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42:久遠さんの新たな一面と従兄からの誘い

******



 先生が放った風魔法の足止め効果もあり、程なく、レインの指示で動いていた優秀なワンコ達が追い付き捕らえた。


 犯人確保に周囲が沸いている隙に、私達は市から抜け出し別の広場で休憩していた。



「先生さすがですね、必殺技を一回唱えるだけで、あんなに連発で放てるなんて」

「……技はともかく、あのセリフはどうにかならないのかね? やはりどうも締まらない。それに溜めの時間が長過ぎて、その間に何人か見えなくなってしまった。これは改良の余地ありだな」


 ちなみに魔法を放つのに特に呪文――技名――は必要ない。ようするに先生は締まらないセリフが嫌で、以降は無言で放っただけである。


 逃亡する窃盗犯(猿族)の尻尾を見たら、あの必殺技しかないと思った。『亀さんの歯!』は、前世では絶大な人気を誇っていた気がするのだけど、亀に歯はないはずで……どこか記憶違いがあるのかもしれない。


 記憶はどうであれ、昨日先生が急に始めた実技試験で、私がひたすらパペットエネミーから逃げ惑う中編み出した(思い出した)必殺技である。上空から攻めて来た時に思い切って放ち、なんとか合格出来た。まさに窮鼠(きゅうそ)猫を噛むの類。

 そんなへろへろな状態の私に『今の魔法はなにかね?』と先生が食いつき、やれここに無駄があるだの、もう少し圧縮した方が攻撃力が増すだのと言い、魔力量のギリギリまで特訓は続いたせいで本日の指導はお休みとなったのだ。



「先生、私昨日寝る前にもう一つ思いついた技がありまして。これなら『亀さんの歯』よりも確実に早いですし、私の様に魔力量平凡な者にうってつけだと思うんですよ」

「君の技名のセンスはともかく、技そのものには興味があるね」


「あ、ではレインを狙うとします。レイン、形だけだから心配しないでね?」

「バウ!」


 レインはお座りをして、『これでいい?』と言っているように、コテンと首を傾げた。狼のコテンはギャップが凄い。


 私は技の決め手となるポーズを教える為に、「人差し指を相手へ向けて、親指は立てて……」と所謂ピストルのポーズを取った。

 片手でも、両手を合わせてでもどちらでも可能とした上で、今回は両手バージョンを披露。


「バキュン! フッ――と、こう狙い撃つ感じで……って、レイン!?」

「……見事に撃ち抜かれてしまったようだね」


 この世界に銃はないのに芸達者なワンコの如く、撃たれた瞬間フリーズしたままレインがバタンと倒れてしまい、無意識で魔法を放ってしまったのかと思った。


「これに関してはセリフも短くて良いが、その『バキュン』の後に、わざわざ指先に息をフッと吹き掛けることに意味は?」

「はい、ないです!」


「……潔いな。ではまた次回にでも改良するとしよう」

「ひぇ! これもですか!? ちょっとした遊び心だったのに……」


 基本的にノリの良い先生でも、こと魔法にかけては実験として受け入れはしても、少しでも効率良く実用性を高める為に必ず改良を計る。次回も魔力量ギリギリまでやるに違いない。



 窃盗団については、少し時間を空けてから街の警吏へ確認したところ、全員捕縛されたそうで一安心。ただ、彼らはかなり下っ端の部類で、聴取をしても有益な情報は得られないのだそうだ。

 簡単に足止めできたのも下っ端だったからなのかと思うと、やはり力の差を感じるものがある。


 そして、困ったことに犬族の警吏の方はずっとレインへ向けて説明していて、先生にバレてしまうのではないかとヒヤヒヤする場面もあった。

 慌てて私もレインと同じ目線までしゃがんで誤魔化したけれど、ここでも序列というものを密かに感じたのだった。



***



 ガードナー先生を送り届け少しして、レインが周囲をキョロキョロと確認し、歩みを止めた。


 どうしたのと尋ねれば、地面をてしてしと叩いてお座りをして見せたので、多分『ちょっとここで待ってて』と言っているのだろう、「待ってたらいいの?」と伝えると、尻尾を振って頷き、一時レインは離れた。


 そう言えばレインは後半随分大人しくなって、ガードナー先生にも気を遣っていたように思える。


 あまりに大人しくて気配を消しているのかと思うくらいだったけれど、人にぶつかりそうになったりするとさり気なく身体を寄せて気付かせてくれたり、尻尾で誘導したりしてくれていた。

 大人しいわけじゃなくて、護衛に専念していたからだったのだと気付くと共に、頼もしいなと思った。考えてみたら、任務中の久遠さんを見たのは初めてな気がする――ただし見た目が狼なので、『凛々しい大型ワンコ姿の』と上につくけれど。

 


