43:思いがけない告白
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「うわぁ……!」
「昔、火ノ都でも”つりーはうす”というものを気に入っていただろう? お前がここを気に入ったのなら、また作ってあげるよ」
朱羅兄が連れて来てくれたのは、中央の土ノ都から西へ一時間ほど飛行したところにある大きな木……の上の太い枝の上。
高所恐怖症ではないけれど、鳥獣人のように平然と枝の上に立つ勇気は私にはないので、幹の方に腰を掛けて木にしがみ付いている。
「ツリーハウスの良いところは足元の安心感があるから。でも、ここからの眺めも素敵だね。火ノ都の方はもっと低い木だったでしょう?」
「そうだね。あの頃はまだ鈴が小さかったから」
彼も枝に腰を掛けると、私を支えるように腰に手をまわした。こうして支えてもらえば怖さも半減する。朱羅兄が傍にいて怪我をしたことがないと言う信頼と実績が、そう思わせるのだけど。
暗くなり、星が徐々にその輝きを増す。
そんなロマンチックな景色はそこそこに、彼が予め用意していた小さ目の総菜パンを頬張る。星とパンも合うなぁ。
食の細い朱羅兄は、「今日の(食事)ノルマはこなしたから」と言って一つだけ食べると、あとはニコニコと機嫌良く、私の食べるところを眺め、時折お茶を差し出したり、口元を拭われたり……まるで母鳥のようにお世話係に徹していた。
食事が終わる頃には陽が落ちてから時間が経ったこともあり、少し肌寒くふるりと震える。
当然朱羅兄はそれを見逃さない。自然な流れで自分の羽織りを半分脱ぎ、私の肩に掛けてくれた。二人で一枚の羽織を纏っている形だ。先程まで彼が羽織っていたので温かい。
「鈴、最近はどうだい? 配達も今は陽だろう。一日の楽しみだったのに、鈴に会えなくてやる気が出ないよ」
「ごめんね。でも、ガードナー先生はやっぱり凄い先生だよ! 短期集中だから凄く厳しくはあるんだけど、でも自分でやりながら身体で覚えた方が私には合っているみたい。教科書で理解出来なかったところもわかってきたの」
「そうか、それは先生に感謝しないといけないね。それにしても窃盗団の現場に鉢合わせるとは……怖かっただろう?」
「ううん。先生もいたって言うのもあるけど、蓮生さん……あ、狼の時は”レイン”って呼んで――」
バキィッ!!
「朱羅兄! カ、カップが、血が、手が!!」
大きな音が鳴り視線を向けると、朱羅兄の持っていた木製のカップが粉々に砕け、手が傷だらけになっていた。
一体なにが起きたのかわからないけれど、私は慌てて治癒魔法を掛けた。少し痛々しく見えたけれど、どうやら傷は浅かったらしく、私のしょぼい魔法でも綺麗に治せた。
「ふぅ。朱羅兄、大丈夫? びっくりしちゃった。カップが古いやつだったのかな? 傷が浅くて良かった」
「なぜ……」
「え、なに?」
「どうして”レイン”って呼んだんだい?」
「ペットの名前をなににするかってなって、玄武のゲンさん、黒のクロさん、蓮生さんのレインならどれがいいって聞いたらレインが良いって言うから。私的にはゲンさんも渋くていいと思ったんだけど」
「ふふ、そうか……ところでいつの間に久遠殿を下の名で呼ぶようになったんだい?」
なんだか今日は妙に呼び方のところを突いて来るなとぼんやりと思いつつ、呼ぶに至った経緯を話した。
「あの男……どんどん調子に乗っているようだね。そうだ、私も一つ鈴に頼みがある」
「朱羅兄が私に頼みごとなんて珍しいね! なんでも言って」
とても簡単なことだと朱羅兄は言う。そこは心配していない、だって彼が私に出来ないことをお願いすることなんてないから。
「”朱羅”と……そう、呼んで貰えないか? 私もいい歳だし、鈴も成人した大人の職業婦人なのだろう? そろそろ”朱羅兄”は卒業したい。陽も高等部へ上がった頃にはそう呼んでいただろう?」
「そっか……成人もしているんだから、そういうのも替えて行かないといけないよね。ごめんね、気付かなくて。慣れるまでの間は、朱羅兄って言っちゃうかもしれないけれど、これからは気を付けるね」
「ありがとう、受け入れてくれて嬉しいよ。お前が私を兄のように慕ってくれて、そう呼んでくれていることはわかっているよ。もう少しそのままでいてやりたかったけれど、私にも少し焦りが生まれたからね」
「焦り?」
朱羅兄はフッと微笑むだけでなにも答えず、代わりにどこにしまっていたのか、ピンクのリボンのついた箱を私に渡した。蓋を開けると、中には真珠、金細工と朱色の羽根を組み合わせて作られたヘッドドレスのような小ぶりの髪飾りが入っていた。この羽根ってもしかして……?
