40:彼女と金髪男 / side 久遠 蓮生
◇◇◇◇◇
「大変ッス、大変ッスよ、副隊ちょおわぁぁぁ!!」
「礼儀がなっていませんね」
ノックもなくいきなり扉を全開にした部下の三ヶ谷には、兎月の強烈な飛び蹴りがお見舞いされた。非戦闘員の兎月だが、持ち前の脚力を生かした飛び蹴りは相当なものだと有名である。
やれやれと思いつつも、話の触りくらいは聞いてやろうかと「手短に話せ」と促した。そもそも三ヶ谷は今日は休みのはずで、ここへも私服で飛び込んできている。
頭に出来たたんこぶを涙目で擦る三ヶ谷が、俺を見るなりぐわっと目を見開き「こうしちゃいられないッス!」と叫んだ。前から思っていたが、やたらと「ッス」が多い奴だ。
「副隊長! のんびり仕事なんてしている場合じゃないッスよ!」
「お前には俺がのんびりしているように見えるのか?」
「あなたの話に耳を傾けている場合ではないですね」
「そうじゃないッス! オレ見ちゃったんッスよ。浮気現場を!」
「兎月、そこの未処理の書類をこちらへくれ」
「副隊長、先にこちらの決済からお願いしても宜しいでしょうか?」
浮気だなんだと、「そんなくだらない話は家でしろ」と兎月に冷たくあしらわれながらも「無視しないで欲しいッス!」と三ヶ谷は食い下がる。
一途な狼族において、浮気などあり得ない。相手が変わるのはあくまでも断られて諦めた後だし、そもそも諦めるまでに相当な時間を有する。
「『浮気』は語弊があったッス、ええと……金髪男と鈴さ、んがぁぁぁぁ!!」
「『金髪男と鈴』と言ったか? 言ったな? 速やかに詳細を報告せよ」
そういうことは早く言えと胸倉を締め上げる。のんびり仕事をしている場合じゃない。
早く話せと言う俺に「副隊長が締め上げているので話せないのですよ」と兎月が冷静に突っ込み、手を離す。「報告も命掛けッス……」と言う三ヶ谷に、再度報告を促した。
それは今朝、三ヶ谷がのんびりと起床し、街へ少し遅めの朝食を摂りに行った帰り道のこと――
「獣人力車が通るぞー! 道を開けてくれい」
後方からガラガラとけたたましい音を鳴らし、この国ではあまり見掛けることのない、獣人力車が走って来たと言う。
この国でこれを見掛けるのは、せいぜい冠婚葬祭の時と、あとは人族が来ている時。ただし馬車か獣人力車かを選べる為、大抵の人族は馴染みのある馬車を選ぶ。
街中を走ってるなんて珍しいこともあるのだなと三ヶ谷が視線を向けると、そこに乗っていたのは見覚えのある桜色の髪、鈴が乗っていた。
隣は一体誰なのかと見れば、この国ではあまり見ることはない金髪で、獣耳も尻尾も見当たらない、体格的にも人族と推測したと言う。
そこで三ヶ谷は屋根に飛び乗り先回り。少し離れたところから様子を伺うと、車輪の走行音で途切れ途切れではあるが、話し声が聞こえてきた。
『……実は好きなんだ』
『私も大好きです』
耳を疑ったが、そこだけはハッキリと聞き取れたという。
金髪男は告白後、小さな箱を渡して手を握り合いながら見つめ合っていた。彼女の方もその手を振り払うでもなく、笑みを溢して瞳が感動で潤んでいる様子だったとか。
三ヶ谷の見解ではその”小さな箱”は、人族が婚約や結婚の時に渡すと言われている、指輪の箱のようにも見えたらしい。
「金髪男と婚約……? まさか。そんな話、俺は聞いてない」
「……まぁ正直、副隊長と鈴さんは婚約しているわけでも、ましてお付き合いすらしているわけではないですしね。言う、言わないは鈴さんの自由ではないですか?」
兎月、今はその正論パンチは痛すぎる。
「そうッス! だから大変だって言ったんスよ」
まずはどこのどいつなのかと言うのもあるが、人族ともしも結婚となれば、国に連れて行かれてもなんらおかしくはないだろう。そうなったらもう二度と鈴に会えなくなるわけで……
「そうは言いましても、結婚願望がないとおっしゃっていた鈴さんが、そうあっさり婚約など受けるでしょうか?」
「え……まさか! あの子が愛妾なん、イテッ!」
兎月に思いっきり拳骨を食らう。
(あいしょう……誰がだ? 鈴が、金髪男の?)
