41:お揃いと勘違い / side 久遠 蓮生(黒狼ver)
◇◇◇◇◇
「ガードナー先生、お待たせ致しました!」
「やあ、リン嬢。早速贈ったワンピースを着てくれたのだね? とても良く似合っているよ。ところで、随分大きな犬……ではないね、狼かな?」
男は鈴に気付き、片手を挙げて座っていたベンチから立ち上がるも、すぐに鈴の隣にいる俺へと視線を移した。
三ヶ谷の報告通り、このガードナーと言う男は、自分の少し上くらいの見た目だ。
だが、鈴同様この男も魔法薬で匂いは完全に消している為、実年齢はよくわからない。せめて普段から身に着けているものを着ていれば、服に移っている香りでわかるのに、わざわざこの国に来てから購入したチャンパオを纏っていた。
あちらの国では魔力が多い者は見た目の老化が緩やかだと言う。ヘラヘラ笑い、ただ立っているように見えて、その実 隙がない。
俺を見る目もただの好奇心と言うより、何者なのかを観察しているような目つきだ。魔力量を測ることは当然俺達獣人には出来ないが、彼が放っている空気感から、それなりの手練れなのだと窺い知れる。
鈴は当然だけど、そんなことに気付いている様子もなく「先生、チャンパオがすっかり気に入ったみたいですね」と無邪気に話している。
彼女が「先生」と呼んでいると言うことは、以前留学していた時に関係した教師かなにかだろうか? 人族で関係しているとすればその時くらいしかない。しかし一教師がなぜ一人で護衛もつけずにこの国へやって来たのか、その理由、目的がわからない。
「はい、野生種の狼で、名前はレインって言います。昨日、置いて行ったら拗ねちゃって。この子はとても賢いし、危険なことはしないので一緒に連れて行っても宜しいですか?」
「……」
(拗ねる……)
あくまでも鈴は「設定」を話しているのだが、おおよそその通りなので少し複雑な気分だ。
男の顔はそこそこ整っているし、紳士的ではある。今はチャンパオを着ているとは言え、品質の良いものを着用しているし、それ以外の動きや身嗜みを見てもどこか貴族的な雰囲気があった。
(既婚者ではないのだろうか?)
既婚者は指輪をつける風習があるはずだが、彼にはついていない。仮に二十代後半だとすれば、あちらの国ではほとんどが結婚、もしくは婚約くらいは済ませているはずだ。
「ほぉ、この大きな黒狼が野生種……ごく一部の者は『完全獣化』なるものが出来ると文献で読んだことがあって、てっきりそうかと思っていたのだが。それにしても狼を飼い慣らすことができるとは、驚いたな」
「ええ、小さい頃にケガをしていたこの子を兄が拾って以来、ずっと一緒にいるので家族のようなものです。ね? レイン」
「ガウッ!」
陽が『鈴に危険はない人物』と言っていたのだから、恐らく色恋には関係がないと言う意味も含まれているのだろう。
彼女の様子を見ても三ヶ谷の報告のような、婚約したての甘い雰囲気は二人の間にはない。あくまでも先生と生徒、そんな雰囲気に思えた。
「なるほど……家族。少なくとも君の言うことは聞きそうだし、良いんじゃないかな」と妙に含みを持たせたような言い方をしていたが、とりあえず敵陣への潜入は成功である。
ただ、勘が良さそうなので注意が必要そうだ。
「今日は賑やかなところなのだね」
「はい。今日は市が開かれる日で、今回は工芸品や手芸品など様々な手作り品が売り出されるんですよ。中には掘り出し物なんかもあったりしますので、そういったものがないか探したりするのも楽しいかと思いまして」
「それは楽しそうだね。お! 剣なども売られているのか」
「先生は相変わらず剣がお好きですね。ただ眺めて歩くだけでも、この国の文化に触れることが出来るのではと思っただけなので、ご購入はご自由にどうぞ」
あれこれ見ながら歩いていると、実演している店があるのか、大きな人だかりとなっていた。これでは鈴がはぐれてしまうかもしれないと視線を上げると、ガードナー氏が「これはすごい人だかりだね」と言って彼女エスコートしようと思ったのか、手を伸ばし掛けているところだった。
「ヴヴ……!」
(させるかっ!)