「鈴、お待たせ」

「あ、久遠さん。こんにち……じゃなくて、お疲れ様でした、ですね。ふふ、今日はずっと一緒にいたなんて不思議な気分です」


 黒狼のレインが久遠さんとわかっていても、全く見た目が違う為、やっぱり慣れていないと錯覚を起こしてしまう。


「酷いな、俺を忘れないでくれ。それに、さっきまでは『レイン』と気さくに呼んでくれていたのに、また苗字呼びと敬語に戻っているじゃないか」

「あ、あれは『ペット』として見せるようにしなきゃって思ったからであって、今は久遠さんだし、その……」


 恥ずかしくて、少しだけ早足で歩き出す。それでも久遠さんの長い脚の前では普通の速度でしかないけれど。

 名前呼びは、いっそ想いを知る前だったらまだ良かったけれど、知ってしまってから改めて名前で呼ぶのは少し事情が違う。


「でも、三ヶ谷のことも『千寿さん』と君は呼んでいただろう? 兎月の兄弟に対しても。俺も名前で呼んで欲しい」


 た、確かに。兎月兄弟も三ヶ谷家も皆、下の名前呼びだ。だけど、左京さんは中型寄りの小型種――前世で言うところのジャイアントウサギの類――なので、親近感というやつだ。

 千寿さんも三毛猫で小型種だし、そもそも親友の兄ポジ。全員が三ヶ谷だから名前で呼んでいるのであって、それ以外の特別な意味合いもない。


 久遠さんは立場的にも上の方だし、大型種、狼族当主の息子と言う立場にあるのに、今以上に気安く振舞えと言われる方が、かえって気疲れしそうである。


 名前呼びと言えば、陽兄も完全獣化はできないものの、実は割と強者(つわもの)だったらしい。朱雀隊と裏朱雀の結びつきは深く、主に偵察や監視などを頼まれることが多いとか。

 いつも偉そうな話し方をしていて、よく怒られないなぁと常々思っていたけど、同僚みたいな扱いなのだと千寿さんは言っていた。


「えっと……蓮生様でしょうか」

「俺は『様』なんて柄じゃない。敬称なんていらないんだ」


「無理です! 左京さんと同様の『蓮生さん』で許して下さい!」

「わかった、()()それで十分だ」


「ん? 今は?」

「ああ、今は」


 もの凄く良い笑顔で断言されてしまったので、「そうですか……」と、かえってそれ以上なにも言えなくなる。


「髪留め、思った通りよく似合ってる。本当は俺が買ってあげたかったのに……次はぜひ俺に贈らせて。でも、ループタイは嬉しかった、一生大切にする」


 贈ったループタイは、一見するとネックレスのようにも見えるタイプだ。お店の人が腰紐の装飾にも応用しているのを見て、いいなと思い追加で購入することにした。

 今は手首に巻きつけて嬉しそうに眺めているから、どうやらお世辞でもないらしい。贈ったものを気に入ってもらえるのは私も嬉しい。


「気に入って頂けて光栄ですけど、大袈裟です。それに、最近執務室で頂く紅茶やお茶は蓮生さんが用意して下さっていると聞きましたよ。そのお礼なので気にしないで下さい」


 気にしなくていいと言った途端、蓮生さんの耳と尻尾はしょぼんと下がっていた。


「あの、蓮生さん、もしかしてお疲れですか? 私なら一人でも帰れますので、帰って休まれた方が――」

「そうじゃない。機会を逃した俺が悪いけど、君はいつだって俺が贈ろうとするのを拒むから。そんなに俺から受け取るのは嫌?」


 しょんぼりな耳がふるふると震えていて、可愛いと可哀想が大渋滞中である。


「嫌だなんて、そんなこと……いつも美味しいお菓子やお茶、それに食事だってご馳走になっているじゃないですか」

「大したものでもないし、結局なにも残らないじゃないか。食事だって……どんなに誘っても、三回に一回程度だし」


 耳がしょんぼりからピンと持ち上がると、蓮生さんはふてくされたようにブツブツ文句を言い始めた。


 蓮生さんが私のことを好きだから、食事や贈り物もしたいというのはさすがに理解している。それでも、私側にはそれを受け取る理由がないのだ。まだその気持ちに応えられるわけでもないのに、くれるなら貰っておこうだなんて、そこまで図々しくはなれない。


 それにしても、蓮生さんがここまであからさまに口を尖らせているのも珍しい。なんだか少し子供っぽくも見える。


「あの、もしかして拗ねてますか?」

「! 拗ねてなんて…………ごめん、その通りだ。完全獣化の副作用と言うか、少し感情が表に出やすいみたいで」


 ハァ、と溜息をつくと、バツが悪そうに「格好悪いな……」と吐き捨て、くしゃっと前髪をかき上げた。


「で、でも、ちょっと普段とは違う蓮生さんを見られて新鮮ですよ! いつもは落ち着いた雰囲気で、大人の余裕感? を醸していますから」

「大人の余裕か……そんなの、そうしたくても君の前では何の役にも立たない。情けないけど、ほら……手が震えてる。君に嫌われるかもしれないと想像しただけでも無理なんだ。だからいつも必死に、逸る気持ちも醜い感情もなるべく押し殺して……って、ああもう! こんなこと君にだけは知られたくなかったのに」


