44:恋愛相談と鳥の目
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昨夜は朱羅と一緒だった割には帰りがいつもよりも遅く、もしかしたら怒られるかもと思っていたのだけど、全くそんなことはなかった。やはり信頼の実績を積み上げて来た朱羅は違う。
両親と陽兄達はどういうわけか私の髪に注目していて、「どうかしたの?」と聞いているのに、今度は朱羅を見る。
朱羅は苦笑し「違いますよ」と言うと、父と陽兄が「そ、そうか……いや、まぁさすがにな」「鈴だからな」と、私以外はわかり合えていると言う、よくわからない疎外感。
「じゃあ、またね、鈴」
「あ、うん……またね、朱羅。今日はありがとう、楽しかった」
玄関先で見送った後、今度は私が「朱羅」と呼び捨てたことに驚いていた。仕方がないので呼ぶようになった経緯を話すと、「まぁ、それもそうだろうが……なぁ?」「鈴だからな」と、何でも「私だから」で完結させるのをやめて欲しい。
言われてすぐは、朱羅が言った通りのそのままを受け止めていた。だけど、その後あの告白を受けて、それもあったから「兄」をつけて欲しくないのだと、私だってちゃんと気付いていた。
「朱羅兄」と呼び方を戻そうかとも一瞬思った。けれど彼の言う通り、想いを伝える行為すら拒否するのは違うと、蓮生さんの時にも学んだことだ。
それを受け入れる、入れないと言う思いは私のものではあるけれど、好きだと言ってくれる想いは相手のもの。それを気のせいとか勘違いだとか、私が決めつけていいことじゃない。
実際の心情はわからないけれど、二人は急かすことはせず、ゆっくりと考えて良いとすら言ってくれている。
だけどたった一つ、共通して願われていることは、自分を異性として意識してみて欲しいということだ。
そう、たったこれしか願われていないのだけど、これがとんでもなく恥ずかしいし、昨日までそうじゃなかったものを翌日には見方を変えろと言うのだ。難易度が高い。
翌日、知恵熱でも出るんじゃないかと思う程悩み、寝不足だった私を見兼ねて陽兄が配達の半分を――四神の基地含む――請け負ってくれた。
お陰で配達も午前中の内に終わり、気分転換にウミと当てもなく散歩をしながら帰路に着くはずだった。
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「で? 連絡もなく来た上に、あたしの今日の逢瀬予定を延期させてまで泣きついて来たからには、きっちり、しっかり、洗いざらい、話してもらうんだからね!」
「うえぇぇん! チャコごめんなさぁぁい!!」
どうしたら良いものかと物思いに耽ってウミとひたすら散歩していたら、気付けは古巣の火ノ都に着いていた。おかしいな。
戻るにも時間がかかるというのに……またもやってしまったと凹んでいると、お出掛け着に身を包んだ親友のチャコがルンルンランランしながら歩いていたので、泣きついてしまったというわけだ。
ここで見捨てられては、(うっかり)ここまで来た意味がない。誰にも知らせず来ている為、戻ったらしこたま怒られるに違いない。それならせめてお悩み解決の糸口だけでも掴みたいところ。
ただし今掴んでいるのは親友の袖である。
「とりあえずリンコは少し落ち着きなよ。乾燥小魚食べる?」
チャコに相談に来たのに、『僕も暇だし、面白そうだから混ぜてよ』と野次馬で千太郎も参加。
私はカルシウム摂取をしつつ、これまでの経緯を簡潔に話した。
そして魅力的な男性二人がこの平凡の塊のような私を、惑星誕生の奇跡に近いレベルでどうやら本気で好きだと思ってくれている現状をどうしたら良いのかと相談した。
「――というわけなの。どう思う?」
そして今二人の顔は前世の記憶だろうか、猫獣人によるリアル宇宙猫状態である。