「おっと……」
「レイン? ありがとう、はぐれないようにしてくれたの?」
すかさず間に入り込んで引き離し、代わりに俺の尻尾を鈴の足に巻き付け、はぐれないように引き寄せた。彼は苦笑していたが、あいにく今はただの黒狼なので気遣いをする気はない。
「本当にその黒狼君はよく気が利くようだね。まるで全てわかっているみたいだ」
「そ、そんなことないですよ! レインは優しい子なんです」
(誰か、とまではわからなくとも、黒狼が獣人だと疑っているな)
「そうか。では、私も君に優しくしていいかな?」
「先生は指導以外は優しいですよ?」
「ハハハ、昨日の指導を根に持たれてしまったようだな」と笑うと、ガードナー氏は鈴へ腕を差し出した。
「我が国では男性が女性をエスコートするのは当然だし、礼儀なんだ。君の良い人がここにいるのならもちろん遠慮したが、あいにく今エスコートできそう者は、この貧相な腕の私しかいないのでね。頼りないだろうが、我慢してもらえるかな?」
「我慢だなんてそんな……!」
「ここは非常に混み入っていて危ない。心配しなくても私にそれ以外の他意はないよ。足元は君のナイト君が見守るとして、せめて腕だけでも頼ってもらえないだろうか?」
「ふふ、腕だけって……では、お言葉に甘えまして少々お借りしますね。こういうの久し振りで緊張します」
「!?」
(なんてことだ……よりによって、こいつと腕を組んで歩くだなんて!)
悔しくて、切なくて、思わず地面にガリガリと爪を立てた。
◇◇◇
ガードナー氏は細かい工芸品、特に短剣などにつける装飾品、鞘や柄の部分の彫刻が美しいものを収集する趣味を持っているらしい。二人は楽しそうにあれやこれやとゆっくり見て回っていた。
ある場所で彼が足を止め、立ち寄ったのは指輪などの宝飾店。
まさか!? と焦る気持ちから鈴をグイグイ押し、その隣の髪留めの店へと誘導した。あいつは一人で眺めていればいい。一緒になんて行かせない。
「レ、レイン!? え? このお店が見たいの?」
「バウッ!」
(お願いだ鈴、その店には行かないでくれ)
「ハハハ、私が君を独占していたのが気に入らなかったのかな? 隣同士だし、私も見終わったらそちらへ行くから、彼と見ているといいよ」
「すみません、ではお言葉に甘えて……レインも放置しちゃってごめんね、つまらなかった?」
「クゥン……」
(すまない、鈴。でも、俺もいるってことを忘れないで欲しい)
知ってか知らずか、鈴は俺の頭をヨシヨシと撫で、同じ目線までしゃがみ髪留めを選びだした。
「少し髪も伸びて来たし、縛ろうかなぁ? でも、あまり華美なものじゃない方がいいよね」
「……」
(髪を結った鈴か……どんな髪型もきっと可愛いだろう)
華美じゃないものということは、仕事の時に使いたいということだ。
(あの寄木細工の小さなバレッタなんてどうだろうか? 黄色、黒の組み合わせはきっと彼女にも似合うだろう)
俺の色っぽく見えるけど、厳密に言えば同じ色じゃない……そう、似合うと思ったものがたまたまそうだっただけだ。他意はない。
俺は鈴に顔を寄せ、薦めたいバレッタの前に前足をトンと置いた。
「なぁに? レイン。『これなんてどう?』ってこと?」
見つめて頷く。
「選んでくれたの? ありがとう! うん、確かに可愛いかも。レインがおススメって言うならこれにしようかな」
(良かった、ようやく俺から贈り物ができる!)
――と思い、はたと気が付いた。
今は黒狼だから、財布を出せない。選ぶだけ選んで、本人に買わせるなんて……気付くまでは嬉しさで一杯だったのに、こんな初歩的なミスを犯すとは、立ち直れない。
どうする? 店主に言って預かってもらうか。いや、ここの店主は猫族だから言葉が通じないなどと、俺がオロオロとしている間に、彼女は会計を済ませてしまった。なんてことだ。
「レイン、お待たせ! あの、良かったらこれ、レインにあげたいのだけど、受け取ってくれる?」
「?」
(俺にあげたいってなんだ?)
鈴の手の上にあったものを見ると、彼女に選んだ寄木細工に似た、黄色と黒のループタイだった。通し穴が多めについている為、長い紐に付け替えれば腰紐への装飾にも使えそうだ。
彼女がそっと耳に顔を近付け、小声で話し掛ける。
「今日はありがとう。レインのお陰で人混みの中でも安心してお買い物が出来たよ。いつもお世話になっているお礼と今日の記念に。これなら今の状態でも着けられるでしょう?」
「……」
(これを俺に? いつの間に)
鈴の手の上にあるループタイを見て、鈴を見つめる。彼女は察したようで「そう、レインにだよ」と笑顔で返した。
「ふふ、レインの色が沢山入っていて格好良いかなと思って。ちょっとお揃いっぽくなっちゃったけど、これが一番似合いそうかなって思って」
「!?」
(……お揃い!)