「そう、これは私の羽根……換羽期に特別な部分のみ集めて作った、世界に一つだけのものだ。成人の祝いに渡そうと思っていたのだけど、少し時間が掛かってね」
「素敵……夜なのにキラキラ輝いて見えるね」
一体どこの羽根の部分なのだろうかと聞けば、左翼の――指で言うところの薬指辺りに該当する――一番赤みが強い羽根を二年に一度の換羽期に取って置き、六年越しで完成させたとか。
そんなに想いの籠った成人祝が嬉しくないわけがない。しかし、金銭感覚庶民の私からすれば、貴重過ぎて身に着けるよりも、飾っておいた方がいいのではないかと言う気持ちも半分ある。
「せっかくだからつけたところが見たいな」と言って、サイドに髪飾りを差し込んでくれた。
「似合う? 世界に一つだけの髪飾りだもんね。日常使いは難しそうだけど、大切にするね」
「ああ、桜色の髪に映えて、とても綺麗だ。花燃ゆるような朱色もお前は良く似合うね」
準備良く手鏡まで用意されていたので、自分でも鏡越しに飾りを眺める。ランタン型の魔道ランプが反射して金細工の部分がキラキラと輝き美しい。
それに確かに髪色が桜色のなので、そこに燃えるような朱色の羽根飾りが入るとより際立って綺麗だった。
容姿と飾りのアンバランスさはともかく、髪飾りだけは上流階級の人が身に着けていてもなんら不思議はないほど、素人目に見ても安物ではないとわかる。
「ふふ、ちょっとだけお嬢様になった気分かも。残念ながら顔は平凡な庶民顔だけど」
「そうかい? 私にはいつだってお姫様に見えるけどね」
パチンと片目を瞑って、可愛く言っても騙されない。人族の教科書や絵姿で見たお姫様はふわふわでひらっひらなドレスを着ていたし、髪ももっとこう……複雑でやんごとない髪型をしていた。
「えー、こんなお転婆なお姫様はどうかと思う」
「それでも私にとって鈴はお姫様だよ」
全く。朱羅は私を一体いくつだと思っているのか。もう、お姫様を夢見るお年頃でもないと言うのに。いや、そもそもそんな夢を見たことなんてあっただろうか?
批難の意味を込めた目で朱羅を睨む。
「私、成人したんだよ? もう子供じゃないし”朱羅”と呼ぶから、ちゃんと私のことも大人扱いしてよ」
「成人したら甘やかしは駄目なのかい? 成人したからこそ、より一層甘やかしたいと思っていたのだけどね。普通、好きな女性にはそうするものだろう?」
「そりゃあ、好きな女性にはそうすべ、き……ん?」
「ほら、鈴もそう思うだろう?」
「すっ!? すすす、好きな女性!? あのね、私も人様に説明できるほどではないけれど、そういうのは気持ちの――」
朱羅が天然なのは知っていたけれど、記念物ばりの域まで達していたとは。「好き」というものが「甘い物好き?」「うん好き!」というのと同じだと勘違いしているらしい。
私自身のことではないけど、蓮生さんを例にすれば、朱羅の「好き」と恋心の「好き」は全く別物と言っても良い。三度の飯より君が好き! なくらい違うと思う。私は三度もご飯を抜かれたら生きて行けない。
「鈴、久し振りに”感謝のキス”を今、貰ってもいいかい?」
「なんて?」
朱羅にLIKEとLOVEの違いの話をする前に、話がすり替わっている!? ……キスだと!? 一般的には口付けと言うのに、オランドラ風に「キス」と来たもんだ。
感謝のキスの意味は、家族内で「ありがとー、ちゅっ!」みたいな感じで、頬やおでこにすると喜ばれたから昔はよくやっていたけど、今なの!? だから私はもう成人しているんだってばっ!
