従兄弟同士募る話もあるだろう? ここは俺に任せてくれて良い」
「任せる? ハハ、冗談を。私よりも先に告白しただけの男のくせに、恋人面しないで頂きたい。君がフラれるのを見届けてからと思ったのだが、鈴を見ていたら私もつい想いが溢れてしまってね。そういうわけだから、今後は入り込む余地もないのだし、鈴は私が宥める。貴殿はそのまま帰って頂いて構わないよ。部外者を巻き込むわけには行くまい」
「くそっ、ずっと黙っていればいいものを。しかし、お前は所詮身内枠だろう?」
「残念、『兄』はもう卒業したのでね。今はただの『朱羅』と呼ばれている」
「なっ!? 俺はようやく『蓮生さん』と呼んで貰えるようになったと言うのに……」
「貴殿は身内はおろか、友人枠にも入れて貰えない、ただの知り合いということだよ」
「オーイ。二人共揉めるのはいいけど、オレの家壊したら弁償だかんな? それともう鈴は行っちまったぞ」
「「……」」
***
(朱羅の馬鹿! 蓮生さんの馬鹿! 二人共勝手過ぎるよ!)
部屋へ戻っても苛々は収まらず、ベッドへ飛び込み枕をボフボフと叩き、足をジタバタとさせる。
(私は私なりに考えているのに……)
感情的になって少し時間が経つと、今まで悩んでいたことや、決めかねていたこと等、全てがこの瞬間だけ吹き飛んだような状態になった。
それは嵐の中、雲の切れ間から漏れ出す光のようで――
(そうか……)
その光を辿った先に答えはあった。
ぼんやりと『いずれは』、『機会があれば』くらいに思っていたのに、今はもうこれしかないとすら思う。直情型なので、良くも悪くも、こうと思い込んだら突き進むタイプなのだ。
思い立ったが吉日。私は変なところで度胸があるで定評がある。今回はそれを長所として生かそうではないか。
扉の入り口に<着替え中>の札を立てるのを忘れてはならない。これは<絶対に入るな、近づくな>を意味する。
ふぅ、と息を吐き、便箋と封筒の準備をする。
「きっと今が私の人生の分岐点なのよ。結果がもし思うように振るわなくても、経験したことは絶対に無駄にはならないはず」
この時は怒りに任せて、ただ勢いで決めたに過ぎなかった。だけど、後から振り返っても、ここが一番ベストなタイミングだったのだと、この日の自分を褒めてあげたいと思う。
机に座り、ペンを取った。
ガードナー先生へ――