 いつもは私の方が赤くなるばかりで、それを余裕そうに蓮生さんは眺めている――ように見える――のに、今は蓮生さんの方が顔を真っ赤にして「余計なことを言わないように少し黙ることにする」と言って、手の甲で口を覆った。


「ぷっ、ふふ……少しだけ蓮生さんの気持ちがわかったかもしれません。顔を赤くして焦っている蓮生さんは可愛いですね」

「はぁ!? 俺が可愛いって……そんなの嬉しくないよ。鈴の前では格好良い俺でありたいのに、見て貰えた試しもない」


 そう言ってまた口を尖らせる。その姿が可愛いと言っているのだけど、指摘するといじけてしまいそうなので黙っておく。


「すみません、褒め言葉のつもりだったんですけど。でも、自然体の蓮生さんはこうなのかなって親しみが持てましたよ」

「複雑ではあるけど、鈴に幻滅されていないのならいい」


「幻滅なんてしてないですよ。格好良いところなら今日見せて貰ったじゃないですか。蓮生さんがいてくれてるって思うから私、窃盗団が出た時もちっとも怖くなかったんですよ?」

「そうなのか? あの時君は楽しそうにしていたから、随分肝が据わっているんだなと思っていた」


「変な度胸だけはあるってよく言われますけど、本来は怖がりですよ。守りに徹してくれている時の真剣な眼差しのレインは格好良かったです」

「ありがとう、鈴……」


 瞳を薄っすら潤ませた蓮生さんが、私の髪へと手を伸ばしたその時――



 バサッバサッ――赤茶の翼が大きな音を立て、私と蓮生さんの間に降り立つ。


「朱羅兄!」

「朱羅!」


「鈴、そろそろ帰っているかと思って訪ねたが、まだお前は帰って来ていないと言われてね。どこかの狼が、中々帰さないでいるのかと心配で迎えに来たんだよ」

「まだ暗くもないのに、朱羅兄は心配性なんだから」

「見ての通り、今送り届けている最中だ。時間を守らないはずがないだろう」


「どうだか。必要以上に鈴に触れるなと言ったはずだが、手を伸ばしていたのは誰だい? 鈴、あれがこの男のやり口なんだ。お前が獣耳と尻尾に弱過ぎることを利用している。あんなものは案外自分でも思うまま操れるのだから騙されてはいけないよ」

「え、そうなの? ある程度止めたりできるのは知ってるけど、自在だったのは知らなかった」

「鈴、君の素直さは良いところだけど、朱羅の言うことを全面的に信用し過ぎだ。そこまで自在になんて操れないから!」


「人聞きが悪いね。私が嘘を言うことになんの意味がある? 今までだってそんなことはしていない、だからこその信用だ。そうだね? 鈴」

「うん……でも、蓮生さんの言っていることも信じてますから、大丈夫ですよ」

「鈴……! ありがとう」


「良かったではないか。では話はまとまったようだね、久遠殿は護衛ご苦労。君は速やかに戻って、報告書類をまとめると良い。客人が放った魔法もうまく誤魔化して処理しなければならないだろう? 傍についていながら、油断し過ぎではないか」

「やはり目立ってしまったか……あんなに連発するとは思わなかったんだ」

「しゅ、朱羅兄!! 先生がなにか問題になってるの?」


「大丈夫。まだ問題にはなってないし、()()()()()()()()()()()のなら、問題にはならない。なに、彼はそういった処理が得意だから安心すると良い」

「蓮生さん、ごめんなさい! 私が先生にやりたいなんて言ったから、なにかあったら私がやったことにして下さい」

「鈴、大丈夫だ。そんなことにならないように対処するから。名残惜しいけど彼の言う通り、すぐに戻って処理してくる。じゃあ鈴、また」


 少し寂しそうにしながらも、そのまま走って蓮生さんは戻って行った。


「手助けのつもりだったのに、蓮生さんの仕事を増やしちゃった……」

「鈴が落ち込む必要はないよ。手助けになったのは間違いないのだからね。ただ、国民ではないガードナー氏が目立つのはあまり良くない。彼になにかあれば、国同士の問題に発達しても困るからね。魔法の訓練は今後も我が家の私有地内だけにするといい」


 私がパペットエネミーと戦った場所は、実は火神家の私有地だったと鳶のオジサマが迎えに来た時に聞かされた。

 魔法訓練をすることは家族にも知らせていたので、あまり人目に付きにくい場所をと鳶のオジサマへ指示していたらしい。私なら必ずのんびり出来るところ、広いところを指定するはずだから、と。彼の先読みの能力が時々恐ろしくなる。


「わかった、絶対そうする」

「良い子だね」


「そう言えば、朱羅兄は伝言だけで帰っちゃうの? それとも家でご飯食べて行ける?」

「いや、伝言の方がむしろついでだよ。鈴が最近私に構ってくれないだろう? 今日は久しぶりに二人で食事をしたいと思ってね。伯父上と伯母上には伝えてある」



 二人で食事に行くのは確かに久し振りだ。どこへ行くのか尋ねたけれど、「ついてからのお楽しみだ」そう言うと私を背に乗せ、一番星の輝く方へ向かって羽ばたいた。





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