「なぜ、思考がそちらへ行くのです? どう見てもあの子にそんな器用なことができるはずないでしょう! 逆に愛妾を受け入れるほどの方であれば、とっくに副隊長の気持ちに気付いてお付き合いを始めておりますよ」
「兎月、俺は少し席を外す……」
カチャリと側に立て掛けてある愛刀を取り、腰に下げた。
「うわぁ、副隊長!! か、刀を、刀を持ってなにをしに行くッスか!? 間違いッス! オレの早合点ッスー!!」
「鈴さんに限って、そのようなことあるはずがないでしょう! 落ち着いて下さい」
二人掛かりで俺を抑え込み、外へ出さないようにしているが、俺は歩みを止めずにズリズリと二人を引き摺りながら扉へ向かった。
「そうッス! オレが見たのは、単に鈴さんが人族の金髪男と仲睦まじく二人で獣人力車に乗って、告白を受け入れていて、渡された指輪の箱を嬉しそうにしていたってだけの話で……イッデェー!!」
「三ヶ谷! あなたはどちらの味方なのです!!」
今度は後頭部を目玉が飛び出そうなほど強く引っ叩かれていた。兎月は中々強い。
「鈴が……人族と結婚」
「副隊長、お気を確かに!! 確率から言ってもかなり低いですから!」
(しかし、ゼロではない……)
よろよろと自分の机に戻り、力なく倒れる様に座る。肘をつき顔の前に手を組みながら、まだ見ぬ金髪男に対し、彼女には絶対に聞かせられない呪怨にも似た悪態をブツブツと唱える。
「……仕事を片付けなくては」
ふと目の前に、署名欄が空欄のままの書類の山が目に入った。今の俺は冷静さに欠けている、仕事をすることで意識を逸らし気持ちを落ち着けよう、そう思った。
(これは問題なし。あとは署名だな、久遠……)
署名を入れるとなぜか非常に気分が良くなり、仕事が捗る。
「そうですね、まずは仕事を終えてから改めて考え……久遠副隊長!? なにを考えて……署名が全て【久遠 鈴】になっております! 副隊長、ペンを置いて下さい!!」
”久遠 鈴”非常に良い響きだ。鈴の為にあるような苗字ではないだろうか? まぁ正直、碧海 蓮生であっても、鈴と同じ姓を名乗れるのなら何でもいい。
珍しく取り乱した兎月がペンを離すよう言っているが、なにをそんなに怒っているのか。順調に書類が捌けているのだから問題などないだろうに。
俺はそのまま無視をして、さらさらと書類を取っては【久遠 鈴】を書き続けた。
「もはや正気ではないですね。焦点も定まっておりませんし……現実逃避です」
「兎月さん、どうするッスか!? ずっと『鈴……鈴……』とうわ言のように言ってますし、琥珀色の瞳が闇落ちの黄土色と化してるッスよ!」
物理的にもどうすることも出来ず、もはやお手上げ状態で二人が佇んでいると、救世主の如くまさに今来て欲しい人物が訪ねて来た。
「まいど~! 速達郵便が急遽来ちまったもんだから、今日は二度目の配達……ってなんだ? この混沌な空気」
「陽! よく来て下さいましたね!」
「助かったッス!」
二人にとっては折り良く、鈴の身内中の身内、陽がやって来た。
兎月は陽を大いに歓迎し、いそいそとお茶まで出し始めた。すぐに帰す気はないようで、三ヶ谷まで「肩でも揉むッスよ」と言って、ソファに陽を座らせた。
三ヶ谷は肩を揉みながら、金髪男の件について陽に再度話す――
