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4:初日の仕事は挨拶と土下座

******


 

 昨日は散々な一日だった。


 新しい家、新しい街で、職業婦人としての云うなれば予行練習だったはずなのに。


 薄汚れた格好をひそひそと後ろ指差されながら逃げるように帰宅。すぐに自宅のお風呂に入ったものの、母とアキちゃんからは私が新手の嫌がらせにでもあったのかと誤解されるし。

 誤解を解いたら解いたで、両親、陽兄そして引っ越しフォーを持って来た朱羅兄にもバレて、お説教フルコースの後に、伸びたフォーを泣きながら啜る羽目になった。




「まぁいいや。過去は振り返らない、それが私……痛いっ!」

「なにを『決まった』みたいな顔してんだ。お前は大いに反省して、過去の過ちを忘れんじゃねぇ」



 後ろに立っていた陽兄が、呆れ気味にペシっと頭を叩いた。


 酷い、ちゃんと反省はしたよ! でもさ、鳥獣人だってそこに空が広がってるなら飛ぶし、猿獣人だってそこに木があれば登るでしょ? それと似たようなものじゃない……得意不得意は別として。

 



 いよいよ今日から初仕事。


 朝から念入りに準備体操もして、朝食もモリモリ食べた。


 いつも服用している【消臭魔法薬】を一錠口に含み、アキちゃんからお下がりの袖なしアオザイの上に、陽兄の子供時代の配達用の上着を羽織る。

 魔法薬で半日ほど私の体臭は消え、香るのはアキちゃんと陽兄の匂いが混ざったものと、花香水くらいになるので、匂いのみで人族と思われることはまずない。

 

 魔法薬を入手する前はひたすら消臭石鹸で洗っていただけなので、汗を掻けばどうしても匂いが立つ。そういった意味でもこの魔法薬は手放せない必需品なのだ。



 今日はご挨拶も兼ねて早めに出発し、近隣、中距離を周り、ぐるっとエリア内を配達中。遠方は件数が今日は少なく、初日とあって免除してもらった。


 もちろん身体強化を細々と併用し、走っての配達だ。遠方であれば愛馬にも乗ったし、お客様へ馬自慢をしたかったけど。

 


「わぁ……やっぱり、本拠地だけあって広い」



 私の担当区域の中でも最も大口の配達先がここ、四神基地本部。各部署への挨拶だけでも時間が掛かる為、今回は一番最後に伺うことにした。


 特に今日は恩人なのに冤罪を負わせてしまった久遠さんへ、お礼と謝罪もある。お説教の後に例の「自称、四神抜刀隊員」の話をしたら、深く溜息をつかれた。朱羅兄が「よりによって、玄武の久遠……」と言うような相手だ、もしかしたら仁王立ちで待ち構えているかもしれない。


 青龍、白虎と挨拶は終わり、次がいよいよ玄武である。朱羅兄へはどうなったかの説明もあるので最後に朱雀へ行く予定。



「失礼致します! いつもお世話になっております。本日よりこちらの地区の配達担当になりました碧海(あおみ)郵便の碧海 鈴と申します! 宜しくお願い致します」

「おや、新顔と思ったら、北斗さんのところのお嬢さんでしたか」



 執務室には専属秘書官の兎獣人の兎月(うつき)さんだけがいて、副隊長様・隊長様は御不在のようだ。


 兎月さんは灰色兎。瞳は黒く、シルバーグレーの髪は少しだけ肩に掛かる長さで縛っており、前髪は両サイドに流していて、いかにも知的な雰囲気を醸していた。

 服装も黒の立ち襟でフロックコートのような長めの丈の上衣に腰紐と、細身のダークグレーのズボン。腰に専属秘書官の証である、金の飾り紐や、片側の肩から胸下辺りまで蔦模様の金刺繍が縦に入っていて、一般文官とは違うのだと見ただけでも良くわかる。


 温厚そうで優しそうな顔立ちが多い兎族だけど、見た目とは裏腹に毒舌だったり、意地悪な兎族もいるので注意が必要。見た目で判断してはいけないとは思うけど、長い耳には可愛さしか感じない。



「はい、北斗は私の父です。私は事情があって飛べないので陸路のみの配達担当になりますが、小柄なので細い路地はお任せください! 今後ともお引き立てのほど、宜しくお願い致します」

