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39:海鮮と対戦


******


 こうして……いや、どうして始まった観光案内――


「先生、どう考えても非常識ですよ。食事をしようと約束したからって、朝食だと思う人は先生くらいです」

「ハハハ、すまないね。勿論、さすがの僕でも朝食のお誘いを受けたとは思ってはいない。しかし、観光するなら時間が必要だろう? 私の滞在日数のこともあるし、時は金なりだよ」


 いつものようにカラカラと笑うガードナー先生。結構せっかちだ。


 昨日私が使用はやめるよう言った香水はつけておらず、悪目立ちしないようにとチャンパオまで購入しておくと言う周到さ。絶対に今日観光する気満々だったと見える。ただし、金髪はこの国ではかなり珍しいので、チャンパオを着ていても結局は目立ってしまうのだけど。


 まぁ、結局は私も正式な依頼として引き受けてしまったので、何も言えない。


 先生はこの観光案内は依頼として給金(バイト料)を提示してくれたのだけど、こういう時の暗算はもの凄く早い私はカチャカチャと脳内で計算。結果、最終報酬の多さに驚愕し、即決してしまったのだ。


 兄も母も素人に観光案内なんてと一応言ったのだけど、先生は昨日の街ブラのような観光がご所望で、更に給金とは別で、魔法の指導もつけてくれると言うと、そこには母と兄が食いついた。


 初めは休日のみと言う話が、兄が私の代理配達をすることで、週五日もOKが出てしまった。確かにオランドラへ渡らずして魔法の指導をして頂けるのは有難いし、個人レッスンとなるので、もの凄く贅沢である。


 

 腹が減ってはなんとやら、まずは朝食からだ。



「では先生、行きましょうか」

「宜しく頼むよ」


 宿の近辺はすでに案内済だったので、今回は港付近をご案内。まだギリギリ開いている漁港の市場で、新鮮な海の幸を食べて頂きたいのだ。


 オランドラでは生魚を食すことはほぼないので、表面を炙った【炙り海鮮丼】を注文。海鮮初心者には炙りや漬けの方が多少抵抗感も軽減するとか。

 ちなみに先生は箸が使えないので、スプーンとフォークで食べる。違和感満載である。


「これが海鮮丼……ほぼ生の魚か」

「獣人族は鼻がいいので、目利きに加えて鼻利きでも仕入れているので間違いないんです。それに引き揚げてすぐに絞めて、漁船に備えてある冷凍魔石庫で保存したものなので鮮度抜群なんですよ!」


 先生はカウンターに置かれた丼をゆっくりと回し、これでもかと乗っている海鮮の具を見つめている。


「これは、細く切られたゲッソ? こっちはオオマ(マグロ)と……見たことがないものもあるな」 

「先生、どうしても無理であれば完全に火を通すことも出来ますけど、試しに一口だけでも……」

「お客さん、ウチとしても、皆さんに美味しく食べて頂きたいんでね。無理そうなら遠慮なくおっしゃって下さい」


 初回の選択としては間違いだっただろうか? ここの海鮮丼は初めて食べた時に、家族で唸ったほど美味しいのだ。

 好奇心旺盛な先生なら案外余裕かなと思ったのだけど、意外にも口に入れる未知なるものにはやはり慎重になるらしい。


 わからないネタについては大将へ念入りに確認し、それが終わると「見た目と香りは美味しそうだ」と言って、ごくりと喉を鳴らした。


 ついに覚悟が決まったのか、炙ったネタを口に放り込んだ。


 ぎゅっと固く目は閉じ、恐る恐るといった様子で咀嚼を始めると、一度ピタリと止まる。


「……旨いな」


「本当ですか!? それでしたらウニーニもおススメです! 口に入れたらトロ~っとして……ほわぁ~ですよ。ああ、幸せ。大将、今日も最高!!」


 ビシッ! と親指を立て、大将に美味しいとアピール。ここは家族でハマって以降、定期的に訪れている老舗のお寿司屋さんなのですっかり大将とも気安い仲だ。

 