「ああ、大人になった鈴は奥ゆかしいのだったな。私から受け取りに行くとしよう」
「もう、そうやって茶化さないで! 私は――っ!」
朱羅が……キスをした。
初めは頬に、次は口の端に――
それはほんの一瞬の出来事だったけれど、顔が離れて行く時に、目元を朱に染めた朱羅と視線が絡み、思わず心臓が跳ねた。
(え? え? 今のナニ!?)
あまりに突然の出来事に動揺、隣に置いてあった魔道ランタンに肘が当たって落下し、割ってしまった。今は下の方で魔石だけがぼんやりと淡く光っている。
動揺と驚きで更にバランスを崩し掛けた私は、朱羅へしがみ付き、奇しくも自ら胸に身を寄せるような体制となり、そのまま抱き止められてしまった。
ランタンの灯りが消え、抱き締められている私からは朱羅の表情は見えないけれど、この胸の鼓動はどちらのものなのだろうか。
「『私は成人した大人の女性』そうだね? 私の可愛い鈴」
「そ、う……だけど。これ、」
こんなの子供の頃ならまだわかるけど、今は冗談でもこういうことはしてないでしょう? 一体なにを考えてるの? ここまで来ると重度のシスコンどころか行き過ぎだよ! と、言いたいことは色々ある。
「私がなぜキスをしたのか、意味はわかっているのか、大方そんなことを考えているのだろう?」
「ふぁ! お見通し!?」
「もちろんわかっているとも。お前が好きだからキスをしたし、その『好き』と言うのは友愛、一族愛、兄妹愛でもない、恋愛の意味を持つと言うことも。そもそも私は一度だって嘘は言ってこなかったのだけどね。鈴の心が成熟するまでは理解できないのかと思っていたが、もう子供じゃないと言うのなら、ちゃんと理解できるね?」
「ハッ……質問の回答欄が全て埋まっている!!」
学校のテストで、「なにこの難問……解けないんだけど」と途方にくれている間に終了時間の鐘が鳴り、「嘘! ヤバイ!!」と慌てて答案用紙見たら全て回答欄が埋まっているというようなミラクルさ。
「こうまでしても私の気持ちを勘違いだの、重度のシスコンなどと言うのであれば、さすがの私も傷つく。想いを受け止めてすらもらえないだなんて、一途に鈴だけを想って来た私が可愛そうだとは思わないかい?」
「ホントの、本気、なの? 朱羅の心臓がドキドキしているのは、その、そう言う意味ってことで……?」
「ああ、一世一代の告白だ、私だって緊張はするよ。ましてこの腕の中に好いたお前がいるのだからね」
声音や話し方に変化はあまり感じられなくて初めは半信半疑だったけれど、胸に耳を寄せているせいか、直に感じる彼の鼓動が、これは嘘ではないのだと物語っていた。
「鈴が好きだよ。成長を待っている間に恋は通り過ぎて、もはや愛おしい。一見落ち着いて見えるのかもしれないが、お前を傷つける者があれば、死んだ方がマシだと思う程の地獄を見せてやろうと思うくらいには激しいものを内に秘めてはいる、と言ったらわかってくれるかい?」
ようやく腕が緩み解放されたけれど、薄暗い木の上なので初めのようにまた支えられている状態だ。
初めは切なく、胸がぎゅっとなることを言っていたのに、後半の言葉で一気に現実に戻って来た。内に秘めていたものが怖過ぎるし、一生内に秘めて引っ込んでいて欲しい。
「わ、わかった、頭の中まだまとまってないけど。でも、なんでこんないっぺんに……」
「……久遠殿のこと、まだ決めかねているのかい?」
「う……だって、お試し期間の内にちゃんと考えなくちゃって」
「鈴がそうやってお人好しだから付け入られるし、私も予定よりも早く告白することになってしまったのだからね」