「は? なん……いや待っておかしいよ。リンコ、お前マタタビ嗅いで来ただろ? あれね、吸い過ぎはホント良くないから! 用法容量を良く守らなきゃ」
「嗅いでないし、嗅いでも私には効果ないよ!」
動揺の激しい千太郎とは逆に、反応のなかったチャコを見れば、身体をふるふると震わせ、勝利のポーズのように拳を頭上高く掲げた。
片手は乾燥小魚の袋を抱え、さながら自由の女神像のようである。
「キタキター!! びっくりしたけど、ついにリンリンから血沸き立つような恋愛相談が来たわね! 仮初契約から本気の恋VSずっと昔から君を見ていた秘め恋。ヤダ、流行りの観劇みた~い! 最高ねっ!」
「見る側ならね。当事者は困っているんですよ……ねぇ、どうしらいいと思う?」
「どうしたもこうしたも、好きだなと思う方を選ぶだけじゃん」
「だからどちらも獣人として好きだし、二人共私には勿体ないくらいなんだよ? そんなあっさり答えなんて出ないよ。私の非モテ具合を二人は知ってるでしょ!」
「かといって狼族と鷲族でしょ? どちらも一妻多夫は難しいと思うわよ」
「なっ! 一妻多夫なんて、そんなのあり得ないよ! でも勝手なのはわかってるけど、片方を選んだらもう片方とは疎遠になるんじゃないかと思うと、それがすごく寂しくて」
朱羅は物心つく前からずっと私を支えてくれた、大切で大好きなもう一人の兄だ。その気持ちに変わりはないけど、彼は「兄」ではなく「男」として自分を意識して欲しいと望んだ。
すぐに切り替えはできないにしても、いつもしていたスキンシップの数々は、私が好きだからしていたことだと言われてしまえば、やはりドキドキしてしまうし、告白してくれた時に見せた顔は、私の知らない男の人の顔だった。
「あー……それってどちらかと言えば朱羅様の方じゃない? 縁が切れることはないけど、気不味いのは身内だけに辛いよな」
「そういう意味では、仕事で顔を合わせることはあっても、その瞬間だけで済む久遠様の方を断る方がまだ精神的には楽?」
「そういう選び方っておかしくない? そこに感情は関係ないみたいでなんか嫌だ」
久遠さんだって出会いこそ(私が)最悪だったけど、仮初の恋人を引き受けてからこれまでで知った彼の一面は、本来は可愛いとは無縁な人なのに、なぜか可愛いと感じるところがあることだ。それにまだよくわかっていないけれど、昔から蓮生さんは私を探していたのだと言っていたことも気になっている。
「じゃあ、好き度合いは? どちらの方が想いが強いと感じる?」
「自惚れじゃなければ、どちらもだと思う。ただ、ちょっと種類が違う気がするけれど」
「う~ん、聞いた感じだと、久遠様は関わりが少ない分、抑えきれない独占欲と葛藤しながら、まさに君に夢中って感じだし、朱羅様は長年積み重ねて来た分、執着めいた愛ってところかしら?」
「チャコ、すごい! 話だけでもうそんな分析ができるなんて、さすが恋愛マスター!」
ふふん! と少し得意気なチャコ。
蓮生さんの独占欲……確かに似たようなことを言っていたような。朱羅が執着なら、もしかして「私の鈴」と言い続けていたのもそうなのかな?
「じゃあ、こういうのはどう? リンコが年を取った時に、隣にいることが想像できるのはどっちなんだ?」
「朱羅は身内なわけだから違和感なく想像できるし、でも今想像してみたら蓮生さんもしっくりくる気がする……うん、日向ぼっこをしているワンコが見える」
「違うわよ。一番手っ取り早いのは、触れ合いよ! ちなみに口付けはしたの?」
「ぶっ! ……うっ、ごほっ。な、なんで、そんなこと」
「その動揺っぷりはしたな。どっちとだよ?」
「ええ!? そういうのって人様にペラペラと話すものじゃなくない? 嫌だよ」
「ふぅん……? 私の逢瀬の妨害をした分際で、拒否権があると思ってるわけ?」
「そーだ、そーだー!」
ゔっ……そこでそのカードを使うとは。だけど千太郎、あんたは関係ないでしょ!