「ああ~それで、誰かを呪い殺さんとばかりに落ち込んでんのか。あれは短期の仕事で観光案内してんだよ。心配しなくても、一応、鈴のことは事裏に見守らせてはあるぞ。朝から海鮮丼食ってたとか報告来てたな」
「わざわざ鈴の仕事と休息日をそいつは奪って、さらに金に物を言わせて、二人きりで逢瀬らしいことをしているということか? 鈴と朝から海鮮丼……俺が一緒に行きたかったくらいだ」
「仕方ねーだろ、その金に目が眩んで引き受けたのも、獣人力車を手配したのも鈴本人だ。オレも始めは反対したけど、魔法の指導も請け負うって言うしな」
「魔法の指導だと!? 他の男と二人きりでなんて……危険じゃないか! 事裏は見張りはできても、その場で何かあった時に助けに入ることはできないだろう。一応聞くが、今日だけだな?」
「あー……それが、契約は三週間くらいあるんだわ」
「さん……は?」
「ほぼ一ヶ月もッスか!? そんなに一緒にいたら、どうにかなってしまうかもしれニ゛ャ――!!」
「あなたは口を閉じていなさい!!」
引き千切らんとばかりに尻尾を思い切り引っ張られる三ヶ谷を視界に入れつつ、期間の長さに打ちひしがれる。一発壁を殴ってもいいだろうか?
「ちょっと待て、只でさえお試し期間もたったの三ヶ月しかないと言うのに、約一ヶ月も奪われてしまうなんて……彼女の傍に他の男がいて、あの笑顔もなにもかもを独占していると思うだけで耐えられない! 兎月、やはり俺は少し席を外す!」
「行くにしても、せめて帯刀はおやめ下さい!」
「陽さん、どうにかならないんッスか!」
「蓮生、お前って完全獣化が可能だったよな?」
陽は頭の後ろで手を組み、ソファにふんぞり返りながら、すでに知っているだろう質問を投げかけた。
「なにを今更?」
「どうにかなるかもしれないぜ?」
そう言って陽はニヤリと企むような笑みを浮かべた。
◇◇◇
翌日、鈴が待ち合わせ場所へ向かう前に、彼女の自宅前にて待つ。鈴へは陽経由で事前に伝えてある。
「えっと、千寿さん。あの、この黒狼さんはもしかして玄武隊の……?」
「警備犬ならぬ、警備狼ッス! 人族同士だけで行動するのは様々な危険を伴うので、護衛をお願いしたいとお兄さんから依頼があったッス。ぜひこちらの黒狼をお供に連れて行って欲しいッス!」
「でも、小鳥隊も一緒だし、笛もあるのにそこまではやり過ぎじゃない?」
「鈴、いいから『家族です』って言って連れて行けよ。どの道、畏奴やら事裏やらつけてんだから心配いらねぇ」
「犬って……そこまで依頼したの!? でも、なにかあって国際問題になってもいけないし、それくらいした方がいいのかな……」
「だろ? 行動を共にしていれば護衛もしやすい。人混みのところなんかは特に警備狼の指示に従うんだぞ」
当然だが、俺が護衛するのは鈴だ。金髪男はもののついで程度。畏奴一匹つければ十分な程だ。
完全獣化しているせいか感情が表に出やすい。一日振りに鈴に会えた喜びで、尻尾が制御不能なほど振ってしまっている。
彼女を見上げれば、ちょうどこちらを見下ろしている空色の瞳と視線が重なる。
「そう言えば、なんて呼びましょうか?」
(君にならなんと呼ばれてもいい)
「隊色の黒でクロさん? それとも玄武のゲンさん……」と呟く鈴に、なんでもいいと思ったことは即座に撤回、フイっと顔を逸らした。
「う~ん、久遠さんのクーちゃんはちょっと女子っぽいし、蓮生さんでレイ……ンとか?」
「ガウッ!」
(それがいい!)