 大将は犬族だけど、”職場は衛生的に”をモットーに、完全人化するという拘りを持っている。


 それにお店が港近くに構えていることもあって、貿易船が停泊している間は人族の水夫や乗組員の方達も食べに訪れる。それもあって人族への抵抗は全くない。


「ワハハ! 相変わらず、鈴ちゃんは旨そうに食うなぁ。それに今日は新規のお客さんまで引き連れて来てくれてありがとよ」

「だって、この味を知らないなんて、人生損をしているでしょ?」

「いやぁ、海鮮丼なるものがこんなに旨いとは……まだまだ世界は広いね。実に良い経験をしたよ」


 本当に気に入ったようで、刺身まで追加のお代わりをしていた。どうやら海鮮の魅力をお伝えすることは無事成功した模様だ。



***



 食後、漁港の市場は初めてと言うので、場内を少し見て回るも、先生のお腹は苦しそうだ。


 この国のボリュームを甘く見てはいけない。


 そこで少しお腹を休めつつも観光ができる、この国でも珍しい()人力車なるものに乗って頂くことに。


 人族の国のように一応馬車も存在するけれど、こちらではほとんど荷運び程度の利用なのだ。なんせ飛んだり、自分で走った方が早い。

 あとは遠出をする時に寝泊まりできるよう、(ほろ)馬車を利用する程度だ。



「ほぉ、馬が引くのではなく、獣人の方が直接引くのかい? 僕がいくら獣人の方より小柄だと言ってもそれなりの重さがあると思うのだが、長距離は無理ではないか?」

「いやぁ、お客さんと鈴ちゃんくらい余裕でさぁ。まずは乗ってみてくんな」


 走るのは父の立ち上げた自警団の有志の方の一人で、(とび)族の気の良いオジサマだ。



 ジェントル成分100%で出来ているガードナー先生は、私を先に乗せた後、流れるように私の膝に自らのジャケットを掛けてくれて――そう言えば先生は貴族だったんだと思い出す。これまでの行動も態度も貴族とは掛け離れたことばかりだったので、うっかり忘れそうになっていた。


 先生のようにそう言った習慣がある人や、異性的意識を持っていなければすんなりと受け入れられるのに、これが久遠さんが相手となるとどうしてもうまく甘えられない。

 それは、相手の気持ちを知る前よりも知った後で尚更そう感じる様になった。最近は久遠さんとお試し期間と言うこともあって、やたらと女の子扱いされるのがとてもくすぐったい。


 久遠さんと繋ぐ手が、私を見つめる瞳が、声が他とは違って甘く優しいと感じてしまうのは、「私を好いてくれている人」と意識しているからなのかと思うと、更に羞恥心が増してしまうのだ。



 そんなことを考えている間に出発の声が掛かり、ゆっくりと動き出す。



「リン嬢、ジャケットのポケットの中に小さな箱があるだろう? 悪いが取り出してもらえないかな」


 膝に掛かるジャケットに視線を落とすと、ポケット部分に膨らみが見えた。


「……あ、これですね。どうぞ」


 

「ありがとう。手土産を渡し忘れていたよ。少し行儀は悪いが、今はまぁいいだろう。国から持参してきたチョコレートなんだが食べるかい?」

「チョコレートって、あの高級なお菓子ですか!?」


 留学中に初めて食べたチョコレート。飴とか金平糖の甘さとは違って、甘さ、コク、ほろ苦さの中に幸せがぎっしり詰まったような美味しさだった。オランドラであってもチョコレートの価値は高く、誰でも気軽に買えるようなお値段ではない。

 ぜいぜい、前世で言うところの準チョコレートの、更に品質の低いチョコもどきのようなものを庶民は「チョコレートだ」として食しているほどだ。


 見るからに高級そうな小さな箱に、均等サイズに型取られた四角いチョコが10粒も入っている。蓋を開けた時に、甘い香りがふわっと広がり期待が膨らむ。


「これは、君達女性が良く言う”別腹”と言うやつだろう? 一つ、味見してみてはどうだい?」

「いいですか!?」


 一つ手で摘まみ、口の中に入れ舌の上に乗せると、とろりと溶けた。これはお菓子界のウニーニ!


「んん!? ふっごく、ふっごく、おいふぃ~れす!!」

「ハハハ、やはり女性はどこの国でも甘いものが好きだね。かく言う僕も結構甘党でね、甘味も実は好きなんだ」


「私も大好きです」

「それは良かった。走っている最中は揺れるから落とさないように」


 結構なスピードで走っている為、先生は私の両手を取り、ぎゅっとチョコレートの箱を握らせた。


「よぉし、お二人さん! ここからは更に飛ばすから、しっかり掴まっていろよ」

「これ以上だって? 馬車よりも速そうだ」

「先生、舌を噛まないように気を付けて下さいね!」


 楽しませる目的で選んだけれど、もしかしたら私が一番楽しんでいるかもしれない。リク・クウ・ソラに乗って駆けるのもすごく楽しいけれど、こうして話ながら街を観光する経験は私も初めてで心が弾む。