彼女が首からそっと通して着けてくれたループタイ。そして残念ながら彼女が自分で購入し、自分で着けたバレッタは、見れば確かにお揃い風に……いや、お揃いにしか見えない。
感動に浸っていると、見計らった様にガードナー氏が袋を持って戻って来た。
「おや、二人共随分と楽しそうだね。お揃いかい? 良く似合うよ」
「えへへ。わかりますか? レインが選んでくれたんですよ」
「……」
(そうだ、お前がつけ入る隙はない)
「先生も、なにか買われたのですね。奥様へですか? 高価なものではないけれど、手作りならではのものも、贈り物にはいいですよね」
「そうだね。だが彼女は宝飾系はあまり身につけないものでね。こうした短剣の方がむしろ喜ぶような女性だ。しかし購入したこれは、鞘の彫刻があまりに美しくてね。僕も一目惚れしてしまったよ」
「!?」
(え!?)
思わず両耳がガードナー氏へと向いた。もしかしたら耳が大きくなっていたかもしれない。
(つ、妻!? 既婚者だったのか。鈴もそれを知っているからあんなに気安く……しかし、まだ若い男性なのに)
イマイチ理解出来なくて、彼女の周りをぐるぐる回っていると、彼がしゃがみ込み手招きして来た。
『ナイト君、誤解しているようだが、こう見えて僕にも最愛の妻と、それに子供も三人居るのだよ。だから君が心配するようなことは何もない。確かにリン嬢はとても魅力的ではあるけれど、子供と歳が近いせいかすっかり親目線だ。彼女もそんな感覚で親しみを持ってくれているのだろう。ちなみに僕は若作りではあるがもうすぐ四十になる』
「!!?」
(四十……!!? むしろ俺の父に近いくらいじゃないか)
「ガードナー先生、レインとなにを話しているんですか?」
「うん? 賢い黒狼と言っていたから、話せば色々とわかり合えるんじゃないかってね」
「ガゥ……」
(誤解して、すまなかった……)
ただの勘違いと分かれば、恐ろしく恥ずかしいことをしてしまったと自覚せざるを得ない。思わず伏せて頭を抱えた。
◇
人通りの多い市を見て回っていると、こちらを窺うような視線、スリを働こうとする者の動き、不審な人物など、賑わいがあるところにはどうしてもそういった輩は沸いてくるものだ。
今日は鈴の護衛でついている為離れられないが、気付いたものは見逃せない。
陽の事裏隊が空から見張り、地上では俺が特殊なサインを送って、人混みに紛れさせている我が家の子飼いである畏奴達へそれらの対処させている。
「キャー! 泥棒!!」
声の方を振り向けば、ここ最近警吏からも報告が上がっていた、猿族の集団窃盗団が現れたようだ。俺は遠吠えを上げ、畏奴達に跡を追わせた。空で見回っていた事裏隊の半分はこちらの任務の為に残り、もう半分は自警団の活動として追跡に飛び立って行く。
警吏の中にも犬種族がいるので、遠吠えの合図の後、動いているはずだ。
猿族は紛れることにも長けていて、移動も身軽に屋根から屋根へ飛び乗ったり、細い路に入り込んだりと器用故に中々厄介な連中だ。
「先生! 今こそ昨日改良してもらったアレが有効じゃないですか? 私がやってもいいですか!?」
どういうわけか、窃盗犯を見て怖がるどころか興奮している鈴。
「ふむ、君のナイト君が指示をしていたようだから余計なことはしたくはないが、窃盗犯の方が数が多いようだね。中々派手な窃盗犯がいたものだ。君でも良いが、ここは人が多過ぎる。万が一加減を間違えると君が捕らえられ兼ねないからね。僕が代わりにやろう」
なんの話なのか全くわからないが、鈴の代わりに彼がなにかすると言う。俺ならともかく、人族の彼が遠く離れて行く窃盗犯になにをしようというのか。ここで危険な魔法を使われても非常に困るのだが……
俺の戸惑いに気付いた鈴が、大丈夫だと声を掛けてきた。
「レイン、心配しないで! 先生は制御も上手だし、大怪我させるようなものじゃないから。でも、あの窃盗犯を足止めをするくらいならいいよね?」
足止めであればむしろ助かる、と俺は頷いた。
「よし、では実験だ。リン嬢のポーズと掛け声は独特だったからな、確かこういうポーズで……」
ガードナー氏は両足を開き、握り飯を作るような手のまま、両手を右の腰辺りまで下げた。
真横では鈴がお手本とばかりに同じ格好をしている。ワンピース姿でそれはちょっとお薦めしない。
「はい、ここであの決めセリフです!」
「あの締まらんセリフを言うのか? かぁ……めぇ……さんのぉ……はぁっ!!」
(亀さんの歯!?)
彼の言う通り、なんとも締まりの悪い掛け声の「はぁっ!!」の時に、轟々と嵐のような音を立てた風が練り上げられ一つの塊となると、勢いよく両手を前方に突き出し、掌から放出させた。
彼は続けて視界の範囲内の窃盗犯全員にその拳大の塊を放ち、命中したらしい彼らは一様に足元を掬われ屋根から転げたり、飛び移ることに失敗したりと見事に足止めを果たしたのだった。
見事ではあるが、あのセリフは必要なのか?