「わかりました、頑張って下さいね」



 久遠さんへの謝罪はできなかったけれど、ちょっとホッとしてしまった自分もいて。


 誤魔化すように「はい、ありがとうございます。頑張ります!」と元気良く返し、朱雀棟へと向かう為 扉を開けようとすると、同じタイミングですらり背の高い、黒い隊服の男性が入って来た。

 


「おっと」

「きゃっ!」



 ぶつかりかけたけど寸でで止まったので、転ぶことはなかった。


 視界に入った腕の金糸の刺繍を見るに……副隊長、つまり久遠さんだとわかった。

 

 


「すまない、鼻が今利かなくて……」


(ひぃ! やっぱり鼻が利かなくなってるっ!)



 少し掠めた程度なのに、よろけたことでぶつかったと思ったらしい。

 

 覗き込むように顔を確認してきた。



 久遠さんはサイドにスリットの入った膝下まである黒のチャンパオに腰紐と、細身のダークグレーのズボン。そしてこちらも上衣部分には玄武や植物を模した金糸の刺繍が入っていた。生地が玄武隊の色でもある黒なのでより金糸が目を引く。


 金糸は隊長・副隊長クラスで、それ以下は能力別で銀糸だったり白だったり、新人は色なしとして隊服と同色の刺繍と分けられていると父から教わっていた。

 隊服は色や意匠に各隊で多少違いがあり、訓練服や武装、こうした内勤用の服などを取っても少しずつ違いはあるようだ。




(本当に四神の人、それも玄武隊の副隊長様だったなんて……あぁ、そんな人の嗅覚を私は)


 

 謝罪の為、被っていた帽子を取り、それを握り締めながら恐る恐る顔を上げる。


 見上げれば2mはあるだろうか? 大型獣人は体格そのものが大きい。


 髪も黒で隊服も黒で全身真っ黒だけど、その分引き付けられる、夜空に瞬く星のような美しい琥珀色の瞳――




「あ、君は朱羅の……」

「あああ、あの時は助けて頂いたのに、副隊長様に臭いが移ってはいけないと慌ててしまいまして、決してちょっと怖かったとか、不審に感じたとかではなく……とにかく、きちんとお礼も言えず申し訳ございません! あと朱羅兄、じゃなくて従兄の朱羅があの、あの、誤解があったみたいで悪気はないんです! 私になにかって心配からちょっと行き過ぎちゃったと言いますか、普段はとても温厚で優しく、でも怒ると精神ダメージの方に、えっと、そうじゃなくて、」


「焦らなくて大丈夫だ。落ち着いて、少し深呼吸しようか」

「副隊長の威圧感で驚いたのでは?」

「いえ、違います! 緊張で」



 副隊長様は屈むことで視線を私よりも下げ、俯いた私の視線に入る。そして、安心させるようにゆっくりとした口調で声掛けてくれた。


 謝ることは決めていたけど、心の準備ができていなかったせいもあり、まとまりなく一気に話してしまった。


 言われた通り深呼吸をすると少し落ち着くことができた――ので、改めて床に額をつけて土下座をした。



「とにかく、直接謝罪したいと思っていたので、お会いできて良かったです。どんな理由であれ、私のやったことは決して許されることではありません。ですがどうか、ど、う、かっ! なんでもします! 情状酌量、もしくは執行猶予付き程度でご容赦頂けないでしょうか? それでも、家族やここで働く従兄の朱羅にまで累が及ぶのでしたら、今すぐ私は碧海の籍から外してもらって来ますので、私だけに罪を――」