 ガードナー先生が言うには、ナインテイルの方が花や緑が多いし、馬車利用も少ない為、道がとても綺麗だそうだ。私がなにかしたわけではないけれど、自国が褒められるのは素直に嬉しい。


 それに身体が大きい獣人が多いので、全体的に建物や家具、道具なども大きいことが特徴的と言えるだろう。そう言う意味では、私が小さ過ぎるのではなく、物が大き過ぎるだけなのだ。



 ぐんぐん速度を上げて走っている獣人力車に興奮を隠せない様子のガードナー先生。その横顔は、冒険を夢見る少年のような表情をしていた。


 

「馬車よりもずっといいね!」

「ですよね!」


 私達が案外スピード狂タイプと理解した鳶のオジサマは、加速しやすい箇所では積極的に飛ばしてくれた。


 

 とは言え、サスペンションが付いているわけもなく、ゴム製タイヤでもない物で走り回れば、当然お尻や腰に被害が及ぶわけだけど――



「アタタ……わかってはいましたが、痛いですね、先生」

「そうだね。ハハ……調子に乗り過ぎたかな、膝が笑ってるよ。ここは一つ、魔法の力を借りるとしようか」


 私はすかさず「賛成です」と言って、遠慮なく先生から治癒魔法を掛けてもらった。



 終着地は『休憩が出来るのんびりとした広い所』とリクエストして連れて来られた草原。持参して来た水筒で喉を潤しながら、しばしの休憩だ。



「ふぅ、生き返るね。年甲斐もなくはしゃいでしまった。ところでリン嬢、良い人の一人くらいは出来たのかな?」

「ゲホッゲホッ! どうして、『ふぅ』と一服した後にそんな話になるんですか!?」


「どうしてって、これでも気に掛けているつもりなんだがね」

「先生はそういう類には興味のない方かと」


「失礼な。僕は一応既婚者で、三人の子供の父親もやっているんだ。妻とは恋愛結婚ではなかったけれど、良き妻、良き母、良きパートナーとして、僕は彼女を尊敬している。燃え上がるようなものばかりが愛だと思ったら大間違いだぞ? 少なくとも君よりは経験しているし、知っているつもりだ」


 そこまで言うのなら、ずっと一人で悩んでいたことを聞いてもらえたりするだろうか? 他の誰かに相談したくてもややこしいことになりそうで言えずにいたのだ。先生は完全に部外者だけに話し易い。


「でしたら先生、少し相談に乗って頂けませんか?」

「相談? 良いとも、なんだい?」


「最近、告白をされたことがきっかけなんですけど――」


 先生にはざっくりとことの始まりを。それらを経て、今は一生無縁だと思っていた”誰かと一緒に歩む未来”もあるのかもしれない、そう思い始めたことを話した。


 多分、ずっと自分にはあり得ないと暗示を掛けていたせいだと思う。以前、久遠さんに『理想を教えてくれ』と言われた時に気付いてしまった。


 私の考えは矛盾している。


 誰かと共にある幸せなんて望んでないし、あり得ませんと口にしながら、その実そんな夢を見続けていたのだから。身近にツガイのペアがいて意識しないはずがないのに。


 絶対に裏切らず、離れないでいてくれる人。そう思える人と、心通わせることが出来たのなら……そう夢を見て、どうかその人のツガイは現れないで欲しいと願う。

 そう相手に願うこと自体、酷く裏切っているような気もして、自分は誰かを好きになる資格はないとそんな思いを繰り返す。



「とても強くて優しい方です。きっと、こんな弱いままの私でも『絶対に守る』と言ってくれると思います……でも、考えてみたんです。もし自分にそういう相手ができたらって。今までだって兄や従兄に守られっぱなしでしたけど、私だって彼らが困っていたら助けたいし、守りたい。戦って勝つなんて大それたことは思いませんが、せめて自衛と言うか、逃げ切るくらいはできるようになりたいって思えて」


 守る相手がいるから強くなれると父は言っていたけれど、それは時に最大の弱点にもなる。だけど、なにかがあっても逃げ切れさえすれば、相手の弱点にならずに済む。ある意味戦いに勝つことと同じだ。


「うん、君の考えは正しい。少なくともこの国で生きて行くのなら必須だろう。実際、僕がこうして自由にブラブラしていられるのは、僕の最大の弱点達が強くなったからと言うのもある」