「レインが良いみてぇだぞ」
「陽兄、言葉がわかるの?」
「まぁ……なんとなくな」と言った陽は、わかると言うより、初めの名付け時点で気の毒そうに見ていたし、前世の名前を知っているから気を回したのだろう。なんにせよ助かった。
「じゃあ、レインさんで!」
「グルゥ……」
「ペットに『さん』付けも、敬語もおかしいだろ」
普段もできれば名前で呼んで欲しい。気付けば三ヶ谷ですら「千寿さん」と呼ばれていることに気付きショックを隠し切れない。正直苗字で呼ばれているのは俺だけではないのだろうか。俺も名前で呼んで欲しいともう一度お願いしてみよう。
「あ、そっか。完全獣化した久遠さんだとバレないようにしなければいけないのね」
「では鈴さん、副隊長を宜しくお願いするッス」
三ヶ谷は(俺の)受け渡しが済むと、そのまま基地へ戻って行った。
「今日は宜しくね、 レイン」
「バウ!!」
(好きだー!!)
名前で呼ばれることの破壊力がすごい。思わず好きだと叫んでしまった。
無事同行の許可も得て、待ち合わせ場所まで向かう。陽は途中まで一緒だ。
これから会う敵の素性を陽は当然知っている。それなのに「それくらい自分で調べろ」と言い、教えてはくれなかった。
ただ俺が襲い掛かっても困るということで、「鈴にとって危険はない人物だ」ということだけは聞いている。
それにしても今日も彼女は妖精のように可愛らしい。一日会えなかっただけで神々しさが増しているように思える。
ただ、着ている服装は彼女が滅多に身につけない、人族の国の特徴の洋服。空気を読んだ陽が俺の代わりに「鈴、今日の服は初めて見るやつだな」と尋ねた。
「うん。留学中に『ナインテイルではサイズが合う大人服が中々ない』って話していたのを覚えていて下さったみたいで、昨日お土産に頂いたの」
少し照れ臭そうに、でもきっと嬉しいのだろう。くるりと回って見せてくれた。
(言ってくれれば、いくらでも君のサイズに合わせた服を作らせるのに!)
「あ……少しは女の子らしく見えるかなって思ったんだけど、変だったかな」
「クゥン……」
(そんなことない! 似合い過ぎて困るくらい君は可愛い!)
どうしたってこのままでは話せない為、鈴の足の周りをぐるぐると回り、彼女の手に頬ずりをした。
「違う、レインはあんまり似合ってるもんだから、オマエに見惚れてたんだってよ。な?」
(陽、お前本当は言葉がわかっているんじゃないか?)
実際、薄い水色の膝下丈のワンピースは、シンプルな作りながらも、裾には白糸の刺繍とレースがあしらわれた上品なものだった。
きっと素材も良いものを使っているのだろうと素人目で見てもわかるほどだ。
でも完全獣化により嗅覚がさらに敏感になっている今はわかる――服に残る異国の香り。
半獣に戻った時にまた改めて感想を伝えようと、服装や髪型など観察していると、所々に薄っすら擦り傷や打撲のような跡があることに気付いた。見た感じではまだ新しい……まさか!?
一番近い打撲部分につん、と軽く鼻をあて、鈴に「これはどうしたの?」と見上げる。
「あ、バレちゃいましたね。一応治癒も掛けたし、もう痛くはないんですけど、昨日の魔法の訓練? と言うか試練? がちょっと激しかったもので……」
耳がピンと立つ。
ようするに金髪男のせいで君の肌に傷がついたのか?
俺が怒りに打ち震えている間に待ち合わせ場所へ到着――陽とはその手前で別れている――俺はすぐに見回し、相手を探した。
足を組み、本を読みながら待っている知的な印象の、金色の髪を持つ男は一人だけ。
(あいつが鈴を……)
俺は男をじっと見据えながら、怒りと嫉妬の炎をメラメラと燃やしていた。