罪状を突きつけられている為、俯きながらもにょもにょと小声で話す。
「私はしたと思ったけど、本人はそういう判定じゃなかったっぽい。ホント、唇の端っこだったから……」
ひぃぃ、恥ずかしい~!! 逢瀬を引き留めた罪状さえなければ、絶対言いたくなかったのに。みんなこんなに恥ずかしい話をよくできるものだ。
「「……」」
一度静まった後、今度はその反動のようにチャコが「キャーーー!!」と悲鳴にも似た声で叫び出した。千太郎においては「リ、リンコがいきなり階段を駆け上がり始めた!」と驚きを隠せないでいる。
「で? で? どうだった? 嫌じゃなかったってことよね?」
「え、だからあれは口付けじゃ……」
「端っこだろうが相手の唇が触れたなら、それは口付けだ!」
そうなの? 唇と唇が触れてようやくそう呼ぶんじゃないの?
「……嫌とは思わなかったけど、とにかく驚きと恥ずかしさの方が先に来たって言うか」
「んじゃ、元から好感持ってたってことじゃん」
「そりゃあ、そうだよ。朱羅兄だよ? 嫌いなんてあるはず、」
「……朱羅様なんだ」
「あっ!!」
「「へぇ~」」
ニヨニヨ見てくるのやめてよ!
「でも、それって結構重要でしょ? 触れるだけでも悪寒が走るって相手もいるし。嫌じゃないのなら、少なくとも多少なりと好感を持っているってわけじゃない。一番は自分も触れたいと思えるかだけど」
「私が触れたい相手……え、二人共、恋人にはそうなの?」
「恋人じゃなくても、好きになった時点でそう思うものだろ?」
「お二人もそうだから、リンリンと手を繋ぎたがったりとかするんでしょ」
「……そっか」
基本的に受け身状態なせいか、触れられることは多いけど、自ら触れることは少ない。
こちらが触れたいと感じる以前に、二人のスキンシップが強過ぎるのが問題ではないのかとも思う。あれで十分手一杯だ。
「じゃあ、二人とは極力距離を取って接してみような。そうしたら私も触れたいって思――」
「「馬鹿!!」」
「なんで馬鹿なのよ」
「あのお二人に『近づかないで下さい』って言うの? やめときなよ」
「リンリン、これは私達獣人からの有難い助言だからよく聞くのよ? 普通の狼族と鷲族でも大概だけど、お二人は完全獣化までできる上位種なの。甘く考えては駄目よ? きっと言った通りにはしてくれるだろうし、我慢もするとは思う。でもだからってあまり我慢をさせ過ぎるのも危険なのよ」
うん。あの二人はきっと私のよくわからない理論ですら、とりあえず飲み込んでくれそうな気もする。しかしそれが危険を呼ぶ??
「普段から抑えている本能を、更に無理をして抑え付けるんだ、耐えきれなくなったらどうなると思う? これは選んだ後の方が心配かもね」
「そうよね……うん、リンリンにはあり得るわね。きっと無自覚に、時に残酷な仕打ちを繰り返しているに違いないわ」
「そんな、人を悪女みたいに言わないでよ」
妙に真剣な顔で、千太郎が私の肩をがしりと掴み、視線を合わせる。
「いい? リンコ。今はまだどちらも選んでいないから、この状態でいられるんだよ? 心が通ったとなれば、堰き止められていた我慢も放出される。溺愛が加速するのは間違いないよ。さらにツガイだって言うなら軟禁だってあり得るかもね」
「ツガイではないけど……でも、そんな……軟禁とかは冗談、よね?」
二人から私がツガイだとかそういったことは聞いていない。聞いたところで私にはわからないのだけど。
ただどんな風であれ、答えを出した後にどうなるのかをほんのり想像すると、どういうわけか怖いものを感じるのはどういうことなのだろう?