「オランドラでもそうなんですか?」


 先生の奥さんには魔剣士の素養があり、その影響を受けたのか、上の二人は魔剣士の道へ進んだらしい。

 そのせいで先生の家系は元来、高魔力の魔術師を多く輩出して来たのに、目指してくれそうなのは末っ子しかいないとか。


「こう見えて僕は少しだけ有名人だからね。いつも意味もなくフラフラしているばかりじゃないよ。騎士団への指導や、学園への関り、時に重鎮共の護衛にしたって、守りの鎧をより強固なものにする為だ。僕の名が広まれば、味方も増える……まぁ余計な()もおまけについて来るがね」

「私、先生のこと少し誤解していました」


「いつもヘラヘラして、自由奔放で何考えているかわからないって?」

「う……そんなことは」


「ハハハ、いや、間違ってはいない。むしろ、この性格を利用して『相手を油断させる為にこう振舞っている』とすれば格好がつくだろう? お陰で『これは素の僕です』とは言い難くなったがね」

「そこはバラしてはいけないのでは?」


「わかる者にはとうにバレている。それに、この国には人族がほとんど来ないだろう? お陰で心は少年のようにはしゃいでいるから、隠しようもない」



 コップに残ったお茶を一気に飲み干し、ご馳走様と言って手渡される。休憩を終えるのかと思い、私も慌てて残りを飲み干し片付けた。


 先生は立ち上がり、両腕上げ、うん、と伸びをする。


「ようするに、君は告白の相手を見定めつつ、同時に自分と向き合っていると言ったところなのかな」

「先生、私こんな状態で恋愛なんて考えてもいいのでしょうか?」

「君は自分が恋をするのに、いちいち他人から許可をもらわないと出来ないのかい?」

「それは……」

「一般論で言えば、恋なんてものは気付いたら落ちているものだと言うだろう? ちなみに愛は育てて行くものだと僕は思っているがね」

「こんな私でも落ちるでしょうか」


 落ち方なんてわからないし、こういう時に限って肝心の前世の経験の記憶がない。もしかして前世でも非モテ女子だったのだろうか。


「その日が訪れたら、私宛に手紙を送ってくると良い。騎兵訓練校への短期留学の便宜を図ってやろう」

「騎兵訓練校、ですか?」


 騎士ではなく騎兵なのはなぜだろうか?


「ああ。君と馬は相性が良いだろう?」

「わかりますか!」


 先生は「馬好き男装令嬢は相変わらず健在だな」とカラカラ笑うと、なにか良い事でも思いついたように、ニッと口角を上げた。こういう笑い方の時の先生には嫌な思い出しかない。無茶振りの確立が多いのだ。


「ちょうどいい、僕がいる内に実技試験をしておこうか。合格すれば、現地での実技試験は免除。筆記は特別に郵送可としてやろう」

「し、試験? 今からですか!?」


 私の魔法での戦いレベルを見せてもらおうと言われ、先生は学園でも用いられているパペットエネミー(仮想敵)を私の前に出した。マネキンのような見た目で、魔道具の一つだけれど、込められた魔力は先生のものなので、当然油断は出来ない。


「君は魔法の自主訓練はしているかい?」

「自主訓練って程ではないですが、日常的に身体強化は使っているので、まぁまぁかと」


「そうか……いや、ざっと軽く見ただけだが、やはり獣人の力は我々とは比べものにならない。魔力量が多く、ある程度戦い方を知っている私でさえ、魔法が使えなければ逃げ切れるかどうかだな」

「先生でも、ですか?」


「それだけに、前回はとにかく魔法の基礎だけ学びに君は留学してきたが、果たしてそれだけで大丈夫なのかと心配していたのだよ。教え子は沢山いるが、獣人国民で人族の教え子は君しか私は知らないからね」

「先生……」


 そんなことを思ってくれていたなんて、先生の優しさに触れ、感動し出したところで、現実に戻される。


「だが、君の潜在能力はオランドラの騎士並みに高いと僕は見ている。ならば鍛えない手はないだろう?」

(ん?)


 私にそんな潜在能力があるって話は初耳ですが?

 

 そんな私の疑問は無視のまま、「手加減出来るだろうか」と不穏なことを呟きつつ、その表情には隠しきれない好奇心と「実験ワクワク!」が滲み出ていた。


 出たー! 先生の悪い癖が!


「さぁ、準備はいいか? まずはレベル1からだ」

「先生! 心の準備がまだです!」



 それでもうっかりファイティングポーズを構えたが為に、始めの合図が鳴らされる。


 先手必勝! と先制攻撃を仕掛けるも、目の前に居たはずのパペットエネミーの姿はなく、見事に攻撃は空振った。

 


(うそー!)



 先生、レベル1ですよね?




 

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