「そうなの……!? どうしよう、蓮生さんだけでも頭が一杯なのに、朱羅のことも同時になんて私には無理だよ」
「そこは久遠殿にさっさと見切りをつけたらいいだけではないのかい? 名を口にされるだけでも腹立たしいね」
腹が立つとは言いながらも、慈しむように目を細め、優しい手つきで頭を撫でられる。何だかんだいつも通りだから、あれは夢なのではないかとすら思ってしまう。だからって、抱き締められたままでも混乱するけど。
「だから……キス、したの?」
「おや、気付いたのかい?」
名前を連呼したことで嫉妬して、頬だけのつもりが、私の髪やその頬に、蓮生さんの――正確にはレインの――匂いが残っていて更に嫉妬。消毒と上書きのつもり唇の端ギリギリをキスしたらしい。
「狼臭くて気分が悪いね」と顔を顰めながらも、「今回は遠慮したけれど、いつか唇へも許可が貰えると嬉しい」と頬をほんのりと赤らめていた。
「うぅ~~! これまでまっったくモテたこともないのに、どうして今、急に、まとめてきちゃうの! もう、悩み過ぎて熱が出そう……」
「ふふ、それは嬉しいね」
「ヒドイ……こんなに悩んでるのに」
「すまないね、でも嬉しいのだよ。それはすぐに断る為の言葉探しではなく、どうしたらいいのか、どちらを選べばいいのか、それともどちらも選ばないかで悩んでいるのだろう? 正直、私など歯牙にも掛けて貰えないのではないかと、こう見えて落ち込む準備をしていたくらいだ」
「ほら、ハンカチも三枚用意してある」と、私がこれまでプレゼントして来た、下手な刺繍入りハンカチを出して見せた。
いつでも余裕たっぷりで飄々としていた人が、私が告白をバッサリ断ると予想して落ち込む準備? 考え違いにも程がある。
「私が昔から朱羅のことを慕っていたのは知ってるでしょう? そう簡単に拒否出来るわけがないじゃない」
「本当に申し訳ないとは思っているのだけどね。初めて鈴が私を男だと認識して困らせているのだと思うと、嬉しくて堪らないんだ。今日は許しておくれ」
「許しておくれ」と口元を緩ませるその顔が、あまりにも幸せそうだったから、私の説教モードは即刻消火され鎮火する。私もほとほと朱羅には甘いという自覚はある。
「許すもなにも、朱羅が笑っていると私も嬉しいから……困ってはいるけど、怒ってない」
「ハァ……全く、いつの間に男を翻弄するようになったのだろうね? 今でも十分、面倒な状態なのに。もうこれ以上、厄介な男は増やさないでおくれよ? 間引くのもなにかと手間だからね」
間引くってなに!?
そもそも更に悩むほどのスペースなんて私の頭の中にはもうありません!
思いもよらない告白を受けたと言うのに、きっと気不味くならないように振舞ってくれているからだろう。なんだかんだ気付けば、いつものようにお菓子を食べながら雑談で盛り上がり、楽しい時間だけが過ぎて行った。
気が付けば、月はすっかり高い位置に。
朱羅の背に掴まり帰路に着く中、ぼんやりと考える。
どちらの手を取っても、両方取らなくても、必ず誰かは傷つくとわかっているのに、いつかは答えを出さなくてはならない。狼族も鷲族も一途な種族。今だけを楽しむ恋人関係を求めているわけじゃない。
告白される前の状態にはもう戻ることは出来ない。
それならば、怖くても前に進むしか道はない。
答えはまだ出ないし、自信もない、覚悟もない。
そんな私に恋愛なんて出来るのだろうか?
視線の遠く先、小さな星が綺羅と光ったような気がした。