恋愛ってもっとこう、甘くてキラキラした感じなんじゃないかなと、他人の恋愛話を耳にする度に思っていた。
それなのに、上位種との恋愛にはLOVE&HELLは表裏一体のようにセット販売されるものなの? 軟禁ってどうしてよ!? 監禁じゃないだけマシとか、そういう問題じゃないからね!
「奥手な僕ですらそうなんだから、上位種のお二人なんてもっとじゃない? まぁ、この言葉を信じる信じないはリンコの勝手だけど、言ったことは胸に刻んでおきなよ?」
「……チャコ先生も、この都市伝説には同意見で?」
「伝説じゃないわよ。多少余所見しがちな猫族ですら嫉妬はするし。ましてあの一族はかなり一途だから、番ったら絶対逃げられないでしょうね。知ってるでしょ? 離縁率の圧倒的少なさ。噂ではそんな話が出ようものなら監禁されて、離縁したくても出来ないようにしているんじゃないかって専らの噂だけど。まぁ、少なくともツガイじゃないならマシじゃない?」
あくまで噂は噂だと言うけれど、脅し文句には十分なほどの威力。
「それを『重い』と取るか、『私だけを見てくれて最高!』と取るかはそれぞれだけどね。正直、猫族には重くて不人気だけど」
「私、ようやくわかったよ。猫族とか一夫多妻の兎族と友達になりやすかったのは、割と自由恋愛派だったからなんだね。お付き合いしている子とはどうしても仲良くなり辛かったもの。そもそも入り込める空気じゃないっていうか」
「それな。これは匂いである程度判断はつくんだけど、リンコにはわからないもんな」
「まぁ、きっかけとかはあるかもしれないけれど、恋に落ちる時は根拠なんてないし。気付いたら落ちてるものよ」
「根拠がなきゃわかり辛いじゃない」
「リンコは変なとこ頭固いよなぁ」
しみじみと二人が猫族で良かったと思う。猫族は恋人も大切にするけれど、友情も割と大切にしてくれる子が多い。私としてもその特性に助けられているところがある。まさに今。
「ハァ……こんな経験をすると思っていなかったからツガイという存在だけ怖がってきたけど、いざ自分が当事者ともなると、いっそ猫族とのお付き合いの方が良かっ――わぷっ!?」
「リリリリ、リンリン!! ヤダ、この子ったら喉詰まらせちゃったみたいよ。千太郎、お茶! 早くお茶!」
「お、おう! ほぉら、リンコ。まずはこのお茶を黙って飲む。わかるな? 黙って、飲め」
口を押さえられたまま、私はブンブンと頭を縦に振る。この二人の緊張感漂う雰囲気に、なにかあったのかとビビり散らかす。
口から手が離れ、すぐにお茶の入ったカップが差し出された。猫舌な二人の適温なお茶をズズっと飲んだ。
『で?』と黙って視線を送ると、窓側に背を向けた千太郎がこっそり『後ろを見ろ』とハンドサイン。
窓の外には立派な庭木が見えるけれど、至って普通の、青々と葉が生い茂った木…………の枝にこちらをジッと見ている鳥。
鳥。
鳥だと!?
あちらの目はつぶら過ぎて目が合ったかはわからない。慌ててチャコの方に視線を逸らすと、チャコは貼り付けた笑みを浮かべながらお茶を飲んでいた。
え、そうなの? あれは野鳥ではないの?
どっちのだろう……陽兄? 朱羅?
行き先も告げずにふらっと遠くまで来てしまったのに、そんな時にもこの小鳥は追って来ていたってこと!?
「あ、あ~お茶、美味しかった。そろそろ帰ろうかな!」
「そ、そうね。それがいいわ、遠いし」
「リンコ、迂闊にヤバイ爆弾だけは落とすなよ? 僕はまだまだ青春を謳歌したい!」
行きのように、ぼんやり流れ着いたなんて悠長なことは言っていられず、文字通り飛ぶ勢いでウミに跨り、大急ぎで帰ったのだった。