 もちろんこんなアホな土下座は受け入れて貰えず。久遠副隊長様にひょいっと立たされると、ソファへ座らされ、兎月さんからお水を手渡された。


 ありがたく、こくっと一口飲む。


 緊張で随分喉が渇いていたのだと気付き、そのまま全て飲み切った。




「落ち着いた?」

「はい、すみません。自分が恥ずかしいです」


「碧海さん、副隊長もこの通り、なにも気にしておりません。ですから籍を抜くなどと、そんな恐ろしいこと口にしてはなりませんよ。ご家族が悲しみます」

「ああ。君を訴えたりなんてしない」




「なにがどうしたらそんな話に飛躍するんだ?」と怒るどころか「理解できないな」と言った反応。本当に気にも留めていないようだ。



「それから副隊長、彼女は碧海 鈴さん。今日からこちらの地区担当になった、前任の北斗さんのお嬢さんです」

「朱羅から従妹と聞いていたが、父方の、北斗さんのところのお嬢さんだったのか」

「はい、そうです。すみません」




 もう何回謝り倒したかわからなくなった辺りで、そろそろ朱雀棟へ行かなければならない時間になった。最後にダメ押しで作ったサービス券を久遠副隊長様へと献上することに。




「これは?」



 ひらり五枚綴りになっているサービス券。だけど、何に使えるものなのかは記載はしていない。



「はい、手作りではありますが、お詫びの一つとして用意していた、副隊長様専用のサービス券です。本来は荷物の配達とかそう言ったことに充てて頂くのですが、副隊長様の嗅覚が弱ってしまったのは私の責任ですので、小間使いでも、肩揉みでも、私にできる範囲であれば何でもします」

「では、早速一枚使用してもいいかな?」



 ピリッと一枚券を破り、手渡される。




「その『副隊長様』という呼び方だけど、副隊長、隊長は各隊にもいるわけだし、もう少し気楽に呼んで欲しいものだ。北斗さんも敬称なんてつけていなかったからね」



 左京さんも「であれば」ともう一枚券を破り、私に手渡した。



「私は『左京』と呼んで頂きましょうか、ご存じの通り、四つ子で各隊の秘書官を務めておりますので、名前の方がわかりやすいでしょう?」

「ええ……」



 父さんはかつての古巣感覚なんだろうけど、さすがに下の名前を呼び捨てるのは無理がある。ただ……ご本人が言うのだし、わざわざ券を利用したのだ、今後は”さん”付けでならお呼びしていいのかな?



 きっと、私を気遣ってわざわざ券を使うまでもないことを「お願い」としてくれたのだと思う。なんて大人な対応だろうか。



「では、券を使ったお願いですから……コホン、久遠さん、左京さん、今後とも宜しくお願い致します。あ、私のことはなんでもお好きなように呼んで頂いて結構ですので」

「ああ、わかった。では……鈴、宜しく」

「宜しくお願いしますね、鈴さん」



 久遠さんはそう言うと、私の頭をくしゃっと撫でた。完全に初めてのおつかいの子供のような扱いだ。「僕、小さいのに偉いな!」みたいな。



「鈴さん、お近づきの印にお菓子を差し上げましょう。休憩時にでもお食べなさい」



 左京さんは自分の机の引き出しからハンカチで包まれたお菓子を取り出して来た。



「お菓子、ですか?」



 びっくりして、目を瞬かせた。どうして私にお菓子? こちらも「お母さんのお手伝い? 偉いねぇ」みたいな感覚だろうか?


 

「オランドラ風のクッキーというもので、サックリとしてとても美味しいですよ」

「兎月は君が小柄だから心配しているだけなんだ。毒なんて入ってないから貰ってやってくれ」



 中々手を出さず不審がっている様子に、久遠さんが気付いて補足してくれた。


 食べるもの食べていないから、こんなに小さいのだと思われていたと言うこと!? 背丈は小型獣人とそこまで大きな開きはないはずだけど、骨格が細いのか実寸よりも小さく思われがちである。



「確かに小柄ではありますけど、こう見えてそこそこ丈夫なんですよ?」



 むん! と力こぶを出して見せる。


 わずかな静寂。



「んっ……ごほ!」

「……ふっ」



「筋肉……? どこ?」みたいなキョトン顔をされてしまい、顔から火が出そうである。笑いを堪えるくらいならいっそ笑って欲しい。

 

 ここは戦いのエリート集団しかいないというのに、うっかり学生のノリでやってしまった。


 私のバカ!

 

 もうお二人の顔は見ずに、差し出されたままのお菓子を受け取り「では、次の配達がありますので!」と言って、足早に部屋を出た。



「もうゴミ捨て場に埋まったりはしないでくれよ?」



 扉が閉まる直前、声を掛けられ振り返ると、もはや半笑いの状態で言われた。



「もうしません!!」

 


 閉まった扉からお二人の笑い声が聞こえたけど、気のせいだと自分に言い聞かせた。これからどう職業婦人モードで仕事をすればいいのだろうか。






 自業自得とは言え、遠い目になった。